東方拾憶録【完結】   作:puc119

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第35話~聞きたくない言葉~

 

 

 熊は怖い。

 世界一有名な下半身丸出しの黄色いあの熊なんかは獰猛さの欠片も見受けられないが、野生の熊は獰猛そのものだ。目が合えば殴られ、噛み付かれ、叩き殺される。野生の力はそれほどにすごい。正直、理不尽しか感じない。

 

 あの熊畜生との修行を始めてから、既に30年。10年ほど前に第二段階へと移行し、漸く実践に近づくことができた。

 けれども熊は強い。ちょっとやめてほしいほどに強い。1tを超えているであろう体重から放たれた拳を受ければ、もちろん死ぬ。畜生にとってのジャブを受けても即死だ。

 さらに厄介なことに、あの畜生はやたらとトリッキーだった。ローリング・ソバットやフォーリャ、ネリチャギなどなど、魅せつけながら殺してくれる。サーカス行けよ。絶対、人気者になれるからさ。

 

 つまり、だ。第二段階へ移行したは良いものの、そこからの進展が全く無いってのが現状。

 

 畜生の隙をつき霊力を込めた、渾身の右ストレートは軽く受け止められ、代わりに風を切る畜生の右ストレートを受け死ぬ。

 霊弾なんかも試してはみたが、如何せん弾速は残念で、威力も悲しくなる程度のものしか放つことができない。

 

 

 10年だ。

 10年もの間、戦い続けてこの有様だ。

 

 そりゃあ、いきなり強くなれるとかそういう事は思わないが、もう少しくらい成長してくれても良いじゃないか。

 この30年間で、あの畜生に殺された回数は万を超える。それだけの犠牲をもってしても、俺の拳は畜生へ届かない。動きは多少見切れるようになってきたと思う。けれどもその先へ行くことができない。

 

「ホント、どうすっかね……」

 

 もう何度目なのかわからない、いつもと同じ愚痴が溢れた。

 そろそろ頼光たちによる、酒呑童子退治が始まってしまう。このままでは、鬼と戦うことなんてできやしない。

 

「ふむ、世界は広いんじゃな。まさか、あんなクマがいるとは思わなかったよ」

 

 緑の彼女から聞くアドバイスはもうない。殺される度に彼女の助言を受けた。動きを改善し、心構えを変え、戦略を立てた。

 それでも、あの熊畜生はそれらを上から叩き潰してくれる。これでは戦略も何もあったものではない。

 道具や罠を駆使することも考えたが、俺の目的は畜生を倒すことではなく、自分の実力を上げるためだ。まぁ、あの畜生に罠が意味あるのかわからないが。

 

 

 意識が薄れ始める。さて、そろそろ時間だ。何も変わったわけではないけれど、何かをやらなきゃ変わらない。器用に生きることなんてできない俺は、動き続けなければいけないのだ。

 

 そんなことくらい、わかってんだけどなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ド変態』さん。お水をくださいな」

 

 可愛らしい少女の声が俺の耳へ届いた。

 内容は酷いが。

 

「はいよ。今日もお使いか? ちっこいのに偉いな」

「えへへ~、ありがとう」

 

 少女の持っていた桶に水を創造して渡す。そして俺が褒めると、照れくさそうに笑う女の子。

 とても可愛らしい。癒されます。思わず抱きしめたくなる。以前、それをやってしまった時は通行人共にボコボコにされたから、もうやらないが。

 

 都での呼ばれ方は相変わらず『ド変態』のまま。たぶん、もう変わることはないだろう。諦めきれない部分もあるが、仕方がないこと。

 しっかしなぁ、こんな状態で鬼退治へ連れて行ってもらうことはできるのか? 腐っても仙人扱いはされているものの、連れて行ってもらえる気はしない。俺だって変態を連れて行くのはやだもん。

 

 

「その焼き魚。一ついただけないか?」

 

 

 下を向き、考え事をしていると、野郎の声がした。聞き覚えのない声。誰だ?

 顔を上げると、そこにはいかにも貴族と言ったような立派な格好の野郎が一人。貴族もお客として来ることはあったが、この野郎に見覚えはない。

 

「まいど。あまり此処で見かけない顔だけど、貴方は?」

 

 焼き魚を渡しながら尋ねる。

 長年住んではいるものの、京の人を全員覚えているわけではないから、知らない人がいるのもおかしくはないが、なんとなく気になった。

 まぁ、貴族になど興味はないけどさ。

 

「おお、有難う。私は源頼光。まぁ普段は左京一条に住んでいるからな。たまには堅苦しくない場所へ行ってみようと思い、寄ってみたんだよ」

 

 ……うん? 今、源頼光って言ったか? 聞き間違えじゃないよな?

 もしかして、もう鬼退治が始まるのか? それはマズイぞ。此方は全く準備ができていない。

 

「お主であろう? 京で噂の『仙人』と呼ばれているのは」

「……どうやら、そうらしいね」

 

 妖怪など一匹も倒したことはなく、実力だってあの畜生の攻撃を避ける程度のものしかない。どうする? どうすれば連れて行ってもらえる?

 

「やはりそうか。見た目はただの青年だが、それでいて数百年も変わらぬ姿だと聞く。見せてはくれんか? 使えるのだろ、仙術とやらを」

 

 あら? 俺って貴族の耳に入るほど有名だったのか? しかも、まだ『変態』呼ばわれはされていない。これは、いけるんじゃないか?

 あとは、精一杯自分の力を魅せるだけ。空でも飛びながら水を出してやるのも良いかもしれない。そんなものどう見ても変質者だが。

 

 頼光の御眼鏡に敵うよう祈りながら、空いていた器に水を創造する。そう言えば、毎日のようにやってきたおかげか、この水を創造するのもかなり慣れてきた。

 限界は何処までなのかわからないが、今なら一人用の風呂ぐらいはいっぱいにできると思う。これで、創り出せた水を氷とかにできれば、良かったんだけどな。まぁ、できないものは仕様が無い。

 

「これは……すごいな。本当に何もないところから水が……」

 

 嬉しいことに、喜んでくれた様子。とは言っても、ただ水を出しただけ。ここから何かができるわけでもなく、戦闘には使えない。銭湯には使えそうだが。

 ……ちょっと酷いな。

 

「お主にお願いがある」

「……何かな?」

 

 俺にお願いねぇ……なんだろうか。

 

「私と一緒に、酒呑童子退治へついてきてはもらえないか? お主のような、永い時を生きてきた仙人についてきてもらえると助かる」

 

 正直なところ驚いた。

 

 もしかしたら、なんて言う希望はあったが、まさか本当にこうなるとは思わなかった。

 そりゃあ、普通の人には空を飛べないだろうし、水を創造することはできないだろう。けれども、俺はそれくらいしかできない。剣術が優れているわけでも、武術が優れているわけでもない。日がな一日、こうして焼き魚を売り、夜は熊畜生と戯れているだけの人間だ。

 

 そんな俺を連れて行こうと思う理由がよくわからなかった。

 

「別に俺は構わないが、活躍できるかはわからんぞ? そんな俺をどうして連れて行こうと思う」

 

 人間の四天王だって既に集めているだろうし、それでも俺を連れて行く意味はあるのか? まぁ、連れて行ってもらえるのは有り難いが。

 

「……鬼共は空を飛び、不思議な術を使うと聞く。残念ながら私たちにそのような術は使えない。だからお主のような仙術を使える存在が一人は必要なんだ。お主も聞いているだろう? 今までも何人もの人間が鬼退治へと向かった。けれども、成功した者は一人もいない。そして、私はそんな奴らのようになるつもりはない」

 

 ……昔話の桃太郎なんかでは、随分と気軽に鬼退治へと向かっているように思える。けれども、それはお伽話。実際に鬼退治へ行くというのは、そんな気軽なものではない。

 幾人もの人間が鬼退治へと向かい、敗れてきた。

 命を懸け、それを落としてきた

 

 それほどまでに、鬼と人間の実力は差がある。

 

「陰陽師は連れて行かないのか?」

「誘ったさ。しかし、一緒に行ってくれる者は一人もいなかった。鬼の怖さを知っているからこそだろうな。このままでは、私は鬼共に負ける。それくらいはわかっている。けれども、京の民のため鬼共を倒さなければいけない。だから、一緒についてきてはくれんか?」

 

 溺れる者はなんとやら……冷静に考えれば俺を連れて行ったところで、ほとんど意味はない。そんなことは頼光だってわかっているだろうに。

 それでも、わかってはいても、何かに縋りたくなるのだろう。何せ自分の命がかかっているのだから。

 

 

「了解した。俺なんかで良ければ、喜んで御一緒させてもらうよ」

 

「……有難う。有難う」

 

 俺の返事に、頼光は頭を下げた。

 貴族が一般市民に頭なんて下げるものじゃないと言うのに……まぁ、それほどに辛い立場なのだろう。

 

「それで? その酒呑童子退治はいつ行う予定なのさ」

「一月後に旅立とうと思っているが、お主は大丈夫か? 鬼による被害は広がる一方。できるだけ早く行きたい」

 

 一月後、ねぇ。あまり時間がないな。

 しかし、のんびりしているわけにはいかない。

 

「ああ、大丈夫だよ。よろしく頼む」

 

 ん~……できれば一度、鬼退治へ行く前に萃香と会っておきたい。でも、なんて伝えれば良いんだ? これから退治に行くから気をつけろじゃおかしいし、『神便鬼毒酒』は飲むなと言うのも変な話である。

 歴史的に、酒呑童子が頼光達により退治されるのは確かなことであるが、その酒呑童子の下にいた鬼たちはどうなったのだろうか? やはり皆殺しか?

 

 むぅ、こればかりはわからない。どうにか萃香だけでも生き残る方法はないものか……まぁ、萃香が大江山にいるとも限らないが。

 

「そう言えばさ、酒呑童子ってどんな鬼なの?」

 

 もしかしたら、絶世の美女かもしれない。

 

 いや、流石にそれはないか。茨木童子が女性の鬼という説は聞いたこともあるが、酒呑童子が女性と言うのは聞いたことがない。それに、もし退治しなければいけない相手が美女だと困る。

 

「うん? なんだお主は知らなかったのか。酒呑童子……彼奴の見た目は2つの角が生えただけの童女だ。両手には鎖をつけ、いつも酒を飲んでいる。しかし、恐ろしい程の力を持つと聞く。まぁ、私も実際に見たわけではないが」

 

 あら? 女の鬼だったのか。そんな話聞いたことがないが。

 

 そして頼光の話を聞く限り、酒呑童子の姿と、あの陽気な子鬼の姿が被る。美味しそうに酒を飲み、陽気に笑うあの鬼と。

 

 

 ……流石に気のせいだよな? そんなこと……ない、よな?

 

 

 心臓が暴れる。呼吸が上手くできない。

 

 

「それが私たちの退治しなければならない者――つまり、鬼たちの頭である伊吹萃香の特徴だ」

 

 






この作品を書くにあたり、決めたテーマを基に書いています
その一つが『歴史』です

これからは、そんなお話が続きます
主人公には充分悩んでもらいましょう

と、言うことで第35話でした
さてさて、この主人公どうするんですかね?
歴史を変えることに抵抗はあるっぽいですが……

次話は鬼退治……までいけるかな?


では、次話でお会いしましょう
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