5121小隊は、綱渡りを続けていた。連戦につぐ連戦。そして表向きは、連勝につぐ連勝。だがその連勝は、本当にぎりぎりの、崖っぷちとも言えるぎりぎりの
今も小破し、あちらこちら故障を抱えた士魂号1番機重装甲仕様を、整備員たちが必死になって修理している。パイロット部署も、あちらこちらが故障だらけであり、パイロットである壬生屋未央は必死になってそれを直していた。
無論、故障だらけなのは1番機だけではない。3番機複座型もまた、敵中に突っ込んではそこで静止し、ミサイルをばら撒く戦法から、どうしても被弾は避けられはしない。1番機ほど酷くは無いものの、それでも幾つかの故障が出るのはどうしようも無かった。
唯一バズーカやGアサルトによる支援戦闘を主とする2番機標準型仕様だけが、無傷でハンガーに帰って来ている。それ故に2番機パイロットである芝村舞は、壬生屋機である1番機の故障部分の修理を手伝っていた。
そして3番機パイロット操縦担当の滝川陽平が、ふーっと大きく息を
「やれやれ、故障部位のテスト完了だぜ。3番機パイロット部署の修理は完了!」
「で、あるならば。滝川、それに茜。1番機のパイロット部署修理を手伝ってやってくれぬか?」
「お、芝村。了解だぜ、オッケイ!」
「いや、僕は悪いが断らせてもらう。3番機は故障こそ直ったものの、機体能力はガタ落ちなんだ。戦闘の決め手となる3番機が満足に動けなくては、全体の生存率に関わるからな」
滝川は素直に芝村の言葉に了承を返したが、もう1人の3番機パイロット、ガンナーの茜大介は断って来た。まあ、理由は正当な物であるから、芝村も悪感情は抱かなかったが。
そして茜は3番機の神経接続を調整に入る。だが彼は、ぽつりと愚痴を漏らした。
「……速水のやつ。何を考えてるんだ」
「「!?」」
芝村と滝川は、目を見開いた。速水とは、今現在5121小隊の司令を務めている、速水厚志上級万翼長の事である。彼はそれまで司令であった善行から、小隊司令の座を奪うやすぐに、5121小隊の配置場所を激戦区に回した。そしてそこの敵を叩くや、即座に別の激戦区に小隊を再配置する。
これまでは何とか機体修理も間に合い、一応は万全の状態で戦場に出る事が出来ていた。しかしながら、このまま激戦区転戦を続けていたなら、いつか破綻する事は目に見えている。
滝川は、自分と共に速水の親友であると思っていた茜の疑念の言葉に、顔色を変えた。彼は慌てて説得の言葉を紡ぐ。
「あ、茜! 速水には考えが……」
「何か考えがあるだろう事ぐらいは理解できる。僕も速水が馬鹿だとは思っていない。だが、奴は何を目的に動いている? 何を目的にして、こんな無茶をしているんだ?
芝村、お前速水の恋人だろうに。何も聞いてないのか?」
「……私も詳しい事は、聞いてはおらぬ。奴が話したがらない故、あえて、な。なれどあ奴の目的は、間違った物では無いと私は信じる」
「……そうか。だが今のままだと、僕は奴を信じ切る事ができるか怪しいよ」
芝村と、茜の視線が交わり、火花を散らす。更に慌てた滝川が、必死に2人に割って入った。
「ちょ、待て待て、今はソレよりか1番機修理と3番機調整だろぉ!? とりあえず、やる事やっちまおうぜ!」
「……ふむ。まかせるがいい」
「そうだ、な。やってやるさ」
いったん安堵の息を吐いた滝川だったが、周囲の視線に気づくとまた焦りを顔に浮かべる。芝村と茜の言葉を聞いていた整備員たちや1番機パイロットの壬生屋が、暗い顔つきになっていたからだ。彼らからは、基本的に茜に賛同する様な雰囲気が感じられる。速水司令に対する信頼度が、揺らいでいるのは確かな様だった。
*
朝方の03:10頃、滝川はまだ明かりが点いていた小隊隊長室へとやって来た。小隊長の机では、速水司令が今なおうず高く積まれた書類の山を、猛然と片付けている最中だった。滝川はその速水に声を掛ける。
「おう、手伝おうか?」
「うん、じゃあこっちの山は僕じゃなくても処理できる
「おう。事務官の机、借りるな」
そして2人はバリバリ仕事を片付ける。あっと言う間に、書類の山は無くなっていった。
「やれやれ、ひと段落ついたな」
「おかげで今日は、家に帰れるよ。あ、お菓子作ってあるんだけど、食べる?」
「おう、貰うぜ。……なあ速水。少しまずいかもしれねえ」
「?」
滝川らしからぬ深刻な様子に、速水はぽややん笑いをやめて、彼のもう1つの顔である冷酷な笑顔を浮かべた。
「皆、そんなに?」
「……おう。なあ、速水。所信表明演説って言うわけじゃねえけどさぁ。お前が思ってるところを、皆に語ってやるわけにゃ……。いや、悪い。そういうわけにも、いかないんだったな」
「うん」
速水は冷たい笑顔を浮かべたまま、滝川に向かい語る。
「僕が狙っている事を、知っている人は少ない方がいいからね。僕は当初、小隊の皆を護るためにも、人類側の不利な状況を覆すために、徹底して幻獣の首狩り戦術に出るつもりだった」
「だけど……。だろ?」
「ああ。だけど敵は幻獣だけじゃない。人間も……。人間のお偉いさんも、僕らの敵だ。ちょっとばかり使える戦力、って程度だとね……。いい様に使われて、すり潰される。これはこの春の話だけじゃない。夏の自然休戦期が明けた後の話も含めての事だ」
速水の眼は、暗い想定に沈む。
「だから僕は、この5121小隊に価値を持たせる。下手にすり潰されない様に。この春の戦争は、芝村準竜師の庇護があるからまだ大丈夫だけど、夏が過ぎて自然休戦期が明けたら……。
下手をすると、いやほぼ確実に、僕らはバラバラにされてあちこちの部隊の補強戦力に使われる。そして、上の連中は学兵なんて時間稼ぎの消耗品、生きた盾ぐらいにしか思ってない。バラバラになったあげく、すり潰されるのは目に見えているよ」
「それを防ぐため、速水が偉くなって5121をひと纏めにしたままの戦闘ユニットとして再招集するわけ、か。上のポストが1つ減るわけだから、偉いさん騒ぐだろうなあ。だからこそ、この陰謀は秘密裏に、か。
5121自体にも、この春の戦争で英雄的な働きをしたってラベルを貼り付けて、バラバラにされづらくする……」
「その通りだ。……滝川、君にもう1つ頼みがあるんだ」
速水の瞳は、先ほどまでの冷たい眼では無い。何か懇願する様な、悲し気な瞳だった。
「……絢爛舞踏章を、受章して欲しい」
「オッケイ」
「あっさりだね?」
滝川は、ニカっと笑って言った。
「茜は芝村が2番機に移ったのと入れ替わりでガンナーに入ったから、撃墜数少なくてちょこっと無理っぽいけどよ。俺だけでいいんだろ?」
「ああ。1人でも5121から絢爛舞踏が出れば……。随分と、話は楽になる」
「あと72体、幻獣を狩ればいいんだ。なんとしても、やってやるさ」
そして速水司令は、深々と頭を下げる。
「……済まない」
「謝罪よっか、礼の言葉が欲しいんだけどな。それと何か、お礼の品があれば更にいいな♪」
「じゃ、クッキーの素があるから、牛乳が手に入ったらクッキー焼いて来るよ」
「ラッキィ!! やりぃ!! んじゃ俺ぁ電子妖精作って帰るわ。また朝な!」
そして滝川は、小隊隊長室を立ち去る。速水もまた、書類を纏めて机の中に仕舞って家路についた。
*
その後、滝川は速水との約束通りに史上5人目の絢爛舞踏となった。速水もそれを擁する精鋭部隊5121小隊の指揮官として、大いに名を上げる。彼らに取ってイレギュラーであったのは、狩谷が最強の幻獣たる竜と化して滝川と戦い、そして幻獣の内部より救い出された事である。
その事件は極秘のまま葬られ、それ自体は政治的に大きな意味は持たなかった。しかしながら滝川が絢爛舞踏章を受章した事は速水の権勢を大きく下支えし、後の速水政権の誕生に大きく貢献したのである。
昔のアンソロジー本で良く題材として取り上げられてた、あっちゃん司令とその下での過酷な現状。速水はただただ当時の春の戦争の事だけ考えてたわけじゃないと思うんですよね。