「あなたも随分酷い人よねぇ」
クロネ嬢は溜息を吐いて、物憂げな表情で髪先をくるくるといじっている。
ただそれだけの仕草が、とんでもなく絵になっちまうんだよなぁ。
その指先についた髪の毛に転生し直したいって言ったら引かれるかな。
ドン引きするクロネ嬢の表情も見てみたいよね。
それはともかく……。
「君がここに来るとはね」
私は声を隠すこともなく、素の状態でクロネ嬢を迎えた。
一応白ローブを被ってはいるけど、きっと彼女にとってはこれを被っていようがいないが関係ないんだろう。もうすでに中身の私のことは露見していると見た。
……ってか私、正体露見しすぎじゃね??
《ネガティブ。今に始まったことではないかと》
はい、そうですね!!
前世でやった人狼とかも、明らかに挙動不審になったせいで即バレたりしてたし。私は向いてないよこういうのは。
「あなたこそ、ここにいるなんて思わなかったわ。私は別件でここを訪ねたのに」
「……」
別件、とな。
言うまでもないことだが、ここは聖竜教本部。世間じゃテロリストと呼ばれてる連中の総本山だ。
そんなとこにクロネ嬢みたいな一般人が乗り込めば。
「お姉さん、だぁれ?」
クロネ嬢の背後の闇から小さく細い腕が伸びて、その手に握られたナイフが首元に突きつけられた。
「マドカちゃん、その人は殺しちゃダメだよ」
「そうなの? でもこのお姉さん、ちょっと危ないと思うなぁ。嘘つきの匂いがするよ?」
その腕の持ち主は、いつの間にか部屋に入っていたマドカちゃんだ。
私はいたことに気づいていたけど、クロネ嬢にとってはいきなり後ろを取られて命を握られた状態だ。
とは言っても、クロネ嬢は肝が据わってるからね。こんな状況になることも想定済みで、動揺なんかしないんだろうけど──。
「……」
あっ、ちょっと表情が固まってる。
流石にこの状況は怖いか。うん。
なんか、ごめん。
「離してあげて。大丈夫、お姉さんが何かしても、私が止めるから」
「あっ、そっか! ボス、強いもんね〜」
私がなんと言って宥めようかと考えた末に打ち出した謎理論だが、マドカちゃんはあっさりと受け入れて離してくれた。
まぁ、あながち嘘でもない。クロネ嬢がここで暴れてもすぐに制圧できるという自負はそれなりにある。
……ただ、クロネ嬢は多分本当の力を隠してる。
その能力についても大方予想はついてるけど、警戒するに越したことはないね。
「……随分慕われてるみたいね? 嫉妬しちゃうわ」
「そうでもないよ」
謙遜とかじゃなく、本当にそうでもないから困るんだよな。
「それで、一体なんの用かな」
私がそう聞くと、クロネ嬢はスッと目を細めた。
“解答次第によっては生きて返さない”……そんな無言のプレッシャーを私から感じたんだろうか。
普通に家まで送り届けるつもりですよ。
「もう、せっかく愛し合う二人がまた会えたのに。そっけない会話だわ」
クロネ嬢が手で口元を隠しながら、そんなことを言う。
勘違いしちゃいけないことだが、彼女は本当の意味で私に好意を抱いているわけじゃない。
仮に、私に米粒ほどの好意を抱いていたとしてもそれは打算という土台の上に成り立っている前提がある。
クロネ嬢にとっては、恋愛感情すらも相手を自分の意のままに操る手段に過ぎないのだ……。
「ねぇ……?」
だから、こんな風にクソデカおっぱいを押し付けられても勘違いしてはいけない。
谷間をガン見して鼻の下伸ばしたりなんかしたらあっという間にうお……でっか……。
栄養少なそうなこの世界の食事で何食ったらそんな育つんだよ。私なんか間食しまくったのに胸じゃなくてその下ばっか肥大化したのに。
キメてんだろ……? くれよ……。
「ねぇ、私。欲しいものがあるの」
耳のすぐそばでクロネ嬢が囁く。
彼女の声色は、まるで脳に直接響くような甘くて蠱惑的な色を強く含んでいた。
声を強く抑えてるわけでもないのに細く、声そのものが人間を惑わす天性の魔性。
つまりはどちゃくそエロい声ってことだが。
そんなに立派なものを持っていて、それ以上何を望むというんだ。
金かな。くっ、教団の金庫から拝借するしかないか……。
「私を紹介して欲しいのよ。ある人に」
紹介……ってことは人脈だった。
コネ、人脈かぁ……私の貧相な人間関係で役に立てるかどうかはわからないなぁ。クロネ嬢の方が、よっぽどそういう方面に精通してそうなもんだけど。
それこそ今やってるみたいなことを他の男にやれば、ホイホイ言うこと聞かせられそうだけど。
「私、その人に警戒されちゃっててね。前に彼女の周囲の人に近づきすぎて。だからあなたに頼みたいの」
……なるほど。その人とやらに繋がるために周りから籠絡したら、本人に警戒されちゃったって話か。
しかし、なんでそれで私が必要って話に……。
「ヴェルドラの皇女よ」
「……」
私の腑抜け切った意識が、瞬時に切り替わる。
「……ふふ、随分怖い反応するのね?」
私の雰囲気が変わったのを敏感に察知したのだろう。
クロネ嬢はますます笑みを深め、顔を近づけてくる。
さっきまでと違い、怖気づいたような様子はない。
「でも、安心して? 彼女に危害を加えようとしてるわけじゃない。むしろ……守ろうとしていると言った方がいいわね」
「……守る?」
私は若干の警戒と共に首を傾げた。
「あなたは覚えてるかしら。この学園に入学してきてすぐの頃……ふふっ、もう随分昔のことのように感じるけど。私が言ったことを」
……入学してきてすぐの頃か。
「革命を起こす……みたいなこと言ってたっけ」
「そっ。よくできました〜」
パチパチ、とクロネ嬢が手を叩く。
どうして彼女はこうバブみが深い行動ばかり取るんだろう。幼児退行して“おっぱい”としか私が喋れなくなったらどう責任を取るつもりなんだろうか。
「なんでそんなこと考えたか、知りたい?」
「いや……」
「“元老院”を下すためよ」
彼女の人の話を聞かない所が、好きだ。
……って、元老院?
「あなたなら知っているでしょう? この学園を支配する統治者集団」
「……まぁね」
……クロネ嬢も元老院について調べていたのか。
「あなたが入学して間もないのに、すでに二度とも大事件を引き起こしてしまったから、竜騎士団はその後始末に追われることになった。その結果何が起きたか、わかる?」
「……」
全然わからん。
「支配体制が揺らいだのよ。正確には、元老院がいくら無能でも、現場の竜騎士達は仕事を全うしていたから、全体的に見れば小さな混乱で収まっていた。だけど今……世界中で竜害が発生していて、竜騎士たちの手が回っていないそうよ」
……なるほど。
事件が立て続けに起きて、学園の警備は強化された。だけど、そうなれば世界中で動いている竜騎士達に回せる戦力が減る。
竜に対抗できる人員が減れば竜騎士に対する不満は高まる。
竜騎士団は今、かなり危うい状況にあるらしい。
「騎士団は一刻も早く成果を出すために躍起になってるわ。全ての元凶とされている“翡翠の竜”である、あなたを捕らえることでね」
「元凶、ね」
……確かに、私の存在がなければあんな事件は起きなかった可能性が高いんだからそれは頷ける。
まぁ、実際の実行犯はレイヴリーとか、聖竜教とかなんだけど……。外側から見れば、私が全ての糸を引いているように見えるわけか。
「そんな状況で、“元老院”がたった今、新しい指令を下したそうよ」
「随分詳しいんだね?」
「”お友達“が多いもの」
うーん。
やっぱ私の人脈なんかいらない気がする。
「なるほど。私を捕まえるために大軍を動かしたってことか」
「いいえ?」
話が読めた。と立ち上がった私に、クロネ嬢はありえないことを言った。
「彼らはあなたを誘き寄せる”餌“として、エレオノーアを監禁するつもりよ」
「は?」
……今、なんて言った。
「だから言ったじゃない。私は、彼女を守ろうとしてるって」
そんな風に、クロネ嬢は。
底の見えない笑みを私に向けてきていた。
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