「なんでやめろって言われたことをするの!?」
子供の頃から血が好きだった。
鉄臭い味。別に美味しいわけじゃなかったけど、子供の頃の私は、それが妙に気に入ってて。
自分の腕をナイフで傷つけて、その血を啜るのが好きだった。
そんな私を見る度に、母には叩かれて怒鳴られた。
「あなたの教育が悪いからよ!!」
「子育てはお前の役目だろう!」
そんな母は、父に叩かれて血を流していた。
私は地面に落ちた血を舐めていた。
母はそんな私を、全て諦めたかのような目で見ていた。
……。
ある日。母に森の中に置いていかれた。
帰り道もわからない深い森の奥だった。
だけどお腹は空かない。尖った枝を突き刺せば血が吸える。それがあればお腹は空かなったから。
歩く。血を吸う。歩く。血を吸う。倒れる。血を吸う。
起き上がれない。
身体中が穴だらけだった。
私は、自分が捨てられたことも、自分が人とは違うことも知っていた。
母はそんな自分に疲れて、苦しかったことも知っていた。だから遠ざかっていく母の背中は追わなかった。
私は血が吸えれば満足だから、同じように母が自分の幸せを見つけられれば良いと思う。
私は死ぬけど、最後にたくさん血は吸えた。だから満足。
大人になっても良いことなんて起こらない。幸せな今で終われるならそれでいい。
それでよかった。
『……あら、人の子供?』
だけど。
私は竜に拾われた。
◆
黒くて大きな竜だった。
竜は私を抱えて、寝床へと連れていく。
そうして私は竜に育てられた。
『あなた、なんでも食べるわね』
血は好きだ。
心臓も、肝臓も、胃も腸も好きだ。
食べるものは自分で獲る。
狩りの仕方は竜が教えてくれた。
竜の動き方、竜の狩り、竜の強さ。
学ぶほどに竜に近づく。
「お袋! いるか!?」
『はいはいいますよ。どうしたのかしら?』
「鮭取ってきたぜ!」
私は成長して、自分で生きれるようになった。
「食おうぜ!!」
思えば、この時が一番幸せだったかも。
……けど、当たり前みたいに竜は人間を殺すし。
当たり前みたいに人間に殺された。
私たちの家だった場所は荒らされて、竜騎士達が我が物顔で漁っていた。
だから殴って、いなくなった母を探すために人里に降りた。
程なくして私がボコした奴らがチクったみたいで、私は捕まった。2、3人は大怪我を負わせてやったけど、出来たのはそこまで。
竜騎士に危害を加えた人間は、全員が死刑だ。
捕まったバカなあたしもそういう末路を辿る。
……はずだった。
「ん?」
その男は突然現れて。
竜騎士どもを皆殺しにした。
「なんだガキか。金でも積んでるのかと思った」
「……あんたは」
小さな男だった。
子供の私とそう変わらない……なんなら少し小さいくらいだ。
「出たいなら勝手に出ろ。別に助けたわけじゃねぇ」
気づけば、私にかけられた錠が切られていた。
「ま、待って!」
「……」
「……連れて行って欲しい」
そう言うと、男は一瞬硬直して。
「……はぁ。だからガキは嫌なんだ」
……ため息を吐いて振り返った。
「……名前は」
「え?」
「名前だよ。しろよ、自己紹介」
「名前は……知らない」
「そうか。んじゃお前は今日から”カズミ“だ」
「……カズ、ミ」
口に出すと、不思議な響きだった。
「カズヒ、カズフ……お前で三人目。だからカズミだ」
男はそう言って、背を向けて歩き出す。
「着いてこい。俺は“カズ”。テロリストだ」
私はそれを聞いて、目を見開き。
「……かっこいい」
痛む足を引き摺って着いていった。
……
…………。
「……」
目が覚めると、私はベッドに寝かされていた。
『あ、起きた?』
体を起こすと、隣に一人の男が座っていた。
『あんまり無理しないでね。病み上がりだから』
顔が暗闇に包まれた白ローブ。雑音が混じっているようにハッキリとしない声。
一見大人しそうで、軽薄で、気の弱そうな雰囲気。
それに反して、あまりにも圧倒的で、暴力的な、破壊の権化のような強さ。
「……私は、何をされた?」
『うーん……人間国宝かな』
真意を探ろうとしてもこうだ。腹の中が読めない。
私には怖いものなんてないと思ってた。
私より強い存在なんてこの世にはいくらでもいて。そいつらに殺されるのは怖いとは思わない。自然の摂理として当然のことだ。
例えばカズなんかはわかりやすい。自分のやりたいことだけをやり、それに文句を言われたり口を出されることを極度に嫌う。
だが、他を圧倒する強さを持ちながら、私のためにりんごの皮剥きをしているような人間とは会ったことはない。
それだけならただの甘い人間でいい。だがこの男は一方で、自分の正体を頑なに隠す警戒心と、教団を乗っ取る野心も持っている。
何を考えているのかわからない。本心が全く見えない。
だから私は、こいつが怖い。
「……だせぇな、私」
『うん?』
「お前の全力、受け止めるっつったのに……あっけなくやられた」
最後の瞬間に見えた、あのあまりにも巨大な竜。
確か、教団が“聖竜”として崇めている竜に酷似した特徴を持っていたあの竜ががなんなのか、私は知らない。
だけどアレには、私が逆立ちしたって勝てないことだけはよくわかった。
「だせぇよ」
まるで歯が立たなかった。
『いいや、そんなことはないよ』
そいつはそう言って、私の前に皿を差し出した。
……竜の形に切り出されたりんごの乗った皿を。
どうやったんだよこれ……。
『君はああしないと、納得しなかっただろうから』
そう言いながら、カップにハーブティーがなみなみと注がれる。
私の好きな茶葉だった。
「……」
前々から不思議に思ってたことがある。
この男は、初対面のはずの私たちの技を見切って……そう、まるで。元々知っていたかのように対応して見せた。
私ですら、他の連中の能力はよく知らない。同じように私も話していない。協力することなんか皆無だからな、私たちは。知る必要がない。
だけどこいつは知っている。
……もしかしたら、こいつなら。
「……なぁ、ボス。あんたに聞きてぇことがある」
『ん、なにかな』
「カズって男、どこにいるか知ってるか」
『……』
男の……ボスの動きが、止まった。
「し、知ってんのか!?」
『……どうかな』
「知ってんなら教えてくれ! 頼む!」
『知ってどうするの?』
「……母親のことを聞きてぇんだ」
カズ。
私を救ったあの男に着いて行って辿り着いた聖竜教。だけど私が幹部になると、あの男は煙のようにどこかへ消えた。
……後になって知ったことだが。
カズは一人になると、よく黒い竜と密会していたのだと言う。
その黒い竜が私の知る竜かどうかはわからない。だが……もしアイツが生きている可能性があるなら。
会って……別れの言葉くらいは言いたかった。
『……そうか』
ボスは立ち上がると、私の顔を見下ろして言った。
『それじゃ一つ、私のお願いを聞いてくれるかな』
「……お願い?」
◆
私は今日もまた、寮室の扉の前に立った。
すでに夜遅い時間だ。クロネ嬢は私がいないと諦めたことだろう……。
などというわけもなく。
うん、中にいるね。前は油断して不意打ちを許したけど、いるとわかってればそう驚くこともない。
……ちなみに一応、部屋の鍵はかけておいたはずなんだけどね。なんでこう易々と侵入されるんでしょうか。
《アンサー。見習いクラスの扉の鍵は全部屋共通であるため、開錠は容易です》
ガバガバすぎない?
それもう鍵の意味ないけどね。
《なお、騎士クラスは全部屋セキュリティは万全・防音完備となっています》
ですよねー。
“見習い連中はどうせ盗まれるような高価なものは持ってないだろ”という嘲りが見て取れます。
扉を開け、中に入る。
「──おかえりなさい」
瞬間、鼻をくすぐる甘い匂い。
また、夜の時間が始まった。
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