星落ちる世界に祝福しろ!   作:つがう

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 転生とは、前世の記憶などを持ったまま別の人間に生まれ変わることである。つまりは生まれ変わりだ。

 その日、双子の男女の赤ん坊が生まれた。女の子には、雪香という名がつけられた。男の子には、承太郎と名付けられた。雪香と承太郎は一卵性双生児だった。男女の違いはあるものの、二人はそっくりな顔をしていた。

 そんな双子の姉、雪香には先ほど言った『前世の記憶』なるものがあった。……否、前世だけではない。その前も、その前も、そのまた前も……何十、何百もの人生を生きてきた記憶を持っていたのだ。それは、普通の人なら狂ってしまうほどの膨大な量であった。だが彼女は違った。彼女の楽観的な性格が、この異常ともいえるような事象を許容した。彼女を『転生者』たらしめた存在も、これには驚かざるをえなかった。無知は時として恥でも罪でもなく、大きな武器となるらしい。

 そんなこんなで小学校に上がった双子は、いつも一緒にいた。双子だからクラスは離れてしまうが、休み時間になればどちらか片方は必ずもう片方のもとに行き、くっついていた。周りの子供たちはその光景を見て微笑ましく思ったり、時にはからかったりした。しかし当人たちは気にしなかった。二人の世界はとても狭くて完結していて、お互いが大事で大好きだったからだ。

 

「承太郎ー、今日も一緒にかーえろ!」

 

 こくりと承太郎が頷く。それを見た雪香は嬉しそうに笑う。毎日一緒に帰るのが当たり前になっていたある日のこと、たまたまその日は雪香は一人で帰っていた。転生を繰り返していることにより精神年齢は小学生よりも上、というより大人のそれなのだが、僅かながら肉体年齢に引っ張られている節があり、言動は少しだけ大人びた子、といった感じである。承太郎も同じような雰囲気の子供のため、周りから不審がられたことは一度もない。そんな雪香は一人だけの帰り道の途中、背後に気配を感じた。

 くるりと振り返る。そこには一人の男が立っていた。黒いスーツに身を包んだ男は、まるで品定めをするかのように雪香を見つめている。嫌な予感がする。いつでも走り出せるように構えると、男の方から口を開いた。

 

「可愛いお嬢さんですね」

 

 男の口調は丁寧だったが、どこか軽薄そうな印象を受けるものだった。それに嫌悪感を覚えつつ、雪香は警戒心を強めて一歩後ろへと下がる。

 確実に不審者だこれ。――雪香は瞬時に悟った。逃げなければまずい、と本能的に理解したが足がすくんで動けなかった。目の前の男は息を荒くし、今にも襲いかかってきそうだ。雪香が走り出そうとした時、男は雪香の腕を掴んできた。

 

「ひっ」

 

 いくら人生を繰り返したところで、こういった経験には慣れない。というより慣れてはいけない。恐怖とは生きる上で必要な感情であり、それを克服してしまえばもうそれは人間と呼んではいけないものになってしまうかもしれない。

 男の腕を振り払おうとしても、成人男性と小学生では力の差がありすぎる。

 

「たっ、助けて……」

 

 か細い声で助けを求めるが、ここは人通りの少ない場所。助けなんて来るはずがない。そうだとしても叫ばずにはいられなかった。

 その時だった。体の中から何かが抜けていく感覚、それと同時に男が数メートル後ろへと吹っ飛んだ。驚いて目をぱちぱちと何度も瞬かせる。一体何が起きたのかわからない。呆然としているのはもちろん雪香だけではない。吹き飛ばされた男も同じらしく、地面に尻餅をついたまま目を大きく見開いて雪香の方を見ていた。

 

『全く。こんな下劣な行為を働くなど、彼女と同じ存在として許せません』

 

 雪香の傍に一つの存在がいた。影を切り取ったような真っ黒な体には4本の腕が生えていて、その手足や頭部には金色の腕輪や指輪などのリングが沢山ついていた。顔には真っ白な布が花嫁のベールのように覆っているため表情を読み取ることはできない。だが男に憤りを感じ、不快感を抱いていることは声音から察することができた。

突然現れたその存在に対して驚きはしたものの、不思議と怖いとは思わなかった。むしろ安心感さえ覚えていた。そして同時に、これが自分にとって一番大事な存在であることもわかった。

 

『雪香、どうしますか? 貴女が望むのならば、この男を"いなかった"ことにもできますよ』

「え……?」

 

 どういう意味だろう、と首を傾げる。するとその疑問を理解してくれたようで、それは言葉を続けた。

 ――この世界から男の存在を消すことができる。なかったことにしてやれる。つまりは殺すこともできるということだと説明してくれた。

 

「そっ、それは流石にダメ! わ、私は帰りたい! 家に帰りたい!」

『承知致しました。では帰りましょう』

 

 そう言うと目の前の黒いなにかはひょいと雪香を抱き上げて、そのまま雪香の家の方へと移動し始めた。長い間転生を繰り返してきた雪香だったが、こういったものを見るのは初めてのことだった。幽霊なのか、はたまた全然違うものなのか……どちらにせよ、自分に危害を加えるものではないと確信していたため、特に怖がることはなかった。

 あの男から大分距離を離すと、黒いなにかは雪香を地面へと降ろす。

 

『あまりわたくしが持ち上げていると、周囲から変な目で見られますので』

「変な目?」

『はい。わたくしのことは、同じように能力を持っている人間にしか見えません。故に普通の人間には雪香が宙に浮いているように見えるのでございます』

「それはよくないね……」

 

 雪香は納得してうんうんと数回大きく首を振る。確かに人が宙に浮いているのは、かなり異様な光景である。

 

『外でわたくしに話しかけるのも止した方がよろしいかと。独り言が多いと思われてしまいます』

 

 黒いなにかのその言葉に、雪香ははっと両手で口を塞いだ。柔らかな声音の言う通りにすることにして、足早に家へと帰ることにした。

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