呪術師 白起 渡   作:跳躍類

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過去回最後です。最後はちょっとエグいかも。


閉明塞聡(へいめいそくそう) ―肆―

 ―狩衣仙蔵―

 

 

 俺は人にはない特別な力を持っている。その力は人を殺すこともできるし、生かすこともできる。だからこそ、その力は人のために使われないといけない。

 俺は善人。呪う心を人のために使う呪術師だ。

 

「油断するなよ仙蔵」

 

 祖父が怖い顔でそう言う。俺たちは今、軽トラで祖父の知り合いの下へ向かっている。その知り合いが住んでいる村で呪霊、常人からしてみれば超常現象が出た。だから、そういう分野で名が通っている祖父に要請が来たというわけだ。そして、俺は師匠である祖父に修行の一環として同行している。

 

「なあ、爺ちゃん。その守妻(かみつま)村ってのは、どんなところなんだ?」

 

 俺はそんな爺ちゃんに今回向かう村について尋ねた。俺たちの家系は、昔から呪いを祓ってきただけあって顔が広い。

 

「ああ、俺の爺ちゃんの爺ちゃんの爺ちゃんの爺ちゃんの代からのお得意様だ。神を祀っていてな。それに釣られて呪い共が集まってくる」

 

 ウチの家系は歴史が長い。神と崇められていた時期もあったらしい。ウチに伝わる術式、災穣呪術は土を操る。農耕が生活の軸だった時代では確かに神のような力だったろう。

 

「もうすぐつくぞ。いつも通り大した相手ではないが、油断はするな。力が弱くても、狡猾な呪いはいる。人から生まれたからな」

 

 爺ちゃんがいつもの文句を言う。爺ちゃんは強い呪術師だ。呪術師たちの総本山、呪術高専から特別一級術師という称号ももらっている。

 

「わかってるよ爺ちゃん。『呪術師の辞書では気を抜くのは死ぬのと同義』なんでしょ。俺は自分の弱さくらい自覚してるから大丈夫」

「————仙蔵。オマエは弱くない。油断と自信は紙一重だが、違う。自信を油断とはき違えないことも大切だが、油断ごと自信をかなぐり捨てるな。正しい自信を身に着けろ。それが呪術師として生き抜くための絶対条件だ」

 

 爺ちゃんは真剣な顔でそう語った。それでも俺は自分が強いとは考えられなかった。恐ろしいのだ。

 命をかけるには、俺の、強さに対する実感は軽すぎる。

 俺はそんな師匠からの言葉を咀嚼していると、まもなく俺たちは目的地に到着した。

 

「ようこそおいでくださいました狩衣様」

 

 おばあさんが恭しく俺たちに頭を下げる。爺ちゃんが行く先では、現代でもこの扱いは珍しくない。狩衣の家系が神だと崇められていたのも頷ける。

 

「今日はもう遅い。一晩止めてもらって、呪いを探すのは明日だ」

 

 おばあさんに泊めてもらう場所へ案内してもらいながら、爺ちゃんは俺にそう言った。

 俺には、お爺ちゃんの顔がなんだか少し険しく見えた。

 

 

 

「おい、仙蔵。起きろ」

 

 爺ちゃんに揺すられて目が覚めた。なんだか外が騒がしい。

 そして、なにより呪いの気配がする。

 

「起きたか。行くぞ。村が襲われている。俺は大きいのを祓う。オマエは他のを祓え」

 

 爺ちゃんはぱっちり覚めた俺の目を覗きこむと、指示を飛ばしてさっさと外に出て行ってしまった。

 俺も外に出ると、無数の弱い気配、そして怖気がするほどに大きい呪力が一つ感じられた。大きいほうは爺ちゃんの担当。俺は弱いものを片付けつつ、村民を保護する。

 

「災穣呪術、土流(どりゅう)(さし)

 

 盛り上がった土が尖り、呪霊を串刺しにする。これで三匹目だが、まだまだいそうだ。

 ただ、強さはやはり大したことがない。俺でも難なく祓える。ならば、村民を保護するのが最優先。人間の気配にたかってきた呪霊を一網打尽にしてやる。

 

「もう大丈夫です」

 

 呪霊を短刀で一閃する。術式を使うまでもない。呪力は温存しておかなければならない。雑魚呪霊をさっさと全滅させて、爺ちゃんに加勢にいかなければ。姿も見えないのに肌に突き刺さるようなこのプレッシャー、今までこんなコトはなかった。

 

「アノコアノコワタシワタシ」

「ゴメンネゴメンネ」

 

 保護した村民に釣られてか。村中に散っていた呪霊の気配がこちらに集まってくる。

 俺はそいつらを短刀で刈り取ってゆく。災穣呪術は攻撃範囲に優れる術式、四方八方から集まってくる呪霊に対しても死角がない。

 

「凝縮されとけ! 災穣呪術、四方載(しほうさい)!」

 

 十匹ほどの呪霊を盛り上げた土で包み込み、そのまま圧殺する。感覚としては雑巾を絞るのに近い。球状に閉じた土塊から呪霊の体液が噴き出す。

 

「これであらかた片付いたか。今から安全なところに避難するのでついてきてください」

 

 これでいい。村民を避難させた後は爺ちゃんに加勢しないと————

 そこまで考えたときだった。

 

「多分、特級ってヤツだよな。爺ちゃん大丈————」

「爺ちゃん、は、これ」

 

 俺の目の前に大きな気配が突如として出現した。強烈、目を背けたくなるほどの呪力。白い人型としか形容できないソレが抱えているモノを、俺は一瞬理解できなかった。

 いや、薄々感づいていた。俺の脳が、今まで積み重ねた人生がそれを理解することを拒んだのだ。

 呪霊が抱えていたのは爺ちゃんの肩から上(………………)だった。

 

「爺、ちゃん……」

 

 俺は呆然としていた。なぜか怒りは湧かなかった。ただ、理解したくない。俺のなかでは、まだ爺ちゃんは生きている。

 でも、俺のなかでなにかが表面張力のようにギリギリを保っていた。

 

「面白く、ない」

 

 そう言って、呪いは爺ちゃんをこっちに投げた。俺の手前に転がる爺ちゃん。

 俺は爺ちゃんの死を心底理解した————そこで決壊した。

 

「……ぶっ殺してやる。災穣呪術、(さし)(つぶて)ッ!」

 

 宙に浮く小さな土の礫。それらが一斉に呪霊へと襲いかかる。生まれて初めての激情、呪力が満ち満ちている。頭は冷えている。今の俺は、なんだってできる……! 

 

「烏合」

 

 呪霊は呪力を全身に漲らせ、「刺礫」を防御する。礫は肌に突き刺さるのみで貫通しない。今までの俺ならこれで終わっていた。そう、今までの俺なら————

 

「貫け! 刺礫ッ」

「な、に」

 

 突き刺さった礫を起点に一本の長大な針が伸びる。それが呪いを串刺しにする。これが本来の「刺礫」の姿。

 間髪は入れない。一気に殺す。

 

「災穣呪術、土着縛(どちゃくばく)

 

 触手のように伸びた土が、呪霊の足を奪う。これで回避は不可能。次で終わらせる。

 

「災穣呪術、四方載」

 

 押しつぶす。アイツがどれだけ硬かろうが関係ない。

 土が呪霊を包み込む。あとは押しつぶすだけ————だが

 

「これで終わり、か?」

 

 呪霊を包み込んでいた土が吹き飛ぶ。術式————いや、ただの呪力放出だ。なんという規格外。だが、想定内。

 時間は稼いだ。あとは————

 

「次は、こっち」

 

 呪霊の放つプレッシャーが勢いを増す。攻撃がくる、呪霊に漲る呪力を見るまでもなく直感で理解した。

 

「災穣呪術、隆神壁(りゅうじんべき)!」

 

「隆神壁」は多層構造の土壁。災穣呪術最強の盾。呪霊の放った呪力弾を防いでみせたが、一撃でその壁は崩れ去ってしまう。

 なんという威力だろう。そしてなにより、威力以前に触れてはいけないナニカがヤツの技にはある。蟲が這いずり回るような感覚を常に感じる。

 

「触れない、か。なら、これ」

 

 呪霊は先ほどよりも二回りほど小さい弾を無数に繰り出してきた。俺は隆神壁でそれを防ぐ。小さくなっている分、先ほどよりも威力は落ちるが、それでも二発程度で破られてしまう。

 それでも、俺は攻撃を防ぎ切った。村民たちが勝手に散ってくれていてよかった。村民を守りながらとなると、絶対に凌ぎ切れなかった。

 

「これは、良い」

「その余裕を消してやるよ」

 

 溜めは十二分。確実にコイツの頭をぶち抜いてやる。

 

「災穣呪術————地龍槍(ちりゅうそう)

 

 地中から三メートルはあろうかという巨槍が出現する。「地龍槍」土を凝縮し、硬度を極限にまで高めた、災穣呪術最強の矛。

 確実に当てる。当てれば勝ちだ。

 

「土着縛————十連」

 

 呪力の出し惜しみはしない。コイツの動きをなんとかして止めて、「地龍槍」を頭に当てる————

 

「やはり、良い」

 

 俺は土の触手に囲まれてもなお、動こうとしない呪霊の、無い顔に笑みを見た気がした。俺はそれに、極大の危機を感じた。

 ヤバい。なにかがヤバい。逃げ出せと俺の直感がけたたましく告げている。

 

「オマエ、に決めた、ぞ」

 

 次の瞬間、呪霊は左手を水平に構え、右手の人指し指をこちらに向けた。掌印、そして今までとは比にならないほどに膨れ上がった呪力。デカいのが来る————

 

「領域展開」

 

 

 

 ―三人称視点―

 

「領域展開————尸蟲天魔窟(しちゅうてんまくつ)

 

 呪霊から噴き出した呪力が整列し、結界の形を為して狩衣ごと周囲を取り囲んでいく。その内殻は全面が無機質な岩肌であり、そこに無数の蟲卵が付着している。ピクピクと蠢くその光景は、見る者に生理的嫌悪を駆り立てる。

 領域内に漂う悪臭にも似た濃密な呪力。狩衣は自分のすべてが掌握されているような感覚に陥った。

 

(領域! 術式を必中にする呪術の極致。本格的にこちらを仕留めにきたか。だが————)

「まさか、これで勝ったつもりか? その余裕を止めてやるよ。奥義、彌虚葛籠(いやこつづら)……!」

 

「彌虚葛籠」シン陰流簡易領域の原型となった呪術。狩衣は小規模な領域を展開して、領域の必中を中和し、身を守りにかかる。それでも領域そのものを凌ぐことは不可能。

 だが、呪霊の足は「土着縛」で奪っている。一瞬だけ時間が稼げれば問題ない。その一瞬で「地龍槍」を叩き込む。それが狩衣の勝利への筋書き。

 

「終わりだ。オマエは一手、間に合わない」

 

 狩衣は勝っていた。呪霊との圧倒的な力量差から生まれる油断を利用して、その首元にまで手を伸ばすことに成功していた。その毒牙は届く寸前だった。

 狩衣は勝負には勝っていた。

 

(勝てる。爺ちゃんの仇を討てる……!)

「食らえ……! 災穣呪術、地龍槍————ぐっ」

 

 狩衣がよろめく。その背中には包丁が突き刺さり、赤く染まっていた。狩衣は反射的に振り返る。

 

「おばあさん……? なん、で」

 

 狩衣を刺したのは、この村に来たときに案内してくれたおばあさんだった。彼女は呪力に乏しい非術師、呪霊の呪力に満ちている領域内では、その気配は皆無に等しかった。

 だが、効果は十分。術式と「彌虚葛籠」の併用により、キャパを肉体強化に割く余裕が狩衣にはなかった。そして、背中を刺されたことにより、際の際で保っていた狩衣の呪力操作が乱れた。

 それは、術式そして、「彌虚葛籠」の崩壊を意味する。

 

「詰み」

 

 特級呪霊、神蠱(じんこ)の術式、(さん)()(しん)(ちゅう)は相手の脳に(じゅ)(ちゅう)を寄生させ、操る術式。おばあさんを操ったのもこの術式によるもの。村は既にこの術式により神蠱に支配されていた。

 本来ならば呪力で卵を相手に直接打ち込む、などのアプローチが必要な術式。だが、領域展開「尸蟲天魔窟」内ではこの寄生卵が直接相手の脳に出現する。

 

「あああああああ!。痛い痛い痛い痛いやめろやめろやめろ」

 

 寄生卵は即座に孵化し、脳の「報酬系」を司る部分を軒並み食い荒らし、成り代わる。その際、被寄生者は文字通り脳を貪られる痛みに襲われる。

 呪蟲が完全に定着すると、次は脳内麻薬と特有の幻覚物質が分泌される。

 

「あれ? 痛くない。良い気分————あれ? 爺ちゃん? 死んだんじゃ————いや、何言ってんだ俺。爺ちゃんが死んでるわけないじゃん」

 

 脳内物質により、記憶と認識を操作され、被寄生者は神蠱の下僕となる。

 

「良い、器。これで、勝てる。夏油、傑」

 




狩衣仙蔵
好きな食べ物は鮎の塩焼き。理由は爺ちゃんが好きだから。
自分が善であると信じているので、戦い=正々堂々というバイアスが染み付いている。それが敗因。
ちなみに尸蟲天魔窟の掌印は仏教の降魔印を意識しました。
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