暑すぎる。
夏島の夏ということを加味しても、これは異常な熱さだ。もはや熱帯、人類の住んでいい気温じゃない。
気まぐれでナワバリにしたこの島、基本的には最高なんだけど、この時期だけはここをナワバリにして失敗だったかな、と本気で思う。
何せめちゃくちゃに暑いのだ。
普段は何の問題もないのだけど、夏の一時期、そう、ちょうど今の時期だけ、とんでもなく暑くなる。
こっちは身体が資本の海賊業で生きててそれなりに体力にも自信があるのに、マジでこの時期はしんどい。例年ピークは一週間ほど続くようで、去年はたまたまピーク時に航海に出てたから、二年ぶりの激熱期にぶち当たり、私は見事に参ってしまった。
仲間たちも似たようなもので、誰か一人でも涼しい海域に逃げようと云ってくれたら頑張ったかもしれないけれど、そんな気力もないほどに暑さにやられてしまっている。熱中症とまではいかずとも、ほとんどそんな感じだ。
もし今この島を攻めてくる奴らがいたら、あっけなく負けてしまうかもしれない。せっかくのナワバリなのだ、しっかり守らなければ、威厳を見せなければ、と思うのに、身体は思うようにはいかない。
暑い。死ぬ。ぐったりと日陰で冷たい飲み物を飲んでいる今が一番幸せ。
ちなみにこの飲み物は、島の酒場のマスターが差し入れてくれた。暑さにやられてぐったりとしている私たちを見て、見るに見かねたらしい。笑いながらたくさんの飲み物を運んできてくれたマスターには頭が上がらないので、元気になったらまたパーッとみんなで宴をしよう、と約束しておいた。元気になったらね。
しかしおかげで多少は元気になってきた。冷たい飲み物で身体を冷やせたからだろう。
とはいえ張り切って仕事をする気にはなれず、船尾の日陰でぼーっとしていたときだった。
「元気ないねぇ」
「……青キジ?」
「やっほー、来ちゃった」
声の方向を見ると、そこには青キジが。
いやそこ船の外なんだけど。不審に思ったけど、そういえばこいつはヒエヒエの実の能力者で、普段の移動はチャリに乗って海上を凍らせているのだ。その応用で、海を凍らせてここまで登ってきたのだろう。便利な能力だ。
改めて考えるけど、能力者のくせに単身生身で海を往来するってどんなメンタル? 非能力者の私ですらそんなことしたくないのに。やっぱ海軍大将ともなると頭がイカれてるのかもしれない。
ていうか、暇なの? 大将ってこんなにふらふらしてていいもんなの? 海軍の事情とかは知らないし興味もないけど、私ら海賊ですらそれなりに偉いと書類仕事が多くなるんだから、海軍なんてもっと細かく仕事があると思うんだけど。実は干されてるんだろうか。
「あっついなー。ここ、夏島でも涼しいほうだと思ってたのに、ちゃんと暑いんだなぁ」
なんて私がかなり失礼なことを考えているとはつゆにも思わない青キジは、しれっとそのまま船に上がってこちらに近付いてきた。
おい勝手に人の船に、と文句を云ってやるつもりだったのだけれど、ふと気付く。
なんだか、冷たい空気が流れてきた。
さっきまで湿気を含んだ生ぬるい空気が肌に張り付いて気持ち悪かったのに。
その冷気の方向には青キジ。
そうして納得する。
そうだ、この男はヒエヒエの実を食べた氷人間。しかも、直前まで氷を操っていたわけで。
暑いとは云いながらもそこまで汗もかいていないし、もしかしたら常に体温は低く保っているのかもしれない。
なるほど、と考えた私は、おそらく暑さに頭がやられていたのだと思う。
何やらぶつくさ云いながらこちらに歩いてきた青キジの手を取り、迷わず自分の頬に押し当てた。
「へ、ぁ?」
「うわぁ、すずしー……」
思った通り。青キジの手は、ひやりとしていた。氷に直接触れるほどの刺すような冷たさではなく、心地よい冷たさ。いくら冷たい飲み物で多少回復していたとはいえ、まだまだ暑い外気にさらされていた私にはたまらない冷たさだった。
もしやと思って顔を上げ、呆然とした様子で固まっている青キジにぺたぺたと遠慮なく触ってみると、やっぱりどこもかしくもひんやりと冷たい。
これはもう、抱き着くしかなかった。
「え、や、ちょ、お、お前さん、正気……?」
「何が……」
「だってよ、こんなぴったりくっついちゃって、ほら、誰かに見られたら誤解されちゃったりなんかするかもしれねぇだろ!?」
慌てる青キジはちょっと面白いけど、今はそんなことより涼しさのほうが大事だ。
ていうか、いい年こいて女に抱き着かれたくらいで何をそんなに慌ててるんだ、この男は。見た目は悪くないし、性格もまぁクソ野郎ではないし、立場もお金もあるんだから、青キジはモテるだろう。それなりに遊んでいるような発言も散見されるし、別に女慣れしてないってわけでもないと思う。だから、私に抱き着かれたくらいでガタガタ云うんじゃないよ。
私だって海賊だ。生き延びるためには使える手は使ったし、今更綺麗な身体というつもりもない。必要とあらば男でも女でも相手にしたことは何度もあるので、正直誰かに抱き着く程度で照れたりはしない。
しかも、今の青キジは人というよりももう冷たい抱き枕にしか思えないのだ。
ちょうどいい冷たさ、ちょうどいい抱き心地。控えめに云って最高。このまま寝たいくらい。
「どうでもいい」
「え?」
「そんなんどうでもいい。涼しい。私から離れないで」
だってとても暑いのだ。
せっかくこんな涼しい抱き枕を手に入れたのに、すぐに手放したくなんてない。
顔も見ずにはっきりと云えば、ごくり、と息を飲んだような音がした。
「……んなこと云われて、離れられるわけないよなぁ?」
少し低い、いつもの飄々とした雰囲気がなくなった青キジの声。
そうして、ひょいと抱き上げられた私は、気付けば青キジの膝の上に横抱きにされていた。いわゆるお姫様抱っこである。しかもしっかりと抱え込むように抱き締められているから、さきほど自分から抱き着いていたよりもずっと密着している。それがまた涼しくて。
実を云うと、ここ数日、あまりの暑さにほとんど眠れていなかった。いろいろ対策はとってみたもののどれもこれもまともな効果は得られず、蒸し暑さの中漸く眠れたと思えば寝苦しさに目を覚まし、というのを一晩で何度も繰り返してしまい、逆に体力が削られていた。
だから、この青キジのちょうどいい冷たさに、私は溜まっていた眠気を引っ張り出されてしまい。
「……え、あれ? まさか」
驚いたように青キジが呟く。
でも、私はその言葉に反応してやることも出来ず。
「すー……」
何故なら、急激に襲われた眠気に、抗うことが出来なかったのだ。
だって涼しいんだもん。
「ね、寝てる……!?!?」
うそだろ、という声は聞こえた。
でも、すでに私は意識を手放していて、うそじゃないよ、と返すことは出来なかったのである。
ひんやり抱き枕、最高。
◇◆◇◆
「うそだろ!!」
悲鳴のような声を上げてみたけれど、うそじゃないらしい。彼女はおれの膝の上でおれの胸を枕に、すやすやと寝息を立てている。
いや嘘だろ。
仮にもおれは海軍大将、そして彼女は海賊。
追いまわしながらも捕まえようとしてないおれが云うのはなんだけど、立場ってもんがあるでしょーよ。
しかしぐっすりと眠ってしまった彼女を起こす気にもなれず、どうしたものかと考えていると。
「あ、青キジの旦那ちーっす」
「へぁ!?」
「うける。あんたでもそういうとんちきな声上げんだね」
ケラケラと楽しそうな声を上げて笑うのは、よくこの子と一緒にいる男。おそらく副船長なのだろう、と思う。
ゴホンと咳払いをしてこんな様子を見られたことを誤魔化すが、彼は何も気にしていないようにひょいと彼女の寝顔を覗き込んで笑った。というか表情を取り繕ったところで、膝の上にこの子がいるという事実は変わらない。
「あー、船長に用事だったんだけど、寝ちゃったかぁ。んじゃ、その人起きたらそのまま休んでていいって伝えてもらえます?」
「……そりゃあ、構わねぇが」
まるでこの状況を楽しんでいるかのような彼の表情に、少し疑問が首をもたげる。
いや、そもそもおれがこの子を抱き上げたんだけども。
「いいのか? おたくの船長、おれが捕まえちまうかもよ?」
「捕まえる気ならとっくの昔に捕まえてるでしょ」
あっさりと云って笑う。
それは、おれにこの子を捕まえる気がないというのがバレバレなようで、面白くない。まぁ実際、その通りっちゃその通りなんだけど。
おれが元帥に言い渡された任務は、この子および海賊団の監視だ。捕縛しろだとか、消せだとか、そういうことは何も云われていない。ただ居場所だけは常に把握しておくように、と妙な任務内容に疑問を持ったがそれを口にするほど愚かではなかった。
面倒だなぁと思いながら請け負った任務だったけれど、実際彼女を見てみたら、なかなかどうして面白い。
海賊というわりに悪さはせず、どちらかというと性質的には海軍寄りなのではないかという行動が多く見えるのに、海軍嫌いなのはすぐに分かった。というか初対面の時に普通に殺されそうになった。ま、おれは強いから殺されずに済んだけど、あの殺気は本物だった。
おれは何か恨みを買うようなことをしたか、と問えば、彼女は無表情でこう云ったのだ。
『別に。ただ、海軍が嫌いなだけ』
いっそ清々しかった。逆に好感が持てた。
以来おれは、任務であることを時々忘れながらも彼女を追いまわしている。
だって彼女は面白い。
海軍は嫌いだと云いながら、結局おれを殺せずにいるのだ。顔を合わせるなり戦ったのは最初の数回だけで、あとはおれには敵わないと悟ったのか諦めたのか、挑んでくることもなくなった。そのうえ、調子に乗ったおれが船にお邪魔しても、迷惑そうな顔をしながら追い出すこともしなくなった。
会話だっていつしか棘のない言葉で交わせるようになったし、心を開いてくれたのだろうと、おれは、少しだけ自惚れていた。
前に彼女が所属していた海賊団を壊滅に追いやったのは一体何年前のことだっただろう。その間におれは大将にまでなって、彼女はいつの間にか自分の海賊団を立ち上げて、立場というだけなら随分と変わった。
けれど、心地よい距離感はそのままで。
彼女をただの観察対象として見ていない自分に気付いたのは、いつの頃からか。
少し感慨深くなって彼女を見ていると、ふと、先ほどまでおかしそうに笑っていた男が、静かに口を開いた。
「おれらはどうしようもないから海賊やってるけどさ、その人は違う。本当は海賊なんか向いてないんだ」
「…………」
「でも、きっとおれたちのせいで海賊をやめられないだけなんだよね」
海賊が向いていない、というのは同意できる。何せ彼女はあまりにも優しくて、どうしようもないほどに甘い。敵対しているはずのおれの腕の中で寝てしまうなんて、とてもじゃないが海賊のやることじゃない。
こうして眠る彼女は、ただの可愛い女の子にしか見えない。まぁいかついサングラスは女の子らしくはないけれど。
そういえば、どうして彼女は海賊なんてやっているのだろう。
「青キジの旦那さ、その人のこと、気に入ってるんだろ?」
その問いには答えることが出来ず黙っていると、彼は気にしない様子で続けた。
「だったら、頼むよ。その人を傷つけないでやってほしい」
それはまるで、懇願のようで。
彼女と彼らの関係性を、おれは知らない。
ただ、強い絆で結ばれているということだけは、見ているだけでもわかった。
羨ましいと、少しだけ思う。
追うものと追われるものという立場のおれには、到底望めない関係だから。
「……約束は出来ねぇ」
「はは、だよな。だってあんたは海軍だもん、海賊の頼みなんかきいてやる義理はねぇよな」
「いや、そういうことじゃ」
皮肉げもなく笑い飛ばした彼に思わず訂正を入れようとしたとき、膝の上にいた彼女が小さく声を上げてギクリとした。慌てて下を見ると、彼女は目を擦りながら身体を起こす。話し声で起こしてしまったらしい。
しまったな、と己の失敗を反省していると、眠りに落ちる前まではいなかった彼が傍にいた彼に気付いたようだ。
「……ラズロ?」
「おう、起きたか船長。今日はもうみーんな死んでて仕事にならんから、あんたももう休んでいいぜ」
「んー……」
「じゃ、伝えたからな。あとよろしく」
ひらひらと手を振り、彼は去って行った。いいのか、船長ほっぽって。
まだ眠たそうに眼をこすっていた彼女は、うんと大きく伸びをした。座ったままで寝て身体が痛いのだろう。いっそ寝転がって添い寝してやればよかったのか、などとちょっと血迷ったことを考えていると、またぽすんとおれの胸に寄りかかって彼女は云った。まだ眠気から完全には解放されていないらしい。
「あー……ごめん、寝てたぁ」
「や、まぁ、うたた寝程度の時間だったから、気になさんな」
「助かったよ、ありがと」
寝起きだからだろうか。いつもよりも随分素直な態度に、少しどぎまぎしてしまう。普段のつんけんした態度に慣れすぎていたので、あっさりとお礼なんて云われるとどういう顔をしたらいいのかわからない。この体勢で助かった。彼女が見上げない限り、おれの顔を見られる心配がないから。
そんなおれの葛藤を知る由もない彼女は、相変わらずおれにくっつきながらしみじみと云った。
「やー、ほんっとーにあんたがいると涼しいね。助かる~」
「ま、氷人間だからね」
「暑い日めちゃくちゃ便利じゃん」
「冷房代わりにされるのは勘弁だ」
「あ、ごめん。私思いっきり冷たい抱き枕だと思ってた」
「お前さんはいいよ、特別だし」
咄嗟に出てきた言葉に、自分で驚いた。
特別だ、なんて。
それじゃ、まるで。
思わず口元を抑えて黙ったおれに、彼女は何も云わない。
沈黙。
気まずい。
どうしたものかと悩んでいると、不意に彼女が困惑気味におれを呼んだ。
「あー、青キジ」
「ん?」
「その、そろそろ降ろしてくれるとありがたい」
「なんで今更」
「……当たってる」
云われて気付く。
あ、あー。スミマセン。ゴメンナサイ。ボク男ノ子ナモノデ。
片言に言い訳をして大人しく彼女を降ろすと、ちょっと気まずそうに頬を掻いていた彼女が、思いついたように両手を叩いた。え、何。そうしてまるでいい案だとでも云うように晴れやかな顔をおれに向ける。は、可愛いかよ。
「ああ、それか、一回くらい相手しようか?」
「は?」
「私ばっかり良い思いして申し訳ないとは思うし……ああいや、あんたにも好みがあるだろうし、私じゃなくてここの娼館でも融通したほうがいいか」
しかし飛び出てきた発言がとんでもなさすぎて、さすがのおれも度肝を抜かれた。
相手をする?
彼女が、おれの?
この様子じゃトランプや腕相撲の相手ではないだろう。
普通に考えて、夜のお相手のことだ。
いきなりのことすぎて思考が追い付かないおれを置いてきぼりに、勝手に納得したようにどんどん彼女は話を進める。いや娼館なんか融通されても行かねぇよ。
本来なら、喜ぶべきところなのだと思う。
憎からず思っている相手から夜のお誘い。男ならこれをチャンスととらえないわけがない。
けれど。
だけど。
――無性に、イラっとしてしまったのだ。
「いらない」
「あ、そう? じゃあやっぱ私にしとく?」
「だから、そうじゃなく」
つい、声を荒げてしまった。
ハッとしたが時すでに遅し。少しばかりばつの悪そうな顔でおれを見る彼女はなんだか小さな子供のように見えて、胸が痛い。
おれは手を伸ばし、彼女の頬に触れた。
柔らかく滑らかで、吸い付くような瑞々しい肌。サングラス越しにこちらを見上げる彼女は、あまりにも美しい。
――ああ、彼女をこの手に抱けたら、どれだけ気持ちいいのだろう。
けれどそれは出来ない。
おれにとってこの子は観察対象なのだ。本来、こうして言葉を交わすのですら任務としては失敗に等しいのに、彼女相手に劣情を抱くなんてもっての他すぎる。
おれはあらゆる感情を腹の底に押し込めて、ただ、これだけは云わねばならないと思い口を開いた。
「もっと自分を大事にしなさいよ」
これまで彼女が誰を相手に何をしたのかなんて、考えたくもない。
だけど、この様子を見るに、珍しいことではなかったことが伺える。
吐き気がした。
彼女にではなく、彼女がそうせざるを得なかったその状況に。
すると彼女は、驚いたようにおれを見たあと――何かを嘲笑うかのように、噴き出した。
「海軍のあんたにそんなこと云われるとは思ってもなかった」
「――どういう」
「だって私を見張ってろって命令出してるの、天竜人でしょ」
息を飲んだ。
その発言に対してもそうだけれど、明らかに嫌悪感を含んだ声に心臓をわしづかみされたような気分になって彼女を見る。すると、少しだけ表情を和らげて彼女は続けた。
「その様子じゃ、理由は知らないみたいね」
「なんで、お前さんはそれを」
「むしろ無理やりにでも手籠めにして子供作れくらいは云われてると思ってた。あいつらが私を人間とは思ってないなんてとっくの昔に知ってたし。まぁ、それにしてもあんたは私に何もしてこなかったから、おかしいとは思ってたけど」
「何――……」
「動物みたいに死ぬまで孕ませて子供産ませるって考えにはならなかったんだね。ちょっと意外」
肩を竦めて笑いながら云う内容じゃない。
だけど彼女は、まるで今日の天気を話すような、夕飯のメニューを決めるような気軽さで笑うのだ。
おぞましい、吐き気のするようなことを、――恐ろしいまでの実感を持って。
言葉を失ったおれをよそに、彼女はゆっくりとサングラスを外した。
夜でも室内でも外すことのなかった、そのサングラスの奥には、信じられないほど美しい瞳。何色と表現すればいいのか、透明感のある黒は青にも紫にも見えて、計算された水彩絵の具を交ぜたような表現しがたい輝きを持っている。
初めて見たその瞳に、おれは場違いにも見惚れてしまった。
そうして、柔らかく、だけど少しだけ泣きそうな顔で、彼女は云う。
「ばいばい、青キジ。あんたのことは、そんなに嫌いじゃなかったよ」
そう彼女が云った瞬間、おれの意識は遠のいた。
抗いようのない倦怠感、目を開けていられないほどの眩暈、それから猛烈な眠気。
ここで眠っては駄目だと思う。
そうしたら、次に目を開けたときに、二度と彼女に会えないような、そんな気がした。
だけど、どうしても――駄目で。
ハッと気が付くと、おれはベッドの上にいた。
見慣れない天井、嗅ぎなれないにおい。
慌てて飛び起きて外に出ると、ここは彼女らのナワバリの島の宿屋だった。
宿屋の主人をとっつ構えて話を聞けば、おれをここに連れてきたのは彼女だったという。もちろん彼女一人でおれの身体を運べはしないので、ラズロと呼ばれていたあの部下も一緒に。
そうしておれをここに預けて、二度とここには戻らないと云って船に乗ったそうだ。
それを聞いて愕然とした。
意味が分からない。
だってここは彼女のナワバリ。随分と気に入っている様子だったし、島の住人もみんな彼女を慕っていた。
それなのに、どうしていきなり。
考えて、気付く。
「――おれか」
彼女はおれから逃げたのだ。
上からの命令で彼女を見張り続けていたおれから逃げるために、二度とここには戻らない決意をしたのだ。
おれの、せい。
「……参ったね、どうも」
ひとまず世話になった礼を云い、必要ないと云われたけれど代金に上乗せした金額を渡しておれは本部に戻った。
任務失敗。さて、お上はおれをどう処分するのだろう。