「うおおおお! 騙されたぁぁぁぁぁ」
「うかつだった。上手くいきすぎだとは思ってたけど」
————のも束の間。都市伝ガルズは木に縄でくくりつけられていた。「ほどけー」ともはや誰もいない周囲にこだまさせるひなた。
「かみはし村」捜索のために森へ入ってすぐ。白起が目にも止まらぬ速さで二人を木に縛り付けたのだ。
「猛烈に手際がよかったね。あの人何者なんだろ」
「髪色もヘンだし、怖いしね」
「一応、私たちをどうこうする気はないみたいだったけど」
白起たちは二人を拘束すると彼女らがくくりつけられた木の周りに、なぜか小石を円状に置き、「邪魔だからそこで待っとけ」と言い残してさっさと去っていった。たかが研究でここまでの強硬に出るとは、やはりただ事ではない。
「悪い人たちじゃなさそうだったね。咲月。あの女の人とかめっちゃ謝ってくれたし」
「うん、それにしてもかみはし村ってなんなんだろ」
疑問は止まない。しかし、二人はかみはし村に対して、命の危険を感じていた。流石に命を好奇心のために投げ出すほど彼女らのネジは外れていない。
「流石にここまでされると首を突っ込む気が失せるよねー」
「うん、ツイッターで報告しちゃったけど、急な体調不良とかでごまかそっか。次の動画はまた別の企画を考えるよ」
沈黙。五月の暑くもなく寒くもないちょうどいい気温が、さらに静寂を引き立たせている。いつもは暇さえあれば絶えない話題を消化する二人だが、今回はどういうわけか沈黙を保っている。それはこの森の過ぎる静かさにあてられてか。
最初に気付いたのはひなただった。
「なんか、静かすぎじゃない?」
ひなたは咲月を見た。今日一番に不安な目線である。
「う、ん」
咲月もその一言で気付いたのか。顔が青ざめている。
二人を取り巻いていたのは「無音」だった。五月の森のなかに音がないなんてことはありえない。普通、虫の声や風で木々の葉が擦れる音などが聞こえるはずなのだ。なのに、無音。
「ねえ。これって大丈夫?」
ひなたのその質問は、咲月の、状況から目を背けようとする無意識の逃避を中断させる。不安は咲月にも伝染した。静かな周囲に反して、体内では心臓がやけにうるさく拍動する。
「大丈夫、じゃないかも。怪談にこんな話あったよね? 山でめっちゃ静かになるヤツ」
「うん。あった。アレは怖かった」
一瞬の完全な静寂。咲月はそれがとても恐ろしくて、話題を無理矢理に絞り出す。ひなたにもその意図は通じたのか、出来る限りに会話が引き延ばされていた。
しかし、縄を切るための道具を隠し持っているにも関わらず、咲月はその場から逃げ出そうとはなぜか思えなかった。
「それで後藤さんがね————あれ?」
「本当に大丈夫なんでしょうか」
「なにがです?」
都市伝ガルズを拘束した後、白起たちは一旦森から出てきていた。
「あの子たちを縛ったことですよ!」
「ああ、ありゃ止めても無駄なタイプです。同行を断って放置しても自分たちで突っ込んでって新しい犠牲者になるかもだし、俺たちに同行させても邪魔になる。アレが一番スマートな
「でも、あんなところに放置だなんて————」
橘は未だに心配なのか、反論を続ける。そんな橘を白起は安心させようとしたのか、笑顔で安全の根拠を説明する。
「大丈夫ですよ、ほんとに。あそこは森の浅い部分だし、それに姿隠しの結界も貼っておきましたから。たとえ今回が特級案件だったとしても、あそこから離れない限りあの人たちは安全です」
「そ、そうですか」
本職の呪術師にそこまで言われては補助監督の橘は黙るしかない。彼女は少し心に引っ掛かりを覚えつつも白起を信じることにした。
「それより橘さんには近くの集落で聞き込みをしてもらいたいです。俺はまた森に入るので」
「了解です」
都市伝ガルズから得た情報はそう多くはなかった。どこにでもあるような怪談であり、主人公が存在しない村である神端村に迷い込んでしまうというものだった。
しかし、一つだけ他にはない特徴があった。それは、村があるとされる位置が割れていることである。そしてその部分がこの話を有名にしていた。
「『そこが信憑性を高めてる』ねぇ。ド田舎のくせに無駄に多い行方不明の数に嫌なアンサーがついちゃったなぁ」
橘と別れたあと、白起は愚痴をこぼしながら森のなかに入っていった。
「ど、どうしたの? ひなた」
相方が突如上げた異変の声に、咲月は反射的に訊く。
「いや、今、音が聞こえた気がして……ううん、ごめん気のせいだったみたい」
そんなひなたの曖昧な返事に、咲月は少し安心した。よく考えてみると、森の中なのだから音なんてあって当然なのだ。むしろ無音の今までがおかしかったのだ。
これは現状解消の光明なのかもしれない。
「いいよいいよ。むしろいいことじゃん。ここは森のなか————え?」
咲月にも音が聞こえた。
それは虫の声でなく、葉が擦れる音でなく、ましてや風の音でもない、もっと規則的な音。背後から聴こえたその音は、なにかの足音だった。
「どうし————」
「シッ」
硬直した咲月に向けられたひなたの心配の声を、彼女は自身の口元に指を当てることで止める。ジワッと嫌な汗が出る。背筋からゾワゾワしたものが湧いて、鳥肌という形で表面に吐き出される。
「……! 咲月」
「……うん」
ひなたも気付く。二人がうなずき合っている間にも、足音は少しずつ近づいてくる。
咲月は袖口に隠していたナイフを取り出し、二人を縛る縄に刃を当てる。
「音……近づいてきてるよ! 咲月」
「わかってる。わかってるから」
焦る咲月とひなた。ナイフは小さいので縄を切るのにも時間がかかる。その間にも足音は大きくなる。足音が迫るたびに大きくなる背筋の寒気、二人の直感は空気も読まずに自分勝手な警鐘を鳴らす。
「よし切れた!」
「早く逃げよう! 咲————!」
ひなたが感じたのは臭い。まるで吐瀉物のような臭いを彼女の鼻が感じ取った。次に声が聞こえた。
「ワタシモ、キレイ、キレイ、オヨメサンオヨメサン」
本能に訴えかける耳にこびりつくような不快音、それをぶつぶつと怨嗟のように垂れ流しながら、声の主はひなたたちのすぐ後ろにまで来ていた。
すぐにでも逃げなければいけないのに、足が動かない。しかし、身体は勝手に声のほうを振り向く。
そこにいたモノを生物と呼ぶにはあまりにも醜く、冒涜的だった。
人型のずんぐりむっくりな体形に、全身にできた水ぶくれ。異様に大きいその頭は重みに耐えられないのか常にゆらゆらと揺れている。
血のような液体が滴る眼は、片方だけが異様なほど大きい。
二人はその姿を、呼吸を捨てて凝視していた。
だが、その化物は、振り返り死の予感に身体を凍らせた二人の脇を素通りしていった。
「えっ」
「は?」
完全に化物が見えなくなった後、思い出したかのように二人が同時に声をあげる。この世のすべてに裏切られた気分だった。あの化物は、間違いなく自分たちを殺すものだった、それはその姿を見るどころか足音を聞くだけでもわかることだった。
深刻な直感と現実との齟齬を感じながらも、二人が考えることは同じだった。
「逃げようひなた」
「逃げよう咲月」
森の中、白起が感覚を研ぎ澄ませながら歩く。呪霊の呪力を見逃さないためである。実際、今に至るまで三匹の呪霊を祓っている。
「静かすぎる」
嫌な予感が増す。森にしては静かすぎるのだ。それに三匹の呪霊を祓ってもなお、森に充満する嫌な気配は消えない。なにかに見られている気がする。
増す予感と得られぬ成果にいら立っていたときだった。
(殺気!)
突如、おぼろげながらに感じていた視線という名の気配が殺意という形で確立する。それを見逃すほど白起は鈍くない。すぐにその場から飛びのき、攻撃を躱す。
白起が殺意の方向を見据える。
「今のを躱すとは強いなオマエ」
強いと相手を評しておきながら、まったく衰えない自信の声。土煙の中から現れたのは人間だった。
長髪の中肉中背。両手には短刀を一本ずつ持っている。形状、そしてなにより呪力から見て、それは呪具のようだ。
(不意打ちに近接を選択した……自信があると見るべきか。様子見だな)
白起は足元の石を蹴り上げて取ると、相手に思いっきり投げつけた。
少し遅れて反応し、右に避ける男。しかし————
「曲がった!?」
投げつけられた石の軌道が右に曲がる。石はドンピシャに曲がった。だが、男に直撃するかに思えた石は、突如盛り上がった地面によって防がれた。
「出したな術式」
「オマエもな! ここはお互い開示といこう! 俺の術式は
自分の手の内を明かすことで己に縛りを課し、その分術式効果を底上げする。白起も続いて術式を開示する————と男は考えていたが
「いや、今のは回転掛けただけで、術式じゃ————」
場が沈黙に沈む。白起は気まずい。少しの沈黙の後、男は言葉を続ける。
「…………俺の名前は
「なんかゴメン」
「災穣呪術————
狩衣の叫びと共に、地面がまるで波のように揺らぎ、盛り上がり、白起に襲いかかる。絶対的な質量、受けるのは得策でないと見て、白起は空中に跳び上がってこれを避ける。
「そう来るよなァ!」
狩衣もまた跳び上がり、白起の予想最高高度にいち早く到達する。位置関係は狩衣が上で白起が下、圧倒的な有利、短刀が命を狩ろうと首に迫る。白起も負けじと敵のみぞおちに向かって拳を振るうが、短刀の有利は変わらない。白起が先に攻撃を受ける。
そう狩衣は考えた————が
「————なん、で」
「さあな。レベルが違ったんだろ」
届いていたのは拳だった。呪力のこもった拳、それがみぞおちに突き刺さり、狩衣は墜ちてゆく。
「さて、知ってることを吐いてもらおうか。術式使ったら殺す。てか呪力使った途端殺す。なにもするなよ」
白起は倒れ伏した狩衣の首に短刀を当てて脅す。そのまま狩衣の腹に座る白起。
九十キロ近くの質量が腹にかかり、呻き声をあげる狩衣。
「わかった、よ。俺の負けだ。知ってることを、話すよ」
「いやに素直だな。少しは粘れ————なっ」
白起が血相を変える。呪力感知が先か勘が先か、思わず感じた方向を見る
そこには、強大な呪力、否、一瞬呪力の塊でしかないと錯覚してしまうほどのナニカがいた。呪力感知が視界をも侵すほどの呪力量。
ソイツは真っ白な人型だった。
(特級! 体勢不利、立て直すのに一手、呪詛師にトドメ、いや、二手も譲るのはピーキー過ぎる————)
「死、ね」
特級が手のひらをこちらに向ける。それだけで白起は全身がしびれるほどの圧を感じた。攻撃が来る。白起は狩衣へのトドメを反射的に諦めてその場から退避しようとする。
だが、特級が放った呪力、それは貫くような速度で白起へと飛来し、彼の手前で炸裂した。
「死んで、ない?」
人間のように首をかしげる呪霊。白起は退避に成功していた。先ほどよりも少し遠ざかった距離でにらみ合う両者。その均衡を崩したのは呪詛師だった。
「災穣呪術、
土の弾丸が狩衣の足元から出現し、白起へと襲いかかる。そして、最小限の動作で躱そうとした白起の手前で炸裂した。四方八方に飛び散る土の破片、その殺傷力は折り紙付きである。
しかし、またもや白起はそれを飛びのいて躱す。
(二対一、本格的に術式使うとして、呪詛師には二回で済ませたいが)
「当たらねえ。どうする?」
「仕掛けある。未知数。退く」
狩衣はその言葉に舌打ちをしながらも素直に従う。そうして、特級呪霊と呪詛師は音もなく消えた。
(消えた!? そういえば、あの特級が出てきたのも突然だった。術式か? とにかく、橘さんと合流)
白起はそう考えると橘が向かったであろう集落を目指し、歩き始めた。
白起渡
趣味 野球
ホラー担当
都市伝ガルズ