解決編。
怪我が治るまでの間、エンは医務室で過ごすことになっていた。
エンの部屋と医務室は少し距離があり、頭を打っているエンに何かあった時すぐに気付けない可能性がある、というのは建前で、エンは自分の部屋に戻りたくなかったのだ。
何故ならエンの部屋と船長室は隣り合っており、部屋に戻るということはシャンクスの近くで過ごすということになる。
今のエンにはそれは耐えられなかった。
エン自身はそんなことは云わなかったけれど、エンの反応を見てそう判断したホンゴウが決めた。そのことをエンに伝えると、明らかにホッとしていたから、その判断は間違いではなかったとホンゴウは確信した。
幸いというかなんというか、エンの怪我はすぐには完治しないものばかりだ。頭の怪我はもちろんのこと、肋骨のひびはどうしたって完治まで時間がかかる。
さすがに今後ずっと医務室で生活するわけにはいかないが、この期間に何かしらの展開があればエンも部屋に戻れるようになるだろう。
正直、こんなにこじれるならもっと早く口出しすべきだった、とホンゴウたち幹部連中は思ったがもう後の祭りである。こうなったら、あとはもうなるようにしかならない。
医務室で生活すると云ってもほとんどやることはなく、リハビリを兼ねて多少ホンゴウの手伝いはしつつも基本的には読書や裁縫をして過ごしていた。
怪我をしているとはいえ手は動くので、当初は普通に働く気満々だったエンだったが、さすがにそれはベックマンとホンゴウが止めた。エンが働いてくれたらそりゃあ助かるが、いくらなんでも怪我人を働かせるほど彼らは鬼ではない。
しかも自覚なしの仕事人間であるエンが云う『普通』は一般的には『かなり』だ。健康なときですら周囲が止めないと働きすぎるのに、怪我人状態のエンを働かせるなんてとんでもないことである。ちなみにこっそり医務室に仕事道具を運ぼうとしていたのはホンゴウに発見され、即ベックマンに報告されて根こそぎ回収されてしまった。
ベッドに押し込まれながら、こんなに何もしなくていいんだろうか、とエンは零すが、怪我人は怪我を治すのが一番の仕事だ。そう諭され、渋々ながらもエンはリハビリ休暇中だった。
あの日以来、エンはシャンクスと顔を合わせていない。
何度か医務室に見舞いに来ていたのは知っていたけれど、寝たふりをしてやり過ごしてしまった。
あんなことを云ってしまった手前、顔を合わせずらかったのだ。
もちろん、ずっとこのままでいていいはずはないと分かっているが、少なくとも今のエンはまともにシャンクスと話せる自信がない。
実を云えば他の仲間たちに対しても似たような気持ちなのだが、どうしたって話す必要があったホンゴウとベックマンは努めて以前通りにしてくれているので、内心エンはホッとしていた。なかったことにしようとしているわけではなく、エンを気遣ってそうしてくれているのがわかるから、少し申し訳ないような気もするけれど、今はその気持ちに甘んじるしかない。
せめて怪我が治るまでにはどうにかしなければと思いつつ、話さなければと思うと身が竦む。
そのことをホンゴウに零すと、彼はゆっくりでいいと笑ってくれた。急ぐ必要はないと、自分のペースでいいのだと。
本当に、船医様様だ。
元気になったらホンゴウにはしっかりお礼をしなければ、と思いつつ、エンは今は感謝の言葉を伝えた。
そんなわけで、この日ホンゴウは医務室におらず、エンはいつものように一人でのんびりと刺繍をしていた。いつもは簡単な意匠しかしないのだが、折角時間があるのだからとちょっと凝った意匠に挑戦中だ。
すると、机の上にある固定の電伝虫が鳴った。
今までエンが医務室に出入りしていたときには一度も鳴ったことがなかったし、ホンゴウも彼の不在時にどう対処すべきかは云っていなかったから、これは取るべきかスルーすべきか、とエンは迷った。
しかし少しすると電伝虫は鳴き止んだ。また用事があればきっとかけてくるだろうと思い、エンはちょっとホッとした。が、それも束の間、すぐにまたけたたましく電伝虫は鳴り出した。
これは、急ぎの用事かもしれない。
あまり気は進まなかったけれど、一度出てホンゴウの不在を伝えるか、可能であれば自分が要件を聞いてホンゴウに伝言をすべきか。
そう考え、意を決して受話器を取った。
「もしもし、エンです。あの、今ホンゴウは席を外してて……」
『エン?』
すると受話器の向こうから聞こえてきた声は、エンにも馴染みのあるものだった。
「……マルコ?」
『ああ、おれだよい。なんでお前が……って、手伝いか。相変わらず働くやつだよい』
呆れたように云い、マルコは笑う。
受話器越しに聞こえるマルコの声はなんだか直接話しているときよりも優しいような気がして、エンは胸にじわりと温かいものが湧き上がるような気がした。
「えと、今は手伝いじゃなくて……ちょっと怪我して、医務室にいるの」
『怪我? 大丈夫なのか?』
「うん、もうほとんど治ってるよ」
『ならいいが……あんまり無茶するなよい、お前は少し自分を大事にすることを覚えろ』
「……うん、えへへ……」
へらへらと笑いながら、エンは失敗したことを悟る。
いつものようにもっと元気に装わなければならなかったのに、マルコの優しい声があまりにも胸に響いて、目頭が熱くなってしまった。油断すると涙が零れそうになって、慌てて息を飲む。
更にそれがまずかった。
電伝虫はあまり使うことがなかったのでエンは知らなかったが、電伝虫は表情まで相手に伝わるのだ。
つまり、今エンが泣き出しそうになっている様子が、マルコには見えている。
そんな流れではなかったのに言葉を詰まらせたエンの様子がおかしいことに気付いたマルコは、思わず眉を跳ね上げた。
『……エン? 何かあったのかよい?』
「……何、も」
ないよ、という言葉が続かず、ぎゅっと目を閉じる。そうしなければ泣いてしまいそうだったから。
マルコは優しい。だからエンが泣けば心配するだろう。それにいきなり泣き出したら、いくらなんでも迷惑だろう。ただでさえ仲間たちに迷惑をかけたのに、他海賊団の人にまで迷惑も心配もかけられない。そう思い、エンはグッと歯を食いしばって涙を堪える。
大丈夫だと、なんでもないと笑って云わなければ。
けれどそんなエンの努力は、残念ながら無駄に終わる。
ことさらに穏やかな声で、マルコは云ったのだ。
『エン。オヤジが久しぶりにお前に会いたいって云ってるよい。迎えに行ってもいいか?』
「……おじ様が?」
息を飲む。
顔を上げる。
不思議なことに、気分が軽くなっていた。
おじ様。
エンがそう呼び慕う、白ひげ、エドワード・ニューゲート。
本来ならば海に出てたった数年の小娘が馴れ馴れしく出来るような存在ではないが、何の因果か彼はエンをたいそう気に入り、おおらかで豪快な彼にエンもよく懐いた。
違う船の船長と船員だから頻繁に会うことも連絡を取ることはなくとも、二人は離れた場所に住む祖父と孫のようにお互いを慈しむ関係だ。
その白ひげが、会いたいと云ってくれている。
それは今のエンにとって、とても、とても嬉しいことで。
「……うん。私も、おじ様に会いたいな」
『わかった。ちょっと待ってろよい』
とびきり優しい声で云い、マルコは通話を終わらせた。
しばらく受話器を持ったまま呆然としていたエンは、しかしもうすぐマルコに、白ひげに会えると思うと胸がいっぱいになって久しぶりに穏やかな気持ちになることが出来た。
この船にいることがつらいのではない。
ただ、考えてしまう。
彼らとの決定的な壁を築いてしまったエンが、このままここにいていいのだろうかと、あの日からそんな考えが頭から離れてくれないのだ。それでも自分の発言が間違っているとは思えず、うまい云い訳も思いつかなかった。
優しい彼らはエンに出て行けなんて云わない。
だからこそ自分から云うべきだと思いつつ、それでも彼らのことが好きなエンは最後の一歩を踏み出せない。壁を築いたのは自分なのに、その先には進めないというのだから臆病だ。
深いため息をつきながら考えるのは、一体いつから自分はこんなに憶病な人間になってしまったのだろう、ということ。
こんなこと、赤髪海賊団の仲間には誰にも話せない。
ホンゴウのことは兄のように慕っているし多分一番本音で話せる相手だけれど。ヤソップは師匠と呼び、ときに厳しくときに優しく自分を諭してくれるけれど。ベックマンはいつでも冷静に客観的な意見を交えて相談に乗ってくれるけれど。
誰も彼も優しい。
だから、話せない。
でも、白ひげならば、と。
あのおおらかで器の大きな彼であれば、ちっぽけな自分の悩みを受け入れてくれるのではないかと、あの大きく優しい人と話せれば、自分の中のわだかまりをどうにか出来るのではないのかと。
エンは無意識に、胸の前で手を組んでいた。神様に祈ったことなんて今まで一度もないけれど、今は天にも縋りたい気持ちだった。
マルコは『ちょっと待っていろ』と云っていた。もしかしたら、結構近くの海域にいるのかもしれない。とはいえ視界に入るほど近ければ誰かが騒いでいるだろうし、きっと数日中には会えるのだと思えば、自然と頬が緩んだ。
久しぶりに気分が軽くなったことが嬉しくて機嫌よくベッドに戻ると、そのタイミングでホンゴウが医務室に戻ってきた。
「あ、ホンゴウ、さっきマルコから電伝虫が来てたよ」
「マルコ? ああ、もしかして前に話してた薬の話か」
「よくわかんないけど、あの、あとでこっちに来るって云ってた」
「は? マジで?」
「うん。なんか、近くにいるみたい」
「了解。じゃあまた近々連絡来るだろ」
結局マルコは何の用事で連絡してきたのか云わなかった。なのでホンゴウにもどう伝えるべきかわからず、ひとまずマルコが近くにいて、レッド・フォース号に来るらしいということだけを伝えると、ホンゴウも首を傾げていた。
二人は船医という共通の職業上、たまに連絡を取って情報を共有しているらしい。最近は解熱剤についていろいろと調べていたようだ。先日よく効く解熱剤を手に入れたから今度それについて意見交換をしたいと話していたので、そのことだろうとホンゴウは見当をつけた。ちなみに怪我による発熱で苦しんでいたエンに処方されたのもその解熱剤だ。
その後はエンの包帯を変えたりお茶を飲んで雑談して、ずっと医務室にこもっているのも気分的にあまりよくないだろうということで、久々に甲板に出てみることになった。エンはちょっと渋っていたが、今シャンクスはベックマンと一緒に副船長室に缶詰めで仕事中だと伝えると、それならば、と了承した。やっぱりまだ顔を合わせるのは怖いらしい。
そうして久しぶりに出てみた甲板の空気は気持ちよく、しかも丁度天気も良かったので絶好の日光浴日和だった。
エンは仕事も趣味も屋内で済ませる上にここ最近の医務室生活のおかげで、ただでさえ白い肌が白を通り越して青白くなりつつある。これは健康によろしくないので、今日はもう存分に日光を浴びさせる予定である。
二人が甲板に出ると、暇そうにしていたライムジュースやヤソップたちも集まってきて、みんなでわいわい雑談をしたり、ボードゲームをしたりして楽しい時間を過ごした。エンのストレスになると思ってお見舞いにはいかなかったが、みんな随分心配していたのだ。顔色は悪いが楽しそうにしている様子を見て、彼らは心底ほっとした。
どうやらシャンクスさえいなければエンも気軽に笑っていられるようだし、連れ出して正解だったな、とホンゴウは自分の判断の正しさに満足する。ちなみに、肝心のシャンクス対策をどうするかはまったくいい方法が浮かばないという事実からは今は目を逸らした。胃が痛くなるので。
一時間ほどそんな時間を楽しんでいた頃だろうか。
ふいに、ばさ、とひと際目立つ羽の音がした。
丁度ボードゲームもひと段落して手持無沙汰だったエンが鳥の気配に反射的に顔を上げて、驚きに目を見開く。
レッド・フォース号の上を飛んでいたのは、青く雄大な鳥――不死鳥。
「よぉ、邪魔するぜ」
「……えっ!?」
マルコだった。
以前見たときと変わらない美しい姿で、滑るようにレッド・フォース号の甲板に降り立ち鳥から人に変化する。
数時間前の通話で確かに迎えに行くとは云っていたけれど、まさかその日のうちに来るとは思っていなかったし、あまりにも予想外すぎて言葉が出てこない。
エンは思わずマルコに駆け寄り、手を伸ばす。するとマルコもごく自然にエンの手を取ってくれたので、自分で伸ばしたくせにエン自身が何故かびっくりしてしまった。
「な、なんで……」
「待ってろって云っただろい」
戸惑うエンを相手にいたずらっぽく笑ったマルコだったが、改めてエンを見て眉間にしわを寄せた。
怪我は治ったと云っていたはずなのに、身体の至る所に包帯が巻かれていたからだ。
「お前、その怪我……」
「え、あ、ああこれ、他はほとんど治ってるんだけど、やっぱり大きいやつはもうちょっとかかりそうで」
エンは怪我したことは電伝虫で話したときに伝えていたが、どの程度、というのは怪我の経緯まで訊かれたらどう答えればいいのかわからなかったし、話していなかった。
マルコはマルコで、怪我をしたとは確かに聞いていても、こんな包帯まみれになるほどの怪我だとは思っておらずかなり驚いている。てっきり、いつものようにちょっと無茶をして少し怪我をした程度で、シャンクスたちが過保護だから医務室生活を強いられているのかと思っていた。まさか、頭にも首や肩にも包帯を巻くほどの大怪我を負っていただなんて思いもしなかったのだ。
ぱっと見、しっかり丁寧に治療はされているようだが、そもそも何があればこんな怪我を負うことになるのかがマルコには疑問だった。
しかも赤髪海賊団全員が怪我をしているのならまだ敵襲か何かがあったのだろうと予想できても、怪我をしているのはエン一人の様子。
そんなことがありえるだろうか。
若干不信感が芽生えたマルコが口を開こうとした瞬間、甲板にシャンクスが現れた。どうやら室内にいたようで、マルコが来たという連絡を受けて慌てて出て来たらしい。
すると、パッとエンが俯いた。マルコの手を掴む手も、わずかに震えているような気がする。
――違和感。
こう云っては何だが、日ごろ能天気感あふれる赤髪海賊団なはずなのに、どこかぎくしゃくしているような、船全体が噛み合っていないような雰囲気にマルコは違和感を覚えた。
「マルコ、お前急にどうしたんだ?」
「……この先にある島に停泊中でな。もし近くにいるならエンの顔が見てぇってオヤジが云うもんで交渉に来た」
「ああ、なるほど。丁度おれたちもその島に寄る予定だったし、いいんじゃないか」
へらりと笑うシャンクスはいつも通りに見える。とてもじゃないが大海賊には見えない、緩んだ雰囲気だ。
けれど、マルコも見習い時代から含めて長年彼を知る男である。
ほんの少しの緊張感を察するには十分すぎた。
何より、一瞬エンに向けた視線があまりにも剣呑だった。少なくともそれは、可愛がっている女に向けるものではない。
しかしそれを指摘してやるよりも、目の前のエンのほうが心配だった。
マルコはわざとシャンクスに見せつけるようにエンの肩を抱き寄せ、滅多に見せないような笑顔を浮かべ。もともと細身だったエンだが、今は更に軽く簡単に身体が傾いたこともマルコの心配をより大きなものにした。
「オヤジのリクエストだ。エンを先に連れて行くよい」
その瞬間、シャンクスの表情がわかりやすく固まった。
マルコの言葉が予想外だったエンはそのことに気付いていない様子で、驚いたようにマルコを見上げた。
「お前、鳥の姿のおれに乗って飛んでみてぇって云ってたろい」
確かに云った。
鳥姿のマルコにぎゅうぎゅうと抱き着いて、鳥の背中に乗って空を飛ぶのは憧れだと話したが、それは初めて会ったときのことだからもう二年近く前のことだ。
直後にエンはマルコに恋に落ちたので積極的なスキンシップは出来なくなったし、鳥姿をねだることはあっても抱き着くことはなかった。
それなのに、マルコはそんな昔に口にしたエンの言葉を覚えていたという。
嬉しかった。
今のエンは精神的に弱っているから、ちょっとした優しさ、しかも過去に恋をした相手からの思いもよらない優しさに簡単に涙腺を刺激されてしまった。
咄嗟に俯いたエンの頭に、マルコの手がポンと乗る。
「どうせ行き先は一緒なんだ。少し先に行くくらい、いいだろい?」
「あー、いや、ううんそれはそうなんだが……」
妙に言いよどむシャンクスを無視し、マルコは俯いたままのエンに問いかける。
「エンはどうしたい?」
「え、えと……」
優しく尋ねたマルコに、エンは困ったように眉を下げた。どう答えるか迷うように視線をうろうろさせる。
行きたい、乗りたい、とエンの顔には書いてあるように思えるので、なぜエンがこんなふうに迷っているのかマルコにはわからない。いつもなら、大喜びで飛び上がるはずなのに。
やはり今日のエンはどこか様子が変だ。電伝虫のときも思ったが、妙にしおらしいというかよそよそしいというか、とにかく元気いっぱいで常に全力なエンの印象からは大きくかけ離れるほどおとなしい。怪我のせいだろうかとも思ったが、それとも違うような気がする。
何があったというのだろう。
そんなマルコの疑問は、次のエンの反応で確信に変わった。
「エン」
「っ」
シャンクスに呼ばれ、明らかに、びくりとエンは肩を震わせたのだ。表情も強張って硬い。
マルコは人がこういう反応を見せる時の感情の名前を知っていた。
――恐怖だ。
それに気付いたマルコの判断は早かった。
もしや、と脳裏を過った疑問も手伝って、エンの返事を待たずに素早く抱き上げる。骨と皮のような軽さに思わず舌打ちをしそうになった。
「いくぞ」
「えっ」
「ことと次第によってはお前ら、オヤジを……おれたちを敵に回すと思えよい」
「え、ま、ちょっと待ってマルコ――……」
「待たないよい」
云うやいなや、鳥に変化し、エンを抱えたまま問答無用で飛び立った。咄嗟にマルコにしがみつくが、云いようのない浮遊感に悲鳴も上がらない。
これではほとんど、いや完全に誘拐である。
何が起きたのか、さしもの赤髪海賊団であっても事態を把握するまでに多少の時間を要した。
マルコが来た。
エンが連れていかれた。
勘のいいホンゴウやベックマンは思わずここで顔を見合わせた。
もしや、マルコはあのエンの怪我は自分たちが負わせたものだと勘違いしたのではないか。
あの捨て台詞から推測するに、それは大いにありうる。
最悪だ。
「ぜ、全速で島に向かえ!!」
そう叫んだのはベックマンで、シャンクスはというとマルコとエンが飛んで行った方向をただ呆然と眺めているだけだった。その間抜けな頭を思いっきりひっぱたいてやりたい気分だが、今はこんなぼんくらに構っている余裕はない。
いくら行き先がわかっているとはいえ、それなりに信用している相手とはいえ、仲間を攫われて黙っていられる赤髪海賊団ではないのだ。
しかも、エンが攫われるのは二回目。
更に、今回は目の前で。
こんなに屈辱的なことはない。
とにかく今は全力で追いかけるしかなかった。
戸惑ってはいる様子だったけれど、エンはそれでもマルコの手をしっかりと取っていた。
明らかに、この場から離れられることにホッとしていた。
――その真意は、あまり考えたくないものだった。
◇◆◇◆
モビー・ディック号、上甲板。
白ひげ専用に誂えられた立派な椅子がある場所に、マルコは滑らかに降り立った。
「オヤジ、エンを連れてきたよい」
「おお、エン。久しぶりだな」
「お、お久しぶりです、おじ様……」
「なんだ、へろへろじゃねぇか……というか怪我してんのか、お前?」
空の旅は快適だったと思う。
風圧も気圧もマルコが不死鳥の炎でうまく調節したらしく、エンが吹き飛ばされそうになることも寒さに凍えることもなかった。しかもマルコの背から見える景色は絶景で、あまりにも美しくて感動で胸がいっぱいになった。
とはいえ、エンは初めての空の旅である。
楽しい感情と同じくらいの心労に襲われ、モビー・ディック号に到着するころには最近の引きこもり生活の煽りもありへろへろになってしまっていた。楽しいだけでは済まないのは難しいところである。もし次があるなら、今度は体調万全のときにお願いしたい。
しかし、嬉しそうにエンを迎えてくれた白ひげの顔を見たエンは、疲れなんてもうどうでもよくなった。
優しいおじ様。
包帯まみれのエンに顔をしかめて、心配してくれている。
途端、じわりとエンの目に大粒の涙が浮かんだ。
「お、おじ様ぁ……」
もう、エンは限界だった。
ずっと緊張して張りつめていたものが、大好きな白ひげを前にして全部崩壊した。
くしゃりと顔を歪めて小さな子供のようにぼろぼろと涙をこぼし、両手で顔を覆ってもなおその涙は零れ落ちていく。
そんなエンを白ひげは慈しむように見て、優しく声をかけた。
「どうしたエン、そんなに泣いたらお前の大きな目がとけちまうぞ」
「どう、どうしよう、おじ様、私……」
「おーおー、よしよし。こっちへ来いエン」
「わた、わたし、もう、かえれない、かも」
「なんでだ? あいつらに何かされ……いや、ちょっと待て。おいまさかお前」
しゃっくり上げながらたどたどしく口を開くエンの頭を優しく撫でていた白ひげは、何かにピンと来たように顔を上げ。
マルコを見ると、彼も非常に厳しい顔をして頷いている。答えなんてそれだけで十分だった。
言葉にならない言葉を唸るように零すと、白ひげは怒りに満ちた声でマルコを呼んだ。
「マルコ」
「おう、オヤジ」
「ちょっとあいつらの船沈めてこい」
「……え!?」
「了解だよい」
「なんっ、なんで!?」
阿吽の呼吸で会話を進める二人に、展開についていけないエンが青い顔で叫ぶ。
が、白ひげはすっかり頭に血が上っているようで、実に鋭い目でレッド・フォース号があるであろう方向を睨みつけていた。
「当たり前だ。可愛いお前にこんな仕打ち……ただじゃおかねえぞあの青二才ども」
「怪我……え、あ、違うのよおじ様、この怪我は」
「いいんだエン、何も云うな。つらかったろう、痛かったろう。だがもう心配ねぇ。お前はおれが守ってやる」
「ちが、だから、この怪我は……」
「徹底的にやってこいよマルコ、手加減はなしだ」
「わかってるよい。クズに手加減してやるほどおれは優しかねぇ」
「ね、ねぇ、話きいて……」
完全にヒートアップしてしまっている二人に、エンは口を挟めない。というか二人の怒りが頂点に達しすぎているせいで、エンが圧倒されてしまいうまくしゃべれないのだ。結果、蚊の鳴くような小さなエンの声は二人に届かず、今はどんなことで簡単に泣けるほど涙腺が緩んでいるエンはまたぽろぽろと涙を流してしまう。そしてそれを二人は赤髪海賊団のせいだと思って更に話を聞かない悪循環。
ちゃんと最初に説明しなかった自分が悪いのだが、エンはこの怪我が赤髪海賊団の仲間たちにやられたものだと勘違いされてしまうことだけは訂正したい。むしろ彼らは自分を助けてくれたのだから。そしてその彼らの好意を無下にした結果が今エンが置かれた状況なのだから。
しかしうまく言葉が出てこず、赤髪海賊団に対して嫌悪感丸出しになった二人がまた怖くて、どうしたらいいのかわからない。
どうしよう。
このままでは勘違いのせいで赤髪海賊団と白ひげ海賊団とで戦争になってしまう。
そんなの嫌だし、困る。
だけど今の二人に自分の言葉は届かないし、エンは途方に暮れた。
ところが、そんなエンに救世主が現れた。
「ストーップ!!!」
突然の鋭い静止に、さすがの白ひげとマルコもぴたりと止まる。
驚いたエンも一緒に振り返れば、そこにはエンも馴染みのナースがいた。
ニコールという名の彼女は、趣味が手芸で特にエンと気が合ったナースのうちの一人だった。
そのニコールが両手に腰を当て、眉を吊り上げて声を上げた。
「エンが心配なのはわかるけどね二人とも、さっきからエンが話そうとしてるわよ!? 少しは落ち着いて、今はエンの話をちゃんと聞いてあげるのが先でしょう!?」
「お、おお……」
「そ、それもそうだな……すまん、エン」
「まったく!」
天下の白ひげとその腹心相手にこの発言。怖いもの知らずだが、白ひげ専属ナースともなればこれくらい肝が据わっていないと務まらないのかもしれない。
びっくりして思わず涙も止まってしまっていたエンを白ひげから引っぺがし、ニコールはぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「ごめんねエン、この人たち普段はしっかりしてるくせに、あなたのことになるとちょっと馬鹿になるみたい。というわけで馬鹿は置いといて、私と話しましょう?」
「ニコール……」
「ほら、涙は拭いて。可愛い顔が台無しだわ」
そう云うとふかふかのタオルでエンの涙を拭いてやった。
白ひげとはまた違う柔らかい安心感に、せっかく止まっていたエンの涙はまたぼろぼろと零れてしまう。こんなに泣くつもりはなかったのだけれど、一度緩んだ涙腺というのは駄目だ。これはしばらく馬鹿みたいに涙は止まらないだろう、とエンは頭の冷静な部分で考え諦める。
そうして、ニコールに促されるままぽつぽつと今回の顛末を話した。
少しだけ、エンとシャンクスの関係に変化があったこと。
その後、自分の不注意でシャンクスを怒らせてしまったこと。
ひとつ前の島では自分が誘拐されたこと。
この怪我がその時に負ったものであること。
最悪の事態になる前に彼らは助けに来てくれたこと。
けれどその後のシャンクスの言葉に、自分が勝手に劣等感を抱いて傷付いていたこと。
「私、みんなに……お頭に、酷いこと云っちゃったの」
「どんなこと?」
「……強い人には、私の気持ちなんかわからないって」
「…………」
「私を心配してくれたのに。無理しなくていいって、そう云ってくれたのに、私、どうしても……突き放されたような気になって、そんなことを」
「悲しかったのね、エンは」
静かに頷く。
自分なりの最低限すら必要ないと断じられたのは、エンにとってとても悲しいことだった。
彼らにそんなつもりはなくとも、自分は赤髪海賊団の他の仲間と同じ土俵には立てないと云われたも同然だからだ。
もちろん、優しさゆえに、自分の身を守ることを最優先にしろと云ってくれたのだということはわかる。
それでも、理解は出来ても、感情がついていかない。
戦えないことは変わりないけれど、努力だけは認められていると思っていたから、それら全部を否定されたような気持ちになってエンは絶望したのだ。
戦えないなりの戦場での覚悟など無駄だと、そう、現実を突きつけられてしまったようだったから。
「大事に思われてるのはわかる。でも、弱い私でいていいとは、思えない」
「エンは弱くなんてないでしょう?」
「でも、私は戦えない」
「私だって戦えないわよ? 敵襲があったら部屋にこもってるだけしかできない。そんな私たちナースも弱いかしら」
「ニコールたちは違う! おじ様のナースは、おじ様の健康を守るのが仕事でしょ? 戦えないから弱いなんて、そんなこと絶対ないわ」
「じゃあ、私たちとエンは何が違うの?」
率直なニコールの疑問に、エンは言葉を詰まらせた。
戦えないという点においては、ニコールもエンも同じだ。
しかしニコールはよくて自分は駄目だという。
エンは困ったように視線をうろつかせてから、緩やかに首を横に振った。
「……全部、違うよ」
「具体的に」
「……私は、事務仕事とか、雑用くらいしか出来ないもん」
「ベックマンさん、あなたが来てから本当に仕事がしやすくなったって嬉しそうに云ってたけど?」
「そんなの、私じゃなくても出来ることだよ」
「ホンゴウさんも片付けの価値観が一緒だからかなり助かってるって云ってたし、治療の手伝いの物覚えも早いって褒めてたわ」
「それだって手伝いの範疇だよ」
「ねぇエン、あなた初めて会ったときはとんでもなくポジティブで自己肯定感リバースマウンテン級だったのに、いつの間にネガティブな自己否定の塊になっちゃったの?」
困ったようにニコールはその優しい手でエンの頬を包み込み、こつんと額を合わせる。
ニコールが初めてエンと出会ったとき、嵐のような子だと思った。
見た目は非常に可愛くて、だけど驚くほどに豪胆で、気付けば周りをみんな味方に付けて話題の中心に立っている。
傲慢なほどに可愛らしさを強調する癖に嫌味はなく、自他ともに認めるガードの固さを持つ自分たちナースまでいつの間にか彼女の愛らしさに篭絡されてしまった。
少し話せばエンの可愛らしさは見た目だけではなく内面にも及ぶものだとすぐに気付き、その魅力に抗えず誰もがエンを愛してしまう。
眩しいほどに前向きな姿は、少しだけ後ろ暗い海賊生活をしていた自分たちの目を焼き焦がすようで、だけど目を眇めながらもそんなエンから目を離せない。
何もかもひっくるめて、誰彼構わずその手を取るエンが進む先はきっと幸福なものなのだろうと、そう思わずにはいられなかった。あるいは、そう願わずには、いられなかった。
こんな人間が存在するのだと、ニコールは驚いたのだ。
そして同時に感動した。
くそみたいなことばかり起こるくそみたいな時代に、こんなにも綺麗な心を持った人間がいるのだと、心底感動した。
汚いことなど何も知らないようなエンの清廉潔白な笑顔を、守りたいとすら思った。
きっとそれは赤髪海賊団の彼らも同じだろうし、エンを気に入っている白ひげもそうなのだろう。世の中の酸いも甘いも醜さも知る彼らだからこそ、そう思っているに違いない。
エンは誰からも簡単に愛される。
同じように、エンは自分を愛する相手を愛している。
まるで鏡のように、好意には好意を返せるエンは純粋で高潔だ。
エン。
可愛いエン。
ニコールはエンを抱き締めながら、エンにこんな悲しそうな顔をさせる赤髪海賊団に唾を吐きつけてやりたいきもちになった。
守りたいなら守り切れ。
守れないならさっさと手放せ。そうしたら、今度は自分たちが必ずエンの手を取るのに。
けれど、ニコールの腕の中でぽろぽろと涙を流すエンは、きっとそれを望まない。
どれだけ傷付いても、今は彼らから離れて痛くとも、最後に戻りたいと願うのは彼らの元なのだろう。
それがわかってしまうから、結局ニコールはエンの背中を押してやることしか出来なかった。
「エン。赤髪さんたちのことは嫌い?」
ガバッと顔を上げたエンは大きく目を見開いていた。そんなことを云われるとは思っていなかった、と顔に書いてある。
「そんなわけない」
「じゃあ好き?」
「大好きよ、当たり前だよ」
「でも、怖いのね?」
ハッとしたように息を飲む。
ニコールを見るエンの目は、揺れていた。
「なん、で」
けれどまっすぐにエンを見つめるニコールの視線に耐えられなくて、逃げるようにエンは視線を逸らす。
そうして震える声で、横に首を振る。
「怖く……ない、よ」
「嘘。じゃあどうしてそんなに苦しそうに云うの」
違う。
強く否定したのに、そんなわけがないと云いたいのに、喉が閉じたようにうまく声が出てこない。
ニコールがエンの頬に触れる手は暖かくて、責められているわけではないのだと思う。
でも。
「だって、私、大事にされてる。お頭が怒ったのは、私が気付かないうちに何かしちゃったからだし、私が悪いんだよ」
ニコールの視線から逃げようとするエンを、ニコールは許さなかった。
両手でエンの頬をしっかり押さえ、正面から見つめて、はっきりと云う。
「認めなさい、エン。そうじゃないとあなた、これから先ずっとあの人たちに怯えたまま一緒の船に乗ることになるわよ」
そんなの嫌でしょう、というニコールに、エンは言葉が出てこなかった。
大きく息を吸い、震える息を吐き出して。
考える。
シャンクスことが好きだ、大切だ。
少し拗れてしまったけれど、いつだって傍にいたいのはシャンクスだ。
馬鹿げた夢を一度も笑わず、自分を海に連れ出してくれて、ずっと傍で見守ってくれる人。
好きに決まっている。
怖い、わけが。
そんな、わけが。
――ああ、そうか、だからこそ。
「……こわ、かった、の」
ぽつり、と零れた声は、涙のように落ちて、胸にすとんと落ちて、乾いた地面を濡らすように、これまでエンが否定し続けてきた感情をさらけ出した。
そうだ。
怖くないと思いたかった。
優しい人たちを、怖いなんて思いたくなかった。
だから何か理由があったのだと自分を納得させようとして、だけど結局失敗して。
怖かった。
ずっと本当は、怖くて怖くてたまらなかった。
「お頭が優しいのは知ってるよ。大事にしてくれてるのも、知ってるの。でも、あのとき、なんで怒られてるのかわからなくて、掴まれた腕が、痛くて、でも、そんなの云えなくて。見たことない顔で怒ってるお頭に、私、何も云えなくて」
「うん」
「怖くて、痛くて、か、悲しくて」
「うん、うん」
「わた、わたしね、ニコール」
怖かった。
そう、怖かった、――ずっと。
「お頭に嫌われるのが、怖いの」
シャンクスは何もかもを許してくれると、きっと自分は勘違いをしていた。
彼が自分を好きなのだと知ったとき、嬉しさや戸惑いよりも先にエンは安堵した。
これでシャンクスはずっと自分の傍にいてくれるのだと、そう思った。
だからそのシャンクスに怒られた途端に怖くなったのだ。
怒鳴られながら、睨まれながら、エンが思ったのは『これで嫌われたらどうしよう』ということ一つ。
何を怒られているかなんてどうでもよかった。
怒られているという事実が意味する現実を理解したくなかった。
だってきっともう自分は、シャンクスに嫌われたらどうしたらいいかわからない。
嫌われるのが怖い。
この手を放されるのが怖い。
シャンクスがいなければ生きていけないとは云わないけれど、少なくとも生きにくくはなる。
だってもう、エンはシャンクスに会う前にどうやって呼吸をしていたのか覚えていないのだ。
自覚して声に出した途端、怖くて怖くて涙が止まらない。
ニコールが背中を撫でてくれる温かさも余計に涙を誘い、この日エンは人生で一番涙を流した。
けれどいつか涙は止まるもので、どれだけそうしていたのかはわからないけれど時間が経った頃、漸くエンの涙も底を尽きてきた。まだぐずぐずと鼻は鳴らしているし泣き腫らした目はウサギのように真っ赤で痛々しい。
今、エンに必要なものはわかっている。
時間だ。
考える時間。何も考えない時間。どちらも必要なもの。
ニコールは一つ息を吐き顔を上げて白ひげを見た。すると彼は心得たように頷く。どうやら同じことを考えていたらしく、我らが船長ながら最高だ、とニコールは思う。
そして黙って話を聞いていたマルコを振り返り。
「マルコ、赤髪海賊団に伝言よ」
「おう」
ニコールは指を二本立てた。
急にひょうきんにピースをした意味がわからず首を傾げたのはエンだけだ。
「二週間エンを預かるわ。二週間後、正しい態度でエンを迎えに来なかったら、一生赤髪海賊団に返してあげないから」
「に、ニコール!?」
「お、いいなそれ」
「おじ様!?」
「任せろ、伝えてくるよい」
「マルコまで!?」
まさかの展開についていけず戸惑いっぱなしのエンに、ニコールは小さな子供に云い聞かせるように優しく云う。
「いい、エン。あなたは少し相手の気持ちを考えすぎてるわ。あの船に乗るまでずっと島暮らしで人との関わりがあんまりなかったって話だし、多少は仕方ないかもしれないけど……今のあなたはよくない。このままじゃあなたの心が駄目になる」
その為に少し時間と距離を置くのも必要なことだとニコールは云った。
確かに、今戻ってもうまく話せる自信もない。それどころか、またパニックを起こしてもっと拗らせる可能性だってある。
そう考えると、安心できる白ひげのところに留まるのは正解のような気はする。
でも、そんなみんなに黙って勝手なこと、と眉を下げるエンに、ニコールは続けた。今回顔を見た時からずっと気になっていたのだ。可愛いエンの目の下にある、隠しきれない隈。
「ねぇエン。あなた今ほとんど眠れていないでしょ」
「うっ」
「図星ね。怪我が痛むのもあったんでしょうけど、それって絶対精神的な理由が大きいわよ」
「そう、なのかな……」
「ナースの云うことが間違ってると思う?」
「……ナースだからじゃなくて、ニコールの云うことだから……信じるよ」
「ああもうあなたって本当に可愛いんだから!」
顔色の悪さは怪我とストレスだけではなく、寝不足のせいもあるのだとニコールはすぐに見抜いた。
エンが赤髪海賊団で過ごしたい気持ちは尊重したいけれど、今は離れるべきだ。離れて、考えて、それでもやっぱり帰りたいと決めたのならば応援する。
しかし、安心して眠れもしない場所にこのまま返すのは、医療従事者としてのプライドが許さない。
早速赤髪海賊団への伝言を伝えるべく飛び立ったマルコを見送り、すぐにニコールはエンのための部屋を用意しに船内に走って行った。部屋と云ってもニコールと同じ部屋にベッドを用意するだけだが、可愛いエンとの共同生活にワクワクを禁じ得ない。こんな状況でなければ小躍りして喜びたいくらいなのだ。
二人の勢いにやや置いてきぼりを食らっていたエンだったが、ハッとして白ひげを振り返る。エンとニコールが話している間、ずっと黙って話を聞いていてくれたのだ。一気に申し訳なさがこみ上げてきて、がっくりと肩を落とす。
「あの、おじ様」
「うん、どうしたエン」
「なんだか……私、たくさんお騒がせした上に勝手に二週間お世話になることになっちゃって、ご」
「謝るのはなしだぞエン。おれぁお前がここに二週間もいてくれて嬉しいんだ」
謝罪をきっぱりと切り捨てられ、けれど優しい言葉をかけられて、またエンは泣きそうになった。
でも、白ひげが欲しいのは涙などではないと知っている。
優しい人。
大きな手で頭を優しく撫でてくれる白ひげに、エンは笑顔を見せた。これは作り物でない、優しい白ひげを想って自然と浮かんだ本物の笑顔だ。
「ありがとう、おじ様。私、本当におじ様が大好きよ。二週間、お世話になります」
「グララララ! 嬉しいことを云ってくれるじゃねぇか。いいんだぞ、このままずっとここにいても」
ひょいとエンを抱き上げて膝に乗せた白ひげに、エンはありがとう、とまた笑った。嘘でも冗談でも、自分の居場所を与えてくれようとするその気持ちが嬉しい。
白ひげのことは初めて会ったときから好きだったけれど、その理由を今はっきりと理解した。
今は亡き祖父母を思い出すのだ。
泣いても笑っても怒ってもエンを可愛いと愛してくれた、あの優しい祖父母を。
◇◆◇◆
それからの日々は本当に穏やかなものだった。
ニコールと一緒のナース部屋にひとつあった空きベッドで寝起きし、カウンセリングという名の雑談をしてお茶を飲み、実は読書家な白ひげに本を借りて読んだり、前の約束通り昔話をしてもらったり、街にも何度か遊びに行った。
さすがに前回のことがあるので街に行くのは気が引けていたが、そこはニコールがちゃんと考えてマルコやサッチたちと一緒に行けるように手配した。エンはそれでも恐縮していたけれど、これもカウンセリングの一つだからと無理矢理船から追い出してしまった。彼女は優しいが、甘いわけではないのである。
実際、無理にでも追い立てられなければエンは今後街に行けなかったかもしれない。一人で出かけた挙句誘拐された、というのは結構なトラウマなのだ。
しかしマルコやサッチに付き添ってもらって、なんとか街に出かける罪悪感はなくせた。まぁしばらくは一人で、というのは無理かもしれないが、これは大きな一歩だ。
そんなわけで結構充実した日々を過ごしていたのだが。
「お前、本当に仕事人間だなぁ……」
「そ、そうかなぁ……」
「自覚ナシは一番厄介だよい」
エンは今、医務室でマルコの仕事を手伝っている。
のんびり過ごしていたのは実は最初の数日だけで、次第にそわそわし始めたのだ。
航海中ならともかく、割と大きな島に停泊している今、船での仕事なんてそう多くない。物資調達や船のメンテナンスはすでに役割分担されているし、食客の身であるエンに任せられる仕事などないに等しいが、日がな一日のんびりする、というのは根本的にエンの性格に合っていなかった。
完治まで時間が必要だったはずの怪我はマルコの不死鳥の炎によって今ではすっかり完治しており、懸念していた頭の傷も肩の火傷も跡形もなく消え去った。そういうわけで完全に健康体なのも仕事をせずにはいられない理由の一つだ。怪我も治って後遺症もなく元気なのに、二週間ものんびりお客様をしていられるほどエンの神経は図太くないのである。
というわけで白ひげに何とかならないかと頼み込んだ。
暇なら遊ぶなりなんなりしていればいいのに、と白ひげもだいぶ渋ってはいたものの、エンの気持ちを無下にも出来ず、それならばとマルコの手伝いを頼むことにした。
マルコがエンを見ていれば働かせすぎるということはないだろうという信頼と、万が一の可能性として、二人に何かあってエンが白ひげ海賊団所属になりたいと云い出さないかと期待していたりもするが、後半は白ひげの胸のうちに留めてある。大人なので。もしかしたら何人かはそんな白ひげの思惑に気付いているかもしれない。
しかしまさか裏でそんなことを考えられているとは思いもしないエンは、医療品棚の在庫チェックをしながら笑う。
「趣味をそのまま仕事にしてたし、ベックの手伝いも楽しかったから、あんまり仕事しかしてないって感じはしないんだけど」
「自分の仕事してベックマンの仕事手伝ってホンゴウの手伝いもして他の雑用もして、これで仕事人間じゃないなら立派な奴隷だよい」
「い、云い方……!」
しかし確かにその通りではある。
自分は好きだから働いていられるだけで、同じことを他の人には強いようとは思わない。頼むとしたらそれなりに分担をするように云うだろう。それを自分は全部一人で回しているのだから、まぁ、働きすぎと云われればその通りだ。
けれど、やっぱりエンは思うのだ。
海賊船に乗っている以上、大なり小なり争いは避けられない。そのときまったく役に立てない自分は、ならばそれ以外で出来ることはすべきだと。
実際死と隣り合わせの戦闘とは違い、事務仕事なんて誰でも出来てよっぽどでなければ死にはしないのだから、いくら働いても働きすぎということはないだろう、と。
「戦闘だけがすべてじゃないってわかってても、お前はそれを気にしちまうんだなぁ」
「私が戦えないから、弱いからこの前みたいに狙われる。今はまだ赤髪海賊団として私の顔が出てないからいいけど、もしそのうち何かあって手配書とか出ちゃったら、余計真っ先に私が狙われるでしょ。それってものすごくうちにとってのデメリットと思うんだよね」
「そんときゃあいつらに相手させりゃいいだろ」
「うー……」
「それが出来ないほど余裕がねぇなら、それこそうちに来りゃいいんだよい」
白ひげ海賊団は、赤髪海賊団よりもかなり規模が大きい。
それだけに仕事の役割分担がしっかりしていて、ニコールたちのように完全な非戦闘員も多くいる。
人数がそこまで多くない船で出来ることが限られていて罪悪感に苛まれるくらいなら、一切戦う必要がないと最初から決められている船のほうが気は楽だろう。まぁエンはそもそも赤髪海賊団でも戦う必要はないとさんざん云われているのだけれど。
マルコの云わんとすることはわかるが、『じゃあそうしよう』なんて簡単に出来る話ではない。軽口のつもりなのかもしれないが、心に余裕がない状態でそんなこと優しいことを何度も云われると、ほんの少し揺らいでしまう。それはエンにとって望ましいことではなかった。
ぷぅと頬に空気を入れて、わかりやすくいじけた顔でエンは云う。
「おじ様もマルコも、すぐ私のこと船に誘うよね。私、そんなに尻軽に見える?」
「そういうわけじゃねーよい。お前がいたら楽しいと思うから誘ってんだろい」
「それ、仮にも振った女に云うセリフ?」
「あー、やっぱあれ取り消しにしとくか」
「うわ、さいてー」
ふ、と笑うエンからはすでに無理している様子は見られない。
この船で生活しているうちに、随分と気持ちも晴れたようだ。電伝虫越しの壊れてしまいそうな雰囲気を感じ取ったときからずっと心配だったから、その点は本当によかったと安心する。
しかし、冗談めかして云ったことだけれど、やはりエンはこの船に乗っていたほうが幸せなのではないかとマルコは真剣に考えた。ここならばエンが怖がるシャンクスはいないし、大好きな白ひげもニコールもいるし。それに、自分も。
そしてここが重要なポイントだが、マルコは割と本気でエンを振ったことを後悔していた。もし今あのときと同じようにエンに告白されたら、迷わずその手を掴んで離さない自信があった。
可愛いだけでなく健気だし、真面目だし仕事も丁寧だし、何より何度も云うが可愛い。あのときは一回り以上年下の子供なんて本気で相手には出来ないと思っていたが、何度も会ううちにそんなことは些細な問題だと思うようになっていた。
どうも今はシャンクスと微妙な関係らしいが、エン自身があまり自分の気持ちを理解できていないようだ。むしろ珍しくマイナス思考で、傍から見ればまるわかりの現状が把握できていない。
エンがはっきりとシャンクスへの気持ちを理解する前の今ならば、もう一度自分への恋心を思い出させられる可能性はある。非常に下衆な考え方だが、残念ながらマルコは海賊なので、自分が欲しいと思ったものを手に入れるために手段は選ばない。
というわけでこれを機に自分からアプローチをしてみてもいいのかもしれない。何やらエン大好きな白ひげもそうなることを期待していそうだし。
しかもおあつらえ向きに今マルコとエンは医務室で二人きり。口説くには絶好のチャンスではないだろうか。
……と、思ったのだが。
ふと騒がしく医務室に誰かが向かってくる気配がして、マルコは思わず顔を顰めた。
面倒なことになりそうだ。
「おーいお前ら、いちゃついてんなよ~!」
ノックもせずにどやどやと医務室に入ってきたのは、サッチとイゾウだった。この二人もかなりエンを気に入っていて、直接は見ていないが話に聞いた怪我も大泣きしていたことも心配していたから、元気になったエンと話したかったのだろう。気持ちはわかるので無下にも出来ないが、タイミングは最悪だと思った。
昼間だというのにすでに酒が入っている様子のサッチの絡みに、呆れたように笑いつつもエンは肩を竦めて答える。
「いちゃついてないです~」
「ほんとかなー? 医務室、二人きり、何も起きないはずはなく……っておいしいシチュエーションじゃん」
「真面目に仕事してました~。サッチさん、男女を見たらくっつけたがるのなんで?」
「すまんなエン、サッチはモテないからひがんでるんだ」
「そうなの? サッチさんかっこいいのに、見る目ない人が多いんだね」
「え、おれそんなこと初めて云われてときめいちゃった……エンちゃんおれと付き合わない?」
「ごめんなさい」
「熱い掌返し……おれでなきゃ見逃しちゃうね」
「イゾウちゃんはモテそうだよねぇ」
「ふふ、さぁね、どうかな」
これは完全にモテる人の反応である。色っぽく含みを持った顔で笑うイゾウに、エンは思わず拍手してしまった。美人すぎる。後ろでサッチが悔しそうな顔をしているが、なんというか彼の場合はせっかくモテる要素があるのに、言動で損をしている気がする。もったいない。
ちなみにもとからそんなにたくさん仕事があったわけでもないし、二人が来たことでもう働く雰囲気でもなくなってしまったようで、そうそうにマルコはやる気を失くしてペンを放っていた。いろんな意味でやる気を削がれた。
そうなるとエンも次の仕事はと訊ねる空気ではないので、どうしたものかと困っているとイゾウに手招きをされた。ニコニコ笑顔のイゾウに差し出されたグラスに入っていたのは、爽やかな香りのする酒だった。
今はまだ昼間である。しかも一応仕事中。
エンの中の常識では昼間から酒というのはなかなかに怠惰なのだけれど、やんわりとそれを口にしてみると、『海賊が常識を謳っても……』と逆に困った顔をされてしまった。確かに。
赤髪海賊団ではベックマンと一緒に仕事をしていることが多いので、基本真面目な彼が仕事中に酒を飲むことはまずない。ので、それが普通だと思っていた。
が、郷に入っては郷に従え。
働きすぎるなとニコールにも口を酸っぱくして云われていたし、エンは諦めて飲んでしまうことにした。ちなみに一応軽くなら飲酒は許可が出ている。
「エンちゃんこそモテるだろ? こんだけ可愛くていい子なんだし」
医務室で酒盛りというちょっとした背徳感と罪悪感には目を瞑りつつ飲む酒は美味しい。しかもイゾウが持ってきてくれた果実酒は口当たりもよく飲みやすく、エンの好みにぴったりだった。
あとでどこの酒か銘柄を訊こう、と考えたエンに、サッチは興味津々だと云わんばかりに身を乗り出して云った。
可愛い女は今まで山ほど見てきたけれど、エンほどとびぬけた可愛さを持つ女は見たことがない。誰が見ても文句なく称賛すること間違いなしの可愛さを自覚するエンならば、これまでどれだけモテてきたのか興味があった。
事実、エンはモテる。
面白いくらいにモテる。
立ち寄った島で一目惚れされるなんていつものことだし、勇気ある男に声をかけられるのもしょっちゅうだ。まぁだいたいそのときのボディーガード役に追い払われてしまうのだが。
可愛い自覚があるエンはそのあたりの自覚もまたあるのだが、ふむ、と考える。
「私ってさぁ、可愛いじゃない?」
「うん」
「だから、人に好かれるのって当たり前なんだよね」
「おお……」
さすがである。
こんなことをあっさりと云っても、エンだし、と納得できるのもすごい。
しかし、誰からも好かれるからこそ、モテるともちょっと違う気がするのだ。
それこそ、今エンの中で大問題になっている『好き』と『恋』くらい違う。
勇気を振り絞って声をかけてくる人たちは確かにエンとどうにかなりたいと思っているのかもしれないが、ただすれ違って見惚れるだけだとか、サッチたちのように単なる愛情の一つとしての『好き』もあるわけで、それはモテるとカウントは出来ないだろう。
ちびちびと酒を舐めながら、エンは続けた。
「しかもラッキーなことに、今まで私の周りって嫌な人とかやばいクズとかそういう人がいなくて、私、もれなく自分の知り合いはみんな大好きでさぁ」
多少苦手だと思う人はいても、その程度だ。人間なのだからどうしたって性格が合う合わないはあって、それをうまくやりくりすることは出来ていた。もちろん、エンを攫ったあの山賊たちのようなどうしようもない悪党のことまで好きなわけはなく、ああゴミ屑は最初から好意の対象から眼中にないので数えない。
けれど、それ以外。
家族を除けば、島の住人や定期的に商船でやってくる人々、それに赤髪海賊団に入ってから訪れた場所で知り合った人たちは。
「今思えば、そこに順番とか違いとか、全然考えたことなかったの」
可愛い自分は好かれるものだ。
自分だって自分を好いてくれる人のことは、よっぽどでなければ同じように好きになる。
それがエンにとっての当たり前だった。
家族である両親は別格として、友人、知人。たまにしか顔を合わせないけれどミホークのことも、こうして自分に付き合ってくれるイゾウもサッチも、昔振ったのに優しくしてくれるマルコも。ニコールも、白ひげも。
エンはみんなのことが好きだ。
ただ赤髪海賊団に入ってからは、彼らのことは両親の次に大切な存在だと思っていた。大きなくくりで云えば、家族のように思っているのだろう。
そのなかで少しだけシャンクスが特別だった。それは彼が自分の所属する船の船長だから、と以前は思っていた。
けれど結局はそのシャンクスすらも家族枠だと思っていたから、マルコに恋に落ちたときは青天の霹靂としか云いようがなかった。
「だからぁ、マルコのこと好きになったとき衝撃だったんだよね」
「ブッ」
「え、こんなにドキドキするのって何!? 私病気!? って思ってちょっと焦ったもん」
「おっふ」
突然の爆弾発言に、さすがの白ひげ海賊団幹部たちも焦る。特にマルコは、自分への恋心をこんな唐突に赤裸々に暴露されて居た堪れない。
しかしそんな彼らの動揺に気付かないエンは更に続けた。
「マルコのこと考えるとドキドキしてわくわくしてそわそわして、ちょっと話しただけで嬉しくて幸せだったの」
今思い出してもあのときの感情は色褪せない。
実ることはなかったけれど、間違いなく幸福な思い出だ。
だからこそ、よくわかる。
「あの気持ちが恋なら、私は別にお頭に恋してない」
それはすでに自分の中で出した結論だった。
エンはシャンクスに恋などしていない。
医務室の窓から見上げた空の青さに目を焼かれそうになってまぶたを閉じれば、そこに浮かぶのは青と対照的な赤色の人だった。
「でも、嫌われるのは怖い。もしいらないって云われたら、悲しい」
恋じゃない。
それでもエンはシャンクスが好きだ。
少し他の人とは違う、特別な好き。
けれどその少しの違いは一体何なのか、エンは明確に言語化出来ずにいる。
「好きって何? みんなのこと好きってだけじゃダメなの、難しい……」
吐き出すように呟いて、エンは机に突っ伏した。
仕事のために頭を使うのは慣れているが、エンの思考回路はこういうことには向いていない。なのにここ最近はずっとこの手のことに頭を悩ませざるをえないから、今にも煙を上げて機能停止しそうなほどにショート寸前だ。
それでもニコールが根気強く付き合ってくれるから以前よりは多少マシになったのだけれど、エンは決定的に色恋沙汰に慣れてなさすぎる。
するとそこにポンと手が乗って、突っ伏したままの頭を撫でられていることに気付く。
顔を横に傾けると、その手の持ち主はサッチだった。
「エンちゃんは、今心の成長中なんだなぁ」
「……成長」
「そそ。生きてりゃわかんないことは山ほど出てくるだろ。それを少しずつ知って人間は成長するわけで、今のエンちゃんはその成長真っただ中ってわけだ」
二十歳も越えてまだ成長ってするのだろうか、とちょっと不安になる。
しかしまぁ、初恋だってつい一年前だったわけで、確かにこっち方面に関しては成長の余地はあるのかもしれない、と納得した。
「ちなみにだけどさエンちゃん」
「うん?」
「もし今マルコが、エンちゃんのこと好きで付き合ってくれって云ったらどうする?」
何かを云おうとしたマルコはイゾウに羽交い絞めにされている。ご丁寧に口も塞がれているので、当然エンはマルコが何を云いたいのかわからない。
この人たち相変わらず仲いいなぁなどと見当はずれなことを考えながら、エンはサッチの質問に首を傾げた。
「私、もうとっくの昔に振られてるんだよ?」
「だから、もしもの話ってことで」
「えー、マルコのこと大好きだけど、もうそういうんじゃないから無理」
きっぱりである。
そのあまりのきっぱり具合に、質問をぶつけたサッチはもちろんイゾウも笑いを嚙み殺し、マルコは頭にたらいでも落ちてきたかのような衝撃を受けて固まっていた。何せこの男、ついさっきまでエンを口説く気満々だったし、なんならちょっと勝算があると思っていたのである。
「す、好きなのに?」
「好きだけど、振られたときにいっぱい考えて気持ち切り替えたもん。未練がましいの嫌だし、可愛くないし。ていうかあんだけはっきり振ったくせに今更実は好きでしたって云われてもねぇ」
「や、やめてやってくれエン、おれの腹筋が限界だ」
「……なんでイゾウちゃんもサッチさんもそんなに笑ってるの」
笑い話のつもりで話していないのに笑われるのは心外である。
エンは半眼になって二人を睨み付けるが、可愛いエンにそんな顔をされても怖くないしむしろただ可愛い。ほんわかしてしまうのでやめてほしい。
まぁそんなことを云えばもっと怒ってしまうのは明白なので、ごめんごめんと軽く謝りつつもサッチは頬杖をついてまた問いを投げかけた。
「じゃあ、赤髪に好きだ、付き合おうって云われたら?」
途端、エンは困った顔になって固まった。
シャンクスがエンを好きだということは知っている。
でもいざ伝えられたら、自分は何と答えるのかは考えたことがなかった。
自分もシャンクスを好きだけれど、恋人になるなんて、それはあまりにも飛躍している気がする。
なりたいとかなりたくないとか、そういう問題じゃない。
単なる船員と船長が付き合うなんて、それは夢物語の中のことだとエンは思う。
「……わかんない」
「わかんない?」
「だって、お頭のことは好きだけど恋じゃないし、そしたら付き合うとかじゃないし、第一お頭はお頭だし……」
「まず付き合ってみて駄目なら別れればいいのに」
「そ、そんなこと出来ないよ!」
「お試しってことでさぁ」
「ただれてる……!」
赤くなったり青くなったりしながら表情をころころ変えるエンを見て、サッチは確信する。
あーあ、なーんだ。
なんとなく予想はついていたものの、あまりに予想通りの展開過ぎてちょっとつまらない。というかエンが白ひげ海賊団に入る可能性が0%になってしまったのが面白くない。
エンは自分で気付いていないだけだ。
答えなんて、とうの昔に出ている。
ただあまりにもそういう方面に疎いせいで、自分の答えに気付けないだけ。
サッチはエンが好きだが、だからこそはっきりと教えてやる気にはなれず、ちょっとだけ意地悪をしてやろうと思った。ちなみにこの場にいるマルコもイゾウも、エンの反応を見て大方察しているから、サッチを止めない時点で同罪である。あとで何か云われたら絶対に二人も巻き込むことを心に決め、サッチはエンに云った。
「おれは、そのエンちゃんの反応が答えだと思うけどねぇ」
「ええ?」
「だって赤髪じゃなくてベックマンとかホンゴウとかならどうする?」
「いやないでしょ。あの人たちも私のこと好きだろうけどそういうんじゃないよ」
「ほら」
「何?」
「赤髪は悩むけど、他は速攻でナシって断言してるじゃん」
「そ、そんなの……」
「エンちゃん、いいこと教えてあげようか」
いいこと。
サッチが云いたいことが理解できず、自分の判断がどういう意味を持っているのかもわからないままエンが首を傾げると。
「恋だけが『好き』じゃないんだぜ」
バチンとウィンクを決めて云ったサッチに、やっぱりエンは何も云えなかった。
◇◆◇◆
「サッチにしてはいいこと云うわね」
「えー……」
夜、ナース部屋。
ニコールが続けて夜勤だったので機会がなかったが、この日漸く同じタイミングで休めることになり、エンは数日前にサッチに云われたことをニコールに報告した。
すると、この反応。
あれからエンはサッチが云った『恋だけが好きじゃない』という意味を考えてみたが、全然わからない。もうちょっとわかりやすく話してくれと云ってみたけれど、サッチは笑って取り合ってくれず、イゾウもニコニコ笑ったまま何も云ってくれないし、マルコに至ってはなぜかひどく落ち込んでいるようで話しかけられる雰囲気ではなかった。
だからニコールなら、と思ったのに、これは教えてくれる様子はない。
ちなみに、モビー・ディック号に来てもエンは最初の数日うまく眠れなかった。薬を処方してもよかったのだが、そもそもエンの寝不足はストレスによるものだ。試しにニコールが一緒のベッドで寝てみたら、あっさりとエンは眠った。以降、夜勤でない限りニコールとエンは一緒に眠ったし、徐々に安心できたのか一人でも眠れるようになった。
そういうわけで今日も一緒のベッドにもぐりこみ、最近の安定剤代わりにニコールに手を握ってもらいながら、ふとエンは気になっていたことを口にした。
「ニコールは、好きな人いる?」
「いるわよ~、故郷の島に恋人がね!」
ニコールは美人だ。切れ長の目は笑うと愛らしく、厳しいけれど芯の通った発言はかっこよく、気配りが出来て優しい。
この二週間過ごしていてよくわかったけれど、船員たちからもかなり人気があるようだ。気になってしまってちょっと観察してみたが、あしらい方も上手だし楽しげだ。
エンは自分も好意のあしらい方はうまいほうだと思っていたけれど、ニコールとは少し違う気がした。
なんというか、大人な感じ。
うまく表現できないが、エンはそう感じた。
だから、自分よりもうんと大人なニコールには、もしかしたら好きな人がいるのでは、と思った。
もしそうだとしたら、『好き』で悩んでいる自分の今後の参考に出来るかもしれない。
「ねぇ、その人のこと、どんなふうに好きなの?」
やっぱり、と思わず前のめりになったエンに、ニコールはそれはそれは美しい笑顔で云った。
「まず、私のことを大切にしてくれているところ」
そう云うニコールは、今まで見た中で一番美しい表情をしていた。
その人のことが本当に好きなのだと、そう伝わってくる。
「たまに喧嘩もするけど、憎くてするわけじゃないしね。違う人間なんだからすれ違うこともあるし、そういうのを全部ひっくるめて一緒にいたいって思うのはあの人だけ。嫌なことがあったら半分こしたくて、楽しいことは共有したい。私との時間が彼にとっての幸福だといいって願ってるわ」
「…………」
「難しいかしら?」
「……喧嘩しても、仲直りできるの?」
「もちろん。ていうかエンだって前に喧嘩……というか揉めた? けどそのときは仲直り出来たんでしょ?」
ニコールが云っているのは、初めてエンがモビー・ディック号に訪れたときのことだ。
あのときはエンが何気なく口ずさんだ歌を通してウタを思い出され、揉めに揉めた。というか一方的にエンがへそを曲げた。
「……私、あのときお頭たちに、云いたいことはちゃんと言葉にして、とか偉そうなこと云ったんだよね」
「あらぁ」
「でも結局私が自分で自分のことよくわかってなくてはっきり云えてないとか……ダサすぎる……」
思ったことはちゃんと口にしてくれだなんて、今思えばよく云えたものだと我ながらエンは呆れた。業務上それなりに言葉に精通しているはずの自分ですらこの体たらくなのに、普段言葉の重要性を意識していない人たちに言語化を要求していたのだ。随分傲慢だった。
要求だけして自分は棚上げなんて格好悪い。
自己嫌悪でちょっと泣きそうになっているエンに、ニコールは優しく云った。
「ねぇ、エン。明日の夕方には赤髪さんが迎えに来る予定になってるけど、……帰りたくない?」
ハッとして顔を上げ、エンはじっとニコールを見つめた。
心配してくれている優しい目だ。
ニコールは、ずっとエンを心配している。
本来底抜けに明るく元気なエンをここまで落ち込ませる赤髪海賊団を、彼女は信用できないのだ。
彼らがすごい人たちなのはわかるけれど、とても強いことも知っているけれど、でもこうしてエンは彼らのために心を痛めている。だったらすごさも強さも意味はない。
もしも。
もしもエンが、望むなら。
自分を頼って懐いてくれるエンのことがニコールは大切だ。
だから、エンが望むならここに留まれるように全力を尽くすつもりだった。
握り締めた手から、そんなニコールの気持ちが伝わってくる。
それが嬉しくて、エンはそっと微笑んだ。
「私、おじ様もマルコもニコールも大好き。白ひげ海賊団の人たち、他の船の人間なのに私にも取っても優しくて親切で、本当に大好き。ここで過ごした二週間は毎日が楽しかった。でも」
言葉を切る。
『でも』。
それに続くのは、ニコールが望んだ言葉ではなかった。
「私は、赤髪海賊団の一人でいたいんだ」
一年前だったらわからなかった。
あの頃はマルコのことが好きだったし、赤髪海賊団全体にイライラしてしまっていたから。
けれど今は、もう無理だ。
どんなに白ひげ海賊団の人たちのことが好きでも、エンにとって自分が帰る場所は赤髪海賊団になっている。
もしも彼らに拒絶されたとして、それで他の船に乗り換えようなんて思えないくらいには、赤髪海賊団に愛情を持ってしまった。
まだ何も解決していないから、今帰るのが少し怖いのは事実だ。
それでも『帰らない』という選択肢はエンにはなかった。
帰らなければ。
帰りたい。
ちゃんと話して、解決して、あの船に帰りたかった。
はっきりとしたエンの言葉に、ニコールは寂しそうに笑う。
エンが赤髪海賊団に帰りたがっていることはわかっていた。
けれどまだ少しだけ彼らに対して憶病になっていることも、見抜いていた。
だから、改めて口に出させた。
今のエンは思いを口にして心を整理しなくてはならない時期だから。
帰りたいなら帰りたいと、そう云うべきだと思ったのだ。
寂しいけれど。本当はとてもとても寂しいけれど、エンが帰りたいと願うのならばその背中を押してやるのが自分の役目だとニコールは知っていた。
「――うん。それでこそエンね」
「えへへ」
「もし冗談でもここにいたいなんて云ったらオヤジに報告に行くところだったわ」
笑顔の中に本気を感じ取り、エンはちゃんと本音を云ってよかったと内心冷や汗を垂らした。ニコールに可愛がられている自覚はあったけれど、思ったより過激だったようだ。
ニコールが心から自分を心配してくれているのがわかるから、エンは安心して胸の内をさらけ出せる。
明日の夜にはシャンクスたち相手に同じことをする必要があるのかと思うとめまいがしそうだが、すでに一度逃げだしているのだ。もう逃げようとは思わない。
というか今更だが、ほとんど家出同然、状況的には誘拐同然にレッド・フォース号を飛び出してきてしまったことを思い出した。
どんな顔をして戻ればいいのだろう。あのときは怖くて振り返れなかったし、初めての空の旅に心を奪われてそれどころじゃなくなっていたが、冷静に考えると、脱走したと思われてもおかしくないのではないだろうか。
しかも明日の夕方はシャンクスが一人でこちらにエンを迎えに来ることになっている。仮にも船長を呼びつけるなんて、クルーとしてどうなのだろう。何様のつもりだ、と怒られたら泣く自信がある。
ここ二週間他のことに気を取られていたせいで後回しになっていたツケが目の前にやってきて気が遠くなった。
いやしかし、帰ると決めたのだから、何を云われてもどんな仕打ちを受けても甘んじなければ。
ひとまず、少なくとも今晩はしっかりと眠って体力を十分にするのは最低限だ。
幸いニコールと一緒ならばぐっすり眠れるし、本当にニコールには頭が上がらない。
「ニコール、本当にありがとう」
「なぁに、改まって」
「だって私、ニコールがいなかったらちゃんと立ち直れなかったし、こんなにたくさん考えられてなかったよ」
泣いている自分に寄り添って、話を聞いてくれた。
否定せず、優しく促してくれた。
考えるための指標を与えてくれた。
ニコールがいなければ、今も自分は泣いて過ごしていたかもしれない。
もちろん白ひげやマルコたちにも感謝しているけれど、今回は特にニコールがいなければエンは立ち直れなかったのだ。
どれだけ感謝をしてもしきれない。
もう一度ありがとう、と云ったエンに、ニコールはいつかやったようにこつんと優しく額を合わせて云った。
「離れていても、私はあなたを大切に想ってるわ。エン、可愛い子。何かあったらすぐに連絡してね。どこにいても迎えに行ってあげるから」
「それ、おじ様も同じこと云ってくれた」
「考えることは同じってわけね」
二人はぎゅっと手を握り合い、笑いながらゆっくりと眠りに落ちた。
最後の夜は、とても穏やかに過ぎていった。
◇◆◇◆
――はずだった。
「知恵熱!」
「正しくは、ストレス性高体温症な」
「ご、ごめんなさぁい……」
翌朝、ニコールは妙な暑さで目を覚ました。
停泊中のこの島は秋島で、更に今の季節は秋である。つまり暑いなんてありえない。
そして気付いたのだ。
隣で眠っているエンの体温が、異常に高いことに。
「たくさん考えすぎちゃったのね。もう、あなたって子は……」
慌ててマルコを呼びに行き診察してもらい、ついた診断が『ストレス性高体温症』である。
早い話、エンはこの短期間にごちゃごちゃと考えすぎたせいで脳が活性化しすぎて熱を出したというわけだ。
「仕方ないわね。すぐに下がると思うけど、事情を話して明日に予定をずらしてもらいましょう」
「うう、本当にごめんなさい……」
「わざとじゃないんだから、気にしないの。今はゆっくり休みなさい」
なんだかモビー・ディック号に来るたびに寝込んでいる気がする。
この手の熱は解熱剤が効かないらしく、とにかく休むしかない。くれぐれも無理をしないようにとマルコにもニコールにも釘を刺されたエンは、おとなしくベッドにもぐっていた。
昼過ぎにもう一度熱を測ってみたけれどやっぱり40度近く、食欲もない。せめて明日には下がってほしいと切実に思うが、こればっかりはどうなるかわからなかった。ひたすら寝るしかないのがもどかしい。
頭が痛い。
身体が重い。
どうしてこう自分はタイミングが悪いのだろう、とエンは悲しくなった。
今日帰るはずだったのに。
二週間も時間があったくせに、どうしていざ帰るというタイミングで熱なんて。
これじゃあ、まるで帰りたくないって云ってるみたいじゃないか。
違うのに。
帰りたいのに。
話したいのに。
会いたいのに。
――そう、会いたいのに。
熱で浮かされた頭で、エンは思う。
会いたい。
シャンクスに会いたい。
二年前にレッド・フォース号に乗って以来、こんなに長い間シャンクスに会わなかったことはなかった。
毒蜘蛛事件のときだって、一週間モビー・ディック号に滞在してもその間何度もシャンクスはエンを見舞っていた。
仕事が忙しくて部屋に缶詰めになっていたときだって、すれ違って挨拶くらいはしていた。
でも今回は、一切接触なしの二週間。
寂しかった。
白ひげもマルコもニコールも大好きで、一緒に過ごす時間はとても楽しいものだったけれど、決定的に欠けているものがあったのだ。
だってここにはシャンクスがいない。
どんなに楽しくても、シャンクスがいないだけでエンにとっては味気ないものになってしまう。
会いたい。
せめて一目見たい。
そんなことを考えながら眠ったからだろうか。
目を覚ますと、ベッドサイドに人の気配がした。
様子を見に来たマルコかニコールかと思ったのだが、違う。寝起きと熱のせいでぼやけた目でも、二人とは違うシルエットだとすぐにわかった。
――ああ、だって、これは。
「……おかしら?」
「……ああ、おれだ」
額に乗る大きな手が冷たくて気持ちがいい。
そうか、会いたすぎてとうとう夢にまで見るようになってしまったのか、と自分の弱さに辟易したけれど、今は自分を褒めてやりたい。
「……えへへ」
「どうした?」
「お頭だぁ」
だって、夢でもこんなに嬉しい。
会いたくて会いたくて仕方なかった人。
自分から離れたくせに虫がいいなんて云われても、夢なのだからいいだろう。
まだ熱の下がらない身体は腕を動かそうとしただけでギシギシと痛むけれど、そんなものもどうでもいいと気にせず手を伸ばす。
するとどうだろう、都合のいいこの夢のシャンクスは、しっかりとエンの手を握ってくれた。
もしかすると自分は夢を見る才能があるのかもしれない、なんて小さく笑いながら、その夢に甘んじてシャンクスの手に頬を摺り寄せる。
「もう、夢でも、いいや。私、お頭に話したいこと、たくさんあるの」
この手の優しさを知っている。
この手の力強さを知っている。
どっちも知っているのに、どうしてあのとき悲しく思ってしまったのだろう。
「たくさん心配かけて、ごめんなさい。気を付けてるのに、全然うまくいかなかったの」
「いいんだ、そんなの気にしなくて」
ああ、本当になんて都合のいい夢。
エンが欲しい言葉をくれるシャンクスに気を良くし、エンは続けた。
「優しくしてくれて、ありがとう。でもね、私だって、出来ることはあるのよ。ちょっとくらいの無茶、許してほしいな」
「……善処する」
なかなかどうしてこの夢のシャンクスは本物みたいな顔をする。
ここ最近のごたごたのせいで、しばらくこういう顔を見ていなかったな、とエンはぼんやりと思った。
顔を合わせる機会が極端に減っていたし、正直仕事に逃げていた自覚があった。それはベックマンやホンゴウにも指摘されていたことで、働きすぎだと云われても知らん顔をしていた。我ながらズルいと今になって反省した。
まだ何も問題がなかったころ、エンはシャンクスのちょっと困ったように笑う顔が好きだった。無邪気な顔も拗ねている顔も好きだったけれど、たまに見せるこういう顔が好きだった。
だから今久しぶりにそんなシャンクスの顔を見て、胸が満たされた気分だった。
欠けていたものが、少しずつ戻ってくるような、そんな感覚。
これは夢だとわかっているのに、夢でも救われるのだから情けない。
それでも、これは本番のための予行演習なのだと自分に言い聞かせ、続ける。
「それから……どうしてお頭があのとき怒ったのか、わからなくて、少しね、怖かったの」
「…………」
「多分、私がどれだけみんなに大切にされてるか、ちゃんとわかってなかったからだよね。いつもみんな私を助けてくれてるのに、一人で危ないことしてさ。自覚してると思ってたんだけど、足りなかった」
「エン……」
「あのとき、云えなかったけど。助けてくれて、ありがとう」
本当はすぐに伝えるべきだったのに、混乱したエンは謝ることしか出来なかった。
だけど、今になってやっと云えた。
謝罪できないのは人として駄目だと思うが、感謝出来ないのはもっと駄目だ。わかっているのに、こんな簡単なことが出来なかった。
ありがとう。
嬉しい。
ようやく胸のつかえが一つとれて安心したエンに、シャンクスは優しく微笑んだ。
ああ、やっぱり夢というのは都合がいい。
久しぶりに穏やかにシャンクスと話せたことが嬉しくて、さらに今は熱があってふわふわしていることを言い訳にして、エンは全部云ってしまおうと思った。
夢で熱がなければ云えないと思ったのだ。
意を決する。
「あのね、お頭」
「……うん?」
とはいえ、緊張はする。
優しく自分を見るシャンクスを見つめ返しながら、エンは震える声を絞り出した。
夢なのだからと自分を鼓舞して、口を開く。
「私のこと、嫌いにならないでほしいな」
怒ってもいい。
呆れてもいい。
だけど嫌いにだけはならないでほしい。
だってそれは、想像しただけで胸が痛くて悲しくて怖いから。
きっと今の自分が、一番怖いことだから。
驚いたように目を見開いたシャンクスは、けれど次の瞬間には泣き出しそうな笑顔を浮かべて、ほんの少し掠れた声で優しく云った。
「ならない。絶対にならない。死んでも、ならない」
「……ほんと?」
「本当だ。誓うよ」
即座にそう云ってくれたことがたとえ夢でも嬉しくて、エンはホッとして微笑んだ。
「……よかった」
いくら都合のいい夢だとしても、限度というものはあるだろう。
もしここで『そんな保証は出来ない』とか『実はもう嫌いだ』とか云われたら立ち直れない自信があった。だってここまでリアルな夢なのだ。
でも、よかった。
今のシャンクスの言葉があれば、もう少し自分は頑張れる。
「エン。お前は……ここにいたほうが幸せか?」
夢なのに、不安そうにシャンクスが呟いた。
高性能な夢は問いかけもしてくるのか、と他人事のように考えながら、シャンクスの言葉を頭の中で繰り返す。
それは前にも一度聞いた言葉だった。
あの時も否定した。
今度だって、同じだ。
「楽しかったし、幸せだったよ。みぃんな、私のこと大事にしてくれるから。でも」
エンはモビー・ディック号で過ごした日々を思い出す。
優しい人たちだ。
誰一人としてエンを邪険にしたりはしなかった。
突然二週間も邪魔することになったのに、当たり前のように受け入れてくれた。
馴染みになった人たちとの生活は楽しく、幸せだった。
――それでも、エンが心から望むのはこの場所じゃない。
「私、レッド・フォース号に帰りたい。赤髪海賊団のみんなと一緒がいい」
やはりここ数日で緩み切っていた涙腺はすぐに崩壊し、気付いたらエンの瞳から大粒の涙が零れていた。
帰りたい。
みんなと一緒がいい。
――あなたと一緒がいい。
縋るように伸ばされたエンの腕をしっかりと握ったシャンクスは、ベッドに横たわるエンの身体を一度優しく抱きしめた。
本当によくできた夢だ。
抱き締められる感覚も体温も、エンの知るシャンクスのものだった。
それが嬉しくて、すぐに冷める夢だとわかっていても嬉しくて、エンは思い切りシャンクスを抱きしめ返した。
「じゃあ、帰ろう。おれと一緒に」
「うん。……あのね、お頭」
抱き上げる感覚が妙にリアルだ。まるで本当にシャンクスがここにいて、自分を抱き上げているみたいだと思う。そんなわけないのに。これは夢なのに。
ああ、でも、――そう。
これは夢だから。
夢だから、云ってしまおう。
手を伸ばし、しっかりとシャンクスに抱き着いて。
「大好きよ」
それだけ最後に云えたのが満足で、エンはまた眠りに落ちた。
夢の中で寝るなんて、我ながら器用だな、と思いながら。
◇◆◇◆
パチッと目が覚めて。
「……あれ?」
私はベッドの上で首を傾げた。
あれだけ苦しんだ熱はすっかり下がったらしく、頭はかなりすっきりしている。だからこそ余計に焦った。
慌ててベッドから飛び起きて辺りを見回すと、間違いなくここは私の部屋だ。
レッド・フォース号の、私の部屋。
「わ、私もしかして寝ぼけて勝手に出てきちゃったとか……!?」
全身から血の気が引く。
いやそんなまさか。部屋を間違えるならまだしも、私はさっきまでモビー・ディック号にいたはずなのだ。寝ぼけてるなんてレベルじゃない。いつの間にか瞬間移動を体得してたのか私は。
念のため頬を抓ってみたけれど、痛い。
ということは夢じゃない。これは、現実だ。
ハッとして窓から外を見るとそこは海で、波の動きからすでに港から出航していることがわかる。
どういうこと。
何が起きたの。
呆然として窓際で立ち尽くしていると、背後で部屋のドアが開いた音がした。
振り返ると、そこにいたのはお頭だった。私が起きているとは思っていなかったのか、驚いたようにこちらを見ている。
しかしそれ以上に混乱していた私は、慌ててお頭に駆け寄って。
「お、お頭! どうしよう私――……」
次の瞬間。
私は、お頭に抱き締められていた。
「――へ……」
あれ、今何が起きた?
目が覚めて、いつの間にか自分の部屋にいたことに驚いてたらお頭が来て、そうしたら、抱き締められています。
いやわからん。何もわからん。
頭にこれでもかというほどハテナを飛ばしたまま、しかし私を抱き締めて何も云わないお頭に違和感を覚えて首を傾げる。
「……あ、あのぅ、お頭……?」
「…………」
無言である。
いや、えー、えーっ。どどどどどうしよう。離してって云うべきかな、云うべきだよね。でもなんとなく云いづらい。でもちょっとぎゅうぎゅうくっつかれて苦しい。
どうしよう。
今いろんなことが起きすぎて何もわからないんだけど。
しかしここで私はふと肩口の冷たさに気付いてしまった。
お頭の顔が押し付けられている、私の肩。
「……泣いてる、の?」
口にして、そうに違いないと確信する。
慌てて私はお頭の背中と頭に手を回し、宥めるように抱き締め返した。
「や、やだよお頭、泣かないで。私のせいかな? ごめんね、あの、謝るから、泣かないで」
「……ふ」
「わ、笑ってる……!?」
泣いてなかった!?
なんだよ心配して損した。でも泣いてなくてよかった。
いろいろごちゃごちゃしてたけど、お頭に悲しんでほしいなんてこれっぽっちも思っていない。出来れば今後一生馬鹿みたいに笑って楽しく過ごしてほしいと思っている。
だから泣いてなくてよかったけど、この状況で笑ってるならそれはそれで腹立つな。
というかまだ何も話せてないから気まずいままのはずなんだけど。
うっかり前みたいに反応しちゃったけど、まずかったかな、とぐるぐる考えていると、ふとお頭の身体が私から少し距離を取った。
そして、云う。
「帰りたいって云ってくれて、ありがとうな」
は、と。
息を飲み、涙目で私を見下ろすお頭を見つめた。
「心配しすぎて怖がらせて、すまなかった。エンを信用していないわけじゃないのに、お前に何かあったらと思うと冷静でいられなくて、怒鳴って……腕に怪我まで。本当にすまん」
絶句するとはまさにこのことだろう。
一瞬、お頭が何のことを云っているのかわからなかった。
数秒遅れて、ああ夢で私がお頭に云ったことだ、と思い出して。
――え?
「……夢じゃ、なかった……?」
「ああ。あれは本物のおれだった」
私は、熱に浮かされながら見た夢で、お頭にたくさん話をした。
夢だから。
夢ならば。
そう自分に言い訳をして、云いたいことを云いたいように、好き放題に。
「え、じゃ、じゃあ……」
「全部覚えてるぞ、おれは」
自分の顔が引きつるのがわかる。対照的に、お頭は何故か嬉しそうだ。なにさ、まだ涙目なくせに。
しかし今の私にそんなことを指摘する余裕はない。
いやいやいや。
だってあれ夢だって思ってたから。
そういうんじゃないから。
違うから!
「エン」
「うばばばば」
「エン」
「待って待って無理無理だって夢だと思って私」
何を云ったのか、私も覚えてる。
謝った。
お礼を云った。
それだけならまだいい。
でも、それだけじゃなかったから。
嘘でしょ嘘だって云ってなんなら今も夢の中ですってオチにしてほしい。
とんでもないことをした事実に羞恥心で死にそうだ。
お頭が私の肩を掴んで離さないから、逃げ出したいの逃げ出せない。いや正確には逃げたくない。心情的には逃げたいけど、ほら私、もうお頭の前からいなくなりたくないっていうか、私が逃げたらお頭絶対悲しむのわかっちゃったし逃げられないっていうか。
自分の顔が信じられないくらい熱くて赤くなっている自覚があるので顔も上げられず俯いていると、頭ごと囲むように抱き締められた。
うわわわわ。
どうしよう。
どうしたらいい。
大混乱の私に、頭上から声が落ちてきた。
「好きだ」
一言。
熱のこもった声で告げられた愛の言葉。
好きだなんて、正直聞き飽きるほど云われた言葉だ。
だけど、どうして。
お頭の口から告げられたこの言葉が、私の胸の真ん中を射抜いて、泣きたくなるほど――嬉しくて。
「――し……」
「し?」
「死ぬ……!」
「それは勘弁してくれ」
完全に腰が抜けてしまい、私はその場にへたりこんだ。
何その言葉の攻撃力。こっちは可愛いだけの弱小海賊なんだからそういうのやめてほしい。困る。
立ち上がれない私の前にしゃがんで目線を合わせようとするお頭は、何故か嬉しそうに笑っていた。なんでよ、こっちは心臓壊れそうなのに。告白くらい余裕ってことですか? なんか悔しい。
でも、正直云うと――嬉しい。
だってさ、お頭ってこんなんでも大海賊なわけ。この若さで海賊にも海軍にも民間人にも名前が売れてて、警戒されて一目を置かれて。まぁおじ様ほどじゃないけどっ。
そんなすごい人が、私のことを好きだっていう。
さすがに私だって、ただ可愛いだけでお頭がそう云ってくれてるわけじゃないってことくらい理解してる。
私がちょっと運動神経死んでるところとか、多分仕事人間で集中したら寝食忘れて仕事に没頭しちゃうところとか、たまに無茶やらかして心配かけちゃうところとか、キッチンと相性最悪なところとか、そういうの全部ひっくるめてこの人は私のことを好きになってくれたのだ。いや自分で云ってて恥ずかしいな。
これが嬉しくないなんて、私は云えない。
たった一言で胸が満たされて、信じられないくらいに嬉しくて。
私もだよって、云えたらきっとこれがきれいなハッピーエンドだった。
でも。
「あ、あのさ」
「うん?」
「私、あの、向こうでもいっぱい考えてみたんだけど、っていうか熱出した理由これ考えすぎてたからなんだけど、まだちゃんと全部に答えが出せてなくて、も、もちろん私もお頭のこと好きなんだけど、じゃあ他のみんなと違う理由が何かとか、特別だけどどう特別なのかとかわかんなくて」
お頭は何も云わず、捲くし立てるように口を開いた私の言葉を聞いてくれていた。
ああ、駄目だ。
これは一度口を閉じたらもう何も云えなくなる、と思い、私は一気に云った。
「い、一緒に、答えを探してくれたらなぁと、思うんだけど……」
この期に及んでまだ、と怒られても仕方ないかもしれない。
でも本当にわからないのだ。
お頭に好きになってもらえて嬉しい。これは間違いない。私にとってもお頭は特別な存在だ。
そのくせ、どこがどう、というのがはっきり云えない。
これじゃあ、私が納得できない。
なぁなぁの、お頭の優しさに寄りかかりっきりになりたくない。
ありがとう、私もだよって云うのは簡単かもしれないけれど、そんな適当なままは嫌なのだ。
めんどくさくてごめんなさい、と思いつつ、伺うようにお頭を見上げると、お頭は締まりのない顔で笑っていた。え、笑うとこ?
「……一応、エンにとっておれは特別ってことでいいのか?」
「う、うん」
「ホンゴウともベックともヤソップとも違う?」
「なんでその三人……ち、違うよ」
「じゃあ、ひとまず許す」
どういう基準でその三人を出したのか知らないけど、なんか許された。ならいい、と満足そうだけど、いや、それでお頭が納得できるならいいけども。
いつまでもへたりこんでいるわけにはいかないので頑張って立ち上がろうとすると、お頭が手を貸してくれた。今更だけど、片腕なのに簡単に私のこと抱き上げたり持ち上げたり、すごいよね。いくら私が軽いって云ったって、人間らしい体重はあるのに。
ありがとう、とお礼を云うと、お頭はなんだかご機嫌そうで、にこにこしながら私を見ていた。
この人、本当に私のこと好きなんだなぁと改めて実感する。私が帰って来ただけでこの喜びよう。もしかしてだけど、私がいないあいだ、みんなは結構大変だったんじゃないだろうか。これはあとでちゃんと労わらなければ、と心に決める。
私がここにいることは、お頭にとって嬉しいこと。
この人にとって私がそんなにも大切な存在であることが堪らない気持ちになって、私は思い切って、お頭の胸に抱き着いた。
距離がなくなるように背中に腕を回し、ぎゅうと、くっつく。そして、云う。
「あの……こ、こういうのは、お頭にしか、しない、よ」
仲良くしてるメンバーとハグしたことはあるけど、それってあくまでハグなんだよね。それこそ、パパやママにしてたのと同じ感覚。
でも今、自分からやっておいてなんだけど、信じられないほど心臓バクバクしてます。
抱き着かれたことは何度もあるし、自分から抱き着いたこともあるのに、なんというか特別だと意識した上で抱き着くことの勇気が半端ない。あれ、私今までどうやってお頭にくっついてたっけ。抱き着きたいって思うなんて、そもそもノリ以外で今まであったっけ。
というかお頭、全然反応ないんだけど。
ちょ、調子に乗っちゃったかな。ちょっと前まで距離とってたくせにって思われたかな。
黙ったままのお頭の様子が気になって、恐る恐る顔を上げて。
思いのほか至近距離でパチ、と目が、合って。
逸らせなくて固まっていると、お頭の右手が私の頬に触れた。
その手が温かかくて優しくて、嬉しくなって私もその手に触れる。
そうして、気付いた。
あれ、お頭の顔が近いな。っていうかこの人やっぱり綺麗な顔してるな。
あれ、いや本当に近いな。目が離せない。吸い込まれちゃいそう。
なんて考えているうちに、私とお頭の距離はついにゼロになっていた。
触れる、唇と唇。
一呼吸を置いて離れて、至近距離で見つめられる。
その視線の熱さに、背筋がゾクリと震えた。
「……これも?」
妙に色っぽく、更に悪戯っぽく云われ。
からかうように指でなぞられた唇が、燃えてるみたいに、熱い。
唇どころじゃない、顔から火が出るくらいに熱い。
だって、だって、い、今お頭と――キスを、してしまった!
「あのほんともう無理死んじゃう」
「これから慣れてこうな!」
「本気で云ってる!?」
「超本気」
「わ、わぁ……っ」
本気の顔だった。
慣れるのか、これ。慣れない気がする。
前にマルコの頬にしたキスよりずっともっと恥ずかしくて照れる。心臓壊れちゃうんじゃないだろうかってくらい、バクバクいってる。
でもじゃあ嫌だったかっていうとそういうこともなくて、全然嫌じゃないんだけども、ちょっとこれはいきなり過ぎませんか。
そして今更だけどさ、これ、ドア開けっぱなしでやってたんだよね。
しまった帰って来て早々騒音で怒られる、と思ってドアのほうを見たら、いや、なんかトーテムポールみたいにみんなの顔が並んでてびっくりした。何事。一番下にいるライムとか寝てるでしょそれ。
久しぶりに見たみんなの顔に嬉しくなって笑顔になりそうになって、妙にへらへらしてるみんなの表情が気になった。
そもそもそこで何してたんですかね。
ていうかもしかして今の全部見られてたりしました?
「見てない」
「全然見てないし聞いてない」
「記録用電伝虫持ってこなかったこと後悔とかしてない」
「答えじゃん!!」
さ、最悪だ!
ドア開けっぱなしでいろいろ話してたこっちも悪いかもしれないけど、悪いかもしんないけどさぁ! 恥ずかしいやら何やらで顔が熱い。せっかく熱下がったのに、また熱出しちゃうよ。
お頭もお頭だよ、お頭がみんなに気付かないわけないんだから、なんで教えてくれないの。見られてるってわかってたら抱き着いたりしないし、き、キスだってしなかったのに。
「みんなお前のことが心配だったんだよ」
「それはわかってるけど覗きとは別問題だよね!?」
もう、もう。
こっちは結構な覚悟をしてみんなと話すぞって思ってたのに、これじゃ台無しだ。とてもじゃないけど真面目な話なんかする雰囲気じゃなく、今にも宴を始めそうな勢い。
本当に人の気も知らないで。
と思うけど、まぁ、私もみんなの気持ちがわかってなかったんだ。だから今回これだけこじれたってわけで。
真面目に話すことも大切だとは思う。
だけど同じくらい、みんなが私の帰りを待っていてくれて、帰ってきたことをこれだけ喜んでくれている気持ちを無下にも出来なくて。
お頭をちらりと見上げると、嬉しそうに優しそうに頷いてくれた。
――じゃあ、もう、私が云うべき言葉は、ひとつだ。
大きく息を吸い、にっこりと笑って私は。
「ただいまーっ!!」
電伝虫の記録。
【あ、もしもしおじ様!? 私、エンよ。ごめんなさい、私ったら二週間もお世話になったのに、何の挨拶もなしにこっちに戻ってきちゃって。気付いたらレッド・フォース号の自分の部屋にいてびっくりしたわ! お頭が連れ帰ってきたんだって聞いて、本当にびっくりした……。それでね、直接云えなくて申し訳ないんだけど、お礼を伝えたくて連絡したの。本当にありがとう。おじ様と二週間も過ごせて、私とっても楽しかった。本もたくさん嬉しいわ! 私の仕事がかなり捗りそうよ。あと……え、何? 今おじ様と話してるからあとにして。あ、ごめんなさい、なんだかお頭がいじけてて。ああ、大丈夫よ、放っとかれて寂しいだけだから。そうそう、それでニコールに伝えてほしいんだけど、私が使わせてもらっていたベッドの下に、箱が置いてあると思うの。そこにね、おじ様へのお礼があるから、ニコールから渡してもらいたいのよ。前にコートが一着ほつれてるって話をしてたでしょう? それを縫わせてもらったから、よかったら着てほしいな。結構いい出来だと思うんだけど、気に入ってくれたら嬉しい。こんなことくらいしか思いつかなくて申し訳ないけど、精一杯やったつもりだから。本当に……ちょっと、もう! あとにしてったら! おじ様に直接お礼云えなかったのは誰のせいだと思ってるの!? ほら、ベックが呼んでるよ! ……んもう。子供みたいなんだから……ってまたごめんなさい。もう出てってもらったから大丈夫よ。それで、ええと、なんだったかしら。あ、そうそう。あのね、私この二週間本当に楽しかったのよ。素敵な時間だった。本当にありがとう。みんなにもお礼を伝えてもらえると嬉しいわ。どれだけ感謝してもしたりないくらい。ふふ……そうね、何年かに一回ならいいかも。ずっとは無理よ。おじ様のことは大好きだけど、私は赤髪海賊団の一員だもの。
(遠くでエンを呼ぶ声がする)
ああ、まったく、ベックも匙を投げちゃったみたい。いい加減行ってあげないと、あとで面倒なことになりそう。ええ、そうなの。大きな子供で参っちゃう。ふふふ。
それじゃ、またね。――大好きよ、おじ様】