「お疲れ様です」
そう言って自らの職場である研究所の正面口を抜け外に出ると冷房の効いた室内とは打って変わり、肌にまとわりつく暑さが志保を襲う。もう陽は暮れかけているが、そんなことはお構いなしと言わんばかりだ。
研究所から歩いて五分ほど、最寄りの駅に着き定期券を改札に通してホームに上がると彼女の目を引くものがあった。浴衣姿の人達だ。それも一人や二人ではない。
そういえば、今日は堤無津川の花火大会が行われる日だと志保は思い出す。川沿いに出店もあり、毎年なかなかの賑わいを見せる祭りだと認識していた。未だかつて、彼女自身がその祭りに行ったことはなかったが。
米花駅で電車を降り、改札を抜けると見慣れた車が何時もの場所に止まっていた。自分を迎えに来てくれた車だ。志保は車に近付き、何やら本を読んでいる運転手を気付かせる為助手席の窓をノックした。
「おう、おかえり」
「ただいま」
工藤新一。かつて自らと同じ数奇な運命を辿ったこの少年も今や二十歳。個人の探偵事務所を経営する、立派な私立探偵だ。普段は事件の捜査などに駆り出され、帰宅するのは志保よりも後なのだが、この日は珍しく警視庁からのお呼びだては無しだったらしく駅まで迎えに行くと帰りの電車内で志保の携帯に連絡が入っていた。
探偵事務所から直接来たらしく、後部座席に愛用のカバンが置かれている。
「さっき、駅で浴衣の人が何人か居たわ。」
何の気なしに志保が言う。新一は前方を見たまま
「ああ。そういや、今日は堤無津川の花火だったっけ。蘭のやつも園子と行くって言ってたな」
「・・・・私、行ったことないのよね」
車窓に目を向けながら志保が呟くと新一は意外そうな顔を作った。
「お前、人混みとか苦手じゃなかったっけ?俺もそう思って、特に誘わなかったんだけど」
確かに新一の言うとおり、好きではない。だが今日は特別だ。あの浴衣姿の人達を見て志保の気持ちが動いた。
浴衣に身を包み、恋人と花火を見るなんていうのも悪くはない。
「博士が買ってくれた浴衣、一回ぐらい着てあげないと」
「まあ、そうだな。よし、行くか」
*
「お待たせ」
阿笠博士の家のソファに座る新一の前に浴衣に着替えた志保が姿を見せる。浴衣の着付けは昔、姉に教わったらしい。新一は思わず息を呑んだ。
「・・・何よ。ジロジロ見ないでくれる」
「いや、凄え似合うなって思って・・・」
新一の言葉にほんのり頬を赤くする志保。すると後ろから博士が現れた。
「いや〜、本当によく似合っておるよ。志保君」
「・・・ありがと、博士」
「じゃあ、そろそろ行くか」
新一も既に私服に着替えている。志保は玄関先で下駄を履いて歩き出すが不慣れなもので、歩きにくそうだ。
「ほら、危ねえぞ」
そう言って手を差し出す新一。志保は小さく微笑みながらその手を握り返した。
〜続〜