ドフラ好きです…まず声が最高…最の高…コラさんも超いい声だし、あの兄弟の声帯素晴らしすぎると思います。
声は全然関係ない書きたいところ詰め込んだお話。
誰の話なのかわかんなくなってくるけど、ドフラとのお話のつもり。
その『箱庭』は、いつも何かを護っていた。
大事に大事に、まるで壊れやすい硝子細工を扱うように、彼らはそれを大切にしていた。
繊細なんて言葉とは無縁な人物たちの寄せ集めだと思っていたローには不思議で仕方がなかった。
そして同時にとても気になった。
粗暴で乱暴で横暴を体現していると云っても過言ではない彼らが、あんなにも慎重になって一体何を護っているのだろう。
その正体を知らないローにも、彼らの『箱庭』への態度が普通でないことはわかった。
だって彼らはドフラミンゴ以外を『箱庭』に近付けない。
そのうえ、どれだけ海軍に追われて拠点を変えようと、『箱庭』だけは手放さないのだ。
まだ幼かったローは、確かに同世代の中では抜群に頭がよく機転が利いたが、しかしやはり子供だった。
ベビー5やバッファローに唆され、好奇心にも負けて一度だけその『箱庭』に忍び込もうとしたことがある。まだドンキホーテファミリーに入って間もない頃のことだ。もしかしたらドフラミンゴのあの強さの秘密がわかるのかもしれない、とほんの少し期待して。
当然、バレた。
侵入はおろか、『箱庭』に近付くことも、ましてや中を覗き見ることすらも叶わなかった。
別に機会を虎視眈々と狙っていたわけではなかったのだが、たまたまローが一人で拠点をうろついていたとき、ドフラミンゴが『箱庭』から出てくるのを見かけたのだ。
チャンスだ、と思った。
あの『箱庭』にはいつも誰かが目を光らせていて近付こうとしただけで怒られるし、そうでなければドフラミンゴが中にいた。
しかし、ある時気付いたのだ。確かにあの『箱庭』の監視は厳しいが、とある条件に置いてほんの一瞬だけ無防備になる。
それはドフラミンゴが部屋を出て、監視の誰かが来るまでの僅かな時間。たった数分だが、単にあの中を見てみたいだけのローにはその一瞬でも十分な時間だったのだ。
その瞬間は、それに気付いてすぐに訪れた。これを逃したら一生機会がなくなるかもしれない、と思ったローは、珍しく後先考えずに行動に移した。
けれど、瞬間を見計らって『箱庭』に近付こうとした途端、誰かに頭を鷲掴みにされ、そのまま放り投げられた。
落ちる寸前に視界に入ったあのピンク色は間違いなくドフラミンゴのコートだった。気が急いていたせいで、ドフラミンゴがまだ完全に去っていなかったことに気付かなかったのだ。
失敗した、思った時にはもう手遅れだった。
途方もない浮遊感と落下を体感しながら、丁度初めてコラソンに会った時を思い出して腹立たしくなったが、抗議をしようと思って顔を上げた瞬間そんな気は消え失せた。
ファミリーの一員に数えられているメンバーに対しては比較的甘く、ロー自身ドフラミンゴに厳しくされたことはなかった。
そもそもドフラミンゴが大悪党だとわかっていたはずなのに、この時になって漸く彼が恐ろしい男だったことを思い出した。
ドフラミンゴはいつだって笑顔を崩さないが、その笑顔にもいくつか種類がある。
今ローを見下ろすドフラミンゴの笑顔は、途轍もなく冷たいものだった。
「ロー、忠告は一度だけだ」
声までも氷のように冷たくて、笑顔で人を恐怖のどん底に落とせるものなのか、と考えたのは現実逃避だ。あんなもの、まともに受け止めたら精神が崩壊する気がした。
こんなことで彼はローを殺したりはしないだろうが、そんなことを考える余裕はローにはなく、ただ恐怖で身体を強張らせたままで座り込むしか出来ずにいた。
息もし辛い。
なんとかこの場を離れなければ、と思うのに身体はうまく反応してくれない。自分の身体でなくなってしまったような感覚が恐ろしくて、喘ぐように息を無理矢理吸い込んだ、そのときだった。
「ドフィ」
涼やかな声が響いた。
思わずその声の方向に目をやると、そこにはひとりの少女がいた。
人形のような人だった。
透き通った肌と、絹のような髪。
まるでスポットライトでもあたっているように見えるほど、彼女はキラキラとしていた。
「……何故出てきた」
「騒がしかったから」
「もう終わる。中に戻れ」
「ええ」
隠すように彼女を『箱庭』に戻そうとするドフラミンゴの興味はすでにローにはなかった。あとから改めて怒られるのかもしれないが、ひとまず今はお咎めなしで終わりそうだ。
内心ちびりそうなほどビビッていたので、それを悟られる前に逃げ出したいのだが、しかしうまく立ち上がれない。情けないことに、ローは本気で腰を抜かしたのである。
かっこ悪い。
自己嫌悪でちょっぴり泣きそうになっていると、助け舟のように少女が云った。
「ねえ、ドフィ」
「……なんだ」
「まだ子供よ。怒らないであげて」
「怒ってねえさ」
「嘘。怖い顔」
「……ロー、もう行け」
呆れたような諦めたような息をつき、面倒くさそうに手を振られたローは少し……いやかなり驚いた。だってローにとってドフラミンゴは絶対強者で、振り回す側であっても決して振り回される側になるとは思ってもみなかったのだ。
あのコラソンのとんでもないドジにさえ軽く笑ってあしらうだけのドフラミンゴが、あんなローにでも何とかできそうな華奢な少女に手玉に取られているように見えた。
見間違いでなければ、あの小さな綺麗な人は、ドフラミンゴのことを怖がっていないし、今だって楽しそうにコロコロと笑っているではないか。
しかもその笑顔があんまりにも可愛いから、柄にもなくローは惚けてしまった。
恋なんて気持ちはわからない。
故郷も家族も失ったあの日から、ローの心にあるのは憎しみと復讐心だけになっていたはずだった。
けれど、どうしてだろう。
言葉を交わしたわけでもない、ただドフラミンゴと話しているのを眺めただけのあの少女の声と姿が、ローの目に焼き付いて離れなかった。
が、次の瞬間にはサングラスの下から射殺さんばかりの強烈な視線を感じて、本能がヤバいと感じた。これは惚けている場合ではないと判断して、気合で立ち上がって慌てて退散しようと、して。
最後の未練でちらりと、もうほとんど『箱庭』に入っていた彼女を振り返ると。
「さよなら」
人形みたいな人が、手を振った。
それは、ローにとって唯一の『箱庭』の思い出だった。
随分後になって、ロシナンテが彼女の名前だけ教えてくれた。
なんて皮肉な名前だと、ローは思った。
◇◆◇◆
「ロー」
凛と響いたその声は、初めて聴くものだった。
否、正確には全くの初めてではない。
ずっと昔、遠い過去。
もっと幼かったあの声を、ローは一度だけ聴いたことがあった。
「……あんたは」
こんな戦場にはあまりにも場違いな人がいた。
戦塵が舞い血生臭さが漂うはずなのに、しかし不思議と彼女の周りだけ落ち着いているように思えた。
ローがまだドンキホーテ・ファミリーに籍を置いていた頃、たった一度だけ見えたことがあった、あの『箱庭』の住人。
カサンドラ。
今尚『箱庭』にいたであろう彼女が、どうして、こんなところに。
「ひとつ、教えて」
周囲などまるで気にしないような落ち着いた声で、彼女は続けた。
「ロシナンテに逢えて、あなたは幸せだった?」
息が止まる。
静かな視線に射抜かれて、どうしてかローは無性に泣きたくなった。
けれど、泣くより先に言葉が溢れてきた。
「当たり前だ」
それは、だって、愚問だった。
堰を切ったように溢れる言葉は、あまりにも当然の言葉だった。
「幸せだった。幸せだ。おれは、あの人に出逢えて心からよかった」
あの人がいたからまっすぐ立てた。
あの人の優しさが心をくれた。
あの人を想わない日なんてなかった。
あの人に誇れる生き方なんて出来たかどうかはわからないけれど、あの人に出逢えたことを感謝しない日なんてない人生だった。
自分のせいで死なせてしまったとずっと後悔していた。
確かに彼はそもそも海軍のスパイだったが、ローの病気を治すために計画を無理に変更したはずだ。結果、本来まだ潜伏できたはずの期間を棒に振り、あんな惨い死に方をすることになった。
ずっとずっと感謝の言葉を胸の内に秘めていたから、カサンドラの言葉と視線に、思わずすべて零してしまった。
声は震えていたし、多分もう泣いていた。
カサンドラは、ただ静かにローの言葉を聴いていた。
泣いてしまったローを笑うでも慰めるでもなく、ただローの言葉に耳を傾けた。
そうしてすべて吐き出し終わって大きく息を吸ったローに、柔らかく微笑んだ。
「その言葉が聴ければ十分」
心から満足そうな優しい声で、カサンドラは続けた。
「あなたは自由よ」
――どうしてだろう。
「そして、ロシナンテの魂も、また自由なのよ」
もう、無理だった。
少しでも涙を堪えようとしていたのに、もう無理だ。
ずっと前にロシナンテがくれていたはずの言葉は、優しい呪縛となってローの心に残っていた。
彼はローの自由を願ってくれたのに、ローはとっくに自由だったはずなのに、ロシナンテを死なせた罪悪感がローを不自由にしていた。
それらすべてを許された気がして、真綿で首を締めるように緩やかにローの心を苛んでいたものがなくなって、スッと気持ちが軽くなった。
途端、これまで背負ってきたものが涙となってぼろぼろと零れ落ちていった。
ルフィが見ているとか、人前だとか、そんなことどうでもよかった。
ただただ、自分が大切に想う人のことを彼女もまた知っていて、彼も自分も包み込むカサンドラの優しさの前にローは泣いた。
カサンドラは、そんなローを黙って見つめていた。
笑うでもなく、かといってそれ以上の言葉をかけるでもなく。
そうして、ゆっくりとローに背を向ける。
云うべきことはすべて云った。
ドフラミンゴはカサンドラに過保護だったが、自分以外を近付けなかったわけではない。他のファミリーが遠慮してしまっただけで、彼らが望むならば彼女に会うことは許可していただろう。
ロシナンテは、数少ないドフラミンゴ以外の訪問者だった。
もっとも、ドフラミンゴたちはロシナンテが本当は話せることを知らなかったわけなので、ただ同じ空間にいるだけだと思っていたようだが、実際は違う。
ロシナンテの能力を使って周囲から音を遮断した状態で、カサンドラとロシナンテは言葉を交わしていた。
もともと、カサンドラの前に嘘は通用しない。だからこそ早い時期に白状してしまった方が早いとロシナンテも思ったのだろう。
どうせいつかバラされるなら、可能性があるなら先に殺してしまおうとさえ思っていた。
けれどそんなロシナンテの疑いは、結果的に杞憂となった。
すべてを話したロシナンテを、カサンドラは優しい男だと思った。
そして、同時にどうしようもないほど彼は正義の人だとも思った。
どうして同じ兄弟でこんなにも違うのだろうと思ったものだが、違うものは仕方がない。
けれど、カサンドラはロシナンテの裏切りをドフラミンゴに伝えようとは思わなかった。
告げ口したらロシナンテに殺されるからではない。
彼女の心が、告げるべきではないと叫んでいたからだ。
それが、いつかドフラミンゴもロシナンテを苦しめるとわかっていたけれど。
束の間。
その"いつか"が来るまでは、せめて、ふたりには争わないで欲しかったから。
形は違えど、カサンドラにとってもロシナンテは大切な人だった。
大切な人の、大切にしたい人の、大切な人だった。
彼がファミリーを去ったときも、殺されたときも、カサンドラは『箱庭』にいた。
その未来を知っていた。
確定していた"いつか"だった。
ローが悲しむことも、ロシナンテが苦しむことも、ドフラミンゴが傷付くことも知っていた。
けれどそれが自分にはどうしようもないことだということも、カサンドラは痛いほどわかっていた。
しかし、その時ドフラミンゴの傍には自分がいたけれど、ロシナンテを失ったローには一体何があったのだろう。
一度しか見かけたことのない子供だった。
あの日、『箱庭』でドフラミンゴに怒られて腰を抜かしていた子供が、しばらくしてロシナンテに連れ出されたと聞いて長年気掛かりだった。
ドフラミンゴの強さと凶悪さに憧れてやってきたという話だったし、ロシナンテは真逆のタイプだからうまくやっていけているのか心配だったのだ。
しかし、そんな心配は必要なかったらしい。
ロシナンテはローを大事にしていたから、お互いがお互いを大切に想っていたのだとわかって、カサンドラは本当に安心したのだ。
――これで漸く、前に進める。
ローに背を向け、散歩にでも行くように当たり前に足を向けたその先にあるのは、ドフラミンゴが倒れている場所だった。
「……待ってくれ」
咄嗟だった。
涙は止まらないままだが、彼女をこのまま行かせてはいけないとローは思った。
「駄目だ。あんたは何も関係ないはずだ」
「関係ない? どうして?」
立ち止まったカサンドラが、不思議そうに首を傾げる。
本当に不思議そうにきょとんとするから、一瞬呆気に取られてしまったが、そんな場合じゃないと頭を振って声を上げた。
「だって、あんたは何もしていないはずだ!」
「そう、私は何もしていない」
凛とした声だった。
「誰かが傷付いても、誰かが死んでも。何かを奪っても、何かを奪われても。目の前で、自分の大切な人たちがやっていることを、ただ見ていただけ」
淡々と口にされたことに、ローは息が詰まった。
「それ、は」
「大切に大事にされて、それを私は受け入れた。その時点で、彼らの罪は私の罪」
絶句した。
それ以上の言葉が出ないローに、カサンドラは最後の追い打ちをかけた。
「何もしなかったことが、私の最大の罪」
――まるで、すべてを覚悟したようなカサンドラの声は、まっすぐにローに届いた。
「生きてね、ロー。ロシナンテの分まで」
……違う。
違うのだ。
こんなのはローは望んではいなかった。
自分を解放して、大切な人の魂まで救ってくれたカサンドラを、むざむざ死地に向かわせるなんて馬鹿な真似は。
「待ってくれ、行くな、行くなよ!」
子どもの我儘のように繰り返すローに、カサンドラは、そっと。
「ねえ、だって」
微笑む。
優しく。
柔らかく。
だけど、今にも泣き出しそうな顔で。
「私がいなくなったら、あの人、ひとりぼっちになってしまう」
あの『箱庭』は、幼いローには檻にしか見えなかったのだろう。
確かにそんな役割も果たしていたかもしれないが、本来は別の理由で作られた。
カサンドラは悪魔の実の能力者ではなかった。しかし生まれつき特殊な能力を持っていて、そのせいで家族に捨てられた。
幼くして捨てられた意味を悟っていたカサンドラは生きる気力もなく、捨てられてからまともに動きもせず、瀕死になっていたところを気まぐれで拾い上げたのがドフラミンゴだった。
それが、ふたりの出会いだ。
偶然がふたりを結び付け、ふたりが望んだからずっとふたりは傍にいた。
けれど特殊な能力を持つが故にカサンドラをただ傍に置くことは出来ず、苦肉の策があの『箱庭』だったのだ。
『箱庭』は檻だがカサンドラを縛り付けるものではなく、カサンドラを護るためにあった。
そしてドフラミンゴが大切にするものを大切にするのはファミリーにとって当たり前で、だからこそ少し離れたところから見るとその様子は異常に見えてしまったのかもしれない。丁度、昔のローが感じたように。
「世界中があの人の敵になるのなら、私だけはあの人の味方でいる」
ドフラミンゴがカサンドラだけの為に用意したのが、あの『箱庭』だった。
どんなに狭くとも、自由に歩き回れなくとも、あの『箱庭』がカサンドラの世界ですべてだった。
不満なんてなかった。
時間を見つけてドフラミンゴが会いに来てくれたし、暇をつぶす方法ならいくらでもあったから。
喜怒哀楽も幸も不幸も、カサンドラのすべてはそこにあった。
カサンドラにとって、ドフラミンゴがすべてだった。
何にも持っていないけれど、何もないなりに心はある。
欲しいものは何もない。
夢なんて見たこともない。
――ああ、けれど。
――あの人の傍に居ること。
「 それが、たったひとつの私の望み 」
ローは涙が止まらなかった。
彼女を引き留めたいのに、彼女を引き留めるための言葉が出てこない。代わりに嗚咽が零れて、頬は涙が滝のように流れている。
カサンドラの決意は、きっと固い。
幼い頃、一度だけ逢ったことのある人だった。
それなのに、どうしてこんなにも彼女を愛おしく思うのか、ロー自身にもわからない。
けれど、どうしても行ってほしくないという気持ちだけは確かに彼の胸の中にあるのだ。
綺麗な人。
『箱庭』の人。
――宝物。
小さくなっていく彼女の背中をただ見つめることしかできなくて、その先が破滅しかないことがわかっているのに、どうして彼女は進んでしまうのだろうと思った。
きっと自分のほうが彼女を大切にできる。幸せにできる。自分なら閉じ込めたりしない。
それなのに。
……それでも彼女が選ぶのは自分ではないのだろう。
――あの綺麗な瞳に映るのは、いつだって自分ではなく。
ただの一度も振り返ることなく、カサンドラはローの前から姿を消した。
それが、ローが見た最後のカサンドラの姿だった。
◇◆◇◆
崩れかけの、地下工場。
巨体を横たわらせたままのドフラミンゴの隣に、カサンドラはそっと腰を下ろした。
「逃げろと云ったろう」
「酷い人。今更私が逃げられるはずないのに」
もうじき海軍が大勢やってくるだろう。
散々悪事を働いた大悪党が倒れているのだ。すでに王下七武海ではないドフラミンゴを護るものなど、もう何もないのだから。
この機を逃すほど、海軍も間抜けではない。
「馬鹿な女だ」
「馬鹿でいいの。傍に居られるなら」
「……馬鹿なことを。せっかく逃げ出すチャンスだったものをなあ」
いつものようにくつくつと笑うドフラミンゴの頬に、カサンドラは触れた。
狂ったように笑顔しか浮かべない男の顔が、ピタリと固まった。
「ねえ、強情張るの、やめたら」
「…………」
「本当は私が逃げたら寂しくて仕方ないくせに、どうしてこんなときくらい素直になれないの」
「……うるせえ」
「もう十分格好悪い姿晒してるのよ。これ以上格好悪いことなんてないんだから、素直に云ってしまえばいいのよ」
「……随分と饒舌だな」
「だって、もう隠れる意味なんてなくなったんだもの」
「……そうか」
「だから、私ももう隠さない。私はあなたの傍に居るし、離れないと決めた」
ドレスローザがこうなってしまった以上、『箱庭』に意味などない。
だったら、もう『箱庭』はいらない。
どれだけ大変でも、『箱庭』から出ないとこの人と一緒に居られないのなら、『箱庭』にいる意味なんてないのだから。
そんなカサンドラの言葉に、ドフラミンゴは珍しく自嘲気味の笑みを浮かべた。
「は、二人揃って監獄送りか」
「そうよ。もし私に罪が足りないというのなら、今すぐ誰かを殺してくるわ。一人かしら、二人かしら。十でも百でも万でも億でも、あなたの罪に見合うまで、いくらでも殺すわ」
「……馬鹿野郎、似合わねえことは云うな」
「ごめんなさい」
これっぽっちも悪びれない謝罪には呆れたが、そういえば実はこういう女だったと気付いて思わずドフラミンゴはため息をついた。
吹けば飛びそうなほど華奢で、虫一匹にも怯えそうなこの女は、しかしなかなかどうして芯が強い。
こうと決めたら絶対に曲げない女だと、ドフラミンゴは知っていた。
だから、その気になったら本気で手当たり次第人殺しでもなんでもしでかすのだろう。
様子が容易に想像できて、少しばかり面白くなった。
清廉潔白を絵にかいたようなこの女が、その手を血塗れにするのも悪くない。
「……おれの行く先は、地獄だぞ」
「そうかもしれないわね」
「いつかきっと後悔するぞ」
「そうかもしれないわね」
「おれを恨むようになるだろうな」
「そうかもしれないわね」
「それに、」
「だから何? それは私があなたから離れる理由にはなり得ない」
「――……」
「いい加減、諦めて頂戴」
――私が傍に居ることを、もう諦めて。
眩しい、目が眩みそうになる。
思えば、昔からそうだったのだ。
本当は自分だって辛い過去を背負っているくせに、カサンドラがドフラミンゴに向ける表情は、いつだって太陽のように明るかった。
「……カーサ」
名前を呼ぶ。
「はい」
返事がある。
「……こうなってもまだ、おれのものでいてくれるのか」
「何を今更」
「……そうか」
「そうよ」
当たり前だと頷くカサンドラに、ドフラミンゴはゆっくりと目蓋を下ろした。
世界中が憎くて憎くて仕方なくて、目につく全てを破壊したかった。
しかし世界は思いのほか大きいので、すぐに世界をぶち壊すことは不可能だとわかってしまったドフラミンゴは、ならばじっくりと壊せばいいのだと結論付けた。
力を付けて地盤を固めて、それから嬲るように世界を壊す。
そう願っていたはずの男の、たったひとつの光がカサンドラだった。
ずっと昔に気まぐれ拾っただけの、不幸な少女。
飽きたら捨てようと思っていたのに、ドフラミンゴが彼女に飽きる日は今日まで終ぞ来なかった。
小さな『箱庭』に文句の一つも云わず、不自由な生活に不満など零さず、その能力故に経験した不幸を嘆くこともしない。
変な女だと思ったのと、面白いと思ったのはきっと同時だった。
「なら、仕方ねえなぁ」
「そう、仕方ないの」
時間を見つけては会いに行って、多くを話すわけでもなく、ただ少しだけ触れて、少しだけ言葉を交わして、それで終わり。
意味を持たないこの時間が、ドフラミンゴの心に安らぎを与えると気付いたのは、随分と後のことだった。
「おれのものなら、一緒に行かなくちゃあなぁ」
もう身体はまともに動かないけれど、腕くらいは動く。
みっともないとは思いながら、カサンドラの云うようにすでにボロ負けして格好なんて今更つかないのだ。気にせずに震える腕をカサンドラに伸ばした。
すると、当然のようにカサンドラはその手に触れて、しっかりと握る。
「ええ、あなたと一緒なら、世界の果てへでもついて行くわ」
――だって、あなたの隣が、私の世界なのだから。
(檻など)
(とっくの昔に)
+++++
あの最後のシーンで、こんなにドフラにしゃべってる余裕があるのかっていう。こんだけしゃべれたら元気に逃げてるんじゃないかなとか思ったけど、逆にもう捕まる気だったのかなーとかも思ったり。
ドフラ大好きです。
なんでこんなにローが出張ってるのかと割と自分でも謎なんですが、最初にこの話を考え始めた時から、この役割はローだなって思ってたんだよな~。まぁ、ベビー5とかバッファローにはやらせられないしね…はは…
とりあえず楽しかったー!
ちなみにカサンドラは、イタリア語で『不吉』とか『破局』という意味で使われる言葉です。