超絶美少女は夢を見る   作:秋元琶耶

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非常識な可愛さでポジティブに自己肯定感MAXで生きる一般人は色恋沙汰に関しての知識がバブちゃんすぎて赤髪海賊団一同が頭を抱える話です。


未来の海賊女王は眠れない

夜、医務室。

一日の締めの仕事をしているホンゴウを、机に肘をついて指を組んだエンが見つめている。

そうして真剣な表情で、一言。

 

「一人で寝るのが、寂しい……」

 

ため息交じりに云うエンに対してため息を吐きたいのはこっちだ、とホンゴウは思う。

 

「お前それ、頼むからおれ以外のやつに云うなよ」

「なんで」

「勘違いされるから」

「何を?」

 

きょとんと首を傾げたエンは大変可愛らしいが、ホンゴウは頭を抱えたくなった。

書き終わった医療日誌を棚に戻し、あとは部屋に戻って寝るだけだがこんなエンを放って帰るわけにもいかない。不眠症に悩む仲間の話を聞くのも船医の仕事だ。

しかし、ふと考える。今のホンゴウの言葉を本当にエンは理解していないようだ。

異性相手に『一人じゃ眠れない』なんて誘っているとしか思えないセリフだが、ホンゴウはエンにその気がないことくらいはわかっている。

もちろんエンもホンゴウもお互いにお互いのことが好きだが、当然それは恋愛感情ではないのである。なんなら裸で隣に寝ていても『酔っぱらって脱いだのかな』と思えるくらいには何もない。もはや実は血の繋がった兄妹でした、と云われても納得できるレベルである。

だから、エンもそれがわかっているからホンゴウにそんなことを云えたのかと思った。

が、このきょとん顔。

今の自分のセリフが、大多数の男に対してとんでもない威力を発揮するものだとまるで理解していない様子。

これはまずいのではないだろうか。

 

「……ちょっと疑問だったんだけどよ、エン」

「うん?」

 

ここ最近のごたごたで、エンが思ったよりも恋愛方面において無知で鈍感だというのは十分にわかっていた。何せ、あれだけ猛烈にアプローチしているシャンクスの好意にだってはっきりと気付いたのはつい最近なくらいだ。

万人に愛されすぎるのもある意味困りものだな、と他人事のように思っていたが、当事者でなくとも関係者になるとこのエンの無防備さが一気に恐ろしい。

ホンゴウはいい。おそらく他の仲間たちも、もしエンが無意識に際どいことを云っても本気にしない、あるいは何もわかっていないんだな、と判断できるだろう。

けれど、うっかり赤髪海賊団以外の誰かにあんなことを云ってしまったら?

可愛いエンに『一人じゃ眠れないの』と困ったように云われたら、たいていの男は舞い上がってエンを連れ出そうとするだろう。エンにそんな気が一切ないなんて思いもしないし、だとしても思わせぶりなことを云ったエンが悪いと思うに違いない。

まずい。

これは、よくない。

ホンゴウは優秀な船医なので、この状況を放置することが出来なかった。

ここは少し、真剣に、エンがどの程度そういう知識を持っているのか確認する必要がある。

 

「お前、子供がどうやって出来るか知ってるか?」

 

誓ってセクハラではない。

ホンゴウの真剣な声を真剣な顔で受け止めたエンは、一瞬置いて首を傾げて。

からかわれているわけではないと察し、戸惑いながらも頷いた。

 

「し、知ってるけど……」

「本当か? コウノトリが運んでくるとか、キャベツ畑で収穫できるとか思ってないか?」

「さすがに私のこと馬鹿にしすぎじゃない!?」

 

確かに昔はそう思っていたこともあったけれど、そのあたりは初潮を迎えたときに母親から教えられている。幸か不幸かそれを実践する機会はなく、特定の異性と交際することもなかったので普段は意識の底に追いやられている知識ではあるが。だからこそいつまで経っても性的なことを他人事のようにしか考えられないのは、恐らくエンの両親にとっても誤算だったのかもしれない。

それを聞いてホンゴウは少しホッとした。最悪、自分がエンに行為のあれこれについて教えなければならないのかと思ったからだ。さすがにそれは勘弁してほしい。

 

「わかった。最低限の知識はあるんだな」

「ホンゴウは私をなんだと思ってるの」

「賢い馬鹿」

「心外すぎて何も云えない」

 

基本的に見た目も中身もハイスペックなエンだが、たまに顔を出すポンコツが致命傷すぎるのだ。

キッチンとの相性が悪いだとか、運動神経が壊滅的だとか、それだけならまだ笑って済ませられるのに、恋愛関係についてあまりにもお子様すぎて呆れを通り越して心配になってしまう。

正直、これで本当に二十歳なのかとホンゴウが疑いたくなるのも無理はない。少なくともホンゴウがエンくらいの年の頃にはとっくに経験済みだったのは確かだ。

いくら小さな島での箱入り娘をしていたとはいえ、ここまで無垢でいられるものなのだろうか。

かまととぶって何もわからないふりをしていてくれた方がいっそ嬉しいが、エンがそんなことをする必要もメリットもないわけで。

 

「つーかよ、真面目な話。これからお前がお頭と一緒にいるならいろいろわかってないとまずいと思うぞ」

「何を」

「だから、ナニを」

「?」

 

首を傾げるエンに、鏡になるようにホンゴウも首を傾げる。隠語も何も伝わらない。

本当に不思議そうな顔をするエンはあまりにも無垢だ。

二年近く一緒の船に乗っていたのに、なぜ今まで気付かなかったのだろう。

わざわざエンに向けて下ネタや下世話な話を振ることはなくとも、エン以外が男所帯である船の中でまったくそういう話を耳にしないということはないはずだ。手っ取り早く盛り上がる話題でもあるし、更にそれなりに大きな島に停泊中は幹部に混じってエンも女が接客する飲み屋に行くことはあった。ベックマンを筆頭に仲間たちが女と消えていくのも見ているだろう。

なのに何故。

 

ここでホンゴウはハッとした。

気付いてしまった。

そうか。

もしかしなくとも、何も知らな過ぎて疑問に思うことすらなかったということか。

人間が子供を作るためにする行為のことは知識として知っていても、それを行う自分を想像もしたことがなかったエン。そしてそれはあくまで子作りのための行為であって、行為そのものを目的とすることがあるとも思いもしないわけだ。

ヤりたいからヤる、気持ちいことだからスる。

そんな考えがはなからないから、男たちが女に鼻の下を伸ばすのはただ美人だからだと思い、胸や腰や露出に興奮するのは男にはないものだからだと勘違いし、規制がかかりそうな内容の話題が性的なものだなんて思いもしない。

夜の街に消えていった仲間たちが女と何をしているのか深く考えることもなく、夜通しおしゃべりをしているとでも思っていたのかもしれない。

エンが船に乗ったとき、嫁になってくれと宣ったシャンクスに対して『海賊王になったら結婚する、それまではお互い自由に遊ぶ』というようなことを云っていたが、もしかしなくともその『遊ぶ』は言葉通りの意味だったらしい。

純正培養箱入り娘。

傷付かないよう、年齢に合わせた知識を、エンに負担がかからない程度に、将来困らないように教える必要があるのではないだろうか。

 

「……おれは、もし今後またお前の生まれ故郷の島に行くとしたら、まず最初にお前の両親に文句を云いたい」

「藪から棒に何」

「勉強ばっかりさせてないで、人生経験もさせるべきだろ……!」

 

なんでおれがこんな役、と頭を抱えるホンゴウの背中をぽんとエンが撫でる。いやお前のせいで頭抱えてんだよ、と思うが、エンの優しさが純粋なのもわかっているのでホンゴウは泣いた。可愛いエンに一生このままでいてほしい気持ちと、シャンクスのためにも本気で学んでほしい気持ちで心が二つに割けそうだった。今とても強い酒が欲しい。あと胃薬。

 

しかし何故ホンゴウがこんなにも頭を抱えているのかさっぱりわからないエンにとって、わけのわからない確認事項よりも一番大事なのは己の睡眠不足についてだ。

もともとショートスリーパー気味ではあるものの、それは短い時間にぐっすりしっかり休んでいたから問題なかっただけで、短い睡眠時間を更に不安定に削るとなると日常生活に支障が出る。まだ若いので誤魔化しは効くし、昼間にちょっとうたた寝することで何とかなっているが、ずっとこれではいつか限界が来るのは明らかだ。

 

「とにかくさぁ、そういうのはあとで考えるとして、目下の問題だよ」

 

白ひげ海賊団のもとから帰ってきたときに、エンはシャンクスとの関係についてちゃんと考えることにした。好きは好きでも、他の仲間たちと違う好きなのは自覚した。抱き着いてどきどきするだとか、キスされて嫌じゃなかったとか、実はホンゴウにはそういう相談をしていて、ほんの少しだけれど前進したな、とちょっとホッとしていたのだが。

しかし、それを簡単に『あとで』と一蹴するあたり、やはりまだエンにとって色恋沙汰というのは優先順位が低いらしい。シャンクスが可哀そうである。が、それをわかった上でエンが好きだというのだから仕方ない。二年以上お預けさせられていたのだから、まぁもう少しくらい気長に待てばいいと思う。

 

「宴してるときだったら、眠くなるまで飲んだりすればいいけど……普段はさぁ、誰かがそばにいないと眠れないってまずいよねぇ」

「あー、そうだなぁ……」

 

ひとまずこれ以上医務室にいる必要もないので、一旦甲板に出ることにした。気分転換でもすれば眠くなる可能性もあるし、もしかしたら何気ないところで打開策を思いつくかもしれない。もしこの不眠症も一時的なものであれば、量を調節して寝酒もありだろう。

そもそもエンは非常に酒に強い。

宴のときは好んで可愛らしいカクテルを飲んでいるがそれだって決して弱いものではなく、なんならものによってはシャンクスたちが飲んでいる酒よりずっとアルコール度数の高いものも平気で飲んでいる。

しかし節度も弁えているので少しでも眠くなったらさっさと部屋に引っ込んでちゃんと自分の部屋で寝ていた。

いくら仲間たちがエンを大事にしてくれてるとはいえ、異性の前で無防備に寝るのはまずいということはわかるらしい。

何故それは理解できるのにシャンクスへの気持ちだけが理解できないのだろう、と何度目になるかわからない思考ループに入りそうになったとき、廊下の曲がり角から見知った顔が見えた。どうやら珍しくベックマンと何やら打ち合わせをしていたらしく、副船長室から出てきたシャンクスだった。エンとホンゴウが二人揃って医務室方面からやってくるのを見て、不思議そうに首を傾げる。

 

「おー、エン、ホンゴウ。どうしたんだ?」

「あ、お頭」

「うーん、ちょっと船医さんに相談事ぉ」

「相談?」

「そうなの。ちょっと深刻」

 

肩を竦めるエンに同意しようとしたホンゴウは。

 

「あ」

「あ?」

 

思わず大きな声を出し、ポン、と手を叩いた。

いいことを思いついた。

うまく行けば一石二鳥、片方だけでも成功すれば儲けもの。

前はエンを押し倒している(ように見えただけ)現場に鉢合わせられたり何かとタイミングが悪いと思っていたが、今回ばかりはナイスタイミングで現れてくれた。

そうしてにっこりと、にーっこりといい笑顔を浮かべてエンとシャンクスを見、云う。

 

「お頭、エンが一人で寝るのが寂しくて眠れないんだとよ」

「は」

「だから添い寝してくれる人募集中だそうだ」

「ホンゴウお前」

「おれはパス。やだ。無理。絶対お断り」

「そ、そこまで嫌がることなくない!?」

 

傷付く、とエンは抗議の声を上げるが、申し訳ないが今は構っている場合ではない。ひいては今後のエンのためでもあるのだ。あと断じて嫌がっているわけではないがそれも今はどうでもいい。

不満げに口をへの字にしてホンゴウを睨むエンを無視し、ホンゴウは『だからお頭、頼むよ』と重ねた。

急に何を云い出すのかと焦ったシャンクスだったが、これでもホンゴウは優秀な船医だ。しかもエンを可愛がっている筆頭。そのホンゴウが、エンの名誉が傷付くようなことを云うはずがない。

添い寝という言葉に動揺しつつもエンを見ると、目が合ったエンは困ったように笑っている。ということは眠れないというのは本当のことらしい。

 

「えーと、エン。眠れないのか?」

「う、うん……向こうにいたときずっとニコールと一緒に寝てて、そうじゃなくても同じ部屋に他のナースがいてくれる状況だったから、それに慣れちゃって……」

 

一人になるとどうしても目が冴えちゃうんだ、と困ったように頬を掻くエンには当然だが媚びるような様子はない。本当に眠れなくて困っているのだとわかる。

これは。

シャンクスがちらりとホンゴウを見ると、視線で『行け』と促される。

いいのだろうか。

以前仲間たちに、弱っているところに付け込むような真似はするなとくぎを刺されたことをシャンクスは覚えている。今回はそれに該当しないのだろうか。

が、他でもない保護者筆頭のホンゴウからゴーサインが出ているわけで。

ぐさぐさと刺さる視線に居心地の悪さを感じながら、ゴホンと、ひとつ咳払いをしたシャンクスは、じゃあ、と不自然な笑顔を作って云った。

 

「お、おれと、一緒に寝るか?」

 

さりげなく自然に云うつもりだったのに、どもってしまった。しかもかなりぎこちない。

下心がまるで隠せていないシャンクスの様子に、ホンゴウはちょっと頭を抱えそうになった。童貞じゃあるまいしそれくらいサラッと云ってくれ、と切実に思う。

これではいくらなんでもエンも不審に思うだろう。せっかくいいパスを投げてやったのに!

しかしそんなホンゴウの嘆きは杞憂に終わった。

何故なら、パァッとエンが目を輝かせたからだ。

 

「え、いいの!?」

 

おっと。

ホンゴウは思わず口を押えた。

これはもしやいけるかもしれない、と思い、ホンゴウはその立派な体格からは想像できないほど存在感を消した。自分から投げたボールの行方を確認するまでは付き合いたいが、自分の存在が邪魔になって二人が進展しないのも困る。

そんなホンゴウの頑張りが功を奏したのかはわからないが、心底ほっとした様子のエンは嬉しそうに続けた。

 

「本読んだり裁縫したりで誤魔化してたんだけど、そろそろそれもキツくてさ……ホンゴウはこの調子だし、お頭がいいならお願いしたいな」

「お、おぅ……」

「あ、同じ部屋にいてくれたらそれだけでもいいから」

「え」

「私ってば可愛いけど繊細ではないから、たいていどこでも寝られるんだよね。床はちょっとアレだけど、ソファがあれば十分だし」

 

幸い船長室には二人掛けのソファと一人掛けのソファがそれぞれひとつずつあり、二人掛けのほうは大きいのでエンなら余裕で横になれる。今はそんなに寒い海域ではないから、毛布一枚あれば十分だ。

ね、と何故か誇らしげに親指を立てるエンも可愛い。可愛いが発言が可愛くない。中途半端に甘え下手である。どうせ頼るなら最後まで頼ればいいのに、本当にこういう部分でエンは鈍い。

それって添い寝とは云わないんじゃないだろうか、とシャンクスは思ったが、それを指摘したらこのチャンスが丸ごとなくなるような気がしてキュッと口を閉じる。

 

大きく息を吸い込んだホンゴウは、ゆっくりと静かに、その息をすべて吐き出した。

云いたいことは山ほどある。ツッコミたいことも山ほどある。

が、今はもう全部放置だ。

なるようになる。なってくれ、頼む。

吐いた息に愁いを全部込めて気持ちを新たに顔を上げると、これ以上ないほど晴れ晴れとした笑顔を浮かべて云った。

 

「んじゃ、今日のところは解決だな」

「うん、ありがとホンゴウ!」

「おれも部屋戻るし、おやすみ~」

「おやすみ~」

 

去り際、彼はにっこり笑顔でシャンクスの肩を叩いた。声には出さず『頑張れ』と伝える。

エンのことは可愛いが、正直同じくらいシャンクスのことも応援しているのだ。少し卑怯な気もするけれど、転がってきたチャンスをものにしてほしいというのは同じ男としての意見でもある。まぁちょっとエンにそういう知識が少なすぎる点は心配だが、そこは百戦錬磨のシャンクスならなんとでも出来るだろうと信頼することにした。

とにかく、ひとまずエンが一番どうにかしたい『一人で寝られない問題』についてはこれで対処出来たわけで、つまり今この瞬間ホンゴウはお役御免。馬に蹴られる前に退散するに限る。

シャンクスにエールを送り、エンには『今夜は眠れるといいな』と別の意味にも聞こえる言葉をかけてさっさとホンゴウは自分の部屋に引き上げた。もとい、逃げた。

 

そんなホンゴウの思惑には気付かず、言葉通りの意味しか理解できないエンは笑顔で彼を見送った。頼れる兄貴分を持てて本当にありがたいことだ、と心底感謝しているのだから、まったく恐れ入る。

そうして、表面上はしれっとしたまま、しかし内心は心臓が爆発しそうなほど緊張などしているシャンクスを見上げて改めて口を開いた。

 

「ごめんねお頭、でも助かる。とりあえず今晩だけでもちょっと付き合ってくれると嬉しい」

「や、おれは別にずっとでもいいんだけどな」

「えー、それは駄目でしょ。さすがに私もそこまで迷惑かけらんないよ」

 

からからと笑うエンには全然伝わっていない様子だ。あれこの子一応おれのこと特別だと思ってるんだよな、と不安になったシャンクスである。

とりあえず、いつまでも通路に突っ立っているわけにもいかず、並んで部屋に向かって足を向けながらぽつぽつと話をする。もともと二人の部屋は隣り合っているのでこそこそする必要もないのだが、一応今は夜だから自然と声は静かになった。

夜にエンと二人きりになるのは誰にともなくちょっとだけ後ろめたい気分で、心持ち部屋に向かう速度が速くなる。それが余計に悪いことをしているような気分になって自己嫌悪した。何も無理矢理部屋に連れ込もうとしているわけではないのに、本気で『寝る』ことしか考えていないエンを部屋に連れ込むのはアリなのだろうか。

 

そんなことを考えている間に部屋に到着し、さきほどまで仕事をしていたエンは一度部屋に戻って着替えてくると云って自室に消えた。

じゃあまたあとで、とシャンクスも自室に入ったのだが、そうか。寝るということは寝間着になるわけだ。

ここでシャンクスは、半年ほど前のバッタ事件を思い出してしまった。エンの部屋に、陸で仕入れた物資に紛れ込んでいたバッタが入り込んで大騒ぎになったあれだ。

あのときエンは寝間着のままシャンクスにしがみついたので、ほとんどダイレクトにエンの身体の柔らかさを体感することになった。

まずい、とシャンクスはベッドサイドに腰掛けながら頭を抱える。

今思い出しただけでコレなのに、またあの姿のエンを見たら、しかも一緒に寝るとなったら。

 

エンはシャンクスとの関係について一緒に考えていきたいと云った。

すでに特別ではあるけれど、自分で納得する言葉に表せられるようになりたい、とエンは真剣に考えてくれている。

その気持ちが嬉しいから、もどかしくはあるけども無理に焦って先に進まなくてもいいか、なんてちょっと余裕をかまして思っていたのだが、寝間着のエンを見たらどうなるかわからない。我慢強いほうだとは思うけれど、好きな女と同じベッドにいて何もしない自信がない。

はやまったかもしれない。

 

若干後悔に似た気持ちを抱いてしまったシャンクスがハッとしたのは、静かに部屋のドアがノックされたからだった。

赤髪海賊団のなかで人の部屋に入るときにまともにノックする男はほぼいない。ベックマンやホンゴウあたりはノックはするが、ノックと同時に入室してくるのでほぼ意味はない。ノックをして、かつこちらの返事があるまでドアを開けないのはエンだけだ。というかタイミング的にエン以外はないだろう。慌ててドアを開けてやれば、あのときとは違うタイプの寝間着に上着をひっかけ、薄手の毛布を胸に抱えたエンがそこにいた。

 

可愛い。

可愛いが可愛いを着ていたらそれはもう可愛い以外の何物でもないのである。

 

あまりの常識を逸した可愛さに危うく意識が遠のいたが、お頭? と不思議そうにエンが首を傾げたのでハッと我に返った。いかん。これ以上不審な行動したらさすがにエンも逃げてしまうかもしれない。

なんとか平静を装って部屋に入るよう促すと、エンは少し照れくさそうに『お邪魔します』と断って部屋に足を踏み入れた。

 

「お頭って意外と部屋綺麗にしてるよね」

「そ、そうか?」

「うん。いいこといいこと」

 

満足そうに笑うエンはベッドではなくソファに足を向けた。本当にソファで寝る気らしい。

とはいえ、夜とはいってもまだ寝るほどの時間ではない。普段だったらエンは趣味の時間にしているが、今はシャンクスの部屋にいる。さすがに裁縫道具やら本やらを持っては来てないし、シャンクスもまだ寝るつもりはないようで一人掛けのソファに腰を下ろしていた。本当は隣に座りたいが、うっかり手を出してしまうのが怖いのでちょっと距離を取ったのはシャンクスの小さな努力である。

こうして二人だけでゆっくりするのは実は久しぶりだったので、しばらくの間二人は会話を楽しんだ。

今日の夕食の感想だったり、今エンが製作途中の服の話をしたり、ちょっとだけ仕事の話をしたり、エンが白ひげ海賊団に滞在していたときのことも話した。楽しそうに当時のことを話すエンに少し寂しさを覚えつつも、それでもこちらに帰りたいと云ってくれたことを思えば微笑ましい。

 

まだ眠くないしもう少ししゃべるなら、ということでシャンクスはとっておきの酒を持ちだした。

実はエンが好んで甘いカクテルや果実酒を飲んでいると知ったときに密かに用意していたのだが、なかなか二人きりで飲む機会というのがなくてずっと仕舞ったままになっていたのだ。これは今出すべきだと思った。

二人きりで酒を飲むのは遠慮されるかとも思ったけれど、エンは喜んで受け取った。

何度も云うが酒には強いし、シャンクスがいそいそと用意したのはどう見てもシャンクス好みではない酒。自分に好意を持っている彼が、自分のために用意してくれたものだと思い至るのは簡単だ。その気遣いが嬉しい。断る理由は何もなかった。

 

考えてみれば、エンとシャンクスが二人で飲んだのは随分前に一度きりしかないかもしれない。

あれは確か、運悪くエンが敵襲中に襲われて、エンを守ったライムジュースがちょっとした怪我を負って、ひどくエンが落ち込んだとき。その後に立ち寄った島で一人でうろついていたエンが性質の悪い男にナンパされていて、シャンクスがそれをあしらって別の店に誘ったのだ。

そう、たったその一度きり。

二年近く一緒にいるのに、一緒に飲んだことは数えきれないほどあるのに、エンと二人きりで飲んだのはそのときだけなのだ。そのことに気付いてシャンクスは軽く落ち込んだ。ホンゴウやベックマンなんかはちょこちょこエンと二人で飲んでいるのも知っているから、余計に。

避けていたわけでも避けられていたわけでもないはずなのに、何故。

いや、落ち込むのはよそう。だって今はエンと二人きりなのだ。しかも自分の部屋。楽しまなければ損である。

そう自分に云い聞かせ、シャンクスは気を紛らわすようにグラスを煽る。

 

しばらく会話を楽しんでいた二人だが、途中でエンの不眠症についての話題になった。

エンは白ひげ海賊団滞在中、懇意にしていたナースと一緒に寝ていたという。もともと怪我のせいで寝つきが悪くなっていたところにストレスも重なって、レッド・フォース号の医務室でもほとんど眠れていなかったのをすぐに見破られたのだそうだ。そこで、薬に頼る前に出来ることはやってみよう、ということでエンを気に入っていたニコールが試しに一緒に寝てみたらぐっすりだったらしい。羨ましい。

ニコールが手を握ってくれたから安心できた、と嬉しそうに語るエンに若干の後ろめたさを感じながら相槌を打つシャンクスは、ニコールへの嫉妬を堪えながら意を決した。

飲みなれない甘い酒を飲んでいるせいか、はたまたエンと二人きりで自室で飲んでいるからか、今日のシャンクスはいつもより酔いが回っている。

ホンゴウにエンの添い寝の話を聞いたときから、気になっていたことがあったのだ。

 

「添い寝って」

 

一度言葉を切り、息を飲む。

酒の力を借りなければ質問一つ出来ないとは情けない。

大海賊だ何だと云われても、惚れた女にはこんなにも憶病な自分の小ささを情けなく思いつつ、一思いに酒を煽ってその勢いで続けた。

 

「ホンゴウ以外にも頼んだのか?」

「え? ないない。ていうかホンゴウにも頼んでないよ」

「……そうなのか?」

「うん。一人で眠れなくて困ってるって相談には行ったけど、さすがに添い寝してなんて頼んでないよ」

 

頼んでないのにめちゃくちゃ断られたけどね、とエンは遠い目をした。

確かにあのときホンゴウはエンが添い寝相手を探しているようなことを云っていたが、彼自身が誘われたとは一言も云っていない。まさかと思って問おうと思ったらその前に否定されたことからも、本当に誘っていないのだろう。

ホンゴウのことは信用も信頼もしているが、やはりエンに片想い中の身としてはもし彼が最初に誘われていたとしたら複雑だ。

ホッとして胸を撫で下ろすと、ちらりとシャンクスを見たエンはぼそりと零した。

 

「ていうか……頼まないよ」

 

心なしか唇を尖らせて、小さな声でエンは続けた。

 

「お頭だから、いいかなって思ったんだもん」

 

――それは、どういう。

 

ソファの上で三角座りをし、小さくなりながらグラスを傾ける。心なしか頬が赤いような気がするのは気のせいだろうか。あるいは照れていると思いたいシャンクスの願望か。

シャンクスが言葉もなく自分を凝視していることに気付いたエンは、慌てて視線を逸らして俯いた。

 

「エンの可愛さで殺されそう」

「や、やめてよそういうの」

「すまん。はー、本当にエンは可愛いな……」

「それはその通りだけどぉ」

 

ブレないエンもまた可愛い。

シャンクスが相手だから添い寝を頼んでもいいと思ったというのは、シャンクスがエンにとって特別だからだ。仲が良いホンゴウでもなく、誰彼構わずでもなく、シャンクスだから。

エンはそれの意味をちゃんとはわかっていないのかもしれないけれど、子供のように拙い恋愛知識しか持たないエンにしては上出来だ。

好きだ、と思う。

堪らない気持ちになって、シャンクスはエンの隣に移動した。二人分の重さを支えるソファがギシリと音を立てる。

 

「……抱き締めてもいいか?」

 

柄にもなく緊張している。

グラスを持つエンの手に重ねた自分の手が震えているような気がして、情けない。

シャンクスを見上げたエンは驚いたように目を見開き、けれどぎこちなく頷いた。ほのかに顔が赤いのは、酒のせいか、はたまた。

手を伸ばし、抱き締める。簡単に傾いたエンの身体は、すっぽりとシャンクスの腕の中に納まる。

 

気に入った女が靡かないことなんてほとんどなかった。

ベックマンほどではなくともシャンクスも十分モテる部類の見た目だし、人懐こいくせに肝心なところに踏み込ませない絶妙な距離感に惹かれる女は履いて捨てるほどいた。

だからシャンクスはこれまで女に対して欲を我慢したことなんてなかったのだ。望めば手に入るのが当たり前だったから。

それなのに、初めて心の底から欲しているエンだけが思うようにいかない。

自分を見てくれるだけで嬉しくて、触れるだけで胸が高鳴って、抱き締めるのに勇気がいる。キスだってまだ数えるほどしか出来ていないし、思い出しただけでだらしない顔になってしまう。

エンが恋愛に関して子供だというのは事実だが、自分だってエンを相手にすると子供のように不器用になってしまうのだ。ある意味お似合いではないか、とポジティブに考えられるのは、エンの影響なのかもしれない。

 

もどかしくないとは云えない。

経験上、手っ取り早く抱いてしまえば解決するような気もしている。

けれど、エンを抱きたいと思うのと同じくらい、シャンクスはエンを大事にしたかった。

自分を特別だと思ってくれているのは確かなのだ。

苦しいけれど、切ないけれど。

これを越えた先に取ってくれるエンの手は、きっと幸福なものだと思うから。

 

それから少しの間二人はぽつぽつと他愛ない話をしていたが、しばらくするとエンの受け答えが鈍くなってきた。ちらりとシャンクスが様子を窺えば、眠たそうに目を擦ったり小さなあくびを繰り返している。

時間的にもいつもエンが寝ている頃合いなのと、今日は一人ではないという安心感から睡魔がやってきたのだろう。

 

「……そろそろ眠くなってきたか?」

「んー……」

「よし、んじゃおれがソファで寝るから、ベッドはエンが使ってくれ」

 

真面目で律儀なエンの性格上、人のベッドを占領するなんてと抗議の声が上がると思ったが、意外にも反論はなかった。どうやら本格的に眠気に襲われているようで、うつらうつらと目を瞬いている。

ここ最近ほとんど眠れていないという話だし、今日ここにいるのも眠るのが目的だ。

さすがのシャンクスもこんなエンを見てどうにかしてやろうという気はなく、エンを優しく抱き上げた。すると反射なのか、落ちないようにエンもぎゅっとシャンクスにしがみつく。

寝間着越しの柔らかいエンの身体と、眠いせいで上がっている体温に思わず反応しそうになるが、獣になってはいけない、とシャンクスは必死で自分を抑えた。そういえば明日朝一でベックマンに書類を持っていく予定になっていたことを思い出していろいろ落ち着いた。ちなみに書類はどこにやったか覚えていない。

雑念を誤魔化しながらなんとか無事にエンをベッドまで運び、横たえてやり。自分も静かに寝ることにしようとしたシャンクスを、エンは控え目に呼び止めた。

 

「……あの、お頭」

「うん?」

「やっぱり……一緒に寝たら、駄目?」

 

ほとんど見たことのない、ねだるようなエンの上目遣い。

こんな顔をされてノーと云える男が、果たして世の中にどれほどいるだろう。

少なくともシャンクスには無理だった。

息を飲み。

ごくり、と喉が鳴る。

 

「い、いいけどよ……」

 

冷や汗だらだらでそう答えるのが精一杯だったが、エンはその言葉に心底嬉しそうにへにゃりと笑うのだ。可愛い。そんな馬鹿な。こんなに可愛くて許されるのだろうか。可愛すぎる罪で手配書が回るのも時間の問題かもしれない。

混乱の余りこんなことを考えないと正気が保てなかった。

更に、一度冷静になるためにグラスと酒を片付けようと思ったのに、エンが抱き着いたまま離れようとしないので、シャンクスはそのまま一緒にベッドに入ることになってもう大変である。何がとは云わないが、大暴れである。

一方でシャンクスの気持ちなど知る由もないエンは、満足そうに云う。

 

「あったかぁい」

「そりゃ、よかった」

 

ぎゅうっと正面から抱き着かれて非常にまずい。元気になってしまう。だってエンの身体が柔らかいしなんだかいい匂いがするし、何より好きな女が自分のベッドにいるというこの状況で元気にならない男はいない。

我慢すると決意を新たにしたはずなのに、いとも簡単に意志が揺らぐ。

もうこれはちょっとくらい手を出しても許されるのではないだろうか。

いくらエンが色恋沙汰に鈍いとはいえ、男のベッドでこんなに密着することの意味を分からないとは思えない。むしろ誘っているのでは? だとしたら応えてやるのが男の務めでは?

良心と欲望の葛藤に欲望が勝ちそうになったとき、シャンクスの胸元でエンがふやけた笑いを零した。どうしたのかと思いエンを見ると。

 

「お頭の傍は、安心出来ていいなぁ」

 

そう、心底安心した顔で云うのだ。

それを見てしまったから、シャンクスはもう少なくとも今日は手を出せないことを確信した。

こんなに無邪気に自分に安心感を抱いてくれているエンの期待を裏切るような真似はしたくない。

 

「……お前だけの特等席だぞ、おれの腕の中は」

「えー、綺麗なお姉さんにもそれ云ってるんでしょ」

「ゴホッ」

 

人の好意を無意識に蹴とばしてくれる娘である。動揺のあまり咽って死ぬかと思った。

過去についてはあまり否定はできないが、少なくとも自分のエンに対する想いを自覚した時点からシャンクスは女遊びは控えている。男なのでどうしようもなく発散したくなるときはあるけれど、今までだったら飲み屋と云わずとも適当に声をかけたりかけられたりで都合の良さそうな女を見繕っていたのを、ちゃんとした娼館の女を相手にするようになった。そういう女たちはたいてい自分の立場を弁えているから、船に乗りたいだとか面倒なことは云わないので後腐れがなくていい。

が、それをわざわざエンには伝えていないからか、未だに女遊びをしていると思われているらしい。普通にショックだった。

しかしそれもこれまでの自分の行いのせいだし、自業自得と云えば自業自得なわけで、言い訳は諦めた。悲しいがこれが現実である。

ただ、誓ってシャンクスはエン以外を口説いてはいない。

さすがに行為中黙っているわけではないけれど、エンに囁くような甘い言葉や口説き文句は絶対に云っていない。もうそういうのはもうエンにしか云わないと決めているのだ。

言い訳はしないと決めたものの、そこだけはわかっていてほしいなぁとちょっと切ない気分になっていると、でも、とエンが嬉しそうに笑う。

 

「今だけは、私の場所だもんね」

 

満足そうに云って。

エンはシャンクスの胸に頬を摺り寄せた。

それはまるで、恋人に甘えるような仕草にみえる。

思わず息を飲んだシャンクスがエンの身体を抱き寄せると、簡単に二人の距離はゼロになる。

言葉が途切れる。

聞こえるのは、窓の外の波の音だけ。

もしかしたら、荒れ狂う嵐のような心臓の鼓動も聞こえているかもしれない。

 

「……エン」

「…………」

「……エン?」

「…………すぅ」

 

寝たらしい。

この状況で。

 

いや、そう。いいのだ。不眠症のエンが眠れるように添い寝をするのが今日の目的だったわけで、エンは悪くない。何も悪くない。なんにもわかっていないエンだと理解した上でエンが好きなのは自分の勝手なのだから、煽るだけ煽って寝てしまったエンを恨みがましく思うのはお門違いだ。

でもちょっと泣きたい。

 

腕の中ですやすやと安らかに眠るエンを起こさないようぎゅっと抱きしめながらシャンクスは静かに泣き、羊を数えて気付いたら外が明るくなっていた。

腕の中のエンはまだ幸せそうな顔でぐっすり眠っている。

 

ミッションコンプリートである。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

翌朝。

 

「おっはよー!」

 

肌をつやつやさせ、にっこにこ笑顔でご機嫌そうなエンが、食堂で顔を合わせたホンゴウに声をかける。

 

「おはよエン、元気だな。よく眠れたのか?」

「うん、超ぐっすり! 久々にこんなに眠れた気がするよ!」

「……そっかー、よかったなー」

 

一方実はエンの後ろにいたシャンクスは若干寝不足そうである。そりゃそうだ。好きな女が同じベッドにいて何もできないのだから、まだまだ体力的に元気な健全な男としては生殺しにもほどがある。

ということは、そっちは失敗したらしい。一石二鳥とは行かなかったか、と少し残念に思いつつ、ホンゴウはシャンクスの肩を気の毒そうに叩いた。

 

「お頭、おれからのアドバイスを一つ」

「怖ぇんだけど」

 

周囲に挨拶しながらルウに声をかけに行ったエンを見送りながら、シャンクスはホンゴウの言葉を促した。

頷いたホンゴウは。

 

「エン、そういう知識まじでなさそうだから、雰囲気で押し通すとか多分無理だぜ」

「そういうことは早く云えって……!」

「いやお頭ならなんとか出来るかなってちょっと期待してた」

 

しれっと云われてシャンクスはホンゴウを睨みつける。なるほど二重の意味で確信犯だったわけだ。

エンの希望通りにいけばそれでよし、万が一シャンクスが頑張ってエンとそういう意味でベッドを共にしてもそれはそれでよし。どちらでもホンゴウ的にはおいしい展開だったということで、結果はお察しの通り。

誓って何も出来なかったことを悔やんでいるわけではないが、ホンゴウの思惑通りになったことは面白くない。ここは船長としてひとつ物申してやらねば、と無駄な意気込みをしたところで、二人分の朝食を持ったエンが戻ってきた。

 

「何やってんの?」

「いや別に。おれも飯持ってくるわ」

「今日のオムレツはチーズ入りだってさ」

「まじ? やったね」

 

うきうきとルウに食事をもらいに行ったホンゴウを笑顔で見送ったエンは、シャンクスの隣に腰を下ろした。

ちなみに、タイミングが合えば二人が一緒に朝食を摂ることはよくあることで、その際エンがシャンクスの分も運ぶのもいつものことだった。そんなことはしなくていいとシャンクスは云うのだが、どうせエンは小食で朝はコーヒーと小さなサンドイッチ一つくらいで済ませているから、お盆はがら空きだと、大した手間じゃないんだからこれくらいさせてと云うので、せっかくなのでエンの好意に甘えることにした。必然的に隣にいられるのが嬉しいとかシャンクスが乙女のように思っているのはもちろんエンは知らない。

そんなわけで今日もシャンクスの隣に座ったのだが、一口コーヒーに口をつけたエンが、と思い出したようにシャンクスを見上げた。

 

「あ、そうだあのね、お頭」

「うん?」

 

周囲に人がいることを気にしてか、ちょっと周り見渡してから内緒話をするように手を口元にやり、袖を引っ張ってシャンクスの耳にエンは囁いた。

 

「朝起きたときに隣にお頭がいて、私嬉しかったの。本当にありがとね」

「は――……」

「なんかちょっと照れるね。へへ」

 

この女、これで何も理解してないのである。

いくら声を潜めていたとはいえ、なんだかんだで優秀有能な赤髪海賊団一同、特に二人の席のすぐ近くに座っていた幹部たちはエンの言葉が聞こえてしまっていた。

大海賊の一味としてのプライドでギリギリ悲鳴を上げずには済んだが、内心では阿鼻叫喚だった。

 

――頑張れ、お頭。

 

かつてないほど赤髪海賊団一同の気持ちが一つになった瞬間だった、とのちにベックマンは遠い目で語った。

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