「ば、ち、こ、ちゃーーーん! むぎゅっ!!」
「ぅおっ!? っとと、あッぶねぇな!
マトお前、急に飛びついてくんなっていつも言ってンだろうが!」
「えへへ~、ごめんごめん」
いつものようにあッチの腕に抱きついてそのままくっついたまま反省していないような様子でそう謝る金髪ツインテールの女──ヤルタケ・マトは、同じクラスの女悪魔だ。
「かわいいバチコちゃんが見えたら嬉しくなっちゃって、つい飛びついちゃった!」
「毎ッ回そう言ってんなお前……。いつまでもその言い訳で許してやると思うんじゃねぇぞ」
「あいたっ!! 急にデコピンしてこないでよー! ぷんぷん!」
諦め半分で叱りながら左腕にくっついたままのマトにデコピンをすると、マトは左手で額を押さえながらそう言う。
ぶりっ子だと言われるような甘ったるい話し方も動きも、コイツがやると似合いすぎて苛立つことがないのが不思議だ。
「じゃあお前も急に飛びついてくんな」
「それは本能だからなぁ~」
「もう一発入れとくか?」
「いらないいらない! だからデコピンの準備しないで!!」
「バチコちゃんのデコピン痛いんだからぁ!」と本気で焦った様子のマトにケタケタと笑いながら、あッチはふとマトとの出会いを思い出していた。
◇◆◇
「バチコちゃん、はじめまして! 同じクラスのヤルタケ・マトだよ、よろしくねっ!」
入学式から数日。
クラスで突然話しかけてきたのは、高い位置で結ばれた金色のツインテールを揺らしながら笑顔を浮かべる女だった。
「あ……? あー、まぁ、よろしく……?」
「あーっ! その反応! マトと同じクラスだって知らなかったんでしょー!」
「いや知ってたぜ。知ってたケドよ、なんでウチのクラスの“オヒメサマ”が突然話しかけてきやがンだよ」
『オヒメサマ』とは、彼女がお姫様のように可愛いという評価を意味する反面、自分のことを可愛いと思っていることを全面に出すような、媚びるような態度を軽侮して付けられた半分皮肉で出来たアダ名だそうだ。
「えへへ、バチコちゃんから“お姫様”って呼ばれちゃうと照れちゃうなぁ」
……まぁ、当の本人はその皮肉の方の意味を全く気にしていないようだが。
「そうそう、話しかけた理由だっけ。それはね、えっと……んと、……えへへっ、こういうの初めてだから、なんかちょっと照れちゃうんだけど……」
正直、可愛いものが好きなあッチにとって、コイツの容姿は相当に魅力的だ。コイツにはその態度が似合いすぎてしまっていると感じさせるほどの魅力がある。
端的に言えば顔が良い。
顔だけで見たならその辺のアクドルにも負けていないどころか、余裕で勝利を収めていると言っていいだろう。
──とはいえ、このわざとらしい話し方と媚びたような態度は気に食わないので、あくまでも見た目だけが鑑賞用として好みなわけだが。
「……いいから、さっさと用件を言えよ」
「あっ、ごめんね! マトったらドジっ子さん☆」
マジかコイツ。テヘッ頭コツン☆とかやるやついたのか。
なんてドン引きしていると、漸くそのクラスメイトは用件を話し始めた。
「……あのね、えっと……マト、マトね、……バチコちゃんの、仲良しさんになりてゃいのっ!」
……噛んだ……いや、今のは狙ってるのか狙ってないのかどっちだ。
「か、噛んじゃったぁ……」
涙目で赤くなる姿は正直可愛い。元々の顔の良さがここまで全てのわざとらしさやら何やらを打ち消せるのかと驚くほどに可愛い。
なんだコイツ、やべェな。
「……理由が分かんねー。
入学式から今日まで、対して接点もなかったろ」
このままでは可愛さに押し負けて何も考えずに承諾してしまいそうだと一つ深く呼吸をしたあッチは、出来る限り冷静でいるように努めながらせめてもの抵抗としてそう問いかけた。
「あのね、……マトちっちゃい頃から可愛いものが好きで、自分も出来るだけ可愛くいるようにって頑張ってたの。
だからマトが世界で一番可愛いと思ってたし、それはずっと変わらないって思ってた。
…………でも、バチコちゃんを見たとき、初めて誰かに対して『今まで見てきた全部の中で一番可愛い』って思った。マスコットの魔るかわくんより念子より、アクドルよりマトより何より可愛い! ……って、思っちゃったんだ。
だからね、マト、バチコちゃんの可愛さを特等席でずっとずっと見てたいな。……だめ?」
うるうると瞳を潤ませてそう問いかけるマトは、やはり、どうしたって、どうしようもなく好みな顔をしていて。そんなマトに可愛いと言われることも満更ではなくて。
これは拒絶しきれないと感じたあッチは、いよいよ抵抗を諦めた。
「……勝手にすりゃいーだろ」
「やったぁ! バチコちゃん大好き!」
「おわっ!!」
満面の笑みであッチの腕に抱きついてきたマトに驚きながらも、なんとか引き剥がそうと手のひらで額を押し返す。
しかし微動だにせず「えへへ、嬉しいな」などと告げてくるマトに、あッチは顔に熱が集まるのを感じながらも静かに「わあったから離れろ」とだけ呟くのだった。
◇◆◇
あれから約一年。
元々気が合うのだろうか。あッチたちはほとんどの時間を共に過ごしてきたこともあり、互いを一番仲が良いと言えるほどに仲が深まっていた。
初めはやめろと言っていた腕への引っ付きも今は許容してしまっているのだから、慣れというのは恐ろしいものだ。
「今日で一年生として学校来るのも終わりだねっ」
「なんか、振り返ってみっとあっという間だったな」
「ほんとほんと! バチコちゃんと一緒だったから、楽しすぎて一年なんてすぐ過ぎちゃったよ!」
「ったく、マトは口が上手ェなぁ!」
「えへへ~!」
見え透いたおべっかに乗って、あッチの二の腕に抱きついたままのマトをわしわしと撫でる。それだけでご機嫌そうに抱き付く力を強めるマトは、初めて話したあの時から変わらずに──いや、それどころかあの時よりも顔が良くなった気がする。
肌には気を遣っているらしいし生活習慣や食事も意識して管理しているそうなので、努力の成果といえばそうなのだろうが……それだけでは到達出来ないくらいには顔が良い。
なんてふざけたことを考えていると、マトが何かを思いついたように「あっ!」と声をあげた。
「そうだ、バチコちゃん! この後用事ないならマトの家に来ない?」
「お前ン
そう訊いたのは、この一年ただの一度もマトの家に行ったことがなかったからだ。
基本は外で遊ぶことがほとんどだったし、たまにあッチがマトを家に呼ぶことはあっても、マトの家に呼ばれることはなかった。
それに何より一度マトの家の前を通ったとき、『マトの部屋を見てみたい』という話をしてマトに言われたのだ。
『ごめんね、マトの家は都合が悪くって……』
あの時は深く訊くのも良くないと思ってただ「そうか」と返したが……。
突然マトから家に誘ってきたということは、その悪かった都合が良くなったということなのだろうか。
「モチロン! 寧ろこの前は断っちゃってごめんね。今日はもういいの」
「? それって──」
「バチコちゃんにも似合いそうな可愛いお洋服たっくさん買ったから、一緒にファッションショーしよっ☆」
何となく感じた違和感に小さく出した声は、どうやらマトに気付かれなかったようだ。
「……そうか。じゃあ、昼メシ食ったらお前ン家行くからな」
「うんっ!」
いつもと変わらないマトの様子に「そこまで訊きたいことでもなかったしまあいいか」と違和感を隅に押し込めて、あッチはマトとの話を続けるのだった。