灰を被った月夜の黒猫   作:夕凪楓

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憧れと出会えて良かったよ。結果がどうあれ。




Ep.06 邂逅

 

 

 

 

 

 

 2023. 04. 08────それは、キリトが《月夜の黒猫団》と出会った日である。

 

 βテスターとしての知識を活かしたスタートダッシュと、半ば強引なソロプレイによる高経験値効率のおかげで、キリトは既に最前線のモンスターとさえ渡り合える程のレベルに達していた。

 SAOが開始して5か月程経過した春の夕暮れ時に、キリトは当時の前線から10層以上も下の迷宮区に足を踏み入れていた。潜っていた理由は、武器の素材となるアイテムの収集だった。レベルの差があり過ぎたせいで退屈にすら思える単純作業。二時間程で必要なだけの素材アイテムを集める事が出来た。その間、他のプレイヤーを避けながら。

 

 だがキリトは、帰ろうと出口に向かった時にとあるパーティが撤退して来るのが見えた。通路を武装したゴブリンの一団に襲われ、その攻撃をどうにかいなしながらズルズルと後退していく。キリトはひと目見てそのパーティのバランスの悪さを理解した。

 

 ────なんだあれは、前衛が1人しかいないじゃないか。

 

 全員、出口まで逃げ切れそうな程のHPは持ち合わせていたが、途中で他のモンスターに襲われる可能性だってある。それを見て、助けに入るか──その考えが頭に浮上した後、心が揺れた。ハイレベルな自分が、ここで彼らを助けたらどうなるか。一般的にハイレベルのプレイヤーが下層の狩り場を荒し回るのはマナーが悪いと言う他無い。暫く続ければ上層のギルドに排除依頼が飛ぶし、新聞の非マナープレイヤーとして名を馳せてしまう恐れもある。緊急なのだから問題無いとも考えたが、彼らの瞳にビーターと自分を嘲る色が浮かぶのが怖かった。

 

 けれど────

 

「……っ」

 

 キリトは散々迷った挙句、隠れていた脇道から飛び出して、指示出しをしていたリーダーと思われる棍使いに声を掛ける。

 

「ちょっと前、支えてましょうか?」

「え……っ!?」

 

 振り返った棍使いは、キリトの顔を見て何故か固まる。同時に、視線を寄越した他のメンバーも全員、此方を見て目を丸くしていた。ビーターだとバレたのか、と焦ったキリトだったが、彼らはすぐに我を取り戻し、

 

「すいません、お願いします。ヤバそうだったらすぐ逃げて良いですから」

 

 そう言って、棍使いはキリトの提案を即座に受け入れた。バレた訳では無いと安堵も束の間、キリトは剣を引き抜くとメイス使いとスイッチの合図を取る。ビーターと罵られるのを恐れたキリトはこの時、使用するソードスキルを初期に覚えるものに限定し、態と時間をかけてゴブリン共と戦った。

 

 それはきっと、してはいけない過ちで。ずっと後悔する事になる過ちの始まりとも知らずに。

 

 

 ▼

 

 

 HPを回復させたメイス使いと交互にスイッチを繰り返してゴブリンの群れを一掃した途端、そのパーティの五人はキリト自身がギョッとする程に盛大な歓声を上げた。ハイタッチを交わし、勝利を喜び合い、互いの活躍を称え合う。

 そのハイタッチは当然キリトの方にもやって来る。戸惑いながらも、キリトは差し出された手に自身の手を重ねた。慣れない笑顔を浮かべながら、手を握り返す。

 

「ありがとう……ほんとに、ありがとう。凄い、怖かったから……助けに来てくれた時、ほんとに嬉しかった。ほんとにありがとう」

「いや、そんな……」

 

 紅一点の槍使いは涙を瞳に溜めながら、何度もそう繰り返した。キリトは目を見開いて驚いたが、ただ後悔しなくて良かったと、そう思った。助けに入ってよかった、彼らを助けられるくらいに自分が強くてよかった、と。

 前線フロアで他パーティの助太刀をしてもこんなに感謝される事は無い。助けるのはお互い様だという暗黙の了解があるからだ。助けてもお礼など求めないし、された方も軽く挨拶する程度。戦闘をいち早く処理し、無言で次の戦闘へ。効率良く自分を強化し続けるその合理性が生んだやり取り。

 けれどこのパーティは違う。今のこの戦闘一つにここまで大いに喜び、健闘を称え合う。そんな仲間然とした雰囲気にキリトは惹かれ、思わず口にした言葉。

 

「俺もちょっと残りのポーションが心許なくて……良かったら、出口まで一緒に行きませんか」

 

 自分から出口までの同行を提案した事実に、少しだけ驚いた。ポーションが少ないなどと嘘を吐いてまで、彼らと帰る事を望んだ自分に。そんな嘘に棍使い──ケイタは笑って頷いた。

 

「心配してくれて、ありがとう」

「っ……いや」

 

 ────何故自分から出口までの同行を提案したのか、当時は分からなかったけれど、もしかしたら彼らのいかにも仲間然としたその雰囲気に、堪らなく惹かれたからかもしれなかった。

 もっと言えば、このSAOという地獄のような狂ったゲームを本当の意味で攻略しているのは、彼らの方だと思ったからかもしれない、と思う時があった。

 

 だが、キリトは今にして思う。黒猫団の潰滅から半年経ったからこそ。きっと、単に気持ち良かったのだと。利己的なソロプレイヤーとして積み上げてきた経験値と技術と数値で、自分より遥かに劣った彼らを守り、頼られるのが快感だったのだ。ただそれだけの、簡単な話だった。

 

「……なあ、やっぱさぁ……」

「ああ、似てるよな……」

「……僕も最初アキトかと思った」

 

 出口に向かうまでの間、殿を務めていたキリトがふと顔を上げると、手前で歩く三人の男性メンバー達に小声で囁かているのを自覚する。チラチラと見られては互いに何かを確認している。初めは助けに入った自分の強さが気になったのか、もしくはハイレベルなのがバレたのかと肝を冷やしたのだが────すぐにケイタから弁明が飛んできた。

 

「……ええと」

「あ、ああ、すみません!実は、貴方によく似た知り合いが居て……」

「知り合い?」

「知り合いというか、うちのメンバーなんですけど……先日武器が壊れてしまって、今日は鍛冶屋に行ってるんです」

「……そう、なんですか」

 

 つまり、あと一人合わせて六人でのギルドという事なのだろう。恐らくそのもう一人も、彼らと変わらないレベルであると予想出来た。

 というのも、武器を使い潰すのは初心者ならよくやりがちな失敗だからだ。耐久値を気にせずに攻略したり、メンテを忘れたり、そもそも調整の概念を知らなかったり。下層でレベリングしているくらいなのでまだ未熟な部分も多いのだろうが、それでも彼らの雰囲気にどうしようもなく惹かれていたのは事実だった。

 

「待ってる間に少しでもレベル上げとこうと思って来たんですけど……やっぱり前衛少ないと危ないって痛感しました。本当に助かります」

「……俺も、ポーション少なくなってきてて不安だったんで、良かったです」

 

 ────思えばきっと、この小さな嘘が間違っていたのだろうと、今でも悔やむ。

 

 

 

 

 ▼

 

 

 第11層《タフト》

 

 

「命の恩人キリトさんに、乾杯!」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

「か、乾杯……」

 

 迷宮区から脱出した後、酒場で一杯やろうとケイタに誘われたキリトは、それにすぐに頷いた。紅一点の彼女がもう一人に連絡をすると、先に始めてて良いとの連絡が来たそうで、各々がキリトを囲うように席取りを始める。そしてその後、きっと高価だったろうワインで祝杯を上げ、各々が自己紹介を始めた。

 キリトが名前を告げた際にも何か違和感を感じる雰囲気が漂っていたが、ビーターがバレた訳でも無いらしい。そのままみんなに感謝の言葉を再び向けられて戸惑うキリトに、ケイタはさも言いづらそうに、耳打ちするように質問をし始めた。

 

「あのーキリトさん。大変失礼ですけど、レベルって幾つくらいなんですか?」

 

 その質問は、キリトにとっては予想出来るものだった。祝杯の席を取ったからには聞かれるであろうという事、ハイレベルだと知られればあの場を荒らされたと思われる可能性があった事。なのでその時までに適切だと思われる偽の数字の見当を付けて告げた。

 

「……20、くらい」

 

 その数字は彼らの平均レベルより少し上、そして今のキリトのレベルより20も下の数字だった。ケイタは疑う事もせずに驚いた様子で、煽てるように感嘆の声をあげる。

 

「へえ、そのレベルであの場所でソロ狩りが出来るんですか!俺達とあまり変わらないのに凄いですね」

「ケイタ、敬語はやめにしよう。ソロって言っても、基本的には隠れ回って、一匹だけの敵を狙うとかそんな狩りなんだ。効率はあまり良くないよ」

 

 苦笑してそう答えると、ケイタはすぐさま神妙な顔持ちになり、真面目な声音で提案してきた。

 

「そう……そうか。じゃあさ……キリト、急にこんな事言ってなんだけど……君ならすぐに他のギルドに誘われちゃうと思うからさ……良かったら、うちに入ってくれないかな」

「え……?」

 

 自分でもかなり白々しいと思う程の顔と問い返しをしたと思う。周りを見ればみんなが笑顔を向けており、その提案に反対の色は映っていなかった。ケイタは苦笑しながら言い難そうに告げてくる。

 

「ほら、僕らレベル的にはさっきのダンジョンくらいなら充分狩れるはずなんだよ。ただ、スキル構成がさ……君ももう分かってると思うけど、この五人の中で前衛出来るのはテツオだけでさ。どうしても回復が追っつかなくてジリ貧になっちゃうんだよね。……ホントは、さっき言ってたもう一人も前衛なんだけど、まだちゃんと連携取れてなくてさ」

「……前衛が足りないってだけで連携はできてたと思うけど」

 

 キリトは先程の彼らの戦闘を思い起こす。確かにジリ貧にはなっていたが、お互いに声を掛け合い連携自体はある程度の統率が取れていたように思う。特にリーダーであるケイタは堅実なタイプなのか、周りを俯瞰しながら指示出しできる様には司令塔の素養すら感じていた。

 

「あー……うん、こういう事、あんまり言いたくないんだけどさ……」

 

 するとケイタは困ったように笑う。他のメンバーも仕方ないと言ったように小さく笑った。キリトは話し難い事を聞き入ってしまったのかと思い、慌てて手を前に突き出して制止させる。

 

「あ、いや……言いたくないなら構わないよ。部外者なのに色々聞いてごめん」

「ああいや、そういう訳じゃないんだ。実は俺達、現実世界ではみんな同じパソコン研究会のメンバーなんだ。見知った仲だからお互いの事は分かってるし、ある程度阿吽の呼吸で連携できる事もあるんだけど……さっき言ってたもう一人はSAOで知り合ったんだよ」

 

 何て言ったら良いかな……と、説明の仕方を決めあぐねているケイタ。それは、現在武器を買いに鍛冶屋に行ってるという、もう一人の事。そういえば、詳しく聞いていなかった。

 

「結構気難しい奴でさ、人付き合いが苦手っていうか……僕らもアイツの事分かってあげられてなくて、上手くいかない時があるんだ。だからもう一人前衛が欲しいって思ってたところなんだよ」

「アイツ言いたい事あっても言わねぇしな。こっちが聞いても『別に』とか『何でもない』とか」

 

 そのケイタの発言を皮切りに、今度は向かいの席にいたシーフのダッカーが腕を組んで眉を吊り上げて続ける。そしてそれを聞いて思い出したのか、今度はメイス使いのテツオが苦笑しながら呟いた。

 

「すぐ拗ねるしな。ちょっとイジったら『もういい』『もう寝る』って言って逃げるし」

「口も悪いよね。『うるさい』とか『邪魔』とか普通に言うし、よくダッカーと喧嘩になるし」

 

 それに畳み掛けるように、槍使いのササマルが小さく息を吐きながら言葉を重ねる。聞いてる内にキリトの中でその六人目の人物像が次第に形成されていき、何故だか頭の中で気まぐれな黒猫を想像してしまう。

 いつの間にかもう一人の問題点を挙げる会みたいになってる中で、最後は紅一点───サチが、むくれたように呟いた。

 

「アキトって集団行動苦手だよね。今日だって、武器選ぶのみんなで行こうって言ったのに『一人で行く』ってそそくさ出て行っちゃったし……」

「普通にまだ心開いてくれてないんじゃね……?」

「うわ、それショックだな……そうだったらどうしよう……」

 

 ダッカーの嫌な予感を真に受けて落ち込むケイタを全員が慰める光景を、キリトは遠くを眺めるような瞳で見つめながら、サチの告げた名前を反芻する。

 ────アキト。それが、六人目の名前なのだと理解した。

 

「メンバー全員で足並みを揃えないと後々危ないんじゃ……?」

「あはは……ご最もなんだけど、アキトのは今に始まった事じゃないし」

 

 たとえRPGで同じパーティやギルドを組んだとしても、各々でソロ狩りをしたり買い物をしたりなんて事はよくある事だと思うが、それはあくまで遊びとして、ゲームが娯楽であればの話だ。

 この殺伐としたデスゲーム内でこれほど温かな雰囲気で居られる場所はそう多くない。そんな場所を蔑ろにして、そいつは今何処で何をしているんだと、思わなかった訳じゃないけれど。

 

「てかアキト遅くない?何やってんだろ。サチ、やり取りしてたろ」

「うん、なんか鍛冶屋の人に捕まってるみたい。もう一回メッセ飛ばしてみるね」

「早く来ないと終わっちまうって送っとけ、アイツ何だかんだで仲間外れ拗ねる奴だから」

 

 そう言って笑い合う彼ら。そのアキトという人物を語る黒猫団のみんながあまりにも楽しそうで、嬉しそうで、幸せそうで。キリトは何も言えなくなってしまった。

 

「……凄い、優しい奴だから、前衛が少ない分負担も大きいはずなのに『大丈夫』としか言ってくれなくてさ。だから、アキトに頼られるような僕らでいたいんだ」

「……そう、か」

 

 まだ見ぬアキトという人物が、何故かとても羨ましく思えた。ケイタの言葉に同調するように黒猫団のメンバーが頷き、それが全員の総意なのだと言わんばかりで。何故そこまで、と困惑する中で、ケイタは隣りにいるサチの頭に手を置いた。サチはキョトンとしているが、彼は構わず言葉を続ける。

 

「コイツ、見ての通りメインスキルは両手用長槍なんだけど、ササマルに比べてまだスキル値が低いんで、今の内に盾持ち片手剣士に転向させようと思ってるんだ。でも、中々修行の時間も取れないし、片手剣の勝手が良く分からないみたいでさ。良かったら、ちょっとコーチしてくれないかなあ」

「何よ、人をみそっかすみたいに」

 

 サチはケイタに向かって頬を膨らませると、そのまま本音を口にする。

 

「だってさー、私ずっと遠くから敵をちくちく突っつく役だったじゃん。それが急に前に出て接近戦やれって言われても、おっかないよ」

「盾の陰に隠れてりゃいいんだって何度言えば分かるかなぁ。お前は怖がり過ぎるんだって」

「アキトの負担が減るって言った瞬間『やる!』って即答してた癖にー」

「そーだそーだ」

「なっ……ち、ちょっと、やめてよ……!」

 

 サチは顔を真っ赤に染め上げ、隣りに立つケイタの脇腹を肘で小突く。それを見て笑うダッカー、テツオ、ササマルと順番に見やる。不意に彼女と目線が交わり、照れを誤魔化すように笑ったのを見てキリトの鼓動が一拍飛んだ気がした。

 ずっと殺伐としたゲームだとばかり思っていた。最前線のみでの生活の中、VRMMOというのはリソースの奪い合いでしかない、と。その認識しかしていなかったキリトにとって、彼らのそのやり取りはとても眩しいものに見えた。そんな視線に気付いたケイタは、照れたように笑う。

 

「ああ、ごめんね、身内でふざけてて。でも心配しなくていいよ。みんな良い奴だから、キリトも仲良くなれるよ、絶対」

「アキトもこのゲームで知り合ったしな」

 

 ケイタとダッカーの発言にササマルとテツオが頷き、サチが微笑む。キリトはそんな彼らを見て、その表情に影を落とした。

 

 ────全員が良い奴なのは、とっくに分かっていた。迷宮区から此処に来るまでの道中で、その時点で解り切っていた。そんな彼らを騙して、今から自分は彼らの提案を受けようとしている。罪悪感が胸の奥で疼く中、キリトは作り笑いを浮かべ、小さく頷いた。

 

「じゃあ……仲間に入れてもらおうかな。改めて、よろしく」

 

 キリトは身分を偽ってまで、この眩しい空間にいたいと、その欲に身を委ねてしまったのだった。

 ギルドへの招待をキリトが受け入れた事を理解すると、黒猫団は本当に嬉しそうに笑ってくれた。喜びを隠す事無く、これからよろしくと最初にしたはずの自己紹介を再び行う始末。それがどうにも温かくて可笑しくて、キリトもつられて笑ってしまった。

 

「……お、来た来た」

「……?」

 

 再び各々が自身の席に着いてグラスをテーブルに置いた直後、ケイタが何かに気付いたのか視線を上げて口元を緩ませた。それに吊られるようにサチ達も振り返ってケイタの視線の先を見やり、キリトもそれに倣う。

 

「────……っ」

 

 驚きで目と口が開く。

 黒猫団が囲うテーブル卓に向かってくる一人の男性プレイヤー。長めの黒髪を左右に揺らしながら小走りで近付いてくる。彼らの簡素な胸当てや防具とは少し違い、その上にフード付きの白のジャケットを纏っていた。背中にやや反りのある曲刀を背負い、真っ直ぐに向かってくる彼の容姿を見て、なんとも言えぬ感情が押し寄せる。

 ────なんだか、自分と似ているような。

 

「やっと来たなー!」

「もー、遅いよアキト(・・・)

 

 ────アキト。

 ダッカーとサチにそう呼ばれた彼の名は、先程ケイタ達から聞いていた黒猫団六人目の名前だった。つまり、彼が《月夜の黒猫団》最後の一人。

 

「ご、ごめん、ホントごめん……」

「良かったな、まだ乾杯したばっかで」

「終わってたら拗ねるもんな」

「……別に拗ねないよ」

 

 キリトはまじまじと彼を見上げる。アキト自身は少しだけ息を切らしながら各々に『遅れてごめん』と謝罪した。ダッカーやテツオは左右からアキトの肩を抱いて出迎え、ササマルやサチはそのやり取りを見て微笑んでいる。

 ケイタも同様に頬を緩ませながら、アキトに向かってグラスを差し出しながら尋ねた。

 

「おかえり。随分時間掛かったね?」

「……納得いくものができないって、ずっと付き合わされたんだよ……くそ、絶対許さないぞあのリズベットとかいうヘボ鍛冶屋……」

「いや元はと言えば、アキトが耐久値確認しないで剣振り回してたのが悪かったんだろ」

「初心者が良くやる失敗だよなー」

「テツオ、ダッカー煩い」

 

 ケイタからグラスを受け取り、左右で揶揄ってくる二人に悪態を吐きつつ、アキトの視線が此方へと向かい────視線が交わる。キリトを認識したその瞳が揺れ、アキトは小さく頭を下げる形で挨拶をした。それに返すようにお辞儀を返すと、彼は今度はケイタへと視線を向ける。『誰?』とその目が語っていた。

 

「ああ、紹介するよ、彼はキリト。キリト、こっちがさっき話してたアキト」

「……ど、どうも」

「え、あ……どうも」

「お見合いかな?」

 

 キリトもアキトも、気不味そうに再び頭を下げる。どうやらお互いに人見知りが激しいらしく、早くも親近感が芽生えた瞬間だった。誰かしらが見合う二人に突っ込みを入れると、ケイタは次いでアキトに説明を重ねる。

 

「アキト、キリトには今日ダンジョンで危なくなった時に助けて貰ったんだよ。それで、お礼も兼ねて夕飯を一緒にどうかって────」

「っ……あ、危なくなったって……何それ、僕全然聞いてないんだけど」

「言ったら心配するかなって。それにいつもの狩り場だったし、アキトは過剰に心配するだろ?」

「ったくー、相変わらず心配性だなアキト」

「俺らの事大好きか」

「……ウザい」

 

 再び左右の二人に囲まれ、煩わしそうに腕を振り払うアキト。ケイタの発言に対して過剰に反応を示す辺りで彼の黒猫団に対する想いの丈を垣間見た気がして、キリトは口を噤んだ。SAOに来てから出会った割には、かなり深い関係を築いているように見えて、それが殊更羨ましく感じた。

 

「えと……キリト、さん。ありがとうございます、助けて頂いて」

「……い、いや。俺もポーションが心許無かったし、帰り道に同行させてもらったからお互い様だよ。それから、敬語は要らない」

「……そ、か……ありがとう、キリト」

 

 表情を作る事が上手ではないのか、ぎこちのない小さな笑みだった。けれどそれだけで、此方に対しての感謝をひしひしと感じた。彼が黒猫団をどれだけ大切に思っているのかが少しだけ分かった気がして、キリト自身が彼らに感じている温かさをアキトも感じているのだと、自分のこの羨望にも似た感覚は間違っていなかったのだと自覚した。

 

「それでさ、アキト。キリトに黒猫団に入って貰いたいんだけど、どうかな?」

「ぇ……」

 

 ケイタの発言に、一瞬だけアキトの言葉が詰まった気がする。彼はケイタ達と此方を交互に見やり、困惑している様子だった。アキトにしてみれば、今日出会ったばかりで素性すら分からない此方は警戒するに越した事の無い怪しい奴だし、何より自分の居場所に異物が入ろうとしている分動揺もあるだろうと、キリトは彼からの拒絶を覚悟していた。

 

「……みんなが良いと思ったなら、それに合わせるよ」

「良いのか?」

「だって、もうみんなで決めた事なんでしょ?」

「か、勝手に決めたの怒ったか?す、拗ねてるか?」

「拗ねてない拗ねてない、一々顔色伺わなくていいから」

「う……」

 

 ケイタの項垂れる姿にクスリと微笑むと、そのままアキトはキリトの元へと遠慮がちに近付く。彼の隣りに立っていたサチが、それを見て可笑しそうに口元を緩め、彼の脇腹に肘で小突く。彼女に唆されるように前に出ると、アキトはその手を此方に差し伸べてきた。

 

「えと……よろしく、キリト」

「……っ」

 

 彼の顔から、何かしら内にある感情の一部でも読み取れはしない。思うところがあったのかもしれないし、何か言いたげだった気もする。

 それでも最後は黒猫団の意志を信じたのか、たどたどしく口を開きながら、慣れない笑顔を此方に向けてくれた。

 

「……こちらこそ、よろしく」

 

 それを見てキリトもおずおずと、そしてお互いにやや震えるその手を握り返す。先程まで外にいたからなのかアキトの手が冷たく感じる。だがそれでも、黒猫団のみんなと変わらない温かさも一緒に感じて、どうにもこそばゆかった。

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

2023.12.23────

 

 

「キー坊」

 

 四十六層で変わらずレベル上げに時間を費やす此方の背に、そう声を掛けてくる猫にも似た声音。自分をそう呼ぶのはこの世界でただ一人。振り返ると、フードに三本ヒゲのペイントが特徴的な、見知った情報屋の姿だった。

 

「……アルゴ」

「様子、見てきてやったゾ」

 

 丁度最後の一匹を斬り飛ばし、リポップを待つタイミングだった。休憩の時間が無駄にならずに済みそうだと、剣を背中の鞘に収めて近くに聳える木の幹に寄り掛かる。

 アルゴが告げた『様子を見に来た』ではなく『様子を見てきた』発言は誤りでは無い。キリトは“とあるプレイヤー”の動向を、逐一アルゴに金銭を払ってまで探って貰っていたのだ。

 

「……アキト(・・・)は、どうだった……?」

「……オマエと同じダヨ」

「っ……そうか」

 

 ────アキト。

 かつて同じギルド《月夜の黒猫団》で短い間ながらも苦楽を共にした親友。いや、最早親友と呼ぶ事さえ烏滸がましい程に、キリトは彼に取り返しのつかない事をしてしまっていた。

 

 

「……っ」

 

 

 ────……何が“短い間ながらも”だ、短くしたのは俺の所為じゃないか。

 

 黒猫団が全滅したあの日の事を今も鮮明に、昨日の事のように思い出せる。死に行く寸前の彼らの顔、恐怖や動揺に彩られ青ざめたその表情を。そして、独り取り残されたアキトの、あの時の顔と言葉を。

 

『────ああ、そっか』

 

 何かを諦めたような、生気を失ったような笑み。死と隣接した表情と佇まいに、今にも身投げしてしまうのではないかと恐怖した。最後の仲間を失ってしまうのではないかと手を伸ばした。けれど彼の目に自分は既に映っておらず、此方のどんな謝罪の言葉でさえ伝わる事はきっと無かった。

 

「……ありがとう、今まで」

「もう良いのカ?」

「ああ……明日、全部が終わる」

 

 自分の目の届かないところで死んでしまうのではないかと不安だった。自分の所為で命を落とす人間がまた増えるのではないかと恐怖した。そうやって気付かれない距離でアキトの様子を見る事に時間を費やし、その癖怖くて声は掛けられないなんて、何とも情けない半年を過ごしていた。

 どうやら彼もクリスマスのイベントMobに辿り着いてしまった様で、キリトは歯噛みする。あのアキトが、黒猫団以外の連中とパーティを組むとは考えにくい。自分と同じように、レベル上げしてソロで挑むつもりだと確信した。

 

「……昨日、アーちゃんからイベントMobについて聞きたい事があるって、メッセージが来たんダ」

「っ……アスナ、が?」

「ここ最近、攻略組の鬼とまで言われるくらい、迷宮区にしか興味無かったのにナ。……なぁ、せめてアーちゃんと協力する気は……」

「悪いけど、これは俺一人でやらなきゃいけないんだよ」

 

 アスナがどういう風の吹き回しかは知らないが、意外過ぎて少しだけ驚く。恐らく手に入る装備やアイテム、コルなどが攻略を進める為の助力になると踏んでるのだろうが、今からイベントMobについての情報を集めてパーティを結成するまでの工程を、明日のイベントに間に合わせるのは不可能に近い。

 アルゴからの情報から総合するに、まだ誰もボスが出現する樅ノ木の所在を掴めていない。恐らく、現状この世界で検討がついているのは自分だけだ。ならば。

 

 ────ならば、その死地に向かうべきは俺一人でいい。

 

 もうアキトに何も背負わせない。これは全て、自身の奢りと嫉妬によって生み出された結果で罪である。彼を地獄へと行かせない為に、地獄へ行くのは自分だけでいい。

 

 ────《蘇生アイテム》

 

 眉唾物でしかないそれに縋るしかない自分は道化に見えるだろうか。だがそれでいい。仲間を死なせた自分に自分に相応しい末路をたどれる気がするし、唯一許された死に方に思えた。彼女を生き返らせる事が出来たなら、自分は彼女に自分の掲げた誓いを言葉にする事が出来る。そしてアキトに自分の抱えた思いを、伝える事が出来る。

 

 あるかも分からない、そんなアイテムをただひたすらに求めるのは、ただアキトとサチの為でしかない。

 

 

 

 








【制約 六】

少年アキトは、《月夜の黒猫団》とずっと一緒にいる為に戦っている。



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