灰を被った月夜の黒猫   作:夕凪楓

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憧れるのに疲れるから、嫌なところを見つけて幻滅したいんだ。お願いだから、何か一つで良いから、劣ってるところがあってよね。



Ep.07 羨望

 

 

 

 

 2023.04.15────

 

 

「せぁっ!」

 

 剣を横に振り抜き、その場の敵を一掃。四散するポリゴン片を風圧で吹き飛ばし、そこから前に足を踏み込む。目の前のゴブリンの懐に入り込んだアキトは、寝かせた刃で一気に斬り上げる。眩い光が刃を覆い、小鬼のHPと共にその身体を消滅させる。ガラスが割れるような音だけが迷宮区に木霊した。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 辺りをひと通り見渡し、モンスターの気配が近くに感じない事を確認すると、休憩がてら安全エリアへとその足を進める。すぐに辿り着いたその場所に腰を下ろし、ポーションを飲み干す。表情は特別暗くはないが、その顔は疲労が見えるものだった。

 

 黒猫団での集団レベリングは終わり、みんなが宿屋で寝静まる頃合い、その深夜帯にアキトは一人でダンジョンに潜っていた。階層は、今日メンバー達とレベリングした場所よりも少し下。現状のアキトのレベルでも、ある程度の技術とそれなりの情報、経験があれば一人で攻略できる場所だった。

 

「……あ」

 

 ふと顔を上げると、レベルアップを知らせる文字が宙に浮かんでいた事に気が付く。ボーッとしてたからか、それとも疲労からか。腰を下ろして落ち着くまで全く気が付かなかった。

 レベルを確認すると、現在は26。黒猫団の平均値が現在23なので、ほんの少しだけ高くなった程度。だが経験的にも精神的にも、自分は黒猫団の誰よりも足りてない。こんなものでは、何かあった時に黒猫団のみんなを守るに至らない。

 

「……くそ」

 

 ────焦ってる。自分でも分かる程に。

 黒猫団において自分が目指すと決めた強さ、技術、心の余裕。その全てを持っているような存在が黒猫団に来たからだろうか。今自分を焦らせる程の存在が、明確に脳裏に思い起こされる。

 

(……情けないな、仲間に嫉妬だなんて)

 

 件の彼────キリトが加入してからというもの、黒猫団の攻略速度は目覚ましく変わった。アキトとテツオ、そしてキリト。前衛が増えればそれだけでパーティバランスは大幅に改善され、それぞれが満遍無く経験値を得られるよう隙の無い構えと対処ができるだけでPOTローテが間断無く行われ、全員が均等にレベルを上げられるようになり、ケイタ達のレベルは凄まじい速度で上昇した。

 

 キリトという未知の要素が入った事により、加入当初彼の実力を知らないアキトにとって言えば、キリトは不安存在だった。だが蓋を開けてみればどうだろうか、キリトがギルドに入って僅か一週間で、今まで自分達がメインの狩場としていた場所とおさらばしたのだった。現在、黒猫団はその場所よりも1フロア上の層でのレベリングを始めている。

 

「……っ」

 

 自分が黒猫団にしてあげたいと願っていた事、その全てを彼が────キリトが成し遂げてしまっている事実に、形容し難い何かを感じた。その行き過ぎた羨望は次第に妬み嫉みへと変わり、いつしか彼の欠点を探し始めるようになってしまって、そんな醜い自分が死にたくなるくらいに嫌いだった。

 

 ────だが、そうして気が付いた事も幾つかあったのだ。

 というのもキリトは戦闘中はひたすら防御に徹し、スイッチで背後のメンバーと交代、モンスターへのトドメは黒猫団に任せるような動きをとっていた。そうする事で、此方に経験値ボーナスを譲り続けていた……ように、アキトには見えたのだった。それはある程度対峙する敵のアルゴリズムを理解していないと出来ない芸当だし、加えてレベルにそれなりの余裕が無ければ対応は難しい。

 

 そこから導き出される結論として、恐らく黒猫団が現状相手にしているモンスターの殆どをきっと、キリトは既に知り尽くしているのではないかと、そんな予感があった。剣を握る強さ、対処の正確さ、瞳の動き、声音。そういった情報を備に観察してしまうアキトは、彼が黒猫団のメンバー達との戦闘時においては一切慌てていない事実を理解していた。彼は率先してモンスターを倒す事はせず、敢えて他のメンバーに倒させ経験値ボーナスを得る手段を取っていたのだと、実力差が離れているからこそ理解してしまう。

 リソースの奪い合いでしかないこのゲームでそんな行動を何度も行える理由。それは、現状黒猫団が苦戦しているモンスターを相手取ったとしても、キリト自身に経験値が還元されない────つまり、黒猫団のメンバー達よりもレベルが高い可能性を示唆していたのだ。

 

 それをケイタに伝えれば、不安分子であるキリトを加入しての攻略は打ち止め、そうでなくとも停滞すると思った。思ってしまった。そんな事を考える自分が、あまりにも情けなかった。きっと自分はキリトにレベル抜きにしても敵わない。

 

 自分がなろうとした未来の姿がそこにはあって。自分の居場所がキリトに奪われたような気がして、存在価値を失いそうになっていた。キリトはもう黒猫団の仲間なのだから、こんな風に感じてしまうのは間違いで、劣等感を勝手に抱いている自分が悪いのかもしれない。

 キリトは黒猫団のみんなを考えて、周りを気にかけて、そうして前でみんなを守るべく立っている。そんな姿が、アキトにとっての理想と重なって見えたのだ。それを口にはしなかったが、みんなを守る為に必要な、自分に足りないものをキリトは全て持っている気がした。だからこそ、羨望だけじゃいられない。憧れだけ抱える事が出来ない。ふつふつと、醜い嫉妬が入り混じる。

 

「……サチも、キリトくらい強い人が居た方が安心するのかな」

 

「────俺が何だって?」

「……っ!?」

 

 突如、独り言に割って入る背後からの声に思わず肩が震えた。咄嗟に振り返り、構えた刃先は声がした方へと向けられる。そこには、今の今まで自分の思考の全てを支配していたと言っても過言では無い程に妬ましい、憧れの存在が居た。

 

「……キ、リト……」

 

 ポツリと、彼の名を確認するように呼ぶ。キリトは照れ臭そうに頬を掻き、されど真面目な顔持ちで此方を見つめ直す。何か言われるのが怖くて、アキトは思わず声を漏らした。

 

「なんで、此処に……」

「それはこっちのセリフだ。宿に居ないから心配になって探しに来たんだよ」

「……そう、なんだ」

 

 ────“本当は、一人でレベル上げする為だったんじゃないの?”と、そう聞きそうになった。黒猫団のみんなが寝静まってる間にレベリングしてる事に関して言えば人の事など言えた義理じゃないというのに、自分の事は棚に上げようとして……本当、情けない事この上無い。

 彼の弱点や欠点を探そうと思えば思う程、自分には無い者を持った彼への憧れを強めるだけになっている。実際の目的が自身のレベリングであったとしても、こうして此方を探しに来てくれた。

 

「……心配かけて、ごめん」

「え、ああいや……」

 

 そう謝罪して目を逸らす。キリトも此方の扱いに困ったのか息を小さく吐き、そうして数歩近付いてくる。視線を感じてアキトが思わず見返すと、キリトの目は此方の装備に向けられていた。

 

「それ、二層上で街のNPCが売ってる盾と片手剣だよな」

「え……ああ、うん。要求値が低くて今の僕のステータスでも扱えるから」

「いやそうじゃなくて……いつもは曲刀じゃないか。どうして別の武器になんて……何かのクエストか?」

 

 キリトに尋ねられ、アキトは目線を自身の装備に落とす。彼と同じ片手用直剣と、それに加えて鋼の盾。普段の武器ならまだ効率良く此処のモンスターと渡り合えたかもしれない、確かにキリトの言う通りだ。けれど、アキトには黒猫団の皆には内緒で片手剣と盾を使い慣れたものにしておく理由があった。

 

「……前衛での立ち回りを良くしたいんだ。今みたいに敵の攻撃を躱して隙を狙うよりも、盾で弾いて敵が仰け反った隙を突くやり方の方が安全だし確実でしょ?」

「確かにそうだけど……盾持ちならサチが居るんだし、急ぐ必要も無いんじゃないか?」

 

 キリトのその発言に、アキトは顔を顰めた。そう、それこそがアキトが盾持ち片手剣士を密かに目指している理由だった。続けて何かを告げようと口を開いたキリトよりも先に、アキトは声を重ねた。

 

「サチは……向いてないよ。槍の方がよっぽど扱えてる。キリトなら見てて分かるでしょ。下手な奴が前衛だとそれこそ被害が出かねない」

「っ……そんな言い方しなくても良いだろ。サチは、頑張ってるよ」

「頑張るだけじゃ意味無いんだよ……彼女は精神的に強くない。あんな弱腰じゃ、命が幾つあっても足りないって言ってるんだ」

 

 ────『アキトと一緒なら、怖くないよ』、と。彼女がそう言ってくれた時の事を今でも覚えてる。サチがそう微笑んでくれた時、アキトはただ彼女に仲間として、大切な存在として受け入れて貰えたんだと、嬉しかっただけだった。

 けど実際は心配をかけさせまいと強がった彼女なりの気遣いだったのだと、隣りで一緒に戦う事でそれを理解した。彼女は自分が一緒に居たところで、目の前の死の恐怖にいつも怯えていて、それが変わる事は無かったのだ。なのに一緒なら怖くない、なんて言って此方を安心させようとして。

 

(あれじゃ、僕が慰められただけだった)

 

 彼女に嘘を吐かせた。気を遣わせた。自身の死の恐怖よりもアキトの不安の解消を優先させたのだ。そうさせたのは自分が弱いからだと知った時、これほど悔しくて情けない事は無いとさえ思えた。

 だから変わりたいと思った。強くなりたいと願った。彼女の隣りに立った時、本当に彼女の顔から恐怖が消え、安堵の笑みを浮かべて貰えるような存在になりたいと渇望した。

 

「……ならせめて、みんなとやるべきだ。一人で慣れない武器で狩りなんて、自殺行為だぞ」

「……言えないよ。ただでさえサチの転向に手間取ってるんだ、今から僕が盾持ちに転向するってなったらまた時間がかかる。これ以上攻略組に遅れをとりたくないんだよ」

「そんなの、ケイタ達に言ってみないと分からないじゃないか」

「サチにだって言いたくない。僕が転向する事に対して何も思って欲しくない」

 

『盾持ち剣士に転向したい』なんて言ったら、優しいサチはきっと自分を責める。自分が腑甲斐無いからアキトに負担を掛けさせてしまってると、あらぬ誤解を招いてしまう。

 彼らに告げるなら盾持ちとしての技術が備わって実践で使い物になると判断出来てからだ。それなら黒猫団としての攻略に支障を来す事も無く、サチとの遺恨も残さないやり方だと信じてる。

 

「……サチの為に、自分の武器を替えるって事か?」

「っ……ぇ、なっ、や……そんなん、じゃないけど……アイツがあまりにもへっぴり腰で見てらんないから、僕がやるってだけ。自分の為だよ。本当にそれだけ」

 

 いきなりキリトに核心を突かれて言葉に詰まった。決して彼女に対しての下心が無かった訳では無いけれど、それを肯定するにはまだアキトは若過ぎた。

 勿論、何もかもがサチの為という訳じゃないし、引いては黒猫団の為になると思っての行動ではある。それでもサチにゆとりを持たせてあげる事が出来たならと、今はそれだけで良かった。

 

「……凄いな」

「え……?」

 

 小さく、か細く。弱々しい程の声音が鼓膜に届く。我に返ると、その表情に影を落とすキリトの姿があった。たった一言、けどそれはどこか重みと羨望にも似た何かを孕んでいて。

 瞳の中に不安と戸惑いが入り交じって揺れ動き、此方の答えを待っていた。どこか真剣で、それでいて悲しげに見えたその表情を見て、アキトは思わず目を逸らした。

 

「……い、いや、普通じゃない?適材適所で武器とかポジションの変更なんてよくある話だって聞いたけど。うちらもそんな感じだよ」

「SAOが始まってから、もう半年が経ってる。ましてや黒猫団は中層のギルドだ、そこまで使ってた武器を捨てて今から新しい武器に変更するのは労力もリスクも大き過ぎる。それを迷う事無く決めた事は、誰もができる事じゃない。それも、たった一人で……」

 

 キリトのその発言は至極当然の評価だった。実際、パーティ構成や武器の打ち合わせは序盤に擦り合わせするべき案件であり、中層で再びその調整を行うという事はつまるところ、この半年間である程度熟練度が溜まった武器を手放して、またゼロから努力を重ねるという事。それも、自分の為でなく他者の為に。

 そしてそれは、慣れない武器を持つ自分を支えるように立ち回る事になる周りをも危険に晒す可能性が増えるという事。だからこそアキトはソロで練磨を重ねている。彼らに気を遣わせる事無く転向し、攻略組を目指す彼らを支える為に。

 

「……僕に言わせれば、キリトの方がよっぽど凄いよ」

「え?」

「今までソロで戦って来たんでしょ。僕なんて、みんなに拾って貰えてなかったら、今も《はじまりの街》でこの世界の行く末を誰かに委ねるだけの毎日だった」

 

 それを救ってくれたのが黒猫団の皆だったからこそ、彼らの夢の果てである攻略組を目指そうと思ったし、その手助けをしたいと思った。そうする事で宿で蹲るだけの日々から戦う術を手に入れた。何もかも、周りの人間に助けられた事で生まれた結果でしかない。

 だがキリトは違う。このギルドに入る前から、きっとソロで戦って来た。戦闘での立ち回りや余力を残してるであろう事が分かる佇まいに、どうして妬まずにいられるだろうか。

 

「尊敬する。心の底から」

「────……」

 

 自然と気持ちが言葉になる。言いたくなかった事が吐露されていく。その度徐々に。徐々に、自覚する理想との距離。その強さと在り方と、目指している場所と自身の現在地。憧れの存在と今の自分の距離が、今も尚乖離し続けていく。

 

「……何」

「あ、いや、そんな風に面と向かって言われると思わなかったから、さ」

 

 そりゃそうだ。自分でも驚いた。何故こんな情けない敗北宣言をしているのだろう、自分は。

 そう一人苦笑すると、キリトがふと顔を上げて提案してきた。

 

「……なあ、アキト」

「ん?」

「付き合うよ、レベリング。早く盾の熟練度上げたいだろ?」

「え……いや、そんな、悪いよ」

「ソロでやるよりも効率良いぜ」

「……元ソロは説得力が違うね」

 

 ならお言葉に甘えようかな、と告げるとキリトからのパーティ申請を受諾する。以前黒猫団で狩りをしていた場所だ、一人から二人になるだけで効率の良さは段違いだった。見知った敵に見知った立地、立ち回りは最早玄人の域であり、各々が前衛後衛のスイッチを繰り返し、数値としての経験値や熟練度だけでなく、動きや思考も転向先の職に相応しいものへと変化していく感覚が形としてあった。

 

 それからというもの、アキトとキリトは夜な夜な外へ出ては狩りを繰り返していた。レベルを上げる事を目的としたものでなく、アキトの剣と盾の練度を上げる為だけのものだった。寝静まっている黒猫団のみんなとのレベル差を開けないよう意識して下層の敵ばかりを相手取るそれは中々に苦痛だったけれど、悪い事ばかりではなかった。

 

 羨望と嫉妬ばかりでちゃんとその人となりを見て来なかったキリトと共にこうした狩りを一週間も行った後には、アキトは既にキリトにケイタ達と変わらない仲間意識を感じてしまっていた。

 

 

 ▼

 

 

「はい」

「え……うおっ、と……」

 

 アキトによって無造作に投げられたそれを、慌てて受け取るキリト。両手で抱えたそれを見下ろすと、そこにあったのは現実世界で何度も見た事のあるものだった。

 パン生地の間に挟まれた野菜と肉の香りがキリトの鼻を刺激して、途端に空腹に見舞われる。目を見開いたキリトは、自然とその名を口にした。

 

「これって……ハンバーガー……?」

「よく出来てるでしょ。最近料理スキル上げてんだ」

 

 あっさりとそう答えたアキトは、自身のハンバーガーを口に入れた。キリトはそれをまじまじと見た後、再び手元のハンバーガーを見つめると、恐る恐る口に含む。

 

「おおっ……美味い!」

「大袈裟」

「料理スキルなんて持ってたんだな。知らなかったよ」

「あー……まあ……醤油が、欲しくて」

「醤油?」

「や、いい、何でもない」

 

 目を輝かせて貪るキリトを微笑ましく眺め、アキトは彼同様に土手に腰掛ける。まだ太陽すら昇らない東の空を見つめた後、ふと左腕に着いてる円形の盾を見下ろして、ポツリと呟いた。

 

「料理スキルみたいに、これ(・・)にも目に見えた成果が出てれば良いんだけどな……」

 

 それは、言わずがもがな前衛への転向計画の事についてだった。今まで使ってきた武器を捨てて新しい武器を身に付ける労力をここへ来てひしひしと感じ始めている。焦っても仕方が無いと分かってはいるけれど、やはりモンスターとの距離が今まで以上に近くなった事でその怯えが分かりやすくなったサチの表情を一日でも早く払拭したい想いが強い分、気が先走ってしまう事は否めなかった。

 

「けど、始めた頃と比べたら剣も盾も使い方が上手くなったよ」

「……そう思う?」

「嘘じゃないさ。飲み込みも早いし、ケイタ達にも割と早く提案できると思うよ」

「……そっか。そうかな。客観的にそう見えるなら、少しは励みになるね」

 

 まして自分が憧れてる存在に認められる程なら自信がつくというものだ。負けたくない相手から言われた分、皮肉が利いてる気がしないでもないけれど。アキトは小さく微笑み、再び自作のハンバーガーを頬張りながら、もう片方の掌をグッと握り締めた。

 ふと隣りが静かなのに違和感を覚えて視線を傾けてみると、キリトが何処か物憂げな表情でそれを眺めていて、それが嫌に気になってしまった。

 

「……キリト?」

「っ……あ、ああごめん。少しボーッとして」

「……何、何か悩み事?」

「いや、そういう訳じゃなくて……」

 

 何故か目を逸らして吃るキリトを訝しげに見つめる。目が合うと、キリトは観念したように口を開いた。

 

「……アキトは、SAOで黒猫団の皆と出会ったんだよな」

「え……うん」

「それで……今日まで一緒に戦って来たんだよな」

「……まあ、うん」

「……」

「……え、話終わった?」

 

 要領を得ないキリトのしどろもどろな質問にアキトは困惑するばかり。彼の言葉選びも抽象的過ぎて、何を問われたのかがイマイチ分からないで首を捻ると、彼はとても言い難そうな表情で途切れ途切れに言葉を重ね始める。

 

「俺は……自分が生き残る事で精一杯で、周りの事なんて考えてこなかった。デスゲームだと知った時だって、それまで一緒だった初心者を置いてったりもしたんだぜ」

「……」

 

 哀しげに笑うキリトに、アキトはただ黙って視線を傾けた。デスゲームでなければきっとそんな事はしなかったと、言い訳をされているような気がした。でもそれは、仕方が無い事だったとアキトは感じた。

 

「……そう、なんだ。別に、それが悪い事だとは思わないけど」

「なら君は?君は何故そこまで頑張れるんだ?これまで上げてきたスキルやステータスを何故そんなに簡単に手放せたんだよ」

 

 それは、決して嫌味などではなかった。恐らくキリト自身が今日に至るまでに抱え込んできた後悔が、このタイミングで癇癪を起こしただけの事。何か強迫観念にも似た何かを、その答えをアキトに求めているような、そんな表情をしていた。

 

 ────要は、何故赤の他人だった人達の為に自身のリソースを割けられるのかをキリトは聞いているのだ。

 

 ただでさえ死と隣接するこの世界では誰もが自分本位になりがちのうえ、まして現実からの付き合いがある者と徒党を組む訳でもなくて、この世界で知り合った人達といきなり同じギルドを結成するなど、今にして思えば確かに正気の沙汰ではない。今アキトはキリトに、“出会って日の浅い彼らの為に、どうしてリスクを背負えるのか”と問われているのだ。

 それなら。なら、アキトの答えは一つだった。

 

「────みんなが、最初にそうしてくれたから」

「え……?」

 

 小さく声を漏らして呆然と口を開けるキリトを尻目に、アキトはかつて《はじまりの街》で自身に手を伸ばしてくれた五人組の事を思い出し、懐かしむように微笑んだ。

 

「……あの時、顔も名前も知らなかった僕達の間には信頼関係なんてあるはずが無かった。未だにみんなが僕を誘ってくれた理由は聞けてないけれど、会って間もない僕を信じるのは中々に勇気が必要だったはずなんだ。その境界線を、いとも簡単に踏み越えてくれたから今がある」

「……」

 

 そう、全てはお互い様だったのだ。アキトが出会って間もない彼らを警戒したように、彼らもまた出会ってすぐのアキトをパーティに迎え入れるのは相当にリスクだったはずだ。初対面での此方の対応を鑑みるに何処かで投げ出して、追放されてもおかしくなかった。それでもケイタ達は消して見捨てず、見放さずに半年間でアキトを此処まで連れてきてくれたのだ。

 

「確かに今の自分を捨てるのは怖いしリスクだよ。けど先にそのリスクを背負ってくれたのは黒猫団の皆なんだ。だから、今度は俺もそうするだけ。あの時の恩返しをしてるだけなんだよ」

「……そう、なのか」

「俺、現実の友達少なくて一人用のゲームでしか遊んだ事無くてさ、MMORPGのイロハも分かってなかったんだ。手取り足取り教えてくれた皆には感謝しかない。そんな足枷を引き摺ったまま、ケイタ達は言うんだ。『いつか攻略組に』って」

 

 加入当初は、全く信用出来なかった。こんな臆病な自分をパーティに入れる目的が分からなかったから。いざ逃げる為の囮なのかと考えた方がまだ納得出来たのに、彼らはそんな素振りなど一切見せる事無く此処まで来てしまった。

 いつしか、本当に仲間なんだとそう思わせてくれたのだ。現実世界で孤独だった自分に、その大切さを教えてくれた。

 

「だから思ったんだ。何も知らない僕をみんなが引っ張ってくれたように、僕も、みんなを引っ張れたら……は烏滸がましいかな……みんなを助けられたらって……少し、重いかな」

「……いや、そんな事ないよ。きっとその気持ちも、皆に伝わるはずだ」

「……はは。そうだと良いけど。けど別に伝わらなくても良いんだ」

「え?」

 

 いつの間にかハンバーガーを食べ終わり、帰路に立つべく立ち上がる。置き去りになるキリトをその背に振り返り、アキトはただ小さく笑うのだった。

 

「────感謝はちゃんと、言葉で伝えるからさ」

 

 行動で示す、だなんて格好は付けない。ぶつからなければ、言葉にしなければ伝わらない事もある。何より、アキトは言葉でしかと伝えたかった。黒猫団の皆に“ありがとう”と。職の転向など、その為の第一歩でしかない。

 

「……っ、キリト」

「っ……何だ?」

「う……あ、いや、何でもない……」

 

 ────キリトにも。

 理想とするだけでなく、羨望するだけでなく、嫉妬するだけでなく。いつか、“ありがとう”と心の底から言葉で伝える事ができるだろうか。

 

 だがそれも、キリトに憧れるだけの自分と訣別できたのなら、それも言える気がした。

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 2023.12.23────

 

 

「……っ、ん」

 

 酷く懐かしい夢を見た気がする。キリトは防寒着越しでさえ感じる外気の冷たさで震えながら目を覚ました。現在狩り場としてるエリアから少し離れた安全圏での休憩中に思わず眠ってしまった様で、キリトは慌てて時刻を確認する。休憩を初めてから一時間程しか経っておらず、安堵で息を吐き出した。仮に二時間も寝て過ごしていたら、一レベルは上げ損ねていたかもしれない。

 

「……はっ」

 

 レベルホリックなのだとクラインには言い訳したが、今も尚強さを求める理由の根底には、変わらず失った親友と少女がいる。自分の為ではなく、誰かの為に強くなりたいと願う在り方は、キリトがかつてアキトを見て羨望した姿だったけれど、そうなった原因も自分であるというのはあまりにも皮肉が利いていた。思わず嗤ってしまう。

 

 ────自分はもう、アキトのようにはなれない。

 

 ひしひしと突き付けられる現実に歯噛みする。

 攻略組を攻略組足らしめているモチベーションは、数千人のプレイヤーの頂点に立つ最強の剣士で有りたい、有り続けたいと願う執着心自体だ。トッププレイヤー達が、手に入れた情報とアイテムを中層プレイヤーに提供しないのがその証拠だ。それが成されるだけでプレイヤー全体のレベルが底上げされ、攻略組の戦力も増加するというのに。要は、誰しも常に自分が最強でいたいのだ。

 結局、キリトも例外ではなかった。黒猫団に入った後も、深夜になると宿屋を抜け出し、最前線に移動してソロでレベル上げを続けていたのだ。

 

 あの日、夜に黒猫団の目を盗んで狩りをしているアキトを見て、もしかしたらアキトも自分と同じではないかと思った。あんなにも優しい彼らを出し抜いてレベリングしているのかと、同族嫌悪にも似た感情を最初に抱いていたのに。彼から返ってきた言葉と想いに、頭を殴られたような気がした。

 

 片や彼らの目を盗んで攻略組に置いてかれないよう個人の強さを求める自分と、片や彼らに心配をかけまいと、一人で職の転向を他者の為に志すアキト。

 

「……ホント、笑えるな……」

 

 ────自分と彼が同じかもしれないだなんて、どうして思ったんだろう。彼を見ていると、かつてクラインを置いていき、アスナとパーティを解散し、自分のレベルを上げるだけの毎日を積み重ねて来た事が悪であるように思えてしまう。それ程までにかつてのキリトにとって、アキトという少年はあまりにも眩しかった。

 客観的に見て、レベルも知識も経験も何もかも自分の方が優れていた。彼に劣っている部分なんて、数値化すれば殆ど無い。なのにこんなにも、こんなにも自分は、アキトに羨望し、嫉妬する程に────

 

「……行くか」

 

 思考を振り払う。後悔もそれに類する感情も何もかも、今は要らない。必要なのは強さ。再び彼とサチに向き合うだけの物を揃える為の力。他はもう、何も────

 

「せあああああああああああ!!!」

 

 キリトは背中の剣を抜き取り、目の前のモンスターに向かって駆け出した。

 

 

 

 

 







【誓約 七】

ギルド《月夜の黒猫団》は、いずれ攻略組に名を連ねるギルドである。


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