超絶美少女は夢を見る   作:秋元琶耶

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可愛くて賢くて愛嬌があって心が広くて優しいだけの一般人が海賊王の嫁になるまでの人生の、短い話をいくつか。時系列はバラバラ。今回書けなかった人たちはまた後日……

1.お買い物事変:ホンゴウ、ルウ(初期)
2.キッチン事変:ルゥ(初期)
3.お仕事事変:ベックマン、スネイク(初期)
4.お好み事変:モンスター、パンチ(初恋騒動後)
5.お買い物事変:シャンクス、ベックマン(初期)


未来の海賊女王の日常小話

1.お買い物事変:ホンゴウ、ルウ

 

 

買い物に行っていたエンとホンゴウが帰ってきた。何故かホンゴウが瀕死だった。

テーブルに突っ伏して何やら怨嗟の言葉を吐き出しているホンゴウの背中を、エンが気の毒そうにさすっている。さながら介護。船医のくせに何やってんだ。

 

「ごめんねホンゴウさん、私が可愛すぎるばっかりに……」

 

どういうこと。

そっと二人に水を差し出してやりながら話を聞いていると、顔を上げて震えながら水を飲んだホンゴウが、何かをやり切ったかのようにグッと親指を立てながら口を開く。おい口の端から水零れてんぞ男前。

 

「いや、いいんだ。お前が可愛いのは知ってたからな。でもまさかここまでとは」

「しっかりホンゴウさん、お医者さん呼ぼう!」

「お医者さんおれです」

「そうだった!」

 

何この茶番。

おれ何見せられてるの。キッチンという名のおれの城で三文芝居するのはやめてほしい。

仕方なく瀕死の理由を聞いてやれば。

 

「エンが、目を離した瞬間にナンパされまくってよ……」

 

なるほど、それをすべてガードしていた結果がこの疲労困憊らしい。

確かに前におれがエンと買い物に行ったときも明らかにエンに向けられた視線を感じた。まぁエンは可愛いしそりゃ見るよな、と思ってその時はあまり気にも留めなかったんだが。

 

「え、声とかかけらんなかったのか!?」

 

全然。

首を横に振ると、何故かホンゴウは絶望したように頭を抱えた。お前忙しいな。

すると、そういえば、とエンは思い出したように云う。

 

「ルウさんと一緒だったときは全然声かけられなかったよね。おかげでゆっくり買い物出来るから楽しい」

 

嬉しそうにそう云われて、悪い気はしない。

おれは基本的に女は苦手だが、エンは何故か大丈夫だった。よくわからないが、多分変に媚びたところもなく、常に堂々としているからだと思う。少なくとも今まで関わってきたキラキラでゴージャスで嫌な方向に自信満々の嫌味な女たちとエンは全く違う。あんなのと一緒にしたらエンに失礼だ。

なのでおれは割と島につくとエンと一緒に買い物に出ることが多い。御覧の通りエンは可愛いので、ボディーガードだとベックからも云われている。

 

「おれじゃあボディーガードは務まらないってことか……?」

「そういうことじゃないと思うけど」

「じゃあ今日は何だったんだよ……!?」

「えー。正直に云っていいの?」

 

お、と思う。

どうやらエンには怒涛のナンパについての見当がついているらしい。

おれと一緒だと大丈夫で、ホンゴウだとダメ。

見た目のいかつさや声の掛けずらさではおれたちはどっこいどっこいだと思うけど、エンにはそれ以外の理由が見えているのだろうか。

思わず二人してエンに注目すると、エンは可愛らしく笑って云った。

 

「単純に、私とホンゴウさんが兄妹に見えてたんだと思うよ」

「……兄妹?」

「そう。で、ルウさんと一緒にいたときは私が飲食店の下っ端でルウさんが先輩とか上司だと思われてんじゃないかな。人間心理として仕事中の人には声かけづらいけど、兄妹で出かけてるだけならいけるって思ったんだろうね」

 

そういうものだろうか。

おれとホンゴウは顔を見合わせて考えてしまった。

おれとエンが職場の上司部下の関係に見えたというのは、まぁ、理解できる。あのとき丁度メインで見ていたのは食材やキッチンで使う道具関連だったから、上司の買い物に部下を連れまわっていると思われないこともないだろう。まぁ実際は以前一度船のキッチンで爆発騒ぎを起こしたエンは二度と一人でキッチンを使わないようにベック立会いで約束させたのだが。

で、ホンゴウとエン。

兄妹。

見えないことも……ないのか……?

顔はまったく似ていないが、雰囲気が似ていると云われれば似ているような。いや可愛いエンとガタイがゴツくてでかくていかにもカタギじゃないホンゴウが似てるなんて云ったら失礼か。

じゃあどこが兄妹だというのだろう。

いまいちはっきりと同意できずに首を傾げていると、エンは笑いながら云った。

 

「だってホンゴウさん、私がどこに行きたいって云っても『しょうがないなぁ』みたいな感じでついてきてくれたでしょ? それが妹にべた甘なお兄ちゃんに見えちゃったんじゃないかな」

 

ああ、なるほど。

確かにそれならわかる。

ホンゴウはエンに甘いから、たいていのことは聞いてやる。まぁそもそもエンが度を越した我儘なんて云わないから聞いてやれるっていうのもあるが。

しかしおれにそういう雰囲気があるかといえば、ない。エンが苦手ではないとはいえ、そもそも女と二人で買い物という状況は普通に緊張する。エンだから滞りなく出来たってだけで、緊張自体はしていたのだ。

その緊張がうまい具合に周りにも伝わった結果、エンのガードになっていたというのならおれも随分役に立っていると思う。

 

「じゃあおれはエンとゆっくり買い物なんて夢のまた夢ってことか……」

「腕でも組んで恋人同士っぽく振舞えばさすがにナンパされないと思うけど」

「それだと別な意味でおれの命が保証されないから駄目だ」

「失礼な。美少女と腕組めて嬉しいくらい云ってよね!」

「嬉しいけど嬉しい以上に死ぬから。っていうか殺されるから」

「誰に」

「誰って」

 

本気でわかっていない様子のエンに、ホンゴウは首を傾げた。そして助けを求めるようにおれを見た。こっち見んな。エンがそういう子だってのはお前もよく知ってるだろ。

 

 

 

 

2.キッチン事変:ルウ

 

 

――ドカーン!

 

ある日のレッド・フォース号、昼下がり。

突如轟音が鳴り響き、何事かとクルーたちは戦闘態勢を取った。

あるものは見張り台に走って周囲を見渡し、あるものは攻撃を受けたのかと船の状況確認する。

しかし周囲にいるのは海鳥だけで、海軍も海賊船も見当たらない。船も特に攻撃を受けた形跡がない。そもそも、攻撃を受けたにしては船にはそこまでの衝撃はなかった。

では、何があったのか。

ぞろぞろと甲板に出てきた幹部たちは揃って首を傾げたが、ここでヤソップが気付いた。

 

「ルウとエンは?」

 

ハッと全員が息を飲む。

そうだ、こういうときは一旦全員が顔を合わせるはずなのに、ルウとエンの姿がない。

まさか二人に何かあったのか、と急いで普段ならルゥがいるであろうキッチンに向かうと。

 

「ルウ、エン、だいじょゴッホ!!」

 

キッチンのドアを開けたシャンクスを直撃したのは黒い煙だった。思いっきり煙を吸ったようで盛大に咽たシャンクスを押しのけて、ホンゴウがキッチンに入って真っ先に換気のために窓を開ける。

するとすぐに視界はクリアになり、シャンクスたちが目にしたのは。

 

「ごめんなさい」

「エン、おれは怒ってない。ただ教えてくれ」

 

キッチンの床に正座するエンと、その前に佇むルウ。

何だこの光景。

 

「なんでコンロの火をつけただけで鍋が爆発した!?」

「わ、わかんないよーっ!!」

 

そんなの私が知りたい、と叫んだエンの声はあまりに悲痛で、何の状況も把握できていない赤髪海賊団のみなさんはただただ絶句するしかなかったのである。

 

「ルウさんに云われた通り、お鍋に水を入れて火をつけただけなんだよ。なのにいきなり爆発するなんて信じられる?」

「信じたくねぇさ。でも今目の前で起きた現実だ」

「うううう!!!」

 

今の会話からして、どうやらこのキッチンの惨状の犯人はエンらしい。

コンロに火をつけたら爆発した? そんな馬鹿な。

 

「ルウ、エン?」

「ぎゃ、ぎゃー! 見ないでーっ!!」

「いやそりゃ無理だろ」

 

シャンクスたちの存在に気付いたエンは、悲壮な悲鳴を上げた。しかし見るなというのは無理な要求すぎる。何せ爆音は船全体に轟いていたし、キッチン全体に煙は蔓延していたし、誤魔化せる範疇は超えているのだ。

これはしっかり事情を聞くねばなるまい。

ひとまず床に正座しているエンを立ち上がらせて椅子に改めて座らせて、話を聞くことになった。

 

「……実は」

 

いわく。

今日はベックマンの手伝いが少なかったので、エンは暇していた。細かい仕事なんかは都度片付けて、ホンゴウやヤソップに手伝うことはないかと聞いて回っても今は何もない。

自分の仕事もひと段落していて、本当にやることがない。

実はこれで結構仕事人間なエンなので、手持ち無沙汰になると困る。もちろん趣味の裁縫をしたりもするのだけれど、暇さえあればという感じでもないし、周りが働いている時間帯に自分一人が暇なのは落ち着かない。

ちょっと悩んで、エンはキッチンに向かうことにした。今の時間ならばルウが昼食の仕込みをしている頃だろうと思い、それを手伝うつもりだった。

そしてルウに鍋にお湯を沸かすように指示されて、この有様だそうだ。

 

「昔ママに、私とキッチンは水と油じゃなくて、海と悪魔の実くらい相容れないものだって云われてさすがに泣いたよ」

 

遠い目をして云ったエンの背中はあまりにも悲しかった。そこまで云うことなくない、とエンは嘆くが、海と悪魔の実、云いえて妙である。コンロに火をつけただけで爆発を起こせるというのは、それくらい相容れないものなのかもしれない。

確かに料理が苦手だ、と最初に云っていたきがするが、これは苦手どころの話ではない。鬼門だ。

この落ち込みようを見るにわざとやっているわけではなさそうだが、いかんせん被害がでかい。全壊とは云わずとも似たようなものだ。奇跡的に無事なのは冷蔵庫くらいのもので、壁や床は焼け焦げて煤けているし、最大の被害はコンロとシンクだろう。総入れ替え決定である。

 

「……幸い、今日の夕方には目的の島に着く。キッチンの修繕は最優先でやろう」

「ありがとよ、ベック」

「ごめんなさい……」

 

さすがのエンも笑顔を保つことは出来ず、予想外の出費に頭を痛めるベックマンを見て殊勝に肩を落としていた。

美少女にもひとつくらい欠点があった方が魅力的だとは思うけれど、これは笑えない欠点だ。誰も怪我はしなかったことだけは幸いで、修繕費の一部は自分で負担しようと心に決めた。

 

「頼むからエンは二度とキッチンに入らないでくれ」

「う、うわーん!!」

 

珍しく真顔で云ったルウに、絶望したように声を上げるエン。

残念ながら、キッチンの長であるルウの決定には誰も逆らえない。

本気でショックだったようで半泣きになったエンに、一同は慰めるように肩を叩いてやるしか出来なかった。

 

 

 

 

3.お仕事事変:ベックマン、スネイク

 

 

航路についての相談をしていたおれとスネイクに、ルウの手伝い(キッチンの外)をしていたエンがコーヒーを持ってきた。

 

「お疲れ様~、はい一息入れて」

「あ、ありがとう。助かるぜ」

「悪いな」

「いいえ~、私は運んだだけだし」

「いじけるなよ」

 

エンは先日キッチンで爆発騒ぎを起こし、珍しく本気で怒ったルゥからキッチン内への侵入を禁止された。お湯を沸かそうとしただけで鍋を爆発させるのはもはや才能だと思う。

しかしせめてお茶を淹れられるようにはなりたいと泣き付き、仕方なくルゥは簡単な手伝いから教えることにしたのだ。まぁまだコンロには触らせてもらっていないようだが、どうやらエンとキッチンの相性の悪さは筋金入りらしく、長期戦で頑張るらしい。爆発騒ぎは割と本気で驚いたので、そうしてくれるとこっちも助かる。

 

「これ、次の目的地?」

「ああ。最短ルートで行く予定だから、一週間後には到着予定だよ」

「へー。こういうの見ただけでいろいろわかるのってすごいよねぇ」

「一応専門職なんでね」

「すごいには変わりないじゃん」

 

広げていた海図が気になったのか、珍しそうにするエンだったが、ふと眉間に皺を寄せた。

スネイクが現在地と目的地を海図上で指し、こういうルートで行くんだ、とエンに教えてやっていたときだった。

 

「何か気になることでも?」

「んー……」

 

海図が読めないエンが見ても、メモや数字なんかはちんぷんかんぷんだろう。

しかし何かが引っかかったらしい。

こういうときのエンの勘は、無視するわけにはいかなかった。

 

「エン。気になることがあるなら云え」

「あ、や、でも航海については私ド素人だし、二人が決めたことに口出しとかは」

「いいから。なぁ、スネイク」

「ああ。云ってくれ、エン」

 

ふたりでさぁ云えと迫るとエンは、少し迷ったように視線をあっちこっちにやってから、意を決したように海図のとある場所を指さした。

 

「ここ。なんかちょっと、嫌な感じがするんだよね」

 

そこは何の変哲もない海の真ん中だった。海底火山や特殊海流区域でもないし、海王類が出やすいだとか特記事項もない。

何度か通ったこともあって、今回も当然のように通り過ぎるつもりの海だった。

しかし、エンは嫌な感じがするという。

ふむ、と考えてスネイクと顔を見合わせる。

どうやらお互い考えることは同じだったようで、すぐに海図にメモをして航路の再検討をすることにした。

 

「わかった。じゃあここは避けて別のルートにしよう」

「そうだな。数日日程は延びるが、いいだろう」

「え、えっ」

 

すると即座におれたちがルート変更を決めたことに、意見を云ったエンが一番驚いていた。まぁ、そりゃ無理もないかもしれないが。

 

「わ、私の意見なんかで決めていいの?」

「何云ってんだ。エンのその勘で何度も助かったことあるんだぞ? 信じるよ」

 

一番最初のダイアルの件もあるし、あのあと何度かエンの勘が働いたおかげで回避できたこともある。

例えば立ち寄る予定だった島に近付いた途端絶対駄目だと騒ぎだし、何事かと思っていると速報を持ったニュース・クーが現れて新聞を落としていき、その島では地元特有の伝染病が流行り始めてしまい寄港禁止になったという。エンを無視して寄港していたらとんでもないことになるところだった。

またある時は大量の海軍の襲撃を察知して進路変更をして事なきを得たり、挙げればエンの勘による功績は片手では利かないほどだ。これで未だにエンの勘を信じないなんていうのは馬鹿だと思う。

スネイクが大真面目にそう伝えると、エンは大きな目をさらに大きく見開いてから、頬を掻きながら笑った。

 

「えへへ、ありがとう」

 

照れくさそうにそう云い、そそくさとルウの手伝いに戻っていったエンを見送ると、しみじみスネイクが呟いた。

 

「エンって本当に可愛いな」

「普段からあれくらい静かだともっと可愛いんだがな」

 

いかんせん言動が突飛すぎて、可愛いよりもとんでもない女という印象のほうが強い。もちろん可愛いとは思っているが、素直にそう評価するには他のとんでも言動が邪魔をする。

まぁしかし、仕事中に気を遣ってお茶を持ってきたり、純粋な褒め言葉には素直に嬉しそうにするのは年相応で非常に可愛いと思う。あいにくおれの好みの範囲外ではあるけれど。年齢差はいいとして、せめてあと少し出るとこが出て引っ込むところが引っ込んでいれば。なんて云ったら刺されそうなので云わない。

その後はきっちりスネイクと打ち合わせを終わらせ、食器を下げに行ったらキッチンでボヤ騒ぎが起きていた。もちろん犯人はエンだった。ルウが無言で泣いていた。エンの額は床にくっついていた。土下座である。

 

ちなみに目的地に着いてから知ったことだが、エンが嫌な感じがすると云っていたあの海域で、大規模な遊蛇海流が発生していたらしい。もし知らずに通っていたら、いかにレッド・フォース号と云えど大損害は確実だった。

エンの勘、恐るべし。

 

 

 

 

4.動物事変:モンスター、パンチ

 

 

「ねー、ごめんってばモンスター。拗ねないでよぅ」

「キッ!」

「全然許してくれなさそう……」

 

ある日、モンスターに平謝りしているエンを目撃した。

どうしたのかと思い声をかけると、おれに気付いたエンがワァッと泣き付いてきた。

 

「助けてパンチ、モンスターが全然機嫌直してくれないの!」

 

よしよしとエンの頭を撫でてやりながら、腕を組んでいかにも不機嫌なモンスターを見る。確かにものすごくご機嫌斜めそうだ。

基本的に仲のいい二人なのにどうしたのかと首を傾げる。

 

「ほら、私が実は鳥好きだって知って、じゃあ猿は好きじゃないのか、みたいな感じになっちゃって」

「ああ……」

「キキッ、キッ!!」

 

どうやらかなりのご立腹らしい。わかりやすく毛を逆立てて身振りで怒りを表している。

先日白ひげ海賊団と一緒になった時に判明したことだが、エンはとんでもない鳥好きらしく、あの不死鳥マルコに抱き着くという怖いもの知らずな行動をとった。しかもそれが白ひげ公認だというから、改めてエンの人心掌握術が恐ろしい。

あのときはいろいろあって鳥好き云々も突っ込んでいる暇はなかったのだが、全部解決してひと段落したところで、おそらく同じ動物枠としてモンスターは対抗心を燃やしてしまったのだろう。かなり時間差だが。

何せ一年近く一緒にいたのにエンが鳥が好きだなんて誰も知らなかったし、それまではモンスターのことをよく可愛がっていたのだ。

あれは嘘だったのか、自分を可愛がっていたのは鳥の代わりだったのか、と憤慨しているのだろう。

モンスターは本当に頭がいいので、人間みたいに嫉妬したのだ。

じろりとエンを睨みつけるモンスターに、エンは困ったように云った。

 

「私、モンスターも大好きだよ。でもね、鳥には鳥からしか得られない栄養があるというか」

「ああ、ビタミンとか?」

「食用じゃなくて!」

 

場の空気を和ませようとしたら怒られてしまった。ごめん。

思いっきりエンに睨みつけられてしまったので、両手を上げて降参のポーズでもう黙ってますと云うと、モンスターに向き直ったエンが寂しそうに云う。

 

「ね、モンスター。お願いだから機嫌直して?」

「キ……」

 

しおらしく謝るエンを見たモンスターは、すぐに目を逸らして俯いてしまった。謝ってもいっこうに態度を軟化してくれないモンスターに、エンは途方に暮れたように肩を落とした。

あんまり口出しはしないほうがいいと思っていだけれど、これは少しくらい助け舟を出してやってもいいかもしれない。

どちらの味方、というつもりはなくどちらの味方でもいたいが、いつもは笑顔いっぱいで可愛らしいエンが落ち込んでいる姿はやっぱりみたくないのだ。

モンスターも意地を張りすぎて引っ込みつかなくなっている様子だし、ここは居合わせたおれの出番だろう。

 

「モンスターお前、本当は怒ってないんだよな?」

「パンチ?」

 

どういうことかとおれを見上げたエンと、驚いたように目を見開くモンスター。

二人の視線が集中する中、おれは静かに云った。

 

「多分寂しかったんだよ。長いこと一緒にいたのに、まだ全然エンのことわかってなかったんだなって思ってさ」

「……そうなの?」

 

エンの問いかけに、しばし考えるように目線をあっちこっちさせていたモンスターだったけれど、ややあって観念したように頷いた。

ほら、な。

大丈夫だよ、ともう一度云ってやると、眉を下げたエンはモンスターの手を取った。

 

「私だって、みんなのこと全部わかってるわけじゃないよ。鳥の件は、まぁ、ちょっと機会がなかったっていうか……。でも、どうせこの先も長く一緒にいるんだからさ、少しずついろいろ知っていこうよ」

 

全部を一度に知ることは難しい。

きっかけが必要なことだってあるし、自分でも気付いていないことだってあるだろう。

だから、と。

優しくそう笑顔を向けたエンに、モンスターは飛びついた。

それはきっと、謝罪の抱擁だったんだろう。

エンは驚いたように、けれどすぐにぎゅうとモンスターを抱きしめた。

 

鳥が好きだっていいのだ。

それでもエンがモンスターを好きだという事実は変わらない。まぁ、順列をつけなければいけないのなら、鳥のほうが好きなのかもしれないけれど。でも実際そんな順列をつけなければならない状況なんてそうないから、少なくともこの船にいる限り自分が確かにエンに愛されていることがわかったらしいモンスターは、嬉しそうにエンの温かさを堪能していた。

 

「ありがと、パンチ。さっすがモンスターの相棒だね」

 

モンスターを抱きしめながらそう笑うエンに、おれも寂しかったからわかったんだよ、とは云えなかった。

代わりに二人の頭を撫でてやって、さて、夜の宴のためにお仕事しますか。

 

 

 

 

5.お買い物事変:シャンクス、ベックマン

 

 

買い物に行っていたエンとお頭が帰ってきた。何故かお頭がご機嫌斜めだった。

面倒くさそうな気配を察知して逃げようとしたのに、一歩遅かったらしい。おれの姿を見つけたお頭に呼ばれてしまい、仕方なく足を向ける。

 

「なー、エンがぜんっぜんプレゼントさせてくんねーんだよ!」

 

うわくだらね。

丁度煙草を吸っているときでよかった。口に何も咥えていなかったら、間違いなくそう云ってしまっていた。そしてもっと面倒なことになっていただろう。喫煙者でよかったと思った瞬間だった。

子供のように口を尖らせて非難がましい目をエンに向けるお頭を、エンは呆れたように見ている。

 

「いや、いきなり『欲しいものなんでも買ってやる!』とか云われても困るよ」

「なんで!?」

「なんでって」

 

どっちが年上なんだかわからない。おれの記憶が確かならお頭の方が12歳ほど年を食っていたはずなのだが。

今日は前々からお頭が『エンと二人で買い物に行きたい!』と騒いでいたので、いつもは仕事優先でおれやルウと一緒だったり、雑務の関係で船に残っていることが多かったエンが折れて一緒に出掛けて行ったのだ。

うきうきと昼過ぎに街に向かった時はあんなに嬉しそうだったくせに、夕方前に帰ってきた今はぶすくれている。びっくりするほど不細工な面だった。

お望みの二人で買い物だったのに一体何があったのか。

どうせくだらないことなのだろうけど、突っ込む気にもなれずおれはおとなしく二人の会話に耳を傾けた。というかそういうのは二人でやってくれ、おれを巻き込むな。

 

「お給料もらってるし、自分で欲しいものは自分で買うよ。船で使うものがあるときはベックさんに経費もらってるし」

「で、でもさぁあるだろ、服とか宝石とか」

「私、そういうのあんまり興味ないもん。私の可愛さは服にも宝石にも左右されないしねっ」

 

最近お気に入りらしいポーズをビシッと決めるエンは確かに可愛い。出来れば音声を切る効果が欲しい。そういう悪魔の実の能力者がいたら是非仲間に勧誘したいもんだ。

まぁ冗談は置いといて、おれはまだ納得しない様子のお頭に云ってやった。

 

「お頭、諦めろ。エンはこれで意外と真面目な女だからな」

「な、何さ意外とって……」

 

フーッと煙草の煙を吐き出して、何故か少し挙動不審になったエンをびしりと指さす。

 

「お前が可愛いのは事実だが、それを盾にして立場も物もねだったことは一度もねぇだろ。普通な、お前くらい容姿に自信があったら誰彼構わず媚びまくって自分の存在を確固としようとするもんだ。ところが船に乗ってからもずっとお前は地味で面倒な仕事も率先してやるし細かいことにもよく気付いて、しれっと片付けてたりする上にそれを自慢したりもしない。女だから大事にしろとも云わないし我儘の一つも云わねぇ、これで真面目でもなんでもないなら何なんだって話だ」

 

これは経験則だが、どこにでも自分に自信がある女というのはいるものだ。美人だったり可愛かったり話し上手聞き上手だったり床上手だったり、まぁその自信にはいろんな種類がある。

そしてそういう女たちは、その絶対的な自信から高慢であることが多い。

少しでも自分のほうが精神的に優位と感じるやいなや、やれあれが欲しいこれが欲しい、やれあれをしてほしいこれをしてほしい。だって私を魅力的に思っているならそれくらいいいでしょう、とでも云うように要求はエスカレートする。

更にそれが商売女だったりすると、客の男に金を落とさせることに一生懸命でそれ以外の仕事など下っ端に押し付けるなんてよくある話だ。

まぁ実際そういう女も面白いので何度か遊んだこともあったが、たいていすぐに飽きる。最初はこっちに気に入られるためにした手に出ていても、そのうち自分の欲を満たすことに夢中になって本性が見えてくるとつまらなくなってしまうからだ。

 

ああいやおれのそういう話は今は置いといて、とにかくエンはそんな女たちとはまったく違うということで。

機嫌を取るために高価なものを貢ぐのも、望むことをなんでも叶えてやるのもエンは求めていない。

自分で出来ることはするし、仕事はきっちりこなす。むしろ、おそらくエンはかなりの仕事人間だ。歴史学者としての仕事もし、おれの仕事も手伝い、更に暇を見つけてはホンゴウやルウの手伝いまでする。おれもそれなりに仕事人間だと思っていたが、もしかしたら似た者同士なのかもしれない。

というわけで、当然まとまった金は渡していた。

最初に渡した金額はあまりに多すぎるからちゃんと計算してくれと云われて仕方なく考えて渡した額もまだ不服そうだったが、おれは仕事に見合った金額を渡しているつもりだったのでそれ以下の金を渡すつもりはなかった。

しぶしぶ受け取ったエンは、ならばせめて自分がその金額に見合うと思う仕事をしようと決意したのか、より一層仕事に打ち込むようになった。

そうなるとまた金額が吊り上がるってなんでわかんねーんだこの娘は。面白いので放っている。

つまりエンは、『可愛い私は仕事なんてしなくていいでしょう?』なんて態度は一度たりとも取ったことはないのだ。

 

さらに、自分が可愛いのは当たり前のことだと思っているので、可愛いを理由に貢がれる意味がわからない。

自分が可愛いなんてわかりきったことに報酬が発生するとは、微塵も思っていないのだ。

女なんて適当に高価なものをくれてやれば喜ぶだろうという考えは、完全にエンには通用しない。

その証拠に、指摘したことに対してエンはしどろもどろになりながらも言い訳のようなことを云い出した。

 

「や、だって、私が可愛いのは当たり前のことだし、だからって何かしてもらうのは違うと思うし……仕事は、それこそするのは当たり前じゃん。働かざるもの食うべからずっていうか、ねぇ……?」

「だからそれが真面目だっつってんだ。お頭、こういう女に貢ごうとしても逆効果だぞ。こいつを口説き落としたいなら別の手を考えるんだな」

 

おれに出来るアドバイスはそれだけだ。

この手の女は口説くのが一番大変なタイプなので、せいぜい頑張ればいいと思う。まぁどこまでお頭がエンに本気なのかは知らないが、少なくともどうにかして喜ばせたい、という気持ちに嘘はないのだろう。随分と健気だ。エンが船に乗る前は、おれほどと云わなくとも女をとっかえひっかえしていたとはとてもじゃないとは思えない。逆に不健全に思えてきた。

すると何故かここでエンは目を輝かせておれを見る。やめろ、隣のお頭の目が怖いから。

が、この女。どこまでも予想外の発言をしやがる。

 

「ベックさんてさぁ、絶対モテるでしょ」

「ああ、えぐいくらいモテる。飲み屋で女に囲まれないことはまずない」

「み、見たい……綺麗な女の人に群がられてるベックさん、見たい……」

「多分今夜もそうなるぞ。……一緒に行くか?」

「いいの!? やったお頭、ありがとうっ」

 

エンに抱き着かれて鼻の下を伸ばしてるとこ悪いけど、あんたそれで本当にいいのか。

はーもう本当に勝手にやってほしい。

でもおれをダシにされるのは死ぬほどむかつくので、今夜はお頭のところには誰一人付かないように店と交渉すべくおれは一足先に夜の街に出かけることにした。

あ、でもそれって逆にエンと一緒に行くお頭にはいいことなのか? くそ、どっちにしても腹立つな。

 

自覚があるかないかわ知らんが、エンが無意識にしろ何にしろ一番距離を許してるのはお頭、あんただぞ。

まぁ、絶対教えてやらんけど。

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