呪術師 白起 渡   作:跳躍類

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今回は都市伝ガルズの過去回です。


閉明塞聡(へいめいそくそう) ―参―

―小鳥遊咲月―

 

私は良い人生を送っている。

人並みに努力して、人並み以上に結果を得ている。友達にもお金にも困ったことがない。なにもかもは持っていないけれど、なにもかも叶えてきた。

はなまる付きの百点満点、それが私の人生だ。

 

「ねぇ、咲月。もしかして彼氏できた? 彼女でもいいよ」

 

ホームルームが始まる五分前。開口一番、隣の友達である美里(みさと)がいつものフレーズを言う。高校生になっても自分に彼氏ができないといつも気にしているが、杞憂でしかない。美里は明るくて美人なのだから。良い友達だし、いずれ誰かの良い彼女にもなれる。

 

「ううん、今日もまだ。あと、私にそういう趣味はない。てかいつまで聞くの? それ。」

「うーん。わたしに彼氏ができるまで、かな」

「いや、私に彼氏ができたらどうするの?」

「それは……そのまま聞き続ける?」

「壊れたラジオかよ」

 

そんな私たちの会話を聞いて、他の友達たちも「どうしたのー」みたいな感じに集まってくる。みんな良い友達だ。美里が始める軽い恋バナ、それが私たちの毎日の恒例行事。

 

「大丈夫だよ。だって美里は明るくて美人————」

 

ふと、視線を感じた。視線の方向を見ると、私の机から机をもう一つ挟んだ位置に座る一人の女子生徒、柊ひなたがこちらを見ていた。

急に視線を向けたからなのか、私と柊さんの目が合う。みんなはなぜか知らないが、私は知っていた。いつもうつむきがちで、地味という評価が似合う彼女が、実はこの世から浮き出たような儚さを纏った美人だということを。

私と目が合った柊さんは、一瞬、驚いたように目を見開いた後、すぐに手元の本に向き直ってしまった。でも、彼女は本を読んではいない。その証拠に、彼女の視線は釘付けされたようにページの一点に固定されて動かない。額に汗が浮き、黒の髪色がてらりと濡れて微妙に濃くなっている。動揺しているのだ。

こちらを見ていたということは、私たちに混ざりたいのだろうか。でも、いくら美人でも、目が合っただけであんなに動揺するような人と仲良くするのは骨が折れそうだ。

 

「どうしたの? 咲月」

 

美里が不思議そうな顔でこちらを覗きこんでくる。この機会に柊さんを誘うのも良いが、あの動揺っぷりを美里たち友達の前で出されても困る。みんなの私への心象が悪くなりかねない。この友達たちと彼女が吊り合うことはないのだから。

 

「ううん。なんでもない」

 

これで良い。後のことを考えるとこの選択のほうが絶対良いのだ。

なぜか錆びついたように切り替え難い視線を友達との会話に戻すと、ほどなくしてホームルームを知らせるチャイムが鳴った。

 

 

 

「小鳥遊さん。好きです。俺と真剣に付き合ってください」

 

ガヤガヤと騒がしい昼休みの教室が、その一言を受けて不気味なほど静まり返る。教室内に突如として現れた静かな大爆発の爆心地は、私と私に向かって身体を直角に曲げている一人の男子生徒だった。

 

「えっ、あっ、えっ」

 

驚いた。目の前にいるのはかなり有名な人だった。名前は櫻井(さくらい)(みなと)。サッカー部のエースでイケメン、学業優秀なみんなの人気者だった。

そんな人がみんなの前で私に告白している。この状況に私は高揚感に似たモノを感じている。

 

「えっ、咲月すごいじゃん!」

 

数瞬後、美里がとなりでキャーキャー騒ぎ始めた。その声に私はさらに高揚する。私に彼氏はいない。

これはチャンスだった。人気者があっちから寄ってきている。こんなチャンスはこれからの私の高校生活において二度とない。私を取り巻くすべての要素が、YESと即答するように命じているようだった。それほどの僥倖。

————でも、せっかちになっているはずの私の口は、なぜか今に限って重かった。

なんで。明らかに「はい」と即答することが、告白を受け入れることが最善のはずなのに、私の心のどこかがやけに大きい声で間違いだとわめいている。それが引っ掛かりとなって、私の思考にあたかも重大な間違いがあるかのような幻覚が蔓延する。

 

「へ、返事は、考えさせてください」

 

私の口はいつの間にか告白への返事を先延ばしにしていた。

なぜ私は迷っている? こんなのは「はい」一択なはずだ。彼がみんなの前で告白したということは、私たちの関係をみんなに知ってほしいということ。それならば、ここでみんなの前ではっきりさせたほうが良い。

受け入れることが決まっているのならば、なにをためらうことがある?

 

「ご、ごめん。いきなりみんなの前で告白なんて急すぎたよね。もちろん、返事はいつまでも待つよ」

 

こちらに向き直った湊くんが、バツが悪そうに謝ってくる。ぱっちりとした瞳が真っ直ぐによどみなく私の目を見つめる。

イケメンだ。そして誠実。こんな良い男に告られるなんてもう二度とない好機だ。やっぱり、この人に都合が合うように今返事をしたほうが良い。

 

「あの————」

「もちろん、嫌なら断ってくれても別にかまわない。曖昧にせず、むしろ一思いにばっさり斬り捨ててほしい」

 

そんな断るなんてありえ————

確信が持てない。なぜか確信が持てないのだ。そんな悪手をもしかすると取ってしまうかもしれない。そう思えるほど、私の思考にできたしこりは、大きな存在感を放っている。

 

「とにかく、返事を待っているよ。たくさん迷ってくれると嬉しい」

 

そう言い残して、湊くんは颯爽と教室から立ち去ってしまった。

私はなぜか返事を決めきれずにいる。そんな私に、友達たちが質問の雨あられを浴びせられてくる。でも、やっぱり私は彼女らに明確な回答を伝えられずにその場はお開きとなった。

 

 

 

「あの、小鳥遊さん……!」

 

みんなと別れて廊下を歩いているとき、声をかけられた。なぜか異常に心臓が跳ね上がり、胸の中のもやもやが強くなる。私はこの常に不安が宿ったような声を知っている。

振り返ると、そこには柊ひなたがいた。

 

「ど、どうしたの? 柊さん」

 

声が震える。どうして私はこんなに動揺しているのだろうか。動悸が止まない。柊さんの一挙手一投足に過剰反応してしまう。私は怯えている。彼女に怯えている。

 

「あ、えっと。あの、告白。小鳥遊さんは嫌なのかなぁ。なんて」

 

そして、今度はなぜか、続く彼女の言葉を聞いて安堵している。私の情緒は彼女の絞り出すような声に完全に振り回される。

この不可解な現象の正体を知りたくて、私も質問を投げかける。

 

「どうして? あの人からの告白は嫌じゃない。嫌なはずないじゃん。だって、あの人はみんなの憧れの的だよ? そんな人と付き合えるチャンスなんて————」

 

なに? その顔。そんな失望したような顔しないで。だって、そうじゃん。普通に考えてそれが一番良い。私は嫌なんかじゃない、むしろ嬉し————

 

「だって、告白されたとき、小鳥遊さんの目、嬉しそうじゃなかった、から」

 

いや、私は嬉しい。嬉しかった。だって、あの湊くんだよ? そんなの嬉しいに決まってる————あれ? “嬉しい”ってなんだったっけ?

 

「……わたしでよければ、相談、乗るよ? 愚痴聞くくらいしかできない、けど」

「……あっ」

 

柊さんが私の手を取りながらそう言った。その手はとても暖かくて、その声はとても優しくて。そんな美しい彼女が私の身を本気で案じてくれていることに気付いて————

私は張り巡らせた理由(りせい)を捨てて、やっと「嬉しい」を思い出した。

 

「————うん。ありがとう。じゃあ、話聞いてほしい!」

 

こうして、私の青春は今更にスタートダッシュを切った。

 

 

 

―柊ひなた―

 

わたしは臆病な人間だ。本当の自分が周りにどう思われるのかが怖くて、作った自分を被ってそれを隠している。でも、本当は誰かにわたしを覆った偽物を剥がして、その中身を知ってほしい、そして受け入れてほしいと願っている。

けど、それが自分に都合のいい妄想に過ぎないことをわたしは良く知っている。

 

「ねえ、咲月。もしかして彼氏できた? 彼女でもいいよ」

 

机一つ分隣の女子生徒、小鳥遊咲月に同じく女子生徒の三島美里がいつものように話しかけている。スクールカースト上位で、このクラスの中心になっている二人は毎朝このやり取りをしている。そして、それを合図にしたように他の女子生徒が彼らの下へ集まってくるのだ。

 

「ううん、今日もまだ。あと、私にそういう趣味はない。てかいつまで聞くの? それ」

「うーん。わたしに彼氏ができるまで、かな」

「いや、私に彼氏ができたらどうするの?」

「それは……そのまま聞き続ける?」

「壊れたラジオかよ」

 

毎日毎日似たようなやり取りをして飽きないのだろうか。いや、飽きないんだろうな。

多分、二人はお互いのことを、お互いの「本当の自分」を良く知っているのだ。だから、毎日同じことをしているだけで楽しいのだろう。

羨ましい。どうすれば彼女たちのようになれるのだろうか。特に小鳥遊さんはわたしによく話しかけてくれる。多分、それだけの余裕をあの関係は生むんだ。

 

「大丈夫だよ。だって美里は明るくて美人————」

 

小鳥遊さんが唐突にこちらへ顔を向けた。そして、彼女らのほうを見つめていたわたしと目が合う、合ってしまった。わたしは即座に視線を手元の本に逸らす。

しまった。今のわたし絶対不審だ。左隣から視線を感じる。小鳥遊さんがこちらをじっと見ているのだ。嫌な汗がとめどなく流れてきている。

気持ち悪がられていじめられてしまうかもしれない。きっとそうだ。人間は「人間」以外のモノには驚くほど残酷になれる。わたしの今の行動は、彼女らがわたしを自分たちと同じ「人間」の枠から外すのに十分な奇行だ。

またやってしまった。本当に嫌になる、この性格が。わたしは好奇心が強い。だから、わかりきっていることでもいちいちこうやって目を向けてしまう。そのくせそれを取り繕えるほど器用でもない。むしろ不器用なタイプだ。忘れ物ばっかりする。

今回も聞き耳を立てるだけでいいのに、視線を向けてしまった。

絶対に引かれてる。浅いけど友達もできてきたところなのに。これで全部台無しになるかもしれない。高校ではちゃんとしようと思ってたのに、なんで、こんなことに————

 

「どうしたの? 咲月」

 

三島さんが小鳥遊さんに声をかけてる。このまま小鳥遊さんはわたしのことを話すかもしれない。そうなれば————

 

「ううん。なんでもない」

 

小鳥遊さんはそう言うと、友達との会話に戻ってしまった。

あれ? 今こっちをじっと見てたよね? 興味を無くした? もしかして、今のを気持ち悪いと思わなかったとか?

様々な可能性が頭をよぎるなか、HRの始まりを告げるチャイムが鳴った。

 

 

 

「小鳥遊さん。好きです。俺と真剣に付き合ってください」

 

驚いた。となりでいきなりイケメンが小鳥遊さんに告白した。確か、この男子生徒はサッカー部のエース、櫻井湊ではなかったか。そういう人間関係に薄いわたしでも、彼のことは知っていた。それほどまでの有名人が告白するなんて、やっぱり小鳥遊さんはカースト上位なのだと実感する。

 

「えっ、あっ、えっ」

 

彼の告白を受けて帰り時のクラスが静まり返っている。当の小鳥遊さん本人は、目を見開き、驚いている。無理もない。こんなの誰だって動揺する。

 

「えっ、咲月すごいじゃん!」

 

三島さんを初めとした小鳥遊さんの友達たちがキャーキャーと騒ぎ始めた。

それを受けて、頭を下げていた櫻井くんの口角が少し上がる。余裕たっぷり落ち着き払った彼の態度。この状況は計算の内のようだ。

わたしはこんな公開告白ではなく、密かに体育館裏とかに呼び出されておどおどキョドりながら勇気を振り絞ってやっとのことで告白されるほうが良い。でも、これはわたしの好みに過ぎなくて、みんなはこんな風な告白のほうが嬉しいんだろうな。

わたしは小鳥遊さんの反応を見ようと、彼女に目を向ける。すると、なぜだか小鳥遊さんの目が、顔があまり嬉しそうに見えなかった。そんな彼女をよそに、三島さんは相変わらずキャーキャー騒いで、「先に咲月に彼氏ができるとは……」なんて早とちりなことを言っている。

だが、やはり小鳥遊さんの目は告白を受けたときから輝いた様子はない。告白を受けた女の子はもっと嬉しそうにするのではないだろうか。

それとも、案外わたしの感覚は普通に近いのか?

 

「へ、返事は、考えさせてください」

 

返事を延ばした。やっぱり小鳥遊さんも悪趣味だと思ってるんだ!

あれ? なんでわたしはこんなに熱くなってるんだろう?

 

「ご、ごめん。いきなりみんなの前で告白なんて急すぎたよね。もちろん、返事はいつまでも待つよ」

 

一瞬、櫻井くんの顔が忌々しげに歪んだのをわたしは見逃さなかった。わたしは目が良い、というより五感が鋭い。だから人の変化に敏感だ。

 

「あの————」

「もちろん、嫌なら断ってくれても別にかまわない。曖昧にせず、むしろ一思いにばっさり斬り捨ててほしい」

 

弱々しい切り出しの小鳥遊さんの言葉に被せるように、櫻井くんが言葉を続ける。さっきまで漲っていた自信が少し委縮している。公開告白が中途半端な結果に終わったのだから当然だ。だが、それでも動揺を見せないところにうすら寒いところを感じる。

 

「とにかく、返事を待っているよ。たくさん迷ってくれると嬉しい」

 

最後まで余裕の態度を崩さずに櫻井くんは一方的に話を切り上げた。そうして、颯爽と小鳥遊さんに手を振り去っていった。彼が出ていき、静かな教室が一気にざわめく。その熱はしばらく止みそうになかった。

 

 

 

「あの、小鳥遊さん……!」

 

勇気と一緒に声を振り絞る。本人がどう思っているのかも気になるが。なによりも友達から質問攻めにあっているときもどこか上の空だったことが一番気がかりだ。もしかすると、大きな問題を小鳥遊さんは抱えてるのかもしれない。

 

「ど、どうしたの? 柊さん」

 

声が震えている。明らかに動揺している。やっぱり、なにかあるんだ————いや、待てよ。ただ驚いてるだけじゃないか? よく考えたら不安定であろう今の精神状態で、今まで受身ばっかりの根暗がなんの脈絡もなくいきなり話しかけてくるのはびっくりするのか?

と、とりあえず適当な話を前座にして————

 

「あ、えっと。あの、告白。小鳥遊さんは嫌なのかなぁ。なんて」

 

わたしのバカ! なんでいきなり本題を始めるんだよ! マズいよ。小鳥遊さんに常識が無いって引かれちゃうよ。数少ないわたしと話してくれる人なのに。

————退くか……?

そんな葛藤を繰り広げているうちに、小鳥遊さんがまくしたてるように言った。

 

「どうして? あの人からの告白は嫌じゃない。嫌なはずないじゃん。だって、あの人はみんなの憧れの的だよ? そんな人と付き合えるチャンスなんて————」

 

これは嘘だ。追い詰められたような小鳥遊さん。「驚いた」がどうとかとはまったく別の次元だ。彼女のもっと深いところにわたしは触れてしまっているのだ。

「止まれ」と遠慮がちなわたしが叫ぶ。小鳥遊さんにとって知り合い未満でしかないわたしが、彼女のそんなところを知るべきでない。そう言って、水を得たわたしの理性(おくびょうさ)は瞬く間に絞り出した勇気を消沈させていく。

でも、わたしの心には、一つ燻っているものがあった。それは一種の歓喜に包まれた使命感。わたしが、わたしだけが小鳥遊さんの深層に触れている。

今日は、今日だけはこの種を絶やさない。理由は十分。こんなわたしに近づいてくれた小鳥遊さんの役に立ってみせる————彼女のためなら、間違えても傷つかない。

消えた勇気に、再び火をつける。いつも足りないのはこの一歩————あとは祈って本心をぶつけるだけ。

 

「だって、告白されたとき、小鳥遊さんの目、嬉しそうじゃなかった、から」

 

途切れ途切れ————でも、これでいい。勘違いでも良い。小鳥遊さんが良ければそれでいい。わたしの言葉を聞いた彼女は下を向いて黙りこくってしまった。

沈黙がその場を包む。小鳥遊さんは視線を床の一点に固定させている。

動揺している……! 間違いじゃなかった。安心感と共にわたしは追い打ちをかける。

 

「……わたしでよければ、相談、乗るよ? 愚痴聞くくらいしかできない、けど」

「……あっ」

 

小鳥遊さんの身体が一瞬強張り、その後徐々に力が抜けてゆく。そうして、再び上げた顔は、憑き物が取れたように穏やかになっていた。

わたしは緊張から脱して、とあることに気付いた。

 

「————うん。ありがとう。……じゃあ、話聞いてほしい」

 

わたしはこれから、小鳥遊さんの本心を知れるのだ。

 




小鳥遊咲月
そろばんが得意。

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