東京都立呪術高等専門学校、その訓練場に人影が二つ。一つは白髪のサングラス男。特級呪術師、五条 悟。もう一つはどこか達観した雰囲気を持つ少年、伏黒 恵。
少し離れた距離で向き合う二人の間にはピリピリとした緊張感が漂っている。二人の関係は師弟。現在、体術の訓練中である。
構えを取りながら真剣なまなざしで五条を窺う伏黒に対して、五条はまなざしこそサングラスに隠れて分からないものの、手をポケットに突っ込み余裕綽々。
絶対的、という言葉すら生ぬるいほどの差が両者にはあった。
「来ないの? 恵。慎重なのは良いことだけど、ときには思い切りも大事だよ。それに、床の木目を数えるの、飽きちゃったんだよね。僕」
(絶対殴る)
煽る五条。その言葉に伏黒は返答しない。五条悟の前で発話に意識を割こうとするほど彼は驕っていない。だが、その額には青筋が走っている。
「来ないなら————こっちから行くよ。恵」
声のトーンを一段階低くし、そう宣言する五条。それにより一層強まった緊張感に反して、声の主はポケットに手を突っ込んだまま伏黒に歩み寄る。
その様にはまるで散歩に出かけるかのような軽さがある。だが、目的地は相対する伏黒恵の間合い。
両者の距離が二メートルを切った地点、そこで状況が急変する。
「やるね。そこが一番やりにくい」
伏黒が仕掛けたのだ。距離を詰め、相手の顔面に向けて拳を振るう伏黒。熟考の末に至った右ストレート————をフェイントとした下段蹴り。それをポケットの手はそのままに最小限の動きで躱す五条。
伏黒の攻勢は終わらない。フェイントを織り交ぜた様々な攻撃を繰り出していく。だが、五条は未だにポケットに手を突っ込んだままに、それらの技巧を凝らした打撃の数々を躱し続ける。
「そんなに攻撃ばっかりしてたらバテるよ恵。バランスバランス」
いくつの攻撃を繰り出したのだろうか。連続攻撃の代償に伏黒の動きは鈍っていた。潮時だと片手をポケットから出す五条。その瞬間、五条の片足がなにかに沈み込んだ。体勢を崩す五条。見ると黒い影のようなモノに片足が引きずり込まれてゆく。その奥には式神、玉犬白がいる。
(手印の省略……! ここまで術式を使わなかったのはそこに意識を割いてたってわけか)
その好機を伏黒は見逃さない。全力の右ストレートを五条の顔面に叩き込む————しかし、放たれた渾身の拳はビタッと顔面直前で止まった。
そのままの姿勢で伏黒は文句を言う。
「術式使わないって言ったじゃないですか」
「そ。だから今回は恵の勝ち。教訓としては————体勢、崩れてるよ」
渾身の一撃の代償に体勢を崩した伏黒を殴り飛ばす五条。伏黒は即座に受け身を取り、歩み寄ってくる五条を睨みつけた。
「新技? まさか恵に顔面殴られるとは。成長したねー」
「そんなこと言われても……実際には殴れてないから達成感ないんですけど」
誉め言葉を受けてもなお、伏黒の表情は不機嫌なままだ。そんな伏黒を心配してか、もしくはからかってか、五条はその態度を指摘する。
「かわいくない中学生だねー」
「いや、別にかわいく思われるために生きてないので」
しかし、五条の指摘は空回り。変わらずそっけない伏黒に対して、五条はある人物の話を始める————
「君の兄弟子はもっと素直だったよ?」
その言葉を聞いて伏黒は————立ち上がって構えを取った。そして、真剣なまなざしで五条を見つめる。
(めんどくさそう。流そ)
場は沈黙に包まれる。伏黒が醸し出す無言の拒絶をものともせずに、五条は————
「君の兄弟子はもっと素直だったよ?」
一字一句同じ言葉を繰り返した。伏黒はそれを聞いて、早々に回避を諦める。
(ダメだ。反応あるまで続ける気だ)
「はぁぁ……俺に兄弟子なんていたんですね」
「ああ、優秀だよ……なにより飛びきり、イカれてる……! 君の兄弟子。呪術師、
何を思い出したのか。最強の呪術師は凄惨なまでに口角を吊り上げた。
2016/5月15日
「はーい。今回の
「あの! 都市伝説! か、かみはし村……? もう! ルビ振ってよ。
ユーチューブチャンネル「都市伝ガルズ」、その片割れである
「ひなた、ひなた。裏面見て、その村の呼び方は不明だよ」
「あっ、ほんとだ~。ごめん咲月ミスった~」
「こら! まるで今回が特別だったみたいに言わないの。毎回でしょ」
「……ふふふ」
ひなたのこのちょっとしたミスは、「都市伝ガルズ」恒例となっていた。そして、「そんなところがかわいい」と柊ひなた人気の一因となっていた。
当然、視聴者の中には「わざと」と疑う声もあったが、そんな声は、視聴者の一つの発見によって押しつぶされた。
「……まったく、しょうがないんだから。……フフッ」
都市伝ガルズのもう一人、
視聴者の発見とは、咲月の目線だった。恒例となっていたひなたのやらかし、そのときの咲月の、待ちわびたようにひなたを見る目と表情がヤバいと話題になったのだ。
造り物とは思えない咲月の百合目線、それがやらせの懸念を晴らし、さらに都市伝ガルズのチャンネル登録者数を一気に三十万人にまで押し上げた。
「はい! この村です」
咲月はポケットから「神端村」と書かれた紙を取り出し、カメラに向かって胸の前で広げて見せた。隣のひなたはなぜか手を組んでウンウンとうなずいている。
「ここ青森県にあるとされる村……まあひなたにあやかって「かみはし村」とでも呼ぼうかな」
「えへへ」
「…………そのかみはし村はね。存在するけど存在しない村、なんだ」
「あとどんぐらいですか?
「あとちょっとですよ。
木々の間を通る道路上を走る車。その車内には小柄な女性と大柄な男性がいた。
「周囲に呪霊の発生源となりそうな集落は一つだけ。こういう集落ってのは嫌なコト思い出す。最悪、特級クラスを覚悟しといたほうがいいかもしれません」
「嫌なコトって?」
その小柄さとは対照的な黒のワゴン車のハンドルを握る女性、
「九年くらい前に一人の先輩が死んだんですよ。二級案件のはずが一級が出張るようなのに回されて。その人は呪術師にしては珍しく根明だった。そういえばあの頃は色々あったな」
その隣に座るのは、少し自我の漏れ出た敬語を話す男性。身長百八十を優に超える巨体。その筋肉質を簡潔に表現する黒のタンクトップ。そして、最も特徴的な白と黒の両色が入り混じる髪色。なんと地毛である。
彼は呪術師である。その階級は例外を除けば最上位、一級呪術師、
「十年前といえば、あの夏油傑が呪詛師認定されたころでしたっけ? 私まだ中学生ですよ」
「ああ、夏油さ、夏油か。今は最悪の呪詛師だなんだと言われてるが、ますが、立派な人だった。『呪術は非術師を守るためにある』って。なんであんなことをしちまったのか」
それ以降、白起は黙り込んでしまった。車内に気まずい空気が蔓延する。
「…………あっ、コンビニ見えましたよ!」
黙ってしまった術師を気遣うように、わざと大きな声を出す橘。触れてはいけない類の過去に踏み込んでしまった罪悪感からである。
「は……はい。少し休憩していきましょうか。昼飯もまだですから」
ガラガラのコンビニ駐車場。そこには、白起たちの他にも一台の車があった。しかし、その主らしき二人の女性は車を背後にし、脚付きのカメラの前でなにやら喋っているようだった。
「白起さん白起さん。こんな山奥でなにやってるんですかね? あの人たち」
「気になるなら話しかけてみましょうか」
白起たちは車を女性たちの近くに止め、声をかけた。近くで見ると、どうやらカメラに向かって話しかけているようだった。
近づく白起たちに、女性たちの顔は少し引きづっていた。
「えっと……なにか用ですか?」
二人組の片割れ、小鳥遊咲月は恐る恐る白起たちに問う。時折、コンビニのほうをちらちらと見ている。咲月が警戒するのも無理はない。なぜなら、目の前に現れたのは黒白の入り混じった奇妙な髪を持つ身長百八十超えの筋肉男なのだから。
「いや、ちょっと。こんなド田舎でなにしてるのかなぁ、って思いまして」
今まで、白起の圧倒的なまでの存在感に隠れていた橘が、咲月の警戒を察して前に出る。未だに身構える咲月を横に、柊ひなたが代わりに答える。
「ここらへんにかみはし村っていう存在するけど存在しない村、というのがあるらしいんですよ。わたしたちはそれを探しにきたYouTuberです」
無駄にイイ発音と決めポーズで「YouTuber」を強調するひなた。白起の頭には疑問府が浮かんでいた。
「その『YouTuber』ってなんですか?」
やまびこのごとく、イイ発音でYouTuberの意味を聞く白起。イイ発音ゆえに聞き取れなかったのだ。その答えは意外なところから帰ってきた。
「アレですよ白起さん。ユーチューバー。あの○カキンの」
「あー! ユーチューバー! 聞いたことある!」
「いや、そっちじゃねーよ! 今、重要そうなコトが話題に出ただろーがよ!」
「ははは」
橘が白起にツッコミを入れた。任務をともにすることが多い二人の間では、もはや恒例に近いやり取りである。そして、そのツッコミを受けて白起はバツが悪そうに笑う。
そんな白起を尻目に、橘は質問を続ける。
「そのかみはし村というのについてもっと知りたいのですけど……あっ、私たちこういうものでして、今日は研究のために来たのですよ」
「あっ、俺も」
橘が名刺を渡し、白起もそれに続く。名刺を受け取った咲月は怪訝そうな顔をして、それを読み上げる。ひなたはそれを横から覗き込む。
「咲月咲月、聞いたことある? 私立……」
「……高等学校。わたしも聞いたことない。名前的に宗教系の学校なのかな?」
咲月はスマートフォンを取り出し、名刺にある名前を調べる。そして、目的のものを見つけたのか、声を上げた。
「あっ、ホントにある。やっぱり宗教系の学校」
「信じていただけましたか? もしあれなら高専に電話して私たちの名前を出していただければ……」
学校の実在を見て信用する気になったのか、咲月の表情が緩む。
「いえ、大丈夫です。かみはし村について、ですよね? ネットで有名な怪談なんですけど、私たちもネットに転がっているようなコトしか知らないんです」
「————ネット!?」
「おいおい」
咲月の言葉にほぼ同時、焦りにも似た声をあげる二人。そして、二人は咲月とひなたを排し、なにやらひそひそと話を始めた。
「これってかなりマズいですよね? 白起さん。インターネットが生む負の広がりは未だに未知数です」
「未知数の仮想怨霊。それに火のないところに煙は立たない。怪談の発端となった呪霊がいるかもしれない。ソイツの元々の等級によっては……本当に特級もありうる、ありえます」
呪術高専は伝統を重んじる保守派が多い。つまり、急速に発展している「インターネット」という巨大な呪霊の発生源についてはあまり対策を講じられていない。
いきなり空気の変わった白起たちを見て、都市伝ガルズの二人は、本能からくるような戦慄を覚えた。
「どうしたの? この人たち」
ひなたが目を丸くして、咲月に耳打ちする。くぐもりながらに交わされる声ははっきりと不安げではあるが————
「さあね。でも、只者じゃないって感じがする」
「うん、怖いけど、なんだかワクワクする」
それ以上に、二人は動画投稿者。特ネタの前では人間としての本能よりもとしてユーチューバーとしての好奇心のほうが強く表れるのだ。
「……あの、かみはし村について教えてほしいのですが」
二人で盛り上がっている都市伝ガルズを怪訝に思いつつ、橘が声をかける。
「そうですね。お教えしましょう。ただし、私たちもあなたたちに同行させてもらいたい。それが条件です」
「……あ?」
頭の回転が速い咲月。瞬時に動画映えするシチュエーションを想定し、それを叶える交換条件を導き出した。しかも身長百八十超え、逆三角形体現筋肉巨漢こと白起の威圧にも涼しい顔をしている。
「ダメですよ。遊びじゃないんですからね。こっちは」
「そうだ。今回は諦めて。また次回にしたほうが身のためだぜ」
二人して本気で否定しにかかる。白起に至っては敬語を忘れ、完全に本来の荒い口調を露出している。髪色とガタイに見合った威圧感である。
「いいえ、ユーチューバーとしてこんなおいしそうすぎるネタを逃すわけにはいきません!」
「そうです! 私たちも有給使ってるんですよ!」
そんな二人の熱意に折れたのか。白起はため息を混じりに、都市伝ガルズたちの提案に承諾した。
「わかったわかった。同行を許可する。それで? かみはし村ってのはいったいなんなんだ」
もはや敬語を忘れた白起。明らかに機嫌が悪い。だが、これで良い画が撮れると二人は喜んだ————
長身筋肉モリモリのマッチョマンの敬語が剥がれ落ちていくタイプのチンピラ……現実にいたら恐怖そのものだと思う。
あと、実際に他人のキャラ動かすのは実力の差を感じて結構クるものがある。