前回の続きでございます。前回次回で終わりとか言っちゃったんで取り合えず書いてみたら大体20000字位になっちゃいました…。
キミステが配信されましたね!ストストの2人がこんな感じなのか~って分かったので少しだけ登場させました!
では,まいりましょう!
ドレットノートミュージック,GYROAXIAとFantom irisが所属するレーベルであり北海道時代のGYROAXIAの元マネージャー摩周慎太郎が代表取締役を務めている。
その社長室で摩周は一本の電話を受け取っていた。電話の先の人物は,今度ドレットノートミュージックがバックアップしてGYROAXIAが主催する対バンライブに参加してくれるはずだったレーベルの会社の者だった。
電話の先の人物は本当に……本当に申し訳なさそうに謝罪を繰り返していた。
「分かりました。代わりのバンドは私が探します」
摩周はそう言って受話器を置く。そして珍しく1つため息をつき,背後にある窓の外を見ると東京の夜景が広がっている。北海道時代にも似たような事をしたが,北海道よりも心なしか空気は濁っているように感じた。
「2つのバンドが同時に出れなくなるとはな」
先の電話は,今度GYROAXIAの対バンライブに出てくれるはずだったレーベルのバンドが諸事情で2バンドで出られなくなってしまったという電話だった。
1つのバンドだけならばまだしも,2つ同時は摩周も予想していなくて顔には出していないが少々参っていた。対バンは既に3週間を切っているし,当日のオープニングアクトだったバンドは兎も角,もう1つ出るバンドはレベルもそれなりに高いもので集客効果だって認めれるバンドだったので正直痛い。
「言っていても仕方がない,代わりになるバンドを探そう」
だがなってしまったものは仕方がない,摩周はそう考えてパソコンに向かい合う。ぱっと思いつくのはそれこそ北海道時代に何度もGYROAXIAとぶつけたArgonavisだが,彼らも今はアポロレコードという老舗のレーベルに所属しているので前のように簡単に出演依頼が出来ない。
かと言って生半端なバンドの出演など許さないし,そもそも那由多が激昂するだけだろう。
「Fantom irisを出すか……いや,彼らのライブは対バンの次の日だ。コンディションを整えないままするのは望ましくない」
かと言ってこのレーベルはまだ出来たばかり,それ故に所属しているバンドの数も少ない。ならばまだどこにも所属していないアマチュアのバンドをオープニングアクトに仕立てるか。
当然レベルは求めるが,オープニングアクトならばまだ……あの那由多が認めるとは思えないしやはり妥協は摩周個人としても望ましくない。
取り合えず,出れなくなったバンドの事をGYROAXIAのリーダーである里塚賢太にも一報を入れて置き,摩周は腰深く椅子に座りなおした。
「ふぅ……」
余りに頭の痛い問題にコーヒーを飲みたくなり,社長室から出て自動販売機へと向かう。そうして缶コーヒーを購入し,そのプルタブを開けてカフェインを摂取しながらスマホのニュースを見ると一瞬眉間を寄せ,そのニュースをタップすると記事が出てくる。
(七星蓮の恋人……か)
それは件のMorfonicaのライブ中に起きた事件の事であり,蓮の恋人であるましろの存在は摩周も認知はしていた。プロになるというタイミングで恋人を作った蓮には正直驚きを禁じ得なかったが,他人がどうこう言う物でもないとそれ以上の事は何も知らなかったが,このニュースによるとましろに対してのライブ妨害が行われたようでその主犯は熱狂的な蓮のファン。
音楽業界であれば誰かのファンであること自体は当たり前であり,そのファンである理由は当然人によって異なる。
「……運が悪いが,これもお前が決めた道なのだろう」
そしてましろに当たった蓮のファンというのは記事を読む限り蓮を推しとして疑似恋愛をしていた層で,蓮の本物の彼女であるましろのアンチというのがニュースを見た感想だ。
しかし,するのは同情だけだ。その覚悟を持ってプロになり,ましろという存在を恋人にしたのは紛れもない蓮の意思だった筈だからである。
「さて,仕事に戻るか」
既に夜の22時は過ぎているが,急遽発生してしまった仕事を自暴自棄で放り投げる訳にもいかない。せめて今日中には代わりのバンドの目星を付ける位しなければライブには到底間に合わない。
社長室に戻って椅子に座りなおした時,摩周のスマホに着信が入った。
「こんな時間に……誰だ」
しかし,摩周はその名前を見ると直ぐに出る事になった。
「貴方から電話とは……一体どうされました,古澤さん」
電話の主は,アポロレコード代表取締役の古澤だった。2人は何度かレーベルを立ち上げる際に会った事がありその時の縁でこうして電話番号を交換する位の関係にはなっていた。
『先程知り合いから連絡があってね,今度君の所でやる対バンライブに出る前座ともう1バンドが出れなくなったと聞いてね』
アポロレコードは老舗のレーベル会社なので当然,今度GYROAXIAと対バンをする予定だったレーベルとも繋がりがあったのだろう。しかし,それを聞いて摩周は疑問を浮かべる。
何故それで電話をしてくるのか分からなかったからだ。
『単刀直入に言うよ,うちのArgonavisを出演させてもらいたい』
「……」
だが,古澤の言葉は今の摩周にとって渡りに船の言葉だった。
さっき思い浮かべた代替案,そしてそれを却下した理由である既に別のレーベルに所属しているからという物だったが,そのレーベルの代表がArgonavisを出演させてくれるのならば一にもなく頷くべき話だった。
しかし,それとは唐突に来たその上手い話しに摩周は眉間を寄せる。そんなだまし討ちのような事をする訳がないと信じたいが,社会なんて等価取引で成り立っているものである以上古澤には今ここで摩周に恩を売る事に何か理由がある筈だと考えたからだ。
「何故ですか? あなたのレーベルには既に多くのバンドが所属している。その中で何故Argonavisの出演を打診されるのですか?」
それこそ……バラエティーやテレビなどで引っ張りだこのST//RAYRIDEなどだって。まあST//RAYRIDEは引っ張りだこ過ぎて予定など空いていないだろうが,それでも何故Argonavisなのかと。
『摩周君,先に言っておくけれど僕は君に恩を売ろうなんて思ってないよ。今Argonavisにとって,……いや,蓮にとって観客にぶつけるライブをする事は世界に対しての宣戦布告と同じで必要なことなのだから』
「……あなたは七星蓮と倉田ましろの交際をお認めになっているのですか?」
『そもそも僕は2人の親じゃないからね。それに……君もあの2人が歌う所を見れば感じ取れるはずだよ。お互いにとってどれだけ必要な存在なのか』
摩周は蓮とましろが共に歌っている所はまだ見たことが無かったため,その言葉に答える事は出来なかった。
『それでも君がこの話を受ける事を”貸し”だと感じるのなら,1つ頼みたい事があるんだ』
しかし,古澤が続いて言った言葉は摩周とて大きく眼を見開くことになり……結果的にその話を快諾する事になった。
★
蓮と一夜を明かしたましろの体調は好調とまではいかないものの,それなりに元に戻る事が出来た。本当はまだ蓮と一緒にいたかったけれど,今日はまだ平日の為2人ともそれぞれ大学や高校があるので一緒に朝ごはんを食べて,一緒に家を出た。
「しろちゃん,よく寝れた……?」
昨日の情緒不安なましろを不安に思ったのか,変装のつもりである眼鏡の中の瞳が心配そうにましろを覗き込む。
「うん,大丈夫だよ。蓮君こそちゃんと寝れた?」
そんなましろはいたずらをする子のように,少し嗜虐的な笑みを浮かべて蓮の顔を覗き込む。
ましろは知っている。昨日蓮が凄く心臓をドキドキさせていたことを。そんな事になってしまったら寝るのがとっても難しい事は自分の身をもって実証している。
「う……うん。寝れた……よ?」
だから蓮はそっとましろから眼を逸らし,何か話題を変えようとするがそれを許さないとばかりにましろは蓮の手に自分の指を絡める。
「ふふっ……蓮君かわいい」
「えっ?」
凄く困った顔も,昨日の時みたいに顔をキリっとさせている蓮も……ましろには愛おしくてただただ嬉しさを爆発するのを堪えるほど大変だった。
そうして二人で歩いていると,蓮のスマホに着信が入った。
「誰だろう……?」
蓮はその事に気が付きましろに目線で許可を貰ってから差出人を見ると,航海からで蓮は昨日メンバーに何も言わずに飛び出してしまった事を思い出して慌て始めた。
「ど,どうしようしろちゃん! 僕皆に黙って来ちゃったよ!」
「え,ええっ?! そうなの?!」
昨夜は何故か蓮がそのままいてもましろ母も何も言ってこなかったことをましろは忘れているが,メンバーに心配をかける事の申し訳なさは分かっているので慌てて蓮に言った。
「そ……その,私も謝るから……でよ?」
元はと言えばましろが電話口で泣いてしまったのがましろの家に来ることになった原因,その事に気が付いたましろはほんの少しの罪悪感を胸に秘めて言うと,蓮はおずおずと頷いて航海との電話に出て……おびえる子犬の様に伺いながら言葉を出した
「わ……航海……?」
『蓮,僕が何を言いたいか分かってる?』
少し低い声に蓮は思わず背中をビクッとさせて,何かを言おうとする前に蓮の手からましろはそのスマホを蓮の手ごと自分の耳に当てて……
「航海さんごめんなさい! 蓮君が昨日私の家に来てくれたのは私のせいで──」
「し,しろちゃん?!」
余りに不意打ちなましろの謝罪に蓮はびっくりで,電話の向こうの航海もビックリしたようにスマホを見ていたが直ぐにふっと笑うとましろの言葉を遮る。
『分かってるよ,倉田さん。蓮が君の事を想って家を飛び出していったのは。昨日君のお母さんに何があったのか聞いたからね』
航海とましろ母はぽんちゃんを預ける際に連絡先を交換した仲であり,密かにましろの家に蓮がいる時の見張り役を頼んでいる仲であるので実は結構仲が良かったりする。
だから昨日のメールで航海はましろの身に何が起きたのかを知っているし,正直やった連中の事を許せないという気持ちもあった。
『だけど,せめて一言言ってほしかった。それだけだよ』
しかし,今の状況が状況なので蓮かましろの単独行動はリスクが高かったので航海がその事で心配をするのは至極当然だった。
「ご,ごめん。航海。心配をかけて」
ましろに手を放してもらい,蓮はそう航海に謝罪する。それに航海はしょうがないなと言った風にそれを許し,一件落着……かに思ったのだが航海の本題はそれではなかったらしく外ならスピーカーにして欲しいと言う事でスピーカーにすると本題を切り出した。
『蓮,今日の練習は一旦変更で事務所の会議室に来て。それから……倉田さん達Morfonicaの皆も来られる人は来てほしいって古澤さんが』
「え……? 蓮君だけじゃなくて……私達もですか?」
今まで事務所を蓮との待ち合わせに利用させてもらった事はあったが,それはあくまでもお客さんとしての対応だった。だけども,今の航海の言葉はお客さんとしてじゃなくて……一バンドとして呼ばれたように感じた。
『うん。理由はまだ教えてもらっていないけれど……倉田さん達の予定はどうかな?』
「今日は練習の日だったので……皆予定はあうと思います」
スマホのカレンダーを見て答えると航海はホッとしたように一息をついて言った。
『じゃあ今日の放課後にアポロレコードで。蓮,今日の講義の資料やパソコンは持っていくから後で合流しよう』
「え,ああ。うん! 航海ありがとう!」
一瞬何のことかと思ったが,昨夜ましろの事が心配で心配でたまらなくてスマホ1つで家を出て行ったことを思い出して今日の講義の教材を忘れていたと思い出して航海に礼を言うと,航海はそれに答えて電話を切った。
「古澤さんからって……一体何だろうね,しろちゃん」
「う,うん……。何だかとっても緊張する……うぅ,お腹が痛くなって来た」
普段は人の良い古澤だが,何事にも本気なのはましろとて知っている為いきなりMorfonicaごと呼ばれたことに不安を禁じ得ない。そう考えれば考える程ましろはお腹が痛くなり,その不安そうなましろを見て蓮も蓮で不安そうになってしまうのだった。
★
大学が終わり,月の森も放課後の時間になってましろ達Morfonicaはましろに連れられてアポロレコードの事務所へとやって来た。アポロレコードの事務所は近くに練習スタジオも併設されていたり他にも福祉サービスも充実している為結構ホワイト会社だったりする。
そんな目新しい場所でもあるアポロレコードの中を超名門お嬢様学校の制服を着た5人の少女が通っているのは結構目立つ者であり,偶に来るましろも月の森の出身だと知って所々驚きの視線を浴びる事になる。
「わぁ……凄い,テレビで見るような人ばかり」
しかし,当然その反対もあるわけでつくしは今すれ違った人物たちの事を見てそう小さく呟いたりする。寧ろましろ達がそう言った反応をする事の方が多くましろは透子がいつ興奮して陽キャ全開で行ってしまうのか気が気ではなかった。
そんな中,Morfonicaが曲がる角から2人組が現れてMorfonicaは思わず立ち止まる。
「ST//RAIDIDE……」
つくしが呟くと,ミーティングを終えたばかりらしい2人はMorfonicaへと眼を向けて……2人の視線はましろに移動した。
「Morfonica……か」
「っちゅーことは……お前が七星の彼女って奴か」
白色をメインにした格好の淀川麟太郎,黒髪の何となく虎を思い起こさせるいでたちの天王寺龍介。この2人がアポロレコードの稼ぎ頭にしてArgonavisの教育係……過去のLRフェスで優勝をしたバンドの2人だ。
「は……はい。初めまして……倉田……ましろです」
何となく……ましろはこの2人の事を怖いと思った。ラジオやテレビで見る事はあるがその時は本当に気のいい2人って感じだけれども……オフの時はただこうなだけなのか分からない程にヒリヒリとしたものを感じた。
そこで……不意にましろは麟太郎の瞳をみて,その瞳にはどこにも自分達への興味がないのを感じ取りそのプレッシャーにゴクリと唾を飲み込んだ。
もたなかった
「プロの世界は恋愛ごっこをしながらやっていける程甘くない」
一瞬……ましろはなにを言われているのか分からなかった。それが自分に対して言われたものだと少ししてようやく気が付いた時……透子が何かを言おうと口を開けるのを遮るように手を広げて透子を止めた。
「ッ……シロ……?」
透子が目の前を歩いているましろを見ると,彼女は背中だけで「大丈夫」と伝えて大物2人の前に躍り出た。
「恋愛ごっこ……じゃないです。私も……蓮君も……覚悟を決めてこの道を一緒に歩いてこうって決めました! だから……私は蓮君の恋人になれた事を後悔なんてしません!」
正直……モニカの面子はこんな啖呵を切ったましろに対して驚きを隠せていなかった。前のましろなら……ただ俯いて,大御所の2人の言葉に反論なんて出来なかったはずなのに……いつの間にか彼女は逆風に打たれても先頭に立って,跳ね返す強さを得ていた。
麟太郎と龍介は強い意志を持ったましろの言葉を淡々と聞いて,眼を細めて言った
「それによって生じる障害は君達2人だけじゃなくて」
そう言ってましろではなく後ろのモニカの面子,そしてここにはいないがましろの関係者に対して向けられた
「周りも不幸にするかもしれなくても同じセリフを言えるのか?」
現に……既にモニカのライブでの妨害に,そしてましろの住所も特定されて既に家族は被害を被ってしまった後だ。だからそれに対する否定をする為の根拠はましろにはない。
だから一瞬言葉に詰まったましろだったが,そんなましろの後ろからつくしが出た。
「不幸なんかじゃないです! 私達は……Morfonicaであることに後悔なんて絶対にしません!」
「つ,つくしちゃん」
「ましろちゃんがいなかったら私達はきっと何も変わる事が出来なかった。Morfonicaもきっとなくて……きっと,凄くつまらない人生だったけれど……ましろちゃんがバンドを始めたいって一歩を踏み出してくれたから……私達はここにいます!」
Morfonicaは……ましろが「何もない自分でも,何かを持ちたい」という希望を持って勢いでメンバー募集したことがきっかけで結成した
バンド,だから少なくともましろがいなければこのMorfonicaは存在しなかった。
きっとつくしも,七深も,透子も……そして瑠唯もこのバンドを通じて成長できたことは沢山あってそれがあって,そしてましろ自身もこのバンドを通じて大きく成長していた。
例え今の現状がましろのせいでMorfonicaの活動に影響を与えていたとしても,それをましろのせいになんか絶対にしない。
「そうですよ,あんたらあたしたちの事を舐めてるんですか。あたしらならこんな状況もパパッと乗り越えちゃいますよ」
つくしに感化された透子も,大胆不敵にニッと笑みを浮かべていた。
「私も,しろちゃんのおかげで今がとっても楽しいですから……だから私達は不幸じゃないですし,これからも不幸になんてならないですよ」
七深も,普段の彼女らしく笑顔を絶やさずその中に密かな怒りの色が溢れ出していた。それがこのバンドの事を勝手に決めつけられたように感じたからなのか,それは七深にしか分からなかった。
皆の心のエールを受け取ったましろはもう一度麟太郎達を見据える。
「なら……見せてもらうよ。君たちの決意と覚悟を」
そう言いながら2人は歩いていき,すれ違う寸前龍介が思い出したように言った
「あいつらは会議室Bにおるで」
「え,あ……ありがとうございます」
唐突にどこだろうと思っていたArgonavisの場所を教えてもらいつい気が抜けた返事をする。だが,最初の嫌な感じの雰囲気が引っ張り過ぎて透子はバレないように「べーっ!」としていたりした。
プレッシャーが無くなったのを感じたましろはふぅと一息ついた
「みんな……ありがとう」
「もう……お礼を言われるような事じゃないよましろちゃん」
つくしが気にするなと首を振り,ましろも微笑んで改めてMorfonicaは会議室へと向かった。
会議室に着くと,ましろがノックして中から古澤の声が聞こえて入室すると……そこにあった顔ぶれにましろは思わず立ち止まってしまった。
会議室の奥には古澤が,そしてその隣にはドレットノートミュージックの代表取締役でもある摩周がいるだけでも驚きなのに,その摩周の隣には里塚賢太と……旭那由多が着席していた。
「しろちゃん!」
GYROAXIA組の反対に座っているのはArgonavisの面子であり,蓮は今朝以来のましろを見て嬉しそうに微笑んだ。
その頬笑みを見るとましろの心も少し軽くなり,古澤の方に眼を向けた。柔和な笑みを浮かべていた古澤がMorfonicaにArgonavis側の椅子を勧めると,モニカはお礼を言いながら着席した。
「今日はましろちゃん達も来てもらって申し訳ないね」
「い,いえ。そ……それで,どういった御用なのでしょうか?」
言いながら摩周達の方へと眼を向ける。摩周と賢太はいたって普通だが,那由多は鬱陶しそうに眼を閉じて流れに身を任せているように感じた。
そうするとどうやら用事があるのは古澤ではなく,摩周のようだった。彼は名刺入れから名刺を取り出しMorfonicaの前に置いた
「ドレットノートミュージック代表取締役の摩周慎太郎だ。今日は君達Morfonicaに我々が主催する対バンの前座に出てもらいたくて集まってもらった」
……一瞬,ましろはなにを言われたのかを理解できなかった。対バンライブの事は知っていた。蓮が以前楽しみそうにしていたのを覚えていたからだ。
だけれども既に対バンの相手や,前座のバンドは決まっていたと記憶している。それなのに……何故その対バンの前座の話が今出てくるのか。
「対バンと,前座を予定していたバンドが急遽出られなくなった。そこで古澤さんが対バンの相手としてArgonavisと……前座に君達Morfonicaを推薦してきた」
ましろの顔に疑問を書いていたのか,摩周がそうなった経緯を簡単に説明してきて一応の納得は出来たましろ達。だけれども次には何故古澤が自分達を推薦してきたのかが分からなかった。
確かにましろは蓮の彼女として既にアポロレコード内で認知されているが,それは倉田ましろという人間に対してだけであって間違ってもMorfonicaの倉田ましろとしてではなかった筈だ。
ましろが古澤に眼を向けると,彼はこの真意を話し始めた。
「今しかない,そう思ったんだよ」
「ど,どういうことですか?」
つくしが古澤の圧倒的に説明が足りない言葉に聞き返すと,彼はArgonavisとMorfonicaを見ながら言った。
「君たちの状況ははっきり言って芳しくない。既に君達は被害を受けてしまった後だが,このままではArgonavisに対しての飛び火も目前だろう」
「古澤さんそれはっ!」
蓮がましろのせいではないと声を荒げようとしたのを,古澤は分かっていると言いたげに手で制する。
「君たちの事は既にデュエット大会で世間に知られていていたのだから,そこは君達を責める気はない。だが実際既に弊害が出てしまっている。Argonavisは我々が守れるが,ましろちゃん達は違う」
古澤には当然弁護士の知り合いなどもいるからArgonavisを守る事は最悪出来る。しかしましろ達はあくまでもアマチュアのバンドである為会社として守る事は出来ない。
そもそもアポロレコード的にはさっさと蓮とましろを別れさせた方が良いまである。
「だ……だったら凄く悪手なんじゃ……その,私達とArgonavisを同じステージに立たせるなんて……」
つくしが改めて言われた現状にしり込みしてそう言うと,古澤がそれにもっともだと頷く。
前座とは言え今それなりにネットで出てしまったカップルのバンドを,同じところに立たせるなど悪手にも程がある。本当なら少しモニカの活動を控えて世間が忘れる位待った方が良いのかもしれない。
「だけど,Argonavisにはこれからも長い航海をして欲しい。その度に蓮とましろちゃんの事が取り沙汰される」
人間はそれが結果的に問題がない事だとしてもニュースになった事は記憶に残るし,人によってはマイナス感情のニュースとして残ってしまう。
それがArgonavisの活動に影響を与える事も当然ある。ならば……
「このライブで,世間にぶつかる事が蓮,そしてましろちゃんにとって必要な事だ」
世間の声を,ただ受け身で受けてしまうのではなく……その世間に対しての反撃の為のライブにしろと……世間に倉田ましろという人間が七星蓮に相応しい女性だと自分で証明しろ。
そして蓮はましろにかまけるだけの男ではないと証明しろと……古澤はそう言っているのだ。つまり……
「世界に対しての宣戦布告,それが2人がこのライブをして得られるメリットだ」
宣戦布告——ArgonavisもMorfonicaも今までした事がない類のライブ……Morfonicaは以前あった月の森音楽祭がそれに近いが,今回の事はあれの比ではない。
あの時は理事長に対してのものだった,だが今回は蓮とましろの交際に難癖を付けている世界に対しての宣戦布告だ。
「……そんなライブ……」
ましろが戸惑ったように目線を右往左往させる。そんなましろに対して苛立ちを隠せない男の声が会議室に響いた。
「俺達のライブに余計な音は必要ない。覚悟がないならさっさと失せやがれ」
「な,那由多!」
結人が声をあげるが,それを那由多は1睨みで黙らせてましろを見据える。ましろは初めて真正面から受けた那由多のもはや殺気に近いプレッシャーを受けてつばを飲み込んだ。
「さっきからなんだお前は……お前がいなけりゃ七星が今みたいにくだらねえ事に悩む事もなかったんだぞ?」
「——ッ!」
那由多はそう言ってMorfonicaのメンバーを見渡す。今にも那由多に飛び掛かりそうな透子をテーブルの下でつくしが抑えているが,正直つくしはそれを否定する事は出来なかった。
「な,那由多君僕は──」
「七星てめえは黙ってろ」
蓮が庇おうとしたのも一蹴しましろ達を見据える。
「もう一度言う。俺達のライブに実力がないバンドは出さねえ。ましてや覚悟も何もない奴のバンドなら尚更だ」
今回は一応GYROAXIAが先導して行っている為,那由多がダメだと言ってしまえばそれまでの所がある。もちろん摩周の一存で出す事は出来るがその決断はこれからの事にもしこりを残す事になる。
那由多は話は終わりだというように席を立ち出口へと向かう。
怒りの臨界点を越えてしまいそうな透子はつくしに全力で抵抗して──この会議室にしんと伝わるほど低い声が響いた。
「覚悟なら……あります!」
その言葉は会議室の中に響き,部屋を出ようとしていた那由多はピタリと足を止め睨むように背後の……椅子から立ち上がって那由多をじっと見つめているましろの姿があった。
「私は……私はこれからもずっと蓮君と一緒にいたい! でも……でもそれは全部蓮君に任せる事じゃなくて……私も……私も蓮君の隣でこの運命を戦っていたい! その思いを……誰にも否定なんてさせない!!」
基本的に年上には敬語のましろが,更に相手は様相は怖い那由多相手に心底怒りを抱いているとこの場にいた全員が感じていた。
口だけじゃないましろの覚悟……それを驚いたように見ていたのはMorfonicaの面子で……さっきも同じような光景だと思い出して少し苦笑した。
那由多はそのましろの瞳を受け止め,睨み返すもましろは一歩も退くことなく見返す。時間にして数秒,だが体感数分の果てに那由多はドアノブに手をかけた
「勝手にしろ。出来なきゃそれで終わりだ」
そう言って那由多は部屋を出て行った。
張り詰めた空気が露散して,ましろは力が抜けたようにへなへなと椅子に座りなおして──顔を紅くしまくって机に突っ伏してしまった。
「うぅ~!!」
「シロどうしたんだよ!?」
「ま,ましろちゃん大丈夫?!」
耳まで真っ赤にしたましろは小さく頷いた
「う……うん。だいじょう……ぶ」
これだけの大勢の前で……バンドメンバー以外の人達がいたにもかかわらず那由多に啖呵を切り,それが蓮との実質愛を叫んでいた事にやった後に気が付き身体の熱が急激に高まり突っ伏してしまったのである。
しかし,話はまだ終わっていない。
「続きを話してもいいか」
摩周の言葉にましろはゆっくりと顔を上げ,頷いた後……モニカのメンバーを見渡した。
「ま,ましろちゃん。どうしたの?」
いきなり辛気臭くなったましろの雰囲気につくしが問いかけると,ましろは一瞬眼を伏せて続けた。
「皆……私,このライブに出たい! 私と……蓮君の問題なのは分かってる。凄い自分勝手だと思う。でも」
今回の問題はバンドの前に七星蓮と倉田ましろの2人が問題の中核になっている。だけど,今回のライブでするのならそれは既に蓮とましろの問題だけではない。
自分のバンドメンバーを巻き込む形になる。それでも──
「これからの未来の為に……私はこのステージで歌いたい!」
自分の力だけで羽ばたくことは出来ない。それをする為にはメンバーの力を借りる必要があって……ましろは自分と蓮の未来の為にモニカの力を借りる必要があった。
つくし達はそんなましろを見た後,メンバーで顔を見合わせて微笑んだ。
「当然だよましろちゃん!」
「マジそれな! ていうか,あの旭さんにあたしらの実力見せつけてやる!」
「しろちゃん,私達も協力するよ~」
いつもの3人がそういって,最後に関門でもある瑠唯に眼を移すと瑠唯は1つため息をついた後摩周によって配られた対バンライブの詳細を見て言った。
「これだけの規模のライブをする機会はそうそうないわね」
「瑠唯さん……!」
「ライブをやらせて頂くからには,しっかりと技術の向上を行うわ」
瑠唯の言葉にましろは嬉しくなり,眼に涙を溜め始めながら頷いた
「ありがとう……皆!」
そんなMorfonicaを見て,蓮も自分のメンバーに何かを言おうとしたらその前に結人が蓮の背中を叩いた
「ゆ,結人?」
「俺達も当然やるぜ。GYROAXIAとの対バンも久しぶりだからな。それに,2人の背中を押した責任はしっかりと取らせてもらう」
その言葉を聞きながら蓮が他のメンバーに眼を移すと,凛生も万里も……航海も頷いてくれた。
「ありがとう……皆」
自分とましろの我儘に……メンバー達は付いて来てくれる。その事がどれほどの力を与えるのかを得るのは蓮とましろも同じものを感じている。
この2人が培ってきた”力”は,決して2人だけで磨いてきたものではない。お互いのメンバーと共に,時には力を合わせて来たものだ。このメンバーが2人にとっての”力”なのだ。
「……話を進めてもいいか?」
「「はい!」」
摩周の一言に,蓮とましろは先程とは打って変わって元気な返事を返したのだった
★
アポロレコードの事務所の近くには,アポロレコードが所有している練習スタジオがある。
急遽決まったライブまで残り2週間程度,ましろ達Morfonicaと蓮達Argonavisの姿がそこにはあった。
「ほ,本当に良いんですか? その……ライブまでの間とは言えここ使わせてもらうなんて……」
ましろはすっかりいつもの様子に戻ったようにここに連れてきてくれたArgonavisに問いかけると,蓮は凄い嬉しそうに微笑んだ。
「うん! 古澤さんがきっとアトリエにも影響を与えると思うからって言ってたから大丈夫だよ」
「じゃあ僕達は隣でやってるから,何かあったら呼んで」
「は,はい! ありがとうございます!」
航海に連れられて蓮は部屋を出て行った。それを見送ったましろはメンバーの方へと眼を向ける。それぞれスタジオにある機材を見ていたりしていた。
こう言ったプロを抱えている会社のスタジオなだけあって,機材も豊富らしく凄い興味深そうに見ていた。
「み,皆!」
「シロ? どうした?」
そんなメンバーへ声をかけて,ましろは言った
「新曲……作りたい!」
「……えっ?! あと2週間だよ?!」
そもそも急遽決まって,さっきまでは前座の時間の確認と会場の確認とか諸々していてまだセットリストとかも作っていない段階での新曲希望,だけどもそれは瑠唯は勿論作詞をするましろにも負担がかかるものだ。
それでもましろは新曲をしたかった。
「うん……分かってる。だけど……今までと同じじゃ私が伝えたい事を……きっと伝えられない」
「だから……新曲を?」
「うん! 瑠唯さん……だめ……かな?」
前の瑠唯ならば……時間がないのだから既存の曲の完成度を上げる方を優先するように言った事だろう。そしてそれ自体は今の瑠唯も同じ考えだ。
だけども……今それだけの理由で否定をする気が無くなっているのは何故だろうか。
「確かに,とても急な話ね。残り時間が少ない中で新しい事をするのは得策ではないわ」
「ルイ~! こんないい感じの時にそんな事言う?!」
透子はましろがやる気を漲らせているのを見てボルテージが上がって来たのに,瑠唯がそれを下げるような事を言うなと詰め寄る。しかし,瑠唯はそんな透子を一瞥した後ましろに言った。
「やらないとは言っていないわ」
「瑠唯さん……それじゃあ!」
「でも,2日で倉田さんが歌詞をかけなければ既存の曲で行くわ」
それが瑠唯がましろに出した課題だった。逆に言えば……ましろがその課題をこなすだけで新曲を作ってくれるというのだ。なら……それを受けない理由なんてましろには微塵も無かった。
「うん……ッ! ありがとう,瑠唯さん!!」
ましろは練習しながら……自分の決意と覚悟をまだ見ぬ人たちに伝える歌詞を考え始めるのだった。
練習を終え,Argonavisとも別れて駅に向けて歩いていたモニカはさっきまでの練習の感想戦を行ったりしていて……瑠唯はそんなつくし,透子にましろを後ろから眺めている七深の隣を歩きながら言った。
「広町さん,今回の曲はベースが強く出ている曲にしようと思うわ」
「え?」
七深は瑠唯のその言葉の意味をきちんと”普通じゃない”ベースにすると……そう言ってきたのだ。女子高生の普通を追い求めて来た七深とは正反対のその言葉に七深が一瞬戸惑ったのは無理もない。
「い,いきなりだねるいるい」
そもそもまだましろは歌詞を作り終わっていない為それを考えること自体が早計だと七深は思ったのだが,瑠唯の考えはそうではないらしく
「ああなった倉田さんはきっと歌詞を作って来るわ」
と,端的にもう曲を作る事を確信している様だった。七深はそんな瑠唯を見て最初は戸惑った顔だったが,直ぐに微笑みに変えると言った。
「で,でもどうしてベース?」
それこそギターを強くしても良い筈,それか瑠唯のヴァイオリンも強くしてもそれこそいい筈だ。その中でどうしてベースなのか七深には分からなかった。
「今回のライブは私達だけのライブではなく,倉田さんの”これから”もかかっているからよ」
「……!!」
「あなたが倉田さんの未来をどちらでも良いのなら考え直すけれど」
そう言って感情が読めない淡々とした眼で七深を見る。
那由多が言った実力が無いバンド……透子は否定するだろうが瑠唯はそれを否定しようとは思わなかった。何故ならそれは事実だから。実力があるのならGBTでAfterglowにも勝てただろうし今までの事をひっくるめても自分達が今回前座を行うような……何千も入るようなライブステージでやるようなバンドにはまだなれていないと思っているから。
しかし,ましろの未来はこのライブに懸かっている。実力がなかろうがここで出す結果が全て……なら,出し惜しみをするべきじゃないと瑠唯は判断したのだ。
それが七深の嫌がっている”普通じゃない”だとしても。
「ずるいなぁ,るいるい」
七深も……ましろには幸せな未来を掴んで欲しい。さっきだってそう願ってこのライブに出る事に決めた後にそんな友情を試すような事を言われて黙っていられない。
「分かったよ,るいるい」
「瑠唯さん,七深ちゃんなに話してるの……?」
前を歩いていたましろが会話している2人に気が付いて声をかけると,七深は微笑んで「何でもないよ~」と言っていつもの様に5人で並んで歩き始めた。
★
2週間後——某ライブハウスの熱気はまだ開演前だというのに高まる一方で……舞台袖でましろ達Morfonicaは初めての9000人規模の会場に眼を向けていた。
「す……凄い人の数……私今からあそこで歌うんだ……」
いつもの数倍規模の場所で……その真ん中に立って自分が……自分達が演奏するという事実にましろは改めて驚いていた。
「なんだ~シロ,お腹痛くなって来たか?」
ましろの悪癖とでも言うべき過度の緊張によって起こる腹痛を透子がからかうが,ましろは透子の言葉にふるふると首を振った。
「き,緊張はしてるけど……凄く,楽しみなんだ」
このライブで……ましろと蓮の未来が決まってしまうかもしれないのにましろは不思議と落ち着いていた。もちろん怖さもある。緊張もある。
だけれど……この2週間でこのバンドの有難さを改めて感じて……楽しくて,色々な偶然が重なって前座だがこんな凄いステージに立つことが出来る。
「しろちゃん……」
「ましろちゃん」
今までの彼女からは考えられない心の成長に七深もつくしも優しいまなざしでましろを見る。
「皆,今日は……頑張ろう!!」
とびきりの笑顔でましろはそう言って……Argonavisのが移ったのかそっと手を出した。一瞬何だと七深は思ったが,直ぐにCiRCLE Thanks Party!! でみたArgonavisの奴だと思ってましろの手に自分の手を重ねて,透子も,つくしも重ねて……皆で最後の瑠唯を見る。
「……意味があるとは思えないけれど」
「ルイ~そういうとこだぞ!」
「良いでしょ瑠唯さん,偶にはやろうよ!」
つくしの説得に瑠唯は観念し,そっと自分の手を重ねた。
「今日のライブ……楽しもうね!!」
「「うん!!」」
「行こう,皆!」
「「おーっ!!」」
瑠唯だけは言葉を出す事は無かったが,その口元に笑みを浮かべている事を七深だけは眼に映していたのだった。
★
控室,ArgonavisとGYROAXIAは同じ場所でテレビに眼を向けていた。ステージのライトが消えて──耳によく残る旋律が聴こえ始めた。
その旋律が最高点に行った時,一気に闇が晴れ燃え上がる炎へと姿を変えた。
そして,その炎の中から一言
「flame of hope」
ましろの声が響くと,一気にギターの音が鳴り響き始めた。蓮達も聞いたことのある曲……だけど
「これは……」
「凄い……前のとは全然違う!!」
以前聞いた時よりもレベルが上がり,そして音と音の調和が会場に響き渡っていた。そして……何よりましろの歌唱のレベルもまた一段と引き上がっていた。
以前蓮によって引き上げられたステージに,今度は自分の力だけで辿り着いて観客たちを圧倒していた。
曲名のようにこれからの未来に対する燃え上がる希望を……Morfonicaはこれでもかと観客たちに向けていた。
「へぇ……あの子たちやるじゃん」
GYROAXIAのドラムの界川深幸はそう呟く。
「なんか……あの子たちあんなライブをするような子たちでしたっけ……。どちらかというとGYROに近いような……」
同じことを思った礼音はそう言って那由多を見ると,ソファに深く座って彼女たちの音を聴いている男は眉の1つも動かさなかった。礼音の言葉に答えたのは賢太だった。
「普段のMorfonicaではない……が,これが今のあの子たちがすると決めたライブだ」
そしてそれは観客の反応を見る事からも伺える。
最初は……初めに前座をする予定だったバンドを見るために来ていた人達だってそれなりにいた筈だった。Argonavisが代わりに出ると決まった時にもArgonavis目当ての客もいたはずで……それこそましろアンチの蓮のファンも。
だからぶっちゃけMorfonicaに対しての期待値は0に等しかったはずだ。それなのに──
「す……凄いな倉田さん達」
観客たちは燃え上がるように青のペンライトに振り始めていて,会場のボルテージは天井知らずに上っていく。全くの無名,或いはマイナスからのステージだった筈のモニカの演奏はプロに届くようなものではない。しかし演奏技術の向上と……ましろの進化した歌声がMorfonicaのポテンシャル200%引き出していた。
「凄い……凄いよしろちゃん!」
その事に一番興奮しているのは彼女の彼氏でもある蓮だ。身体はリズムに乗り,今にも歌いだしてしまいそうなほど蓮はテレビに注目していた。
そうして……一曲目を終えて──
「えっ?!」
一曲目のflame of hopeが終わる──と思えば,一瞬結人達も気が付かない程に自然に音と音を繋いで2曲目が始まっていたのだ。
『ブルームブルーム』
ただ一言,ましろが言うと一気に転調が始まり一気に雰囲気を変えた。
「すげえ……一瞬わかんなかったぜ」
余りに自然な繋ぎに結人がそう思わず呟く。
出会いに咲き誇るましろ達の歌は……まだライブが始まったばかりだというのに観客たちを花の楽園へと連れて行くように音がまた広がり始めていた。
「結人,そろそろ行った方が良い」
Morfonicaが披露した高レベルな技を見ていた結人に,賢太がそう声をかけると確かにましろ達の次の曲が終わればArgonavisの番だ。結人はそれに慌ててメンバーに声をかける。
「皆,裏に行こうぜ」
「うん!」
蓮がそう答えると,他のメンバーも頷いて控室から出て行く。そんなArgonavisの面子を見送った賢太は,未だソファに座っている那由多に聞いた。
「それで,那由多はこのライブをどう思う?」
「ああ……? ……ふんっ」
一瞬テレビと……そこから生み出される音を聴いて鼻を鳴らし那由多はまた眼を閉じた。
その反応を見て賢太はふっと笑ってテレビへと眼を向ける。ダメだしをする事の方が多い那由多がそれをしなかったと言う事は……那由多から見ても今のMorfonicaはそれなりのレベルなのだと賢太は察したからだ。
そして……次の為に袖まで歩いて来た蓮達は,ついに目の前でましろ達の雄姿を見届けられる距離にやって来た。2曲目が終わり,忙しなく動いていた音の反響が止んだ。そうして2曲目が終わるとまたステージの照明が消えて,次に照明が付いた時にはましろ達が立ち上がっていた。
「ごきげんよう,Morfonicaです」
そして……ようやく紹介したバンド名に会場の雰囲気が高ぶっていくのを蓮は肌で感じていた。きっとライブが始まる前にこの紹介をしていたら見向きもされなかったかもしれないバンドの紹介,ましろ達は順序を逆にする事で無理やり自分達を注目させたのだ。
自分達が目当てじゃない人が多いからこそ,そして中にはましろのアンチがいるからであろう取った必殺の一手はこの会場をMorfonicaの色にするには十分だった。
「私達の演奏を聴いてくれて,ありがとうございました! 今日のライブが決まったのは……すっごく急な事でしたけど,モニカの皆のおかげで私は今ここに立っていられます」
「も,もうましろちゃん。いきなりそういうのずるいよ~」
ドラムの所からつくしがそう言うと会場中がクスクスと笑いに包まれて,会話のバトンをつくしがそのまま受けついだ。
「私達は月の森女子学園の同級生5人で組んだバンドです! メンバー紹介します!! ギターの透子ちゃん!」
つくしが言うと透子は自分のギターをかき鳴らし会場を煽る。それを見て嬉しくなったつくしだが,その言葉をそのまま透子に取られて
「リーダー兼ドラムの~ふーすけ!!」
「も,もう透子ちゃん,それじゃあ私の本名がふーすけみたいになっちゃうでしょ!」
「あれ? そうかな。ふーすけってネーミング可愛くね?」
「それとこれとは話が違うよ!! ……あっ,私の名前は二葉つくしです! ふーすけじゃないです!!」
そう言うと会場がまた笑いに包まれて会場の雰囲気がいつも自分達が行うライブのように緩いものに変わり始めたのを感じてつくしはふっと笑い,そのままメンバー紹介を続けた。
「ベースの七深ちゃん!」
「よろしく~」
「ヴァイオリンの瑠唯さん!」
瑠唯はそのまま一礼して,つくしは最後にましろの方を向くと彼女もつくしの方へ眼を向けていた。その一瞬のアイコンタクトにつくしは嬉しくなり,飛び切りの笑顔で言った。
「そして……私達のボーカル,倉田ましろちゃん!!」
ましろが会場に対して頭を下げると……歓声が聞こえてきてましろはびっくりして目の前の観客たちを見ていた。
このライブが決まった時,ネットではMorfonicaを……そしてArgonavisを叩く記事も見られた。つくしや古澤が言った通り,この一手は悪手でしかないとマスコミもそう言ってたりした。
それでも……今こうして歌って,自分達はオーディエンスに受け入れられている。その事を感じて……ましろはダメだと分かっているのに胸が熱くなるのを止める事が出来なかった。
「ま,ましろちゃん大丈夫?」
「うん……大丈夫だよ,つくしちゃん」
その寸前の涙を押しとどめ,目の前の観客たちに眼を向ける。
「このライブの話を受けた時,最初はとても不安でした。私と……私の大切な人と一緒との未来を賭けたものって思っていました。だけど……」
そう言ってましろは順にメンバーへ眼を向け,最後に舞台袖で自分を見ている蓮に気が付いて誰もが見惚れる程美しい笑みを浮かべ,観客の方へと向いた。
「凄い我儘でも……自分勝手でも……皆が一緒に付いて来てくれた。それが嬉しくてたまらなくて……私は皆に勇気をもらいました!」
本当ならましろと……そして蓮,二人がこの問題に立ち向かわなければならなかった筈だ。だけど,2人の戦いだと分かっていた筈なのにモニカも……そしてArgonavisも2人の為にこの場に出る事を決めてくれた。
それがましろにとってどれだけの勇気をもらう事なのか,ましろにしか分からない。
「だから……私を支えてくれる人たちの為に,この運命を変えるために──新曲,『両翼のBrilliance』」
始まった七深のベースソロ,そして瑠唯のヴァイオリンから始まる圧巻のステージ……ましろの歌詞から紡がれる覚悟と決意の歌。今までのモニカにはないダークな雰囲気の曲でありながら,その中に内包する熱さは萎えるどころか更に高まっていく。
「凄い……」
万里が呟くと凛生も隣で頷く。
「ああ。レベルそのものだが,何より倉田の歌が進化している」
今のベースのソロのレベルも,航海が内心で驚きで染まるほどのレベルの高さでそれだけでも驚きなのにこの少ない時間で完璧にこの新曲を仕上げている事にこのライブにかけるモニカの覚悟を感じ取った。
そして……それを感じ取った者の使命は──
「はぁ……はぁ……」
新曲を終え,大歓声がましろ達を包んで一列に並んだモニカを見てましろは嬉しそうに微笑み,そして観客たちの方へと眼を向ける。
「「ありがとうございました!!」」
それに観客たちは歓声で応え──その中にましろを侮蔑するような声は何一つあがらなかった
「れ……ん君」
そうして舞台袖に戻って来たましろは蓮の姿を見つけて……力が抜けたように前のめりに倒れた。
「しろちゃん!」
慌てて蓮はましろを抱きとめて抱擁して受け止めると,ましろは耐え切れなかったように蓮の事を抱擁し返す。
「蓮君……凄く怖かった……怖かったよッ!」
自分がまだ見ぬオーディエンスに,そして自分を敵だとする人たちにする歌が受け入れられるのかが分からない中でやった精一杯のライブ……この演奏で自分の未来への道が光か闇か決まってしまう程のプレッシャーでやり切った事に安堵と緊張から解放されて力が抜けた。
蓮にこのまま甘え倒してもらいたいくらい,ましろは力が抜けてしまっていた。
「しろちゃん……しろちゃん,凄く……かっこよかったよ!」
「……えへへ,ありがとう,蓮君」
顔を上げ,抱擁から離すと彼氏にだけ見せる女の顔で笑みを浮かべた。
「次は……蓮君の番だよ」
甘え倒したくてもまだArgonavisのライブはこれからだ。だからそうしたい欲望を我慢し,抱擁を離すといつかのように掌を向けた。
何をするのかを分かった蓮はいつかのように掌を出して……
パンっ!
ハイタッチをしてMorfonicaは控室に,Argonavisは入れ替わるようにあのステージへと歩いて行ったのだった
★
あのライブから数日後,蓮はましろと一緒にインタビューを受けたりして……世間は2人の交際を受け入れるような動きを見せ始めていた。
ましろアンチの動向もすっかり息を潜め,Argonavisに対して向けられた荒波もいつしか収まっていき蓮とましろの交際は既に知っている人は知っている位になりそれも含めてファンになる人が急増した。
「いやでも……幸せそうな2人を見ていたいってなんだ」
その新たに出来たファン層というのが……ただただましろと蓮が幸せそうに歩いているのを見るだけで何故か幸せになって行くという特殊な層である。
例えるなら小さな子犬と赤ちゃんのやり取りを見ていたいというあの層と同じである。
新たなファン層を獲得できたのは喜ばしいのかもしれないが,余りに特殊過ぎるせいでその方向で行くのは航海によって即刻却下になった。
「というか……蓮君とましろちゃんだから出来たみたいな感じがあるしね……」
傍から見ても末っ子2人組のような蓮とましろは周りが見ているだけで不安になって手を貸してしまいそうな……そう,子犬のような雰囲気があるが故にそんな層が出来たのであってそれを意識的にするのは不可能だった。
そして……その件の2人と言えば
「蓮君♪」
そんなましろは……Argonavisのシェアハウスで蓮と一緒にまた新しい曲を幸せそうに作っていたのだった。あのライブの後,アポロレコード宛にMorfonicaの楽曲をCD化して欲しいという要望が思ってもみない数が届き,数曲だけだがMorfonicaもCDを出す事になった。
それに伴ってどさくさに紛れて古澤に蓮との曲を作りたいと言ってみたら「良いんじゃないかい」という軽いノリで承諾され,こうして家デート……ではなく曲作りをしているのである……のだが。
「し,しろちゃん。皆いるから……」
「むぅ……」
蓮と堂々と一緒にいられる事に嬉しさが爆発してそれが継続中のましろは例えシェアハウスだとしても……手を絡めることくらいの事はするようになってしまっていた。
「じゃあ……終わったらデート行こ?」
「え,う……うん」
一体デートが目的なのか歌詞作りが目的なのか,どっちが本当の目的なのかもうましろにも蓮にも……この光景を諦めの眼で見ているArgonavisにも分からないけれど
「蓮君,大好きだよ」
「う……うん。僕もしろちゃんの事……大好き」
今回の事を通して2人の愛はまた一つ,大きくなっていたのは誰の眼から見ても明らかだった。
因みにこの会話を聞いたArgonavisは甘々に甘々を更に混ぜたような光景に耐え切れなくなり,結人,航海,凛生,万里の4人で逃げるようにぽんちゃんの散歩に行くというよく分からない光景を生み出していたのだった。
お疲れさまでした!
蓮とましろのラブラブ具合が溢れる高まる。因みにこの話,あのハロウィンの前なのでハロウィンでのましろの性格の変わりようはこの話から少し引きずってる感じですね。
”出来なきゃそれで終わりだ”,那由多が言う言葉で何気に一番好きなので今回ましろにも伝えられた感じですね。
一言喧嘩して,後はライブで示すというのが那由多らしいかなと思いこういう形にしました。
そして今回のお話の中で出した両翼のBrillianceは今放送中のヴァンガードのEDで,声優の西尾さんがベース強つよな曲って言っていたので,今回のお話ではそれに理由を付けさせてもらいました。
全身全霊で出し惜しみをしてはましろの未来を支えられない為,七深がましろの為に”普通”であることの拘りを捨てて”普通じゃない”演奏した感じです。
この作品の透子って書いといてあれなんですけど凄いまだ大人しい方なんですよね…というかはっちゃけさせかたが分からないのでこんな感じになっちゃっているんですけれども,どっかでちゃんと書いて見たいなと思った作者でありました。
ではでは…!!次の話は特に決めてないんですが,何か思いついたら書こうと思います!シリアスだったから多分イチャイチャが始まる!
恋人になった2人の関係性どんなのが良い?
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今まで通りましろから蓮に激攻め
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逆に蓮がましろに激攻め
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寧ろお互いがお互いに激攻め
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というか全部やれ