誰だって可愛いものは好き。
それが俺の中の常識だったし、好きでないなら好きにさせてやるとすら思っているわけで。
大恋愛の末に結婚した名のあるサキュバス家系の次女と名のあるインキュバス家系の三男。
その間に生まれたのが、俺だった。
「マトは可愛いね」と言われ続けて育ったお陰か生まれてこの方一度だって自分の顔面力の高さを疑ったことはないし、事実俺は可愛い。
だからこそ可愛い俺が最大限可愛く在れるように努力したし、服だって自分に似合う可愛い物ばかりを着用した。
勘違いはしないでもらいたいのだが、可愛い服を着ることが好きなのではない。最高に可愛い自分を見るのが好きなのだ。
ナルシスト?
いやいや。誰だって可愛いものは好きだろう。
だったら俺が俺の顔を大好きでも何らおかしくはない筈だ。
なんたって俺は世界で一番可愛いのだから。
と、思っていた。
悪魔学校バビルスに入学するまでは。
初めて見た時、思わず目を奪われてしまった。
『世界で一番可愛い』と思わされてしまった。
自分よりも可愛いと、心から認めてしまった。
……そんなことは初めてで……まあつまり簡単に言うと、完全に敗北を喫してしまったわけだ。
しかしその敗北にも悪い気がしなかった。
『誰だって可愛いものは好き』は俺の中の絶対的な常識であって、その可愛いものが自分でなかったとしても、俺にとってのその
何ならより可愛いものに出会えたことが嬉しかったくらいだ。
本当はすぐにでも仲良くなりたかったが、自分より可愛い相手も自分から仲良くなりたいと思う相手も初めてで、結局声をかけるのに数日もかかってしまったのだった。
敗北、その一。
◇◆◇
バチコちゃんに声をかけてから一ヶ月が経過した。のだが。
全く、一切、少しも、男であることがバレそうにない。
いや、バレないかもしれないとは思っていたがまさかただの一度も疑われることがないとは……。
ここまで来ると寧ろ面白くなってきた。
こんなにも騙されやすいとはバチコちゃんが心配にもなるが、残念ながら悪魔は欲の前には万物の優先順位が下がる生き物だ。
どれくらいバレないのかな、なんて心の中でニヤつきながら、チキンレースの如く俺は様々なチャレンジを開始するのだった。
◇◆◇
「よぉオヒメサマ」
「今日はあのドピンク女のくっつき虫してねぇのォ?」
「バチコちゃん以外にお姫様って呼ばれても全然嬉しくないんだけど。……何か用?」
ケタケタと吐き出された、バチコちゃんを揶揄するような三人称があまりにも不快で思わず少し可愛くない返事になってしまった。
マトったらうっかりさん☆
因みに今は昼休みなのでバチコちゃんは購買に行っている。俺は今日は時間があって朝から弁当を作ってきたので、教室で待機中だ。
バチコちゃんの分は作ってこなかったのかって? ……いやそれはなんか、違う好きみたいじゃん……。
「用ってか、お前みたいなのが
「そのお綺麗な顔とお得意のぶりっこで、教師に贔屓してもらってんじゃねぇのかよ。あぁ?」
「そうそう。飛行レースであのドピンク女と同着一位だったのも、ど~せなんかズルしたんだろ?」
ああそうか、この三人は
この口ぶりからすると、恐らく俺とバチコちゃんよりは位階が下なのだろう。あと飛行レースも俺とバチコちゃんに負けたんだろう。
顔だけでなく実力でも負けていることがショックすぎて現実が見られないなんて可哀想に……。
俺の顔は生まれついてのものだし、
こいつら、バチコちゃんチャレンジに使えるのでは……!?
「……うーん……たしかに、マトみたい(に可愛いおん)なの(子)がそんな実力あるなんて思えないよね……。よーしっ! じゃあ今から、一緒に腕相撲大会しようよっ!」
にぱっ! なんて効果音がつきそうな笑顔で、俺は男たちにそう告げた。
「ワッカワイイ」
「オイ惑わされんな!」
「くそ、ナメやがって……いいぜ! やってやるよ!!」
ナメているのはどっちなんだか。
ため息をつきたくなるのを我慢しながら、俺はいつも通りに笑うのだった。
「わーい! ありがとうっ!」
「ヒェカワイイ」
「だからお前は早く戻ってこい!!」
■
「……こりゃどういうことだ……?」
「あっバチコちゃん! おかえりぃっ!」
何があったのか簡単に説明すると、流れはこうだ。
①まず俺というエサを利用し、教室で男三人と俺といういかにもオッズが偏りそうな組み合わせでの腕相撲バトルを繰り広げる。
②面白いことが大好きな悪魔という生き物は俺の予想通りに野次馬サークルを形成してくれたので、その中で俺が勝利する。
③それを見て、なっさけねぇなぁ俺がやってやるよいや俺がやってやると名乗り出たやつらを全員
そうして出来上がった死屍累累の教室。
困惑するバチコちゃん。
計 画 通 り
「えへへ、みんなとの腕相撲大会で優勝したのっ! すごい? すごい??」
「……これ全部、マトがやったのかよ」
「うんっ! 頑張っちゃった☆」
バチコちゃんもこの惨状を見れば、俺が男だとまでは思い至らなくても多少の違和感くらいは覚える筈だ。
そこから男であることの匂わせを重ねていけば、いつか答えに辿りつ──
「やるじゃねェか!」
「………………………………エッ」
……アレッ??
「流石はマトだ! 飛行レースであッチと同着だった時から思ってたが、やっぱタダ
「あ、ウン、えと……」
いや納得されちゃったー……すっごい嬉しそうな顔されちゃったー……。
これはマズい。このままでは計画がへし折られてしまう。
急いで、バチコちゃんが違和感を感じるように会話の流れを変えなければ。
「そっ、そこのもふもふしてるクラスメイトさん! よかったらマトともう一戦──」
「それよりマト、こんな大人数と
腕痛めたりはしてねェか?」
「…………………………………………はわわ……」
敗北、その二。
◇◆◇
先日のあれは失敗だった。
あれを『やるじゃねェか』で済まされるのも予想外だったが、それだけでなくまさかバチコちゃんのイケメン力を見せつけられる結果になるとは……。
あれじゃあ単に、バチコちゃんに気を遣わせてイケメンオーラを出させてしまうと俺のIQが弾け飛ぶということが分かっただけじゃないか。
あとついでにクラス内外に俺の舎弟が大量に増えただけじゃないか。
ということで、反省を活かしつつ次の計画に移ることにした。
「バチコちゃん見っけ! ぎゅーっ!」
セカンドチャレンジはそう、胸板押し付けである。
バチコちゃんの腕が痛くならないように、しかし感触は確かに伝わるように、バチコちゃんの腕を俺の胸に密着させる。
ここまでしっかりと押し付ければ、ただぺたんこであるだけではなく割と胸筋があるのだということが腕の感触から分かるはず。
「……なんか今日、いつもよりくっつきてきてねェか?」
「えへへっ、甘えたい気分なの!」
「…………そうか」
お、この感じ……!!
何か言いたいことがあるけど言わないでおこうみたいな空気感……!!
遂に、俺が男であることが勘づかれたのでは!!?
「バチコちゃん、どうかした?」
「あ、いや……」
「もーっ、気になるじゃん! 遠慮せずに言ってよ!」
「…………その…………」
き、来た!!
これは完全に、『あれ? コイツ男なんじゃね? 考えてみれば思い当たる節が……』ってなってる流れ!!!
さて、バチコちゃんの第一声は……!?
「……あ……」
……『あ』?
「……………………………………あッチは、
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………そっかあ………………」
わぁ、可愛いサムズアップだな~…………。
敗北、その三。