呪術師 白起 渡   作:跳躍類

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閉明塞聡(へいめいそくそう) ―伍―

 森林内にて呪いを目撃した「都市伝ガルズ」の二人。彼女たちは呪いが過ぎ去った後、森の外へと逃げ出した。しかし————

 

「さ、咲月……まだかな?」

「う、うん」

 

 ひなたが不安を露わにする。それに咲月も短く答える。

 二人が森の外を目指し始めてから十分が経とうとしていた。白起が彼女らを縛った地点は森に入って五分ほどだったため、もう既に森から出ているはずだった。

 しかし、未だに不気味な無音からは逃れられていない。

 

「まさか、道を間違えた……?」

 

 ひなたが顔を青くしながら呟く。その脳裏には「遭難」の二文字と先ほど目撃した怪物の姿が浮かぶ。

 

(ひなた……不安がってる。安心させてあげなきゃ)

「い、いや、方向は間違ってなかったよ。私来た方向覚えとくようにしてたし」

 

 咲月がひなたの肩に手を置いて、彼女の悪い想像を否定する。

 

「た、多分、方向がズレてるんだよ。ここ森だし、方向感覚が狂って、ね。それで前より時間掛かってるだけ。大まかな方向は変わってないだろうから。そのうち着くよ」

 

 咲月は地図を見ながらそう言う。森林はそう大きくはない。進む方向が百八十度回転でもしない限り、ある程度の差はあれど、道路にたどりつけるはずである。

 

「そ、そうだね。あんなの見ちゃったからさ……うへへ」

(かわいい)

 

 咲月がひなたにこっそりとヤバい視線を向ける。ひなたは相変わらずそれに気づいていない。謎な現状に理屈が一つ追加されたことで、幾分か二人の緊張がほぐれた

 

「うん。ちょっと急ごう。またアレに会うかもだし」

「なんなんだろうね、アレ。怖いね」

 

 しかし、二人の頭の中には未だ、先刻目撃した怪物の姿がこびりついていた。それは、二人がいくら冷静ぶっていても決して離れない死の予感でもあった。

 

 

 

 一時間が経過した。

 二人の口数は皆無となり、頭には少しの、今に現れる道路への期待感と自分たちが置かれている現状への多大な恐怖が際の際で拮抗していた。

 

「………………ねえ咲月。これって」

「百八十度狂っちゃったんだよ私たち知らず知らずのうちに反対方向に行ってそれから————」

 

 咲月が言い聞かせるような早口を止める。咲月の推理は説得力があるものだった。しかし、この状況ではもう一つの可能性がそれを迷信のように押しつぶしていた。

 

「————違うね。やっぱり、変なことが起こってる」

「……うん。怖い。どうしよう咲月」

 

 相手が同じ予想をしていたなだと知り、二人は少し安心してそして、恐怖した。二人とも泣き出しそうだった。しかし泣き出さないのは、お互いがお互いを不安にさせまいとしていたから。

 

(ひなた……震えてる。怖いんだ。私がなんとかしないと)

(咲月……顔真っ白。やっぱり咲月も怖いんだ。わたしもしっかりしないと)

 

 しかし、いくら互いに思いやっても状況は変わらない。二人にできることはただ諦めずに歩を進めるのみ。

 それは徒労では終わらず、確かに結果をもたらした。

 

「えっ、どういうこと? 咲月」

「いや、なんで」

 

 さらに三十分後。彼女らの前に現れたのは待ちわびた道路ではなく、歩いた方向にあるはずのない村落だった。

 

 

 

「ま、まさか。これって」

「かみはし村……?」

 

 二人が顔を見合わせる。咲月の脳裏に、予習してきた記憶が真っ先によぎった。

 ネット怪談『神端村』

 ひょんなことから森に入った一人の女性が「神端村」という看板が掲げられた村に迷い込み、そこで村人によって、神様への生贄にさせられそうになる。

 命からがら逃げ延びた投稿者が衛星写真で調べると、彼女が体験した「神端村」の条件に合う村は存在していなかった……というもの。

 

「な、名前。村の名前とか書いた看板無い?」

 

 咲月が周囲を見渡す。ここは瀬戸際。神端村「っぽい」というだけで帰るチャンスを放り出せるほど、先ほどまで彼女らが感じていた恐怖は軽くなかった。

 

「……ここには無いみたい。わたし、ちょっと村に人がいるか見てくる」

 

 ひなたが咲月にそう言い、村のなかに入ろうとする。それを咲月が止めた。

 

「一緒に行こう。もし『そう』なら一緒に逃げよ」

 

 そう言って、さりげなくひなたの手を握った。二人は近くにあった一つの民家に足を踏み入れた。

 

「誰かいませんかー」

 

 ひなたが扉を開け、声をかける。その声はいつもよりも張りがない。緊張しているのだ。

 家に人はいないようだ。イメージとは違い、中は案外現代的であり、短い廊下の先にある少し空いたガラス戸からブラウン管テレビが覗いている。

 

「人……いないみたいだね」

「うん」

 

 二人がお互いに頷き、次の民家に目を向けたとき————

 

「おーい。どうした?」

 

 彼女らの背後から声が聞こえた。振り返ると、そこには一人の老婆がいた。その老婆は眼を丸くして二人を見ている。

 

「あっ、いえ、実は道に迷ってしまいまして」

 

 咲月が答える。二人は老婆に会ったことで少し安心し、そして同時に警戒した。

「神端村」では、突如おかしくなった村人が主人公である女性を襲っていた。この老婆もそうでないとは言い切れないのだ。

 

「あの……ここはどこなんでしょうか。村のようですが」

 

 咲月が質問をする。

 

「ああ、ここは守妻村だよ。守る妻と書いてかみつま。道に迷ったんだねぇ。それなら村のおっちゃんに頼んで案内させようね」

 

 心当たりがあるのか咲月が地図を見る。ひなたもそれを覗きこんでいる。咲月が指でなぞった先には確かに「守妻村」とあった。実在する村である。

 

「すみません。そうしてもらえると助かります」

 

 二人は安堵した。「やっと帰れる」と考えがシンクロした。

 

「じゃあ、おっちゃんらが帰ってくるまで、私の家に上がっていきなさい」

 

 そうして、居間に通された二人は周りを見渡す。「村落」という言葉から受けるイメージに反して、そこにはクーラーがあり、薄型テレビがあった。

 

「ほー。肝試し。ここらにそんな話がなぁ」

 

 二人はここに来た経緯を老婆に話した。老婆はそれに興味を示したようで、二人にお茶菓子のビスケットを差し出しながら、話をせがんだ。

 

「でも、ここらにそんな幽霊だ神様だなんて話聞いたことないねぇ」

 

 咲月がぴくりと身体を震わせる。その後しばらくして咲月は————

 

「ちょっと、トイレに」

 

 一旦部屋を後にする。トイレに入った咲月はひなたに一つメールを打った。電波はギリギリだが、通っていた。

 その後、咲月は老婆のところに戻った。

 咲月は、この村に独自の信仰があることを事前調査で把握していた。

 

「行くよ。ひなた!」

「うん」

 

 咲月とひなたは示し合わせ、家から逃げ出した。老婆の脚力では若い二人には追いつけないと判断したのだ。しかし、村にいたのは老婆だけではなかった。

 

「活きが良いの。これは良い贄になりそうだ」

 

 老婆の家は、既に村人たちに包囲されていた。

 

 

 

 二人は村人たちに捕まり、老婆の家の地下にある檻に入れられた。そこで、彼女らはある意外な人物と出会った。

 

「なんでここにいるんですか?」

「あなたもここに……」

 

 二人を見て詰めるように話しかけるのは、補助監督の橘だった。咲月とひなたは今までの経緯を彼女に説明する。

 

「……化物を見て逃げてきた、ね。そういうのよく見るんですか?」

 

 二人は首を横に振る。そんな二人を見て、橘は考える。

 

(二人に呪いは見えない。なら、命の危機……? いや、素通りしたらしいからそれはない。ならやっぱりあの森そのものが原因か)

 

 普段呪いが見えない一般人でも、条件を満たせば呪いが見えることがある。それは、自身に命の危機が迫っている場合、そして、主に帳などの結界に起因する特殊な環境下などが挙げられる。

 

「それでどうするんですか? ここから出ないと生贄にされちゃいます」

 

 ひなたが不安げに橘に問う。それを受けた橘は鉄格子の一部分を指差した。

 

「見張りいないんで檻をやすりで削って脱出しようと思ってたんですけど……何分時間が掛かって」

 

 確かに、橘が指さした部分には、やすりで削ったような跡がついていた。しかし、それは表面をちょびっとだけ削っただけで、切断とは程遠かった。

 

「なら、私ピッキングのヤツ持ってきてます」

 

 咲月がそう言うと、靴を脱いでピッキングツールを取り出した。

 

「すごいでしょ? 咲月はなんでも持ってるんです」

 

 ひなたがそう言って胸を張る。橘は少し引いている。

 

「さあ、行きましょう」

 

 咲月が檻の鍵を開け、三人が外に出ようとしたとき。地上に続く階段から足音が聞こえた。

 

「シッ」

 

 橘が口に人差し指を当て、二人を制する。その後、音を立てずに階段に近づき、タックルの構えを取る。不意打ちをするつもりなのだ。

 三人の間に漂う緊張感の合間を、何も知らないカツンカツンという足音が迫ってくる。

 そして、階段を降り切った男の姿が見えた瞬間、橘は全身を男にぶつけた。

 だが————

 

「え?」

 

 読まれていたのか。男はそれを受け止めた。橘の動きを完全に殺す初老の男。そして、橘は壁におもいっきり投げつけられた。

 橘は受身を取るが、すばやく起き上がれない。そんな橘に男がのしかかる。

 

(なんという膂力。流石に体格とミスマッチすぎる————)

 

 せめて顔だけはと腕でガードする橘に、男は無慈悲にも拳を振り下ろす。

 腕が折れそうな衝撃。明らかに体格の範疇を超えていた

 

「ど、どうしよう。咲月」

「と、とりあえず助けるよひなた」

 

 橘にのしかかる男に二人がかりで蹴りを入れる咲月とひなた。だが、男はそれを意にも介さず橘を殴り続ける。

 

「くっそ。離れろ!」

 

 虚勢のように咲月が叫ぶ。その顔は青ざめていた。挙句の果てには、手で無理やり引きはがそうとするが、やはりビクともしない。

 

(このままだと橘さんが死んじゃう。考えろひなた考えろ)

 

 男を蹴りながら、周囲を見渡すひなた。その目に一つのものが映る。すぐさま檻のほうに駆け寄り、ソレを取る。

 

「ひなた……まさか!」

 

 咲月はひなたが拾ったモノを見て、さらに青ざめる。ひなたが握っていたのは、咲月のピッキングツールだった。

 

「……ちょっと借りるね。咲月」

 

 そう言うとひなたは男に駆け寄り、ピッキングツールを逆手に持ち、狙いを定めた。

 

(咲月はわたしをいっぱい救ってくれた。わたしだって————)

 

 震える手を無理矢理止め、ひなたは一息にピッキングツールを突き刺した。

 崩れ落ちる男。彼のうなじにはピッキングツールが深々と突き刺さっていた。それを虚ろな目で見るひなた。

 

「ひ、ひなた……」

 

 数瞬遅れて、ひなたに声をかける咲月。その声は震えていた。

 

「行こう。二人とも。まだ助かったわけじゃない」

 

 倒れた男の下から這い出てきた橘が二人に声をかける。その顔はところどころが腫れている。しかし、二人と決して目が合わないのは、腫れではなく、罪悪感が原因だった。

 

「行こ。ひなた」

 

 咲月はひなたの手を取り、引っ張る。その刺激に我に返ったのか、ひなたの肩がぴくりと脈打ち、咲月に言葉を返す。

 

「うん。咲月」

 

 地下室から外に出た三人。しかし、外はまるで夜のように暗くなっていた。

 

「夜……いつの間に」

(帳! もう脱走を察知されたのか……!)

 

 橘は即座に「帳」が張られたことを察知する。

 

「とにかく。森に入って身を————」

「災穣呪術、土着縛」

 

 土の触手が橘に絡みつく。声の方向を見ると、そこには長髪の青年がいた。

 

「俺は狩衣仙蔵。爺ちゃんからの命令でね。オマエたちを生け捕りにする」

 

 狩衣は手に持った短刀をいじりながら、退屈そうにそう宣言した。

 

「二人とも私に構わず逃げろ!」

 

 橘が叫ぶ。狩衣の気配に気圧されていた咲月たちは、その言葉で我に返った。

 

「でも、橘さんが……」

「君たちではどうにもならない! いいから逃げろ!」

 

 橘は再度二人に言い聞かせる。咲月たちも橘の言う通りに踵を返して走り出した————が。

 

「はぁ。逃げられるわけないじゃん。土着縛土着縛っと」

 

 二人は即座に土の触手に絡めとられた。身動きの取れない二人に歩み寄る狩衣。やはりその顔はつまらなさそう。

 

「オマエらは術師……違うな。呪詛師とかに操られたクチか ならそこのスーツの女か」

 

 狩衣は橘のほうをじろりと睨みつける。

 

「オマエか? 帳を張ったのは。それかさっきの白黒か? 何が目的だ」

「帳のことなんて知らない。それに呪詛師はあんたでしょ」

 

 橘も負けじと言い返す。橘の言葉に狩衣は顔をしかめ、反論しようとする。

 

「とぼけるなよ。オマエらが呪霊を————は?」

 

 狩衣の顔がさらに険しくなり、突然、誰かと話しているようなしぐさをし始めた。そんな狩衣に、三人は不気味さを感じ、言葉を失っていた

 

「あの二人を殺せ!? おいおいあの二人は非術師だぞ爺ちゃん」

 

 咲月たちに向き直り、短刀をしきりに撫でながら何者かと会話を続ける狩衣。

 

「だから、操られてるだけ————はぁわかったよ爺ちゃん」

 

 狩衣の言い争いはしばらく続き、ため息とともに狩衣が折れ、終わったようだ。

 

「恨むなよ」

 

 狩衣は不服そうに短刀を咲月に向け、振り下ろした————

 

「咲月!」

「やめ————」

 

 振り下ろされる死に対して、反射的に目をつぶった咲月。だが、いつまでたってもその身体に刃が通ることはない。

 恐る恐る目を開けるとそこには————

 

「な、に」

 

 一人でに止まった刃があった。狩衣は数歩、後ろにたじろぐ。

 

「なんで……ビビってんのか俺」

 

 狩衣は、刃が止まった理由を理解した。刃は止まったのではなく、止めたのだ。狩衣自身が。狩衣の肉体が、非術師を殺すという行為を否定しているのだ。

 その強烈な拒絶反応は、狩衣に募っていた数々の疑問を爆発させた。

 

(俺。なんで。非術師を。非術師を殺すなんてダメに決まってる。爺ちゃんに言われたから? でも、爺ちゃんは理由を教えてくれなかった。なんで? 爺ちゃんじゃない……?)

 

 狩衣が積み重ねた日々が、呪蟲が見せる幻覚を破綻させていく。

 

(でも、アレは爺ちゃん————いや、思い出せ。爺ちゃんの言葉を。自信を持て————爺ちゃんがあんな簡単に非術師を見捨てるはずがない……!)

 

 狩衣は突如フリーズした後、自分の首に短刀をあてがった。咲月たちを縛っていた土がその力を失う。

 

(もし、今の俺こそが正常なら、いつまた自我を奪われるかわからない。ならば、今までの人生、今までの修行の日々に自信を持て! 俺は爺ちゃんの弟子だ。自分を信じて自分を殺せ……!)

「うおおおおおお」

 

 狩衣仙蔵は一度だけ喉を鳴らすと、短刀を自身の喉に突きだした————

 

「三尸身蟲、極ノ番『(てん)』」

 

 狩衣の背後に突如として現れたのは、白い人型。特級呪霊「神蠱」

 その一言で狩衣は急変する。皮膚の色が変わり、盛り上がり、段々と硬質化していく。それに反比例するかのように人型が薄まっていく。

 変態は急速に行われ、完了した。

 

「これが成体、か。すばらしい……! アレの抵抗には驚いたが、支障は皆無だ」

 

 そこにはもはや狩衣の面影も呪力で投影した白い人型の面影もなかった。全身を外骨格で覆った蟲の呪霊。それが「神蠱」の成体だった。

 極ノ番「転」とは、三尸身蟲を寄生させた一人の人間の全てを用いて自身を孵化させる技。

 その「全て」には————

 

「まずは試し運転、だな。災穣呪術、刺礫」

 

 生得術式さえも含まれる。

 神蠱の周囲に土の塊が浮かび上がる。刺礫は咲月を亡き者にしようと、容赦なく襲いかかった。咲月はそれに反応さえできず、一方的に蜂の巣にされる————

 

「————危ねえ。なんとか、間に合ったかな」

 

 刺礫は、咲月の目前に降ってきた男の前でビタッと停止した。そして、男は神蠱を殴り飛ばした。

 

「仔細は良くわからんが。立派だったぜ。狩衣仙蔵!」

 

 殴り飛ばされた神蠱は素早く受身を取り、前方を見据える。

 遥か上空から降り落ちてきたのは、呪術師だった。

 一級呪術師、白起渡。

 

 

 

「ほらほら、パンピーは逃げて逃げて」

(攻撃が止まった……? やはり種があったか)

 

 神蠱は思考する。目前には得体の知れぬ呪術師。なぜ攻撃が止まるのか。なぜ空から降ってきたのか。謎は増えるばかりだった。

 

「コイツの原理……知りたいか?」

 

 白起は止まった刺礫を拳で薙ぎながら、神蠱にそう問いかける。

 

(術式の開示……! だが、好都合)

「術式の開示か? 良いだろう。殺した後だと術式の正体はわからないのでな」

「呪霊のくせにノリいいね」

 

 両者の思惑が一致し、白起の術式が開示される。

 

「オマエの攻撃を止めていたのは俺との間にある『無限』。アキレスと亀だ。俺への攻撃は、俺に近づくほどに遅くなる。そして、絶対に当たらなくなる。俺の術式は本来至る所にあるその無限を現実に持ってくる『無下限呪術』!」

 

「無下限呪術」最強の呪術師である五条悟が持つ術式。これは、五条家に極々稀に生まれる特異体質、六眼と抱き合わせてこそ、初めて使いこなすことができる。

 だが、白起に六眼は無い。

 

「その『無限』もずっと出していられるわけではないのだろう?」

「ご明察。そうだ。ずっと出してたら脳が焼き切れる。まあ、この戦闘中くらいは出しっぱにできるけどな」

 

 余裕綽々といった雰囲気を見せる白起。だが、白起の開示には嘘が混じっている。六眼の無い白起が無限を展開できる時間は非常に短い。一日に合計百秒ほどしか展開できないのだ。

 それ以上は、戦闘続行が不可能になる。

 

(アレが続くのならば厄介。だが、手駒にさえすれば、あの術式は私のものになる)

 

 自身の術式、「当たらない」という白起の開示、諸々の要素を統合し、神蠱は次の一手を選択した。それは————

 

「領域展開、尸蟲天魔窟!」

 

 当たらないのならば、必中の領域に引きずりこめばいい。

 単純明快、しかし凶悪。「尸蟲天魔窟」は必中必殺の領域展開。相手に領域対策がない場合、領域を展開した時点で勝利は確定する。

 いきなりの切り札。神蠱は白起の慌てふためく姿を想像した、が。

 

「待ってたぜ。術式装填(じゅつしきそうてん)(あお)

 

 実際に見たのは、神蠱との距離を一瞬で詰める呪術師の姿だった。

 

(速い! だが、先ほどの殴打でヤツの呪力出力は確認済み。問題はない。一瞬で良い。この領域が完成しきるまでの一瞬を乗り越えれば勝てる……!)

 

 白起の呪力量は神蠱の四分の一以下。呪力出力もその域を出ない。開幕の殴打は、神蠱を吹き飛ばしはしたものの、ダメージそのものは硬い外骨格のおかげでほとんどなかった。だからこそ、神蠱は領域展開後にできる一瞬の隙を軽視した。

 神蠱は勝利を確信する。

 

「オマエも私の奴隷にしてやるよ。呪術師……!」

 

 白起は自身の術式を弾丸のように解釈する。無限の展開、術式順転、無下限呪術の技すべてをパターン化し、その膨大なパターンを反復によって身体に覚え込ませ、反射神経に組み込み、脳への負荷を極限まで減らすことで、本来は不可能な六眼なしの無下限呪術の運用を可能としているのだ。

 それでも与えられた弾数はたったの十発。それ以上は身体機能に支障をきたす。

 だが、白起はその凄烈なハンデを逆手に取った。

 

「術式装填————」

「なに!?」

 

 白起の術式弾数が限られている原因は、その多大な必要情報処理量による脳への負荷に由来する物理的な問題にある。つまり、呪術的要素だけで見れば、白起は何発でも無下限呪術を使うことができる。

 白起は自身の弾数制限を、「自ら弾数を制限する縛り」と解釈する。

 神蠱が感じ取ったのは、先ほどまでとは比べ物にならないほどに強大な、白起の術式出力。

 

「ま、待て。やめろ!」

「蒼」

 

 白起の指鉄砲の先、すなわち呪霊の胸部周辺に、極めて強力な「吸い込む」反応が出現する。

 すべてを吸い込み、押しつぶす。その「蒼」の出力は、五条悟のソレの二分の一に相当する。それほどまでに規格外な一撃。

 当然、喰らった神蠱はひとたまりもなく押しつぶされて、一抱えの球体と化した。

 

 

 

「……!」

 

 監視用の呪霊が、男に監視対象の消滅を伝える。

 

「どうしたのですか? 夏油様」

 

 菅田真奈美は、一瞬緊張した男に質問をする。夏油様と呼ばれる五条袈裟を着た男は、その質問に優しく答えた。

 

「ああ、神蠱が祓われたようだ」

「まあ、あの神蠱が。相手は件の五条悟ですか?」

 

 自身の主の目的、その最大の障害の名をあげる菅田。しかし、夏油はその考えを「おしい」とおどけたように首を振ることで否定した。

 

「近い。けど違う。神蠱を祓ったのは五条悟と同じ術式を持つ呪術師、白起渡だよ」

 

 菅田に緊張が走る。そんな彼女を見て、夏油は言葉を付け加える。

 

「五条悟ほどの脅威じゃない。彼は六眼を持っていないからね。天と地以上の差があると言っていい」

 

 その言葉に安心したのか。菅田の緊張が少し緩む。夏油は続ける。

 

「神蠱がやられたのは残念だね。アレは私たちの仕込みのおかげで、特級相当の存在になっていた。もし取り込めていたならば、大きな戦力になっていたはずだ。少し、欲をかきすぎたね」

 

 呪霊を取り込み、使役する呪霊操術は、呪霊を取り込んだ時点でその呪霊の成長が終わる。だからこそ、夏油は神蠱を取り込まずに泳がせていた。

 

「けど、ネットを使った呪いの増幅は成功だね。これで我々の戦力をさらに大きくすることができるよ」

「はい! 大きな一歩です」

 

 菅田が夏油に賛同する。

 

「それで? もう一つの方はどうなっているのかな?」

 

 夏油が口角を吊り上げ、菅田に問う。

 

「ええ、被検体も用意できました。いつでも開始できます」

「それは上々。じゃあ、今からやってしまおう。なんだか気になってきた。予定空いてる?」

 

 夏油からの確認に、手慣れた仕草で予定を手繰る菅田。

 

「十五分後に予定が入っています。いつもの「お祓い」です」

「そうか。正直、非術師の猿の相手なんて放っておきたいが、これも大義のためだ。我慢するよ」

「心労、お察しいたします」

 

 そこで二人は話を切り上げて部屋を出る。菅田を後ろに廊下を歩く夏油は、無意識にあの頃へと問いかける。

 

「あの白起が特級を祓うなんてね。賭けは私の勝ちかな。悟」

 




補足
神蠱くんは宿儺の指二本分くらいを想定してます。
極ノ番「転」が良いネーミングを思いつかなかった末なのはナイショ。
菅井真奈美はアレです。夏油の側近っぽいあの女の人です。
術式装填はメカ丸のとは一切関係ないです。名前が似てるだけです。
ちなみに「神端村」の読み方は「かみつまむら」です
というわけでお気に入りや感想、評価をよろしくお願いします。
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