「……勝てない……ッ!!」
あれから数ヵ月が経ち、未だ敗北に敗北を重ね続けている俺はそう言いながら頭を抱えた。
おかしい……当初は『ちょwこんなにやってもバレないとかwww』みたいな感じで愉悦する予定だったのに、あまりにもバレなさすぎて今や逆にどうにかして気付かせなければという危機感すら覚えはじめている……。
「こんな筈じゃなかったのに……!!」
「マトくん、どーかしたの?」
と、自宅のリビングで
名のあるサキュバス家系の次女である母さんは、得意魔法を十二分に活用して常時十歳ほどの少女の姿になっている。特に外にいる時は必ず子どもの姿なのだが、なんでもそれは父さんが嫉妬するからとか……。
閑話休題。
「母さん……いや、俺がよく話してるバチコちゃんっているじゃん? 前に写真見せた子」
そう話し始めると、母さんは話を聞きながら俺の向かいの席にぽすりと座る。
「うんうん、覚えてるよ! あのピンクの髪の可愛らしい子!」
「そうそう!」
興味のないものは全然覚えようとしない母さんでも覚えてくれてたんだな。まああれだけ可愛ければ当然か。
「あの子があんまりにも俺が男ってことに気付かないから色々と仕掛けてみてるんだけど、やっぱ気付かなくてさ……」
「それがどーしたの?」
キョトン、と不思議そうな顔の母さんを見る限り、俺が何を言いたいのかはまだイマイチ伝わっていないようだ。
「何とかして気付かせたいんだけど、どうしたもんかなって」
「気付かないなら気付かないでいーんじゃない?」
「いや、男としてのプライドが……」
そう苦々しく告げると、母さんは一瞬目を見開いて、それからニマリと笑った。
「……へぇ~……? ふーん? ……マトくん、そーゆーことなら早く言ってくれればよかったのにぃ」
「……何その顔」
「息子の恋バナなんて初めてなんだもん、そりゃあこーゆー顔にもなるよ~」
「は?」
恋バナ?
何が??
これが???
どこが?????
「……何言ってんの。バチコちゃんとはそういうんじゃないって」
「え? 本気?」
「本気も何も、事実だからね」
バチコちゃんは可愛いけど、恋愛的に好きとかはよく分かんないし。
「でもマトくん、これまでどれだけ自分の性別に気付かないヒト見ても愉しそーでしかなかったよね?」
……言われてみれば確かにそうだ。
「……いや、だってそれは……それは……」
………………それは……?
何が違うんだろう。
これまで俺を女だと思い込んできたやつらとバチコちゃんに対しての感情が違うのは、どうしてなんだろう。
バチコちゃんは『仲良しさん』だから?
いや、今までの俺なら、仲が良かろうと性別を勘違いしている相手なら心の中でゲラゲラと笑っていた筈だ。
バチコちゃんは可愛いから? 可愛い子を騙してる罪悪感?
……いや、俺に騙すことへの罪悪感とかないからな……。
なら、なんで。
「ねぇマトくん。そんなに男って気付いてほしいなら、どーして普通に自分から男だってハッキリ言っちゃわないの?」
「……」
「『男としてのプライド』ってなーに?
マトくんは、『男として見られる自分』より『可愛い自分』にプライドを持ってたと思うけど、どーして今になって『男としてのプライド』なんて
どこまでも正論な母さんの言葉に何とかまともな返事をしようとして、でも言葉は出てこなくて、魚みたいにパクパクと何度か口を開閉するだけで終わってしまう。
……一度整理しよう。
俺はバチコちゃんに
世界一可愛い子を一番近くで見ながらその世界一可愛い子に可愛い可愛いと言ってもらえる現状は、今までの自分なら充分満足出来るものだった筈だ。
でも俺は、バチコちゃんに俺が男であることに気付いてほしくて……? 男らしさを感じてほしい……のか……? っていうか、何て言うんだろう……。
自分でもよく分からないけど、『可愛いマト』だけじゃなくて、『男としての俺』も見てほしいってことなのか? ……あれ?
それじゃあ、まるで。
「──ねぇ」
「今のマトくん、好きな子に意識してもらえなくて落ち込んでるよーにしか見えないよ?」
全てを見透かしたようにそう言って微笑んだ母は、丁寧に俺の逃げ道を塞いでいて。
自覚しかけたタイミングでそんな言葉を叩きつけられてしまえば、俺はもう、認めてしまうしかなかった。
「……俺、バチコちゃんのことそういう意味で好きなのかな」
「そー見えるってゆーか、そーにしか見えない」
「…………マジか…………」
「サキュバスとインキュバスの息子が自分の
そう言いながらニマニマと笑う母さんは、やはり、この状況を心底面白がっているようだった。
◇◆◇
あれから更に数ヶ月。
やはりなんとか向こうから気付いてほしくて色々とアピールやアプローチを行ってみたが未だに手応えはなし。
やってきてしまった修了式に、漸く俺は理解した。
──バチコちゃん、ハッキリ言葉にしないと俺が男ってことにも俺の気持ちにも一生気付かないな。
最早達観である。
男としてのプライドが~とか好きな子には言う前に気付いてほしい男心~とか言ってられるか。
このままではステップアップどころか一生足踏みで終わってしまう。
というかもう既に足踏みのしすぎで俺の真下の地面は石のようになっているレベルだというのに、これを一生続けたら足元でダイヤモンドを完成させることになってしまう。それは御免だ。俺が欲しいのはダイヤではなくバチコちゃんの恋人の座である。
前回部屋を見てみたいと言われたときは『流石に性別を知らせていない状態で男の部屋に女の子を招いて二人きりはマズいだろう』という良心のもと断ったが、ここ数ヶ月でバチコちゃんからの距離が精神的にも物理的にも相当縮まってしまって色々と困っている俺にとって、もうなりふり構っていられる期間は過ぎてしまった。
「あっ! そうだ、バチコちゃん! この後用事ないならマトの家に来ない?」
──嫌われて、しまうだろうか。
一瞬だけ過った不安は、しかし直後にかき消えた。
ま、大丈夫か!! 俺可愛いし!!!
◇◆◇
魔具でバチコちゃんを門の外に飛ばして、そのまま俺は布団にぼすりと顔を埋めた。
「はぁ~…………。
あそこで顔赤くすんのはズルいって……」
バチコちゃんのあそこまでの照れ顔とか初めて見たし、何より。
「……あんなん、期待しちゃうじゃん…………」
ああ、やっぱり──
──どうしたって君には勝てそうにない!