真夏の公園で雪女に出会うショートコメディな日常のお話。

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雪女は溶けたがり

 真夏の公園に雪女が居た。

 何を言っているのか自分でもよくわからないが、実際いるのだから仕方がない。

 

 

 青みがかった白銀の髪はこのクソ暑い中でとても目に涼しい。シャラシャラと音が聞こえてきそうな、そんな色だ。

 服はこれまた白く、浴衣ではない和装をこの季節に見るのは珍しかった。真っ赤な帯がアクセントになっていておしゃれである。

 そんな絵に描いたような雪女スタイルの女性が、公園のベンチで太陽を睨むように見上げていた。

 

 一切の遮蔽物が無い公園のど真ん中に位置するベンチ。馬鹿みたいに熱くなっている事は窺い知れたが、その中で彼女は一切汗をかいていないように見える。

 

(汗かかないのって、ヤバくなかったっけ?)

 

 声をかけようか迷う。

 しかし雪女(仮)があまりに険しい表情だったので、とりあえず遠くから見守ることにした。一般的良心による心配と、単純に暇だったのと、何より彼女の美しさに目を奪われていたからだ。

 そう。雪女(仮)、めっちゃ美人だった。

 

 俺は少し離れたベンチに座って女性を眺める。ちなみにこちらには木陰があって多少涼しく、俺の手には近くのコンビニで購入してきた氷アイスが握られていた。

 早くもアイスは溶けかけているし、一緒に買ってきたスポーツドリンクもほどなくしてぬるくなるだろう。出来ればその前に声をかけたいところだが、それが憚られるほどに彼女の眼光は鋭くお天道様を見据えている。

 暑いため人通りは少ないが、その数少ない通行人は雪女(仮)に注目しつつも遠巻きに通行していた。

 

 

 それから数分。

 

 

 彼女、具合は悪くなさそうだけど変な動きをし始めた。

 ベンチから立ったと思えば両腕をバッと広げ、体全体で太陽光を受け止めるような体勢に。

 そのまま数分微動だにせず、流石にヤバいか? と俺がスポドリを片手に腰を浮かせた瞬間に動き出して、向かった先は鉄棒。和装のまま大車輪をしはじめた。すげぇ。

 それに飽き足らず、続いてブランコを立ち漕ぎしはじめた雪女(仮)。動きだけ見ていると楽しそうだが、眉間に刻まれた渓谷はいっそう濃くなっていく。

 果てはやけくそとばかりに公園を全力疾走しはじめた雪女(仮)。和服の裾が翻り白雪(はくせつ)のような肌が見え隠れするので少々目のやり場に困った。

 

 数十分に及ぶ和装の淑やかさなど投げ捨てた全力の運動は、見ているだけで暑さで倒れそうだった。しかし雪女(仮)は膝に手をついて荒く息をしているものの、やはり汗をかいていない。

 

「大丈夫ですか?」

 

 いよいよ決心がついてそう声をかけた俺だったのだが……。

 

 

 

 

 

 

「ふざけるなァッッ!」

 

 

 

 

 

 

 怒鳴られたと思って一瞬身がすくむ。しかし彼女は俺の存在になど気づいていない様子だ。

 

「地球の温暖化はこの程度か!? もっと気合入れてオゾン層破壊しろ人間ども! ぬるいぬるいぬるい! この程度で私が溶けると思うてか!」

(なんかすげぇこと言い始めた)

 

 きいぃとばかりに頭を掻きむしる雪女(仮)。

 その時、俺の前面がひんやりとした空気に包み込まれた。

 

「冷たっ!?」

 

 涼しいどころではない。それは直接肌に氷を押し付けられたかのような"冷たさ"だ。

 

「……ん? なんじゃ、おぬし」

 

 面食らう俺の声でようやくこちらに気が付いた彼女がこちらを流し見る。

 

 

 

「うわ……」

 

 

 

 不可解な現象を疑問に思う前に、感嘆の声が零れた。

 髪の色も人間離れしていたが、それ以上に目を奪われたのは……間近で見て初めて気づいた瞳の色。

 

 よく日本人の眼の色は黒と評されるが、実際多くは濃いブラウンである。しかし彼女の瞳は全ての光を吸い込んでしまうような完璧なまでの黒。

 白銀の髪と相まって、ハイライトの一切入らない黒曜石の瞳はおよそ人のものとは思えなかった。

 

 

「……もしかして、本物の雪女……さん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。自ら命を絶つために、雪山からこんな場所まで下りて来たと」

「そうじゃ! だというのに一向に体が溶けぬ! ぬるくてぬるくて仕方がない!」

「ぬるいですか。それは羨ましいですねぇ」

 

 ペットボトルの中身がパキパキ凍結していくさまを見ながら言えば、雪女(本物)がこちらをねめつけた。

 

「話を聞いていたか? 私は困っているというのに、何が羨ましいじゃ!」

「聞いてます、聞いてます。……ところで、何故? 物騒な話じゃあないですか」

 

 ベンチに横並びで座り、凍えそうになる肌をさすりながら問いかける。

 

 俺の問いかけに雪女さんはまくし立てるようだった口調を潜めてうつむいた。深い理由までは流石に話さないだろうか。

 しかし俺の予想に反して、雪女さんはポツリポツリと言葉を紡ぐ。……俺を話し相手にした時点で、誰でもいいから話を聞いてもらいたい心境だったのかもしれない。

 

「……飽いたのじゃ。命を奪う事でしか愛せないことに」

「あれですかね。人間を凍らせる雪女の習性的なやつの話ですか。昔話とかから察するに」

 

 わき腹を結構な力でどつかれた。痛い。フィジカル強いなこの雪女。

 

「習性とか言うな無礼な奴め!! ここが雪山ならば貴様などとうに凍らせておるからな」

「あ、一応弱ってはいるんですね?」

 

 今感じている冷気がマックスならせいぜい歩くクーラー(めちゃ強)がいい所だ。

 

「貴様、今失礼なことを考えなかったか?」

「とんでもない」

 

 我ながらしゃあしゃあとしてるなと考えながらも続きを促す。すると釈然としない様子を見せながらも、雪女さんは尖らせた口から続きを語り始めた。

 ……なんか可愛いな、この人。

 

「私が愛した男はみな死ぬ。私の愛が大きく、永遠にそばに居てほしいと願うほど……。後に残るのは、中身が抜けた氷像だけじゃ」

「それは大変ですねぇ……」

「貴様、いちいち軽いな」

 

 頬を片手で挟み込むように潰されメンチ切られた。

 けど大変ですね以外にかけられる言葉がないんだよな。聞いた感じ、本人が制御できる様子でもないし。

 

「なるほど、それが世を儚んだ理由ですか。ところでこの時期に雪が残ってる山ってご出身は北アルプスとかで?」

「住所を特定しようとするな」

 

 脛を蹴られた。痛い。

 聞けば雪女さんみたいな妖怪が住む雪山は異空間にあるらしく、年中真冬なんだとか。

 

「しかし山の掟を破り一大決心で山を下りたというのに、地獄のようだと聞いていた人界の夏のなんとぬるいこと! 人肌に触れた雪の結晶の様に淡く儚く消えさせろ!」

 

 ズダンっと地面を踏みしめる雪女さんは、所作の乱暴さに似合わずポエマーらしい。

 

「妖怪としての格が高かったんですかねー? なら、もういっそ溶鉱炉とかに沈むしかなくないですか?」

「儚く! 美しく! 溶けて消えたいのじゃ!」

「うーん。死に方にそこまで強欲にこだわる時点で儚くはないかなぁ」

「何!?」

「おっと」

 

 取り繕い損ねた一言に怒った雪女さんがべしべし叩いてくる。痛い痛い。

 

「どうしよう……」

 

 俺を叩き飽きたのか、やがて彼女はどんよりとした空気を背負って俯いた。

 途方に暮れたその様子を眺めながら俺はなんとはなしに提案をする。

 

「もうこのまま住んじゃったらどうですか?」

「え?」

「だって、この暑さの中なら人を凍らせられないんでしょ? 愛した人も凍らない。問題解決じゃないですか」

「……あ」

 

 初めて気づいたとばかりに口をぽかんと開ける雪女さん。

 その様子がどうしようもなく可愛くて、俺はずるくも世間知らずの彼女に付け込むことにした。

 

 

 

 

「でもって、よければ俺とか愛してみたらどうですか? 一目惚れしました。好きです」

「!?」

 

 

 

 

 これは真夏に始まった、溶けたがりな雪女との出会いのお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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