またシャン→夢主の片想い期
「きゃあああああああああ!!!!」
夜。
突如、エンの部屋から聞こえた悲鳴。
隣の自室にいたシャンクスが飛び起きてすぐにエンの部屋のドアを叩いた。
「エン、どうした!?」
エンは非常に自制心の強い少女で、出会ってからこっちこんな悲鳴は聞いたことがない。
敵襲で危うく襲われるところでも歯を食いしばって悲鳴を上げなかった。怒るときですら大声で怒鳴ったりはしないし、笑い声だってうるさいほどには大きくない。
だというのに、あの大音量の悲鳴。
ただ事ではないに違いない。
「エン、おいエン! ドア開ける、ゾッ!?!?」
これが他の部屋だったらともかく、エンは女の子だ。さすがに勝手に開けるわけには、と思ってドアの外から声をかけていたのだが、返事がないことにしびれを切らし、後から怒られるのを覚悟でシャンクスが強行突入をしようとした瞬間、バンッとドアが開いて何かが飛び出してシャンクスに体当たりした。
驚いて抱き止めたソレはエンで、尋常じゃないほどに震えている。
普段、宴会のときなどにシャンクスから抱き着くことはあってもエンからシャンクスに抱き着くことなんてほとんどないから、嬉しいと思うのと同時に、一体何があったのかと疑問に思う。
「エン、どうした? 何があった?」
「バ」
「ば?」
余程恐ろしいことがあったのが、エンはぎゅうぎゅうとシャンクスにしがみつく。宥めるように背中をさすってやっても効果はないようで、ぎこちない動きで顔を上げたエンは可哀想なくらいに真っ青になっていた。
「バババババ」
「ババア? ババアが出たのか?」
違う、とエンは首を横に振る。航海中の船にババアが突然出現したらそりゃ怖い。違うらしいが。
このタイミングで、他の仲間たちも何事かと集まってきた。以前のキッチン爆発事件のときの轟音と同レベルの悲鳴となれば、心配しないはずもない。
しかしエンの部屋に来た彼らが見たのは、寝間着姿でシャンクスに抱き着いて震えるエン。
まさか、と思い一同が軽蔑の目でシャンクスを見ると、慌てた様子で首をぶんぶん横に振った。濡れ衣だ。違う。襲ってない。
一瞬でとんでもない誤解をされそうになって自分の存在とは、とちょっと悩んだシャンクスは置いといて、エンは勢いよく顔を上げた。そして。
「バッタが出た!!!!」
目にいっぱい涙を溜めてそう叫んだエンには大変申し訳ないが、一同は首を傾げた。
バッタ。
バッタって、あれだろうか。
バッタ目(直翅目)・バッタ亜目 (Caelifera) に分類される昆虫の総称。
思わずそれぞれに顔を見合わせてしまった。
「バッタ?」
「バッタ!! 信じられない、ここ船の上でしょ!? なんであんなのがいるの!? 無理無理無理無理私もうこの部屋は入れない、少なくとも絶対にあいつがいなくなったこと確認できないと無理!!!!!」
「バッタって、今エンの寝間着の裾にくっついてるそれのことか?」
いまいち何故エンがそこまでバッタに拒否反応を示しているのかわからないライムジュースが、不思議そうに指摘した。
は、と口を開き目を大きく開け、エンは恐る恐る下を向く。
ワンピース型の寝間着の、裾。膝のあたり。
ひらひらの部分に、それは、いた。
「――――!!!!!」
この瞬間、ただでさえパニックを起こしていたエンのメンタルは完全に崩壊したのである。
「ぃぃいやああああああああああああああああ取って取って取ってお願い何でもするから取ってぇ!!!!!」
「待て待てエン、取ってやるから動くな!」
「うううううう無理本当無理やだ助けてお頭……」
何があっても助けを求めないエンに、初めて求められた助けがこれで非常に複雑な気分ではある。
最終的には叫ぶ気力もなくなったのか、ぼろぼろと涙をこぼして小さくなりながら泣き始めたエンから急いでバッタを引き離し、可哀想だがエンの精神衛生に悪いのでバッタは海に消えてもらった。ここで『命は大事なので次の島まで船で飼う』なんて云おうものなら、その場でエンの方が海に飛びこみかねない。さすがに虫の命よりエンの心の方が大事だ。
一先ず、このままここにいてもどうしようもないし、さっきまでバッタがいた部屋の前にいるというのもエンの精神にキているので場所をキッチンに移すことにした。腰が抜けたらしく立ち上がれないエンは、スンスンと鼻を鳴らしながら大人しくシャンクスに抱き上げられている。エンが嫌々ではなくちゃんと掴まっているので、この光景も非常に珍しい。
恐怖のあまり身体も強張ってシャンクスにしがみつく指先も氷のように冷え切っているから、ルウが急いで温かい飲み物を用意した。
ラム酒入りのホットココアをありがたく受け取ったエンは、漸くここで生きた心地をついたのだった。
「大変、お騒がせしました……」
そうしてさっきの自分の錯乱状態を思い出し、深々と頭を下げた。下げすぎてテーブルにごちんと頭をぶつけたが、そんなことは気にならない。
まったくもって、恥ずかしい。
いくら苦手なものを目の前にしたとはいえ、夜に、恥も外聞もなく悲鳴を上げて。しかも無駄に仲間たちみんなを集めさせてしまったし、心配をかけた。
これは可愛い免罪符は使えない。
あの悲鳴は可愛くない。
でもあの瞬間は悲鳴を抑えることなんて出来なかった。
エンは寝る前の少しの時間、裁縫をするのが趣味だ。
刺繍しているときもあれば自分や仲間の服を縫っているときもあるし、最近は小物作りも始めてみた。昼間は自分の仕事や他の誰かの手伝いに時間を割いているから、この寝る前の時間がエンの楽しみの時間だった。
そして今日もいつものように作業をし、区切りがついたのでそろそろ寝ようとベッドに向かったときにふと気付く。
ベッドの上にナニカある。
少し前にベッドメイクをしたときにはなかったナニカがそこにはいて、エンの中で警鐘が鳴り響いていた。
確認しなければいけないと思うのに、確認してはいけないとも思う。
奇妙な焦燥感に駆られながら、しかし寝るためにはそれがナニカを確認する必要があった。
心臓が嫌なくらいに大きな音を立てている。
自分の呼吸音しか聞こえないはずの静寂さが、逆に耳に痛い。
じりじりと、足音を立てないようにゆっくりベッドに近付いて。
――ソレを視認した瞬間、エンの喉から反射的な悲鳴が上がったのだった。
「毒グモも素手でとっ捕まえるしフナムシとか見ても動じないし、てっきりそういうの全般大丈夫なのかと思ってたぜ」
「いや別に必要とあらばって感じだから好き好んで触ったり見たりはしないからね」
おかしな誤解をされていたらしい。
そもそも自然豊かな島育ちであるエンは虫にそこまで嫌悪感はない。大量発生は困るが、益虫だっているしうまく共存している分には問題ないと思っている。
実際クモがそのへんにいてもなんとも思わないし、害虫であれば捕まえて捨てるか殺すかは普通にする。緊急事態でなければもちろん道具を使って、だが。白ひげを守ったときのあれは例外中の例外だと思ってほしい。
しかし、今日エンの部屋に突如現れたアレ――バッタに関しては別だった。
「昔、小さい頃にアレの群れに襲われたことがあって」
「襲われた」
「今より可憐でか弱かった当時の私は泣くしか出来なくてね。大泣きしながら蹲ってたらたまたま近くを通りかかった近所のおじちゃんに助けられたんだけど、全身噛まれるわギザギザな肢のせいで擦り傷山盛りだわで玉のような肌が見るも無残だし、一週間くらいは動くだけで傷がこすれて痛いし、耳にあの羽音と鳴き声が離れなくて魘されたよ」
「うわぁ」
「以来、本当にバッ……アレが無理なんだ……」
口にするのもおぞましいようで、云い直しながら身体を震わせエンは深くため息を吐いた。美少女のアンニュイな表情も可憐ではあるけれど、やはり可愛らしく笑顔を振りまいている方がエンらしい。全員がそう思い、今後バッタが二度と船に入り込まないよう徹底することを水面下で決定した。
ちなみに無事帰宅後、何故自分がいきなり襲われたのか理由が知りたくてバッタについていろいろと調べたそうだ。そのせいで余計に嫌いになったと告白するエンの目は死んでいた。調べた過程で何を知ったのかわからないが、なんというか、気の毒である。
とにかく、今回の騒動の理由は判明した。
ババアが出たわけでもオバケが出たわけでもなく、犯人はバッタ。そのバッタはすでに排除済み。
一応、一件落着である。
「で、どうする? エン、部屋で寝られるか?」
「無理。無理無理。入れない」
「じゃあ別の部屋でって云っても、空き部屋はねぇしなぁ」
わざとらしく困ったように云うシャンクスが何が云いたいのか、勘の良い仲間たちはピンときた。さっきのことを思い出してかまた青い顔で震え出したエンは気付かなかったが、このときシャンクスは相当良くない顔をしていた。
自分の部屋で一緒に寝よう、と云いたいのだ。このエロ親父。
エンとシャンクスが恋人同士だったら何の異論もないけれど、残念ながら現状はまだシャンクスの片想いである。
いくら他に行く当てがないとはいえ、弱っているエンを猛獣の檻に入れるつもりは毛頭ない。だったら自分の部屋をエンに明け渡す方が何倍もマシだ、と誰もが考え、それを提案しようとしたタイミングで、そっとエンが挙手をした。
「私、朝まで見張り台にいてもいい? 朝になったらすぐ部屋の掃除するから」
「えっ」
「多分どうせもう眠れないと思うし、……万が一別の個体がいても見張り台までは上がってこないだろうし」
ボソリと呟かれた恐らくそっちが本音なのだろう。
眠れないというのも本当かもしれないが、バッタがあの一匹だけとは限らない以上、どこにいても恐怖と不安に駆られるに違いない。ならばいっそ不寝番を交代し、何かの役に立った方が有意義だとエンは考えた。
あの取り乱しようを見ているので、彼らもエンが部屋に戻れないのは重々承知しているが、だからといってさっきまで大泣きしていたエンを不寝番にするのはいかがなものかと思う。例えそれがエンの希望でも、さすがに簡単に了承は出来ない。
しかも。
今まではエンのパニックのほうが気になっていたので誰も指摘しなかったが。
ゴホン、とここでホンゴウがわざとらしく咳払いをした。
全員がそちらに注目すると、非常に云いにくそうにホンゴウは云う。
「どっちにしろ、エン。お前はまずその格好をどうにかすべきだな」
「格好?」
「寝間着で見張り台になんか行かせられるわけないだろ」
むっつりと口をへの字にしたホンゴウに指摘されて、漸くエンはハッとした。
そう、ベッドに入る直前にバッタを発見したので、つまり完全に寝間着姿だった。
ザァ、と顔面から血の気が引くのがわかる。
咄嗟にテーブルに突っ伏した。
「ゴメンナサイ」
「あの状況できっちしりしろなんて云えないし、しょうがないのはわかってる。でももうそのままには出来ないのはわかるな?」
「ハイ。スミマセン」
「よし」
完全にお兄ちゃんの顔になっているホンゴウである。あるいは風紀委員。
エンはこれでも赤髪海賊団に対して配慮をしていた。
簡単に云えば、油断した格好で人前に出ないことを今までは徹底していたのだ。一応この船唯一の女であるという自覚はちゃんと持ってた。
いくら彼らがエンに間違いを起こさないとわかっていても、無駄な薄着や挑発的な格好をするのはよくないと思っている。美少女なので何を着ても似合ってしまうが、だからといって彼らに配慮しなくていい理由にはならない。
幸いなことにエンは元から落ち着いた格好が好きだし、過度な露出もしないので普段は何ら問題もなかった。
しいて云うなら、一度寝間着になったらその格好では絶対部屋から出ないようにしていた。万が一出なければならない場合は、面倒でも着替えるか、ちゃんと上着を着るとかで対策していたのだ。
が、さっきは咄嗟だったしほとんどパニックだったし、まず部屋から出なければ、バッタから逃げなければとしか考えられなかった。
しかもシャンクスが声をかけてくれたことで安心して、迷わず飛び出してしまった。寝間着姿で。しかも抱き着いてしまった。
これはいろいろと反省しなければならない。
テーブルに突っ伏して頭を抱えたエンは、しかし今は先に着替えだと考え直して少しだけ顔を上げた。
「でも、着替え取りに行けない……ホンゴウ取って来て」
「おれに女の子の部屋漁れって云ってんの? いや確かに着替えろっつったのはおれだけども」
「私がいいって云ってるんだからいいじゃん、お願い」
「えー……」
「お願い。医務室の棚卸したいって云ってたでしょ? あれ手伝うから」
どうやらその提案は魅力的だったようで、しばらく考えていたホンゴウが折れた。
どっちみち、誰かはその役を担わなければならないのだ。助けを求めるようにベックマンを見ても肩を竦めるだけだし、ルウやモンスターは論外、スネイクとガブとヤソップとパンチとライムジュースは絶対無理だと無言で首を横に振っていて、シャンクスに頼むのはいろいろマズイと判断したホンゴウは、渋々エンの部屋に向かっていった。その際、もし仮に残党がいたら殲滅するのもしっかり頼まれた。
やっと一息ついたところで、改めてエンがシャンクスに申し訳なさそうに云う。
「えーっと、お頭」
「へぁっ!?」
「何その声。いや、その、なんかいろいろごめんね?」
「や、別に……」
「混乱してたとはいえ思いっきり抱き着いちゃったし、ほんと反省してる。軽率でした。ごめんなさい」
むしろありがとうございました。
と口走りそうになって慌てて口を噤む。変態エロ親父の称号をほしいままにするところだった。しかし言葉にしなかったはずのその言葉は仲間たちには届いていたらしく、全員から一斉に冷たい視線が突き刺さった。
その後、手早く服を持ってきたホンゴウが戻って、結局エンとホンゴウの二人が見張り台に行くことになった。まぁ、妥当な人選だろうと全員(除くシャンクス)が納得して二人を送り出す。
そうして残された一同は、同時に大きなため息を吐き出した。
「……別にあいつに手を出すなとは云わんがな、お頭」
「……はい」
「時と場合は考えろよ」
「はい」
「弱ってるとこ狙うの禁止な」
「はい」
「本当にわかってんのか?」
「おれ、そこまで信用ねぇのかよ……」
「エンに関しては全く信用してねぇ」
口々に小言を云われ、最終的にはヤソップにそう断じられ、みんなも同意だと力強く頷いた。随分と頼りになる仲間たちである。
「さて、おれたちは戻らせてもらうが、お頭はどうする?」
「……少し頭冷やしてから戻る」
「……了解」
問題も解決したことだし、宴でもないのにこんな時間にキッチンにたむろしている理由はない。寝るなり仕事なりそれぞれ戻ろうとする中、一人だけ立ち上がろうとしないままテーブルに肘をついて指を組んでいるシャンクスを見、全員が事情を察して呆れた。思春期か。しかし多少気持ちがわからないでもないので、最後の優しさとして誰も何も云わずにキッチンを出ていく。
ぽつんと残されたシャンクスは、思いっきりため息をついた。
さっきまではエンが心配だったから思い出さずにいられたが、ホッとしたところでじわじわと現実として鮮明に脳裏に焼き付いたあの瞬間がリフレインする。
寝間着という薄着の状態で、抱き着かれた。
咄嗟に回した手に触れた、エンの柔らかい肌と思ったよりもずっと華奢な身体。
震える肩と、涙を溜めた大きな目。
助けて、と切羽詰まった声で呼ばれた自分。
「…………。」
自分はこんなにも純情だっただろうかとシャンクスは嫌気がさした。
別に女を知らないわけでもないのに、しかも今のところ一切自分を意識していないエンを相手に反応してしまうなんて。
さっさと部屋に戻らなければと思うが、この状態でもしエンとすれ違ったら何も言い訳できない。最低男だと思われてしまう。それは嫌だ。
念のためもう少し時間をおいてから戻ろう、と再びため息をついたとき、遠慮がちにキッチンのドアが開いた。
顔を出したのは、エンだった。
「お頭?」
「え、エン? どうした?」
「や、さっきみんなとすれ違ったんだけど、お頭がまだキッチンにいるって聞いたから」
エンはホンゴウが持ってきた服に着替え終わっており、おそらくこれから見張り台に移動するのだろう。
まだ立ち上がれないシャンクスが気まずさと申し訳なさで固まっていると、改めた様子でエンが云った。
「あのさ、本当にありがとうね」
照れたように頬を掻くエンは続ける。
「お頭、私の悲鳴聞いてすぐ来てくれたでしょ? 本当に怖かったから……嬉しかった」
反射で悲鳴を上げたものの、身体は強張ってしまってエンは動けずにいた。
バッタがあんな近くにいるのに、逃げようとしても身体がうまく動いてくれなかったのだ。
しかし、シャンクスにドアを叩かれたところでハッとして、そこで漸く止まっていた思考が解凍され逃げなければという本能が働いた。
シャンクスが来てくれなければ、あのまま部屋でバッタと閉じ込められたままだったわけで、今考えてもゾッとする。
恐怖のあまり抱き着いてしまっても拒絶はされなかったし、むしろ安心するように背中を撫でられたおかげで正気を保てたと思う。結果的にいつの間にかバッタはくっついていたが、一人じゃないというだけで随分ましだった。
どれだけ感謝しても感謝しきれず、エンはグッと拳を握って無邪気な笑顔をシャンクスに向ける。
「だから、お礼考えといてね。私に出来ることなら何でもするから!」
「……なんでも」
「うん、なんでも!」
この娘は危機感がなさすぎるのではないだろうか。
ちょっとここまで意識されていないとなると悲しくなってきた。
が、逆に云えばそれだけ自分が信用されているということでもあるわけで、片想いを自覚している身としては非常に複雑な気持ちだった。
エンの信頼を裏切りたくないし、かといってこのままの関係を続けたいわけでもないし。
「じゃあ私、もう行くね。おやすみ!」
云いたいことが云えてすっきりしたのか、元気に見張り台に向かっていったエンを見送って、またシャンクスは大きなため息をついた。
前途多難な恋すぎて、なんだかもういっそ面白くなってきた。
「なんでも、ね……」
立ち上がれる程度には落ち着いたシャンクスは、部屋への道をゆっくりと歩きながら考える。
きっとエンは、シャンクスがどんな要求をしても聞いてくれるのだろう。
どんな、要求でも。
例えばそれが、エンの意思を無視したシャンクスの欲望まみれの要求であっても。
けれどそんなことはしないし、出来ない。
おそらくエンは、ぎりぎりシャンクスがそんな要求はしてこないとわかっているのだ。
それは信頼しているともとれるし、甘く見ているともとれる。多分無意識にそう思い込んでいるに違いない。
だから『なんでも』なんて簡単に繰り返す。
「はー……」
部屋にたどり着きベッドに倒れこみ、目を閉じる。
無邪気に可愛らしいエンのことが好きだ。
でも今は、同じくらい腹立たしい。
こっちの気も知らないで『なんでも』なんて云われて、本当は今すぐあの柔らかい肌を暴いてやりたいとすら思っているのに。
しかし力づくで自分のものにしたいわけではないから、シャンクスがなんとかエンに自分を意識してもらえるようにと四苦八苦しているなんてきっと彼女は知らないのだ。まぁ、出来ればずっと知らないでいてほしいが。その前に好意に気付いてほしいので。
とにかく、人の機微には聡いくせに、なまじ可愛くて誰からも愛されてしまうエンは、万人に愛されるが故に愛情に鈍感だ。
そんなエンという少女を知るにつれ、この恋が一筋縄ではいかないとわかっていた。何せ向ける好意すべてが彼女にとって当たり前のものだから、それが独占欲や支配欲を持った愛情だなんて考えもしない。
ならば、愚鈍で傲慢とも云える無神経さも、まとめて愛するしかない。
だって、そういうエンを好きになってしまった自分が悪いのだから。
明日、エンに会ったらこう云おうと決め、シャンクスは眠りについた。
「もしも次があったら、また最初におれを呼んでくれないか?」
――なんて女々しいのだろう、と我ながら嗤いながら。