蓮とましろが小さい頃に別れた幼馴染だったら   作:レオ2

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こんばんわ~。
続きでございます。
今回もちょっと気分悪くなったりしたら申し訳ないです。
では!


[デュエット編] 暗闇バタフライ

 月の森女子学園,1年A組の教室。つくしとましろのクラスであるこの教室で,2人はいつものように授業を受けていた。名門お嬢様学校なだけあって月の森のテストは一般の高校よりも難しく生徒達は自習や授業を欠かさない。

 それはモニカのリーダーであるつくしとて同じで,練習の合間や通学時間すら勉強の時間に当てている。授業をきちんと受けるのも学級委員長の前に1人の生徒として当然しっかりと受けていた。

 しかし,そんなつくしが少し授業に集中が出来なかった。何故なら……

 

「なのでこの式は──」

 

 目の前で先生が数式を解いている中,先生の方を全く見ず何も描かれていないまっしろなノートをずっとみているましろの空気がここ最近見た事ない程にどんよりとしていて,その余りの違い様に心配になっていたからである。

 そもそもいつもは余裕を持って登校してくるましろが,今週は何故か毎回1限目が始まるギリギリの時間に登校するようになってしまったし,一緒にお昼をしようと思ってもましろは蜃気楼のようにどこかに消えてしまう。

 そんなましろをつくしが心配しない筈なく,何度か何回か声をかけたのだがその度に力のない笑みを浮かべて

 

『大丈夫,なんでもないよ』

 

 そんな訳ない,つくしはある日そう叫んだ。

 

『なんでもない訳ないよ! 最近のましろちゃん元気ないよ!?』

 

 この前は蓮と一緒に歌えると見ているこっちが恥ずかしい位喜んでいたのに,その気色が最近はめっきり減ってしまった。このままじゃモニカにも,そしてデュエットの大会に影響が出るのは眼に見えている。

 だからこそましろの身に何が起こったのかリーダーとして,友達として聞き出そうとしてしつこいと思う位聞いたのだが

 

『なんでもないって言ってるでしょ! もう放っておいて!』

 

 一筋の涙を見せたましろはそれからつくしと言葉を交わさなくなってしまった。話しかけようとしてもましろはつくしから,そしてメンバーから逃げるようになってしまったから。

 それでもなんとか今日の練習には現れたのだが……

 

「止めて」

 

 練習開始からわずか1分,瑠唯の強い声にビクッとしたましろは歌うのを止めた。普段演奏を止められたら納得できなくて瑠唯に詰め寄る事が多い透子もこの時ばかりは瑠唯が止めるのを止めなかった。

 その原因が透子自身にもよく分かっていたから。

 

「倉田さん声が演奏に負けているわ。もっと声を張って頂戴」

 

 数日前の練習では当たり前のように出来るようになっていた事が,いつの間にか出来なくなっていたのだ。そしてその事はましろ自身にも分かっていた。

 暗い顔に影を落としながら小さく頷いた

 

「うん……ごめんなさい」

 

 集団において一人一人のモチベーションは大事なものであり,1人でもネガティブを纏っている人間がいればバンドの士気にも関わる。

 最初から合わせようとつくしがカウントを取り,Morfonicaのオリジナル曲,「ブルームブルーム」の演奏が始まったが

 

「止めて」

 

 再び瑠唯のストップがかかり少し厳かにましろの事を見た。ましろは両手でマイクを持ち,顔を青くして床を見ていた。ブルームブルームは演奏とほぼ同時にましろの歌が始まる。その出だしの部分が全く歌が聞こえなかったのだ

 

「シロどうしたんだよ! 元気出せって!」

 

 ムードメーカーの透子がそう言ってましろの正面に回り込んで顔を見ると……息を飲んだ。

 

「シロ……どうしたんだ?」

 

 彼女にしては珍しく狼狽に極振りした声色で聞いた。何故ならましろの目元から涙が溢れていて,目も腫れているし顔も青い。確かに様子が可笑しいとは思ってはいたがここまでの変化だと透子ですら驚く。

 そして……何より

 

「ぁ……ぁ……」

 

 ましろが一生懸命声を出そうとしているのは分かる。だけどその肝心な声が喉のどこかで引っかかったような掠れた声しか出ていなかったのだ。

 それを自分自身で分かってるのか,マイクを力強く持って何度も……何度も歌おうとするがマイクが拾うのはましろの到底歌とは言えない掠れた声だけだった。

 

「ましろちゃんが……歌えなくなった……?」

 

 その事実につくしは愕然とし,透子と七深は眼を大きくし,瑠唯は淡々とましろを見ていた。そしてましろ本人は絶望したような顔で床を見ていた。

 

 ★

 

 結局,ましろはその日一曲も……Aメロすら歌う事が出来ずそれを見かねた瑠唯が解散を提案しましろはさっさと帰って行ってしまった。

 最初は追おうとしていたつくしや透子たちだったが,それを瑠唯に止められた。

 

「なんでだよ瑠唯!」

「お,落ち着いて透子ちゃん!」

「落ち着いていられるかよ,シロをあのままにしておけってのか?!」

 

 がみがみと瑠唯に噛みつく透子だが,ここで2人が喧嘩してもましろがまた歌えるようになる訳じゃない。

 

「あなたの言葉が倉田さんを傷つける可能性だってあるわ。そのせいでこれからも倉田さんが歌えなくなるかもしれないというのなら追っても構わないけれど」

「んだと!」

 

 七深は少し意外そうに瑠唯を見ていた。透子は噛みついてつくしはその透子を止めるのに必死だから分かっていないかもしれないが,瑠唯がこれほどましろの事を心配するのは久しぶりだと思ったからだ。

 それに瑠唯が言っている事も決して間違いではない。今のましろが歌えなくなった理由を下手に知らないまま正論爆撃機を越える透子が励まそうとしても逆効果になる可能性はある。

 そう,なにはともあれ先ずはましろがここ最近の落ち込みの理由を知る必要がある。

 

「確かしろちゃん先週の土曜日に蓮さんと出かけるってすごくうれしそうに話してたよね」

 

 先週の学校の日にましろが言っていた事である。それが本当だったのなら寧ろましろの機嫌がいい筈なのだが今のましろはその真逆だ。

 

「じゃあ蓮さんが何かしたのかな……?」

 

 正直,メンバーから見てもましろの蓮に対する恋愛感情は見てても恥ずかしい位には純粋で微笑ましいものだ。だから直近でましろをあんな状態にすることが出来るのはそれこそ蓮がましろに何か嫌なことをした事だと思うのが正直なところだ。

 

「はぁ?! だとしたら許せない!」

「待って透子ちゃん。あの蓮さんがそんな事するとは思えないよ!」

 

 ましろを通して蓮の事を知ったモニカのメンバーには,蓮がましろが歌えなくなるまでの心のダメージを与える事ような事を言うとは思えなかった。

 しかし,蓮が原因じゃないとすれば何なのだとなるのが自然。そこで行き詰ってしまったつくし達だったが,タイミング的に蓮が関係しているのは間違いないと考えてつくしは結人に連絡を取る事にした。本当は蓮に直接聞ければ良かったのだが……

 

「まさか全員蓮さんの連絡先持ってないなんてな」

 

 透子の言う通り実はモニカの中で蓮の連絡先を持っているのはましろだけであり,こうして蓮の事を知るためにはましろと蓮にデュエットを結成させた時もだがこうして結人か航海,つくしに関しては万里も選択肢にのぼるがこの3人に連絡を中継してもらう必要がある。

 今度蓮に会ったら連絡先を聞こうとつくしは思いつつコール音を聞いていると,向こうから何やら油が跳ねる音がしながら結人が出て来た。

 

「あ,結人さんですか?」

『もしもし? 二葉さんか,どうしたんだ?』

 

 そんな事を言っている結人の背後で油が跳ねる音が聞こえ『あちっ!!』と聴こえつくしは慌てた

 

「だ,大丈夫ですか?!」

『ああ,大丈夫。油が跳ねただけだから』

『ユウ,僕が変わるから電話に集中しなよ』

 

 結人の背後から航海の声が聞こえると『悪いな』と答えた結人がキッチンから離れた所で声をかけて来た。

 

『それでどうしたんだ?』

「えっと……蓮さんっていますか?」

『蓮……? 悪いな,今ぽんちゃんの散歩に行ってていないんだ』

「あ,ぽんちゃんの……」

 

 もうモニカにとってもぽんちゃんがいた1日はいつもと違うような練習した日でとっても印象に残っている。ましろがぽんちゃんのお散歩は大変だったと前言っていたのでましろと似たり寄ったりな雰囲気を持つ蓮も大変なのだろうなとつくしは苦笑した。

 しかし,目的の蓮がいないのならどうしたものかと思い少し考え事をしたら

 

『蓮がどうかしたのか?』

「あ,えっと……」

 

 つくしはある意味チャンスなのではないかと思った。今蓮がいないのなら結人に最近の蓮の様子を聞くことも出来る。こちらの事情を話して蓮の事を聞こうと思った

 

「実はましろちゃんが──」

 

 蓮と会った次の学校からましろの体調が悪かったこと,それでも週初めの練習はまだましだったこと,でも今日の練習からましろが歌すら歌えなくなってしまった事。そしてましろが泣いていた事。

 思っていたよりも急を要する話で先程までは少し軽そうだった結人の言葉が真剣身を帯び始めた。

 

『そりゃあ……一大事だな』

 

 バンドはボーカルに始まりボーカルに終わる。

 過去結人が蓮に出会う前に航海に言った言葉だ。ましろがこのまま歌えないままではモニカの活動にも,今月末にあるデュエットにも影響を与えるだろう。

 

「その……気分悪くならないで欲しいんですけれど……ここ最近の蓮さんの様子ってどんな感じですか?」

 

 蓮を疑っているともとれるつくしの疑問,仲間を疑われるなんてこれが全く関係ない人間相手ならきっと怒っていたであろう結人だが,モニカの事情も分かっているので自分の思った事を言おうと考えた。

 

『蓮なら逆に最近は絶好調だぜ? 今日の練習も凄すぎて俺達が大変だったくらいだしな』

 

 蓮の歌唱力はモニカのメンバーも把握している。LRフェスのライブへましろに誘われてメンバー全員で見に行ったこともあるからだ。蓮の歌唱力はガールズバンドの中ではつくしの個人ではRoseliaのボーカルである湊有希那に匹敵……もしかしたら凌駕するかもしれないと感じたほどの歌声だ。

 そんな蓮との練習は確かに大変なのだろうと思った。

 

『倉田さんとのデュエットもずっと楽しみにしているし……』

 

 だから蓮は関係ないのではと遠回しに言った。

 しかし,そうとは言い切れないのも事実。蓮が知らない内にましろを傷つけた可能性もあるからだ。結局このままグルグルとした思考は平行線に突入し,結人は蓮に聞いといてみると言って電話を切った。

 つくしもスマホの電源を落としながらメンバーに向いた

 

「蓮さんが原因じゃなさそうだよ」

「マジか,でもシロがああなる理由が分かんねえよ」

「しろちゃん……凄く心配だよ」

「私達がここで心配しても仕方がないわ」

 

 瑠唯は冷静にそう言って自分のヴァイオリンをケースに戻した。冷たいように見える瑠唯の行動もまた事実であり,自分達がここで何かを言い合っていても仕方がない。

 結局原因はましろにしか分からず,本人が話してくれるか乗り越えてくれるまで待つしかない。

 

「……今日は私達も解散しよっか」

 

 リーダーであるつくしの一言で,今日のモニカの練習は30分も行われなかった。

 

 ★

 

 頭が……凄く重たい。身体も重たい。蓮君とデートした時とは全く違う身体に戸惑いと納得が半分ずつくらいであった。

 前まではキラキラしていた景色も,河川敷も……私の通学路はどんよりとした曇り空で真っ暗な暗闇の中を私は歩いていた。歌う気力も……何もする気が起きない倦怠感が身体を満たしていた。

 

「わたし……最低だ」

 

 家に帰って来た私はベッドに倒れ込み近くにあったぬいぐるみを抱きしめて今日の事を思い出した。ううん,今日だけじゃない。今週の事をずっと思い返した。

 蓮君じゃない蓮君の夢……私が蓮君と歌うのに相応しくないと言われる夢をここ数日ずっと見てる。最近は怖くて寝られなくなって……つくしちゃん達に心配かけたくないのに心配させちゃって……それなのにもう放っておいてなんて叫んで逃げて……今日の練習で私は……歌えなかった。

 

「あ……ぁ……」

 

 ブルームブルームの出だしを歌おうとしたけど……どうしても声が出せなかった。歌おうとしても私の中の何かに引っかかって歌えなかった。

 聲が……出せなかった。出したいのに……出せない。

 

 ──勝手に蓮君の夢を見て,勝手に傷ついて,周りの人を傷つけて,周りの期待を裏切った

 

 いやだ……なんでこんなことになったの……。

 ううん……原因なんて分かってる

 あのカラオケで……私は蓮君に張り合うように歌ったけれど……とても蓮君のように歌えなかった。蓮君が出せる声を私は出せなかった。蓮君が出来る事を私は出来なかった。

 

 ──私の限界を突き付けられているようだった

 

 蓮君が歌う度にその迫力に飲み込まれて……でも私はその蓮君と同じレベルに達する事が出来ていない。それでも私は……私は……! 

 

「うたい……たい。蓮君と……うたいたいのに」

 

 いざ歌おうと思ったら歌えなくなって……このままじゃダメなのに……うたえない。

 

「うぅ……あ……あ……」

 

 自分が情けなくなって……誰のせいにも出来なくて,涙が止まらなかった。止めようって思っても止められなかった。

 蓮君と……蓮君の隣で歌いたいだけなのになんでこんな夢を見るの……。

 

『技術も伴っていないのに,プロにスカウトされる蓮君と一緒に歌えると思っているの?』

 

 不意に脳裏に小馬鹿にしたみたいな私じゃない私の声が聞こえて来た。

 

「わたしは……歌えるよ……」

『無理ね。あなたの限界なんてその程度の物,そんなので歌えなくなる程度のあなたの気持ちじゃ何年経っても蓮君と歌う資格なんて無いわ』

 

 ──うるさい

 

『あなたはこの11年間音楽から離れていたのよ? そんなあなたと11年間努力し続けた蓮君と同レベルな訳ないじゃない』

 

 ──うるさいうるさい

 

『倉田ましろ,あなたのその一緒に歌えると”思っていた”事をなんて言うのか知ってる?』

 

 ──うるさい,黙ってよ

 

『自惚れって言うのよ』

 

 

うるさい! 黙ってよ!! 

 

 我慢が出来なくなった私は叫ぶと,ようやくあの声は嘲笑するような笑い声を出して私のどこかの意識に溶け込むみたいに消えていった。

 私はもう……何日もこんな夢を見て受けていた精神的なダメージと……歌えなくなった身体のダメージで何も考えられなくなっていた。

 どの位の時間……こうしてベッドに倒れてたんだろう。何もやる気が起きなくてただ虚無の時間を過ごしてた。いつの間にか抱いていたぬいぐるみもベッドから落ちていたけど,それを拾上げる気力もなくてただ何もせずそこにいるだけ。

 私はまたあの頃のように……この暗い部屋の中にいた

 

 


 

 シェアハウスArgonavisの料理担当は日によって異なり当番制である。その為メンバーによって料理が変わり飽きが来ると言う事はない。

 なんなら凛生が天才過ぎて四字熟語になりそうなほどの才能でそこらのシェフ以上の料理を作ってしまうので正直ご飯にそれほど困った事はない。蓮は北海道のバーガーチェーン,ラッキーピエロのハンバーガーを食べたいと思ってしまい偶に落ち込むことはあるがそれだけだ。

 今日の料理は結人が担当で家庭料理の定番の肉じゃがを囲んだArgonavisは食していた。

 

「この肉じゃがとっても美味しいよ結人!」

 

 キラキラした眼で食しながら蓮が感想を言うと結人も嬉しくなり,子供に沢山食べろよという父親のように蓮の小皿に肉じゃが注ぐ。

 

「蓮はもっと食べて体力付けるんだぞ!」

「ゆ,結人多いよ……!」

 

 その余りの注ぎように蓮がビックリしながらもとても幸せそうに食べているのを見ると,シェアハウス内での気温がポカポカしてくる気がした。

 蓮の純粋無垢な笑顔にはそれほどの効果があるのだ。

 

「ほんと蓮君って美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるよね」

「確かに。蓮の反応が楽しみで作っている部分もあるよ」

「七星は裏がないからな,普通の人よりも心に届くんだろう」

 

 万里に航海,そして凛生も蓮の反応楽しみなのである。特に凛生はこれまで天才として基本の事は何でもできていたので仮に人に褒められたとしても,その裏にある嫉妬や怒りと言った感情を感じていた1人だ。だけど蓮にはそんなものはなく,ただ純粋に”凄い”と言ってくれるのでいつしかそんな蓮の反応を楽しみにしているのである。

 

「「ご馳走様でした」」

 

 5人は食べ終わったら航海は洗い物,蓮は食器を拭く手伝いをして他の3人はそれぞれの事をし始めた……のだが,結人が蓮と話があると言う事なので食器拭き係を万里に代わってもらい2人はテーブルを挟んで向き合った。……どこか家庭の子と父親の懇談のように見える。

 

「結人どうしたの? そんなに難しい顔をして」

 

 結人はどう話したものかと考え,結局回りくどく言うのは自分らしくないと思い普通に話す事にした

 

「今日蓮がぽんちゃんの散歩に行っている時にMorfonicaの二葉さんから電話が来たんだ」

「しろちゃんの? どうして?」

「蓮,落ち着いて聞いてくれ。倉田さんが──」

 

 その一言で先程までは幸せそうなオーラに満ちていたのに,一瞬で驚愕と瞠目した。

 結人が口にしたのは,蓮と別れた後のましろの様子が可笑しくなった事……そして今日訪れた決定的な事,それは……

 

 

「しろちゃんが……歌えなくなった……?」

 

 

 青天の霹靂,それを素で表した蓮の姿……しかしその事に驚いたのは蓮だけではなく茶碗洗いをしていた航海と万里,そして作曲を勧めようとしていた凛生も同じだった。

 

「ああ。二葉さん達にも理由は分からないみたいだ。ただ……倉田さんが歌おうとしても声が出せない事だけは確かだって」

「そんな……だって土曜日別れた時は何ともなかったよ?」

 

 色々あった土曜日,ましろと2人で同じ飲み物を飲んだり,試着室を一緒に入ってしまった事は2人だけの秘密で,その後のカラオケだって蓮は楽しくて仕方がなかったのだ。

 ましろの歌も聞いて,その優しい歌声に蓮は改めてましろの歌が好きになったのにその矢先にこんな事が起きてしまった。自分が東京に来た頃……歌えなくなる辛さを諭してくれたましろが歌えなくなっている……。

 蓮は今すぐましろの元へ行きたくなった。

 

「蓮がそう言うんならそうなんだろうな……」

「僕今すぐしろちゃんの家に行ってくるよ!」

「待って蓮」

 

 今にもましろの家に飛び出していきそうな蓮を航海が止めた。

 

「こんな時間にいきなり家に行くつもり? それに,倉田さんがそうなった原因も分からないのに行ったって彼女が余計に傷つくだけだよ」

 

 つくし達と同じ,ましろの体調の原因すら分かっていないのに医者でもなんでもない蓮が行った所で何か出来る事があるか限らない。

 おまけにつくしたちの話を聞いている感じ原因は蓮にあるかもしれない。本人が自覚していないだけでその本人が直接行くのは合理的ではない。

 

「じゃあどうしたらいいの!」

「蓮君……」

 

 蓮にしては珍しく感情を露にした姿……いつもなら航海のなだめに素直に従っているのに今回は今にもシェアハウスを飛び出していきそうなほど感情が高ぶっていた。

 

「だから先ずは電話をしてみたらどうかな,それが出なかったらLINEでメッセージを送る。倉田さんにも逃げ道を用意してあげて,それから向き合うんだ」

 

 仮にましろの家で蓮と今のましろが向き合う場合,ましろは蓮に対する逃げ道がなくなってしまう。そのせいで彼女が本当にこれからも歌えなくなる可能性がないとは言い切れない。

 だから航海が提案したのはスマホを使ったコミュニケーション,これならばいざとなったらましろは逃げる事が出来る。このままではどの道何も変わらない。何か1つでも情報を得る為なら悪くない方法だ。それに航海はある程度勝算を持っていた。

 

「蓮,君なら少なくとも門前払いされることはないと思うよ」

「……どうして?」

「それは彼女が元気になってから聞いてあげて」

 

 そう言って航海はテーブルの上に置いておいた蓮のスマホを渡した。蓮が周りを見渡すと4人皆頷き,少しの間喋らない事を誓ってくれた。

 蓮は意を決してLINEを開き,ましろとのトークを開くと確かに土曜日から一度もメッセージのやり取りをしていなかった。元々自分から連絡する事は苦手なので受け身な方だが,こんなにしていなかったと今知って胸に靄がかかった。

 しかしそれを置いておいて蓮は電話のマークを押して耳にスマホを当てる

 

「……でない」

 

 そう呟きながらも辛抱強く待つ蓮,それを固唾飲んでみているメンバー一同。既にコールを鳴らして1分ほど経った時……そのコール音が消えた。それがましろが電話を取ってくれたのだと察した時,蓮は嬉しそうに口を開こうとした。

 

 

『蓮君……ごめん。わたし……一緒に歌えない』

 

 

 しかし,ましろの先制アタックの方が遥かに速かった。嬉しそうな表情のまま固まった蓮だが,ましろのその言葉を振り払うように慌てて言った

 

「どうしてしろちゃん!? ……僕のせいなの?」

 

 不安そうに蓮を固唾飲んで見守っているメンバーの視線を受けながら,黙ってしまったましろの返事を待つ。

 そしてましろは一息吸い込むとすすり泣きしながら……涙のせいで何を言っているのかが分からないほど,普段のましろからかけ離れた声で言った

 

『だって……私じゃ蓮君の隣で歌えるほど上手じゃない。蓮君みたいにわたしは歌えない。私の限界は……蓮君には届かないから……』

「——ッ!」

 

 なんとか聞き取れた言葉で……蓮は過去のトラウマを思い出した。

 中学の時の合唱部,自分がどれだけ練習したいと言っても誰も自分のレベルについていけないから練習をしてくれなかった事……だから一人でもあの舞台(ディスフェス)に行こうとしていたあの時のことを。

 

『ごめん……ごめんね蓮君』

 

 懺悔するようなましろの声に,蓮はこのままでは電話を切られると直感的に悟り必死に声をあげた

 

「しろちゃん待って!」

 

 ──ピロン

 

 蓮の声虚しく,ましろは電話を切ってしまった。残された蓮のショックを受けた顔に,メンバーは何となくどんな種類の会話がなされたのかが分かった。

 すぐさまましろにもう一度電話をしようとする蓮の手を凛生が止めた

 

「凛生……」

「七星,これ以上連絡しても余計に彼女を傷つけるだけだ」

「でも……しろちゃんが……」

「倉田さんはなんて言ってたんだ?」

「僕とは……歌えないって……自分じゃ僕の隣で歌うほど上手くないって……」

 

 メンバーは蓮が今思っている事が何となくだが分かった。きっと中学の時の事を思い出しているんだろうと。

 

「どうして……」

 

 そして蓮は結構なショックを受けていた。あの中学の頃とは違う。あの時の蓮はショックはあったかもしれないが直ぐに合唱部を辞めて,そして一人でもディスフェスに行こうと邁進した。それ位中学の時のメンバーに期待していなかったからだ。

 しかしましろ相手には違った。幼馴染だから……それだけの理由かもしれないがこの1週間本当に楽しそうで,それがそのデュエットが終わるまで続くんだろうなと微笑ましく見ていたのに今ではこの顔だ。それだけましろの事を大事に思って……楽しみにしていた証拠。

 

「蓮,土曜日に倉田さんとどこに出かけたの?」

 

 しかし,それでメンバーがましろを責めるかと言われたらそうでもなかった。この短い期間でもましろの事はそれなりに分かっているつもりだ。

 彼女が書く歌詞,そして彼女の歌声も……蓮とは方向性が違うだけで不思議と落ち着く歌唱でそれが悪いと思ったことなど一度もない。そりゃあ蓮とましろ,どちらが良いと聞かれたら即答で蓮と答えるがそれは同じバンドのメンバーなのだから仕方がない。

 

「土曜日は……ショッピングモールと……あ,カラオケ!」

「「それだな」」

 

 カラオケでましろが蓮の歌に何かを感じて自信が無くなっているのだと直ぐに気が付いた。

 思わず声が揃って指摘してしまったからか蓮の落ち込みが激しくなってしまい,結人はそんな蓮を宥めた。

 

「いいか,蓮。今回お前は何も悪くないんだ。いや,お前が悪かったことなんて一度もない」

「でも……僕がしろちゃんに何かしたから……」

 

 そういう事にしないとましろのせいになってしまう,そう予感した蓮は咄嗟に自戒的に己を責める事で皆の感情がましろに向かないようにしようとした。

 

「蓮,ユウの言う通りこれは蓮のせいじゃない。ううん,これは誰のせいでもないんだ」

 

 でもその事に航海は気が付いていたのか直ぐにそうフォローする。そう……これは誰のせいでもない。蓮がましろとカラオケに行ったのだって純粋な思いだろうし,そこでましろが傷つくなんて誰も良そう出来ない事。

 

「蓮君がそんな顔をする方がきっとましろちゃん嫌だと思うな」

「万里……」

「白石の言う通りだ。七星,お前はお前に出来る事をすればいい」

「凛生」

 

 中学の時とは違う,今では自分と共に歩んでくれる仲間達がいる。その事に気が付いた蓮は顔を上げ……ある事を決意しながらメンバーに言った。

 自分達の……自分らしいやり方でましろに自分の気持ちを伝える方法……そんなのは1つしかない。

 

「皆……お願いがあるんだ!」

 

 その蓮の提案を全員満場一致で受け入れた。




お疲れさまです。

ましろ,同じ悪夢を何日か見続けて精神可笑しくなってます。
自分じゃない自分の幻聴が聞こえるなんて書いといてちょっとやり過ぎたかもしれんと思ってしまいました。
それでも蓮の電話に出るくらいにはまだ蓮への好きが出ています。

次回,『STARTING OVER~君となら引けるトリガー』

では!

恋人になった2人の関係性どんなのが良い?

  • 今まで通りましろから蓮に激攻め
  • 逆に蓮がましろに激攻め
  • 寧ろお互いがお互いに激攻め
  • というか全部やれ
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