鬱陶しかった袈裟と鈴懸を脱ぎ捨て、いつもの姿に。
これから、この4人と戦わなきゃいけないんだ。体は軽い方が良い。
「……どうして、青が?」
今にも消えてしまいそうな萃香の声が聞こえた。その言葉に、返事はしない。
悪い。本当は『神便鬼毒酒』を飲ませる前に助けてあげたかったんだけどな。こればっかりは謝ることしかできない。
ま、もう暫く寝ていてくれ。できるだけ頑張ってみるからさ。
さて、それじゃそろそろ始めましょうか。
くるりと傘を一回転。先端を手に持ち、持ち手は上に向ける。
見ろよ、この傘。命を刈り取る形をしているだろ?
「貴方のことは、信じていました……それが、何故?」
悲痛な表情で公時が言葉を落とす。
「俺もさ、色々と考えたよ。もっと、こう……どうにかできたんじゃないかって。でも、俺ってそんなに頭が良いわけじゃないから、こんな方法しか思いつかなかったんだ」
「……そこで、寝ているのは酒呑童子。数々の悪行を起こしてきた鬼たちの頭なのですよ? それを助けると言うことが私にはわかりません。どうして……何故そのような行動を?」
んなもん、決まっている。
だから何度だって言ってやるよ。
「酒呑童子が可愛い女の子だったから」
俺の言葉を受け、公時がどう感じたのかはわからないが、どうやら説得するのは諦めたらしい。
それでいい。お前はお前の道を歩んでくれ。俺は俺の道を歩むから。
腰につけていた長物を取り出し、構える公時。
えっ、金太郎さん刀使うんですか? ちょっとずるくない?
ホント、あんたイメージと違うね。マサカリか素手で殴りかかってくるのかと思っていたのに。
「いきますっ……」
できれば、来ないで欲しい。
まぁ、そんなことを言っている場合じゃないんだけどさ。
斜め上に刀を構え、振り降ろさんとする公時。袈裟斬りって奴だろうか?
正面から受け止めないよう、振り下ろされる刀に傘を当て、優しく受け流す。相手の体制が崩れたのを確認。そして、一歩引く。
此処で出てしまえばローリング・ソバットが飛んでくる。いや、公時があの熊畜生みたく華麗な動きをするかわからないが、用心した方が良い。
横一文字の太刀筋は半歩引いて躱し、下から上へ切り上げる逆袈裟は上から傘で押さえつける。
熊畜生と何十年もの間戦い、殺され続け得られらあの経験が、記憶が俺の身体を動かした。此処で踏み込んで殺されたなぁとか、此処は引かなきゃ噛み付かれるんだよなぁとか、相手は畜生から人間へ変わったが、それでも公時の攻撃を喰らう気はしない。
何て言うか、越えてきた死線の数が違うんだよ。
そして、気づいたことが一つ。
コイツ、弱くね?
受け止めた太刀筋も畜生と比べて、かなり軽く。何より動作が遅い。一つ一つの動作が隙だらけ。最初は誘っているのかと思ったが、たぶん違う。これで全力なのだろう。
公時の息、上がりまくってるし。
あれ? もしかして俺って強いの?
いやいや、落ち着け。そうやって今まで何度も失敗してきたじゃないか。今回、失敗することは許されない。慎重にいかねば。
慎重に、慎重に必殺技を打ち込むだけ。
真上に構えられた刀。所謂、唐竹割り。けれども、畜生のネリチャギと比べてその動作は遅すぎるし、弱すぎる。
半身反らして唐竹割りを躱してから、霊弾を公時の顔面へぶつける。
さて、そろそろ反撃しても良いですか?
ふらついている公時の後ろへ回り込み、その両足の間に傘を入れ込む。
そして、空を切る速さでその傘を引いた。
“穿突”
「んなっ! 何処へんっおっほぉぉぉおおおっ!」
これで後3人。
さて、皆さん昇天する覚悟の方はよろしいか?
「いやだ……あんな巫山戯た技にやられるのだけはいやだ」
「俺だって、いやだわ!」
「……三人でいくぞ。あの変態を止められるのは私たちだけだ」
なんだろうか……そんなに変な技かな穿突って。俺は結構気に入ってるのに。かっこいいじゃん。あと、俺のこと変態って言ったの綱だよな。絶対、最初に倒すから覚悟しろコノヤロー。
とは、言うものの今まで俺と公時の戦いをただ黙って見続けていた三人。そりゃあ、一体一で来てくれた方が有り難い。多対一とか初めてだし。どうやって戦えば良いのやら。
とりあえずは、先手必勝。
できる限りの霊弾ぶちまける。俺のことを変態と言った綱には集中的に。
一発一発の威力は低いし、これで倒せるなんて思ってはいない。けれども、怯ませることくらいはできる。怯ませることさえできれば、穿突を食らわせることができる。
「えっ、なんか私のとこだけ多くない?」
綱の声が届く。気のせいだよ。
霊弾を見ることが初めてなのか、俺の霊弾が強かったからなのかわからないが、三人の動きは止まった。その一瞬が命取り。
できる限りの霊力で身体をさらに強化。
足へ力を込め、全力で駆ける。
狙うは綱の股間。絶対に手なんて抜かない。
両足の間に傘を入れ、引き抜く。
“穿突”
「んおっほぉぉぉおおおっ!!」
あの……もう少し、違う叫び方をしてくれませんか? これじゃあ、なんとも気が抜ける。
さて、これで他人のことを変態と呼んだあの咎人は処理できた。
さぁ次、逝ってみよー。
「もう、やだ……あんな技喰らいたくない……」
今にも泣き出しそうな二人。
なんだか悪いことをしている気分になるが、此処で見逃すことはできない。中途半端が一番いけないのだ。
相手の戦意は完全に喪失。
ありがとう。
あんたらのおかげで俺はまた一つ強くなることができた。
あんたらのおかげで俺はまた一つ進むことができる。
その進む道が外道と呼ばれようが構いやしない。
少しの感謝と少しの後悔。そんなものを持って俺は傘を全力で引いた。
さようなら。もう会うことはないだろう。
「終わったか」
完全に毒が回り倒れている鬼たちと、口から泡を出し倒れている人間。萃香も頑張ってはいたが、やはり神のお酒には勝てないらしく、今は眠りへついている。
そんな景色は、酷く、醜いものだった……
争いからは何も生まれない。それでも争いは繰り返され、後悔をしながら生きていかねばいけないのだ。
さて、いくら言葉を並べたところで現状が変わることなんてない。鬼たちはこのまま放っておいても大丈夫だろう。
しかし、泡吹いて倒れている人間の方はそう上手くいかない。
鬼たちよりも早く起きてしまえば、また鬼を殺そうとするだろうし、鬼が早く起きれば人間を殺そうとするだろう。
前者は論外。後者も後味が悪い。いくら人の道から外れたと言っても、殺されるとわかっている人間を放っておけるほど、俺の心は強くはない。
かと、言って良い案なんて何も浮かばないんだよなぁ。
大江山の麓まで運ぶだけでも良いだろうけれど、運ぶ対象が5人もいる。流石に運んでいると途中で鬼か人間のどちらかは起きる。
人間が起きた場合はまた穿突をして、意識を刈り取れば良いが、俺じゃあ鬼には勝てん。
「う~ん、困ったなぁ」
此処から近い場所で何処か隠して置けるような場所はないだろうか?
「っと……ふむ、やはり娑婆の空気は気持ちが良いな。しっかし、お前さんは最期までカッコつかん奴だったな。もう少し良い技もあったじゃろうに……」
そうやって、うだうだ考えていると、あの緑の彼女が急に現れた。
幽々子の時のような頭痛や気怠さはない。
……課題、クリアできたんだもんな。おめでとう。
そして、どうにも穿突の評判が悪い。なんでさ、カッコイイじゃん穿突。
しかし、これは助かる。これで人間を運ぶとしてもかなり楽になった。一人を犠牲にすれば、運ぶ回数はたったの2回で良くなったのだ。これは大きい。
犠牲にする人間は……公時でいいか。イケメンだし。
「ちょいと頼みたいことがあるんだけどさ。ここらで泡吹いて倒れている人間を運ぶの手伝ってくれない?」
「運ぶ? 何処へじゃ?」
「安全な場所までかな。山の麓でも良いと思うよ」
できれば京まで運んだ方が良いけれど、流石に遠い。飛べば、麓くらいすぐ着くだろ。間に合わないようなら公時は諦めよう。すまんな、公時。
大丈夫、きっと金太郎という名の物語は後代まで受け継がれるよ。内容は俺の知ってる奴と変わっちゃうかもしれないけど。
「うん? それなら、直ぐにできるぞ。ようは移せば良いのじゃろ?」
「いや、まぁ、そうんなんだけどさ」
それが難しいんだ。人、一人抱えて飛ぶのって大変だと思うよ。
しかし、どうやら彼女の言っていたすぐできると言う言葉は本当らしく
「ほい」
そんな簡単な言葉を落としただけで、泡を吹いて倒れていた人間が全員消えた。もちろん、その中には公時も含まれている。
……えっ? どういうことですか?
「さっきの人間たちは?」
「お前さんの家へ移した。言ったじゃろ? 移すだけならわしの得意分野じゃと」
そう言えば、そんなことを言っていた気もするが、此処までのことができるなんて知らなかった。そして、何故俺の家に送ったの? 嫌がらせですか?
……さてさて、これで小さな問題は片付いた。
後、残っているのは、大きな問題が一つだけ。
「身体の調子は?」
「うむ、絶好調じゃよ」
そりゃあ、良かった。
「それじゃ、行こっか」
「何処へじゃ?」
終わった物語を、もう一度終わらせる場所へ。
これで漸く準備ができましたね
と、言うことで第39話でした
『39』ですのでサブタイトルは『ありがとう』です
……いや、偶然ですよ? 狙ったわけじゃありません
本当にたまたまです
次話は、おまけの物語を終わらせるお話
あの二人ともこれでさよならとなるのでしょうか?
では、次話でお会いしましょう