『……ん?』
私が“聖竜教”内部の保管庫を漁っていると。
不意に、危険な気配を背後に感じた。
いったい何が……と振り向いて。
「ハァッ!!」
拳は目の前に飛んできた。
「……チッ!」
なので、拳と私の顔の間に平手を割り込ませて受け止めた。
『どうしたの? カズミちゃん』
突然攻撃を仕掛けてきたのは……“大師会”の一人。カズミちゃんだ。
「……決まってんだろ。お前をっ、殺し、しに、来たんだよっ!」
私にがっしりと掴まれた手は、押しても引いてもビクともしない。
「だぁーっ!! おまっ、握力どうなってんだよ!?」
『竜だからねぇ』
「私も“竜人”だっつの!!」
額に青筋を浮かばせながら憤るカズミちゃん。
すごくかわいいよね……。
指ハムってしたらどういうリアクションするかな。
《アンサー。前歯数本を折られると推測します》
やめとこ。
「おあっ!」
私は拳をパッと離した。
いきなりだったのでカズミちゃんが僅かにバランスを崩してたたらを踏むが、流石の体幹ですぐに持ち直す。
「……ふざけやがって」
そのまますぐに殴りかかってくるかと思ったら、私を睨みつけながら様子を伺っている。
一度は私が勝ったからね。彼女としても、無策に突っ込むのは避けたいのだろう。
「しゃあッ!!」
と思ったら距離詰めながら後ろ回し蹴りで首筋狙ってきた。判断が早い。
しかしこれではさっきの光景の焼き直しだ。私は素早く左腕を滑り込ませ、彼女の足首を掴む。
『んっ?』
「そうすると思ったぜ!!」
と思ったら、次の瞬間にはなんと私の頭がカズミちゃんの健康的な太ももで挟み込まれていた。
ありがとうございます!!
「オラッ、死ね!!」
なんて喜んでる場合じゃないな。
首筋をガッチリと脚でホールドされたまま、グルングルンとカズミちゃんが反時計回りに回り始める。当然私もぐるぐる回る。
何をする気なのかはわからないけど、このままされるがままになることもない。思いっきり動いて振り解こう。
「ッだぁ!!?」
せっかくの回転運動。
より“加速”したら、それでも君はしがみつけるのかな。
「我慢比べってことかよ!? 上等だ!!」
回って回って加速して、尚回り続ける私たち。
グルンぐるんぐるんグルングルン。背景が高速で通り過ぎていく。
「ンの野郎……!!」
そうこうしていると、流石にキツくなってきたのかカズミちゃんの拘束が緩み始める。遠心力で頭に近い位置ほど外側に引っ張られる。
その勢いを下半身だけで耐えるのは限界があるだろう。
「いっ!?」
私は、カズミちゃんの足首を両腕で掴み、強引に開いた。
それを脇に挟むとカズミちゃんがギョッと目を開き、むちゃくちゃに足を振り回そうとする。
「おっ、おぉ、おぉ……っ!!」
だが、すでに地面から白煙が上がるほどに増した回転力。
この勢いを止めないと、自由に動くのは難しい。
「どあああぁぁぁーっ!!」
速度が一定に達したのを確認した私は、足を離してカズミちゃんを放り投げた。
爆発に似た衝撃音と共にカズミちゃんが壁に激突し、その威力の強さで壁に亀裂が走る。
「っづ……くそ……!」
私は当然、彼女のことも好きだ。
だけど好きだからと言って、殺しにきたところを無傷で無力化することに拘るほど私は平和主義者でもない。反撃は当然する。
カズミちゃんもそうされることを望むはずだ。
『終わりかな? それなら私は帰るけど』
この保管庫には、監獄のセキュリティを突破するために有力なものが保管されていないか確認しにきた。
結果としては、多くのものが大規模な破壊を伴うような、爆弾のような機能を持ったものだったので無駄足に終わってしまったが。
カズミちゃん襲撃イベントが発生したので結果イーブンだ。
「……なわけ、ねぇだろ」
カズミちゃんは、地面に拳をついて、フラフラとしながらも……立ち上がった。
「まだまだ……終わらねぇよ」
カズミちゃんの額から、一筋の血が流れた。
彼女はそれに気づき、手で拭って凝視する。
「はは……」
自分の血を見た彼女は、気が抜けたように笑うと。
「……んむっ」
血が付着した指を口に含んだ。
……瞬間、彼女の体が。
熱せられたように、赤熱していく。
「フゥ〜……」
カズミちゃんが大きく息を吐き……クラウチングスタートの姿勢をとった。
「殺す」
ボッ!!
爆発に似た衝撃音と共に彼女はかき消え。
私の背後に回り込んでいた。
『速くなったね』
「うるせぇ!!」
だけど見えている。
私の目には、音を置き去りにして振り抜かれるカズミちゃんの拳がまるでスローモーションだ。
どうしてだろう。
《アンサー。現在、同志様の体感時間を10倍に引き伸ばしております。一時的ですが、防御行動に移るには支障はないと思われます》
うちのハルちゃんが有能すぎるせいでした。
おんぶに抱っこでガラガラまで鳴らしてもらっちゃったら、私はキャッキャッと喜ぶしかすることがない。
「ぐぅっ!?」
キャッキャッ
「なんで、防がれ……がぁっ!!」
キャッキャッ、キャッキャッ
「あぐっ!!」
気づけば、カズミちゃんが地面に倒れていた。
『まだやるの?』
「……ったり、め……ぐぅっ」
尚も立ち上がろうとするカズミちゃんの膝が、ガクンと折れる。
「……く、そっ!」
それでもやっぱり、立とうとする。
『そんなに私を殺したいの?』
私は純粋に疑問に思って彼女に問いかけた。
カズミ。
彼女はいわゆる戦闘狂。戦うことが大好きで、強くなることも大好きな女の子。
能力は『竜ノ血』。
血液を経口摂取することで身体能力が上がる。
ただし、一度舐めた血は二度目以降身体能力の上昇幅が落ちる。そしてそれは自分の血でも発動させることができる。
自分の血でも効果が落ちることは変わらない。
彼女は聖竜教の“三聖”の一人。だが今は全力を出しきれていない。
カズミちゃんが本当に強いのは、こういう一対一じゃなくて“一対多”。
当然だ。一人倒すごとに彼女は血を舐めて加速度的に強くなっていくんだから。そうして最大限強化された彼女の能力は、もしかしたら私と並ぶくらいはあるかもしれない。
それなのにこの状況で襲ってきたんだ。前回、多人数でかかっても倒せなかった私に、一人で。
私が気に入らない。というのは実にカズミちゃんらしい戦う理由だ。命の一つや二つ狙われることもあるだろうね。
それでも、あえて自分が不利な状況で戦いを挑む理由はなんなのか。
「……ディーだ」
「……」
私は、ゆっくりと彼女に向けて勧めていた足の動きを止めざるを得なかった。
「お前、アイツを殺しただろう」
……。
「別にダチだったわけじゃねぇよ。特別仲が良かったわけでもない。でも……アイツには“借り”があるんだよ、私は」
『……そうだったんだね』
最初の学園襲撃事件の主犯。
まさか彼と交流が……いや、そりゃあるか。同じ組織の所属だ。
「……だから私はお前を認められねぇ」
……そうか。
それなら、仕方な……。
「ってのは建前だな」
『へ』
「ぶっちゃけ、アイツイカれてたし。借りっつってもまぐれみたいなもんだし。正直そんな気にしてねぇ」
……。
私のシリアスは??
「それよか言いてぇのは……」
……ダンッ!!
カズミが、足を踏み鳴らした。
「本気を出せよ」
『!』
「舐めた真似して見下してんじゃねぇよ」
……そこまで言われて、私は初めて気づいた。
彼女が怒っていたことに。
「強ぇんだろ? 私なんか簡単にぶっ飛ばせるんだろ? だったら……」
カズミちゃんが、再び血を拭い。
舐めた。
「そうすりゃいいじゃねぇかよ」
彼女はそう言って、笑ったのだった。
……ハルちゃん。
《はい、同志様》
全力、出せそう?
《ポジティブ》
そっか。
『じゃあ……』
「……ッ!?」
膨大な熱を伴った暴風が吹き荒れる。
『やろうか』
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