Hellshire Gang -The Man Called the Deathslinger-   作:誠龍

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Bullet 3:ベイショアに死を

カレブがダンプタウンを去って半年が過ぎた。ホワイトヤードはかなり大きな街であり、西のモンタナ州に向けてユナイテッドウエスト鉄道の線路が建設中であった。

街に辿り着いたカレブは残り僅かな金をやりくりしながら自身の技術を元に雇用を探す。

しかしやはり最初は中々苦労したことは事実だ。アイルランド系であることからどうしても冷たい目で見られることも多い。自身が望むエンジニア系の仕事にはありつけず、日雇いの仕事や狩りによってカレブはなんとか飢えを凌いでいた。全てはいつか成り上がって自身と家族を虐げた者達を見下ろす野望のため。カレブは怒りを抑えながらも安い日雇い労働に従事し、またある時はコヨーテやクーガー、グリズリーを狩るハンターとして必死に生きた。

狩りについても父から教えられたことが役に立った。匂いを悟られないよう風下に立ったり、なるべく傷物にならないよう一撃で仕留める方法や血抜きや皮の剥ぎ方など幼い頃に父から仕込まれた技術と知識のおかげでなんとか飢えずに済んだ。特に獰猛で大型の生物の皮は価値が高いためよく売れる。カレブはこうして生活費と新たな道具の開発資金を稼いだのであった。

また、カレブはこの頃から『もうひとつの狩り』にも精を出すようになった。それが『賞金稼ぎ(バウンティハンター)』である。

この時代、また大部分が未開拓地(フロンティア)であったため司法や保安官だけでは肥大化するギャング組織やならず者を取り締まることは難しかった。ピンカートン探偵社などの警備会社も存在したがあくまで非合法の民間組織であるため、ギャング全てを追うのは難しかった(ピンカートン探偵社は労働者のストライキなど企業の反乱分子を探るスパイ活動に人員を割いていたのもある)。

その中で危険な仕事とはいえ、賞金稼ぎとしてカレブはそれなりの金を稼いでいた。元々アイルランド系移民で強い差別を受け、日々心なき暴力に襲われてきたカレブにとっては(お尋ね者にもよるが)合法的に憎きアメリカ人(プロテスタント)をブチ殺せる上、金ももらえるのだ。これ以上に嬉しい仕事はない。

しかし賞金稼ぎはあくまで一時の稼業に過ぎない。いずれこのアメリカからはフロンティアの多くが消え去り、大都市が築かれ、近代化がますます進むだろう。警察組織はそれに伴って肥大化し、このアメリカの地の多くをいずれは政府が掌握するようになる。そうなった時にギャング相手の賞金稼ぎでは成り上がることはできない。今稼いだ日銭を元にビジネスで成功を掴む必要がある。

カレブはそのためにまず庶民の生活に役立つ簡単かつ安価な装置を開発することにした。子供の頃に開発した折り畳み式の鉄の調理器具などを改良し、荒野の旅や野営で役に立つものを作った。また、銃の手入れが簡単に出来るメンテナンス用品の開発や特殊な機構の取り付けられた解錠が難しいタイプの錠前なども作った。

これらをほぼ捨て値ともいえる価格で路上販売したところ、瞬く間に売れていったのだ。特に旅人からは野営用品や銃のメンテナンス用品が売れ、銀行や保安官達の目にも止まって防犯性能が高い錠前も人気が出始めた。

 

 

 

そんな生活を続けて一年が過ぎたある日。

 

 

ホワイトヤードはさらに急速な発展を遂げ、多くの道や施設が整備・建設され都市化が進んでおり、『ボルド・シティ』という名に改称された。街にはガス灯が設置され、馬車と共に路面電車が行き交い、多くの店や銀行、果ては劇場までもが建設されていったのである。

そんな中カレブの地道な行動が身を結び、アイルランド系である彼もある程度街に受け入れられるようになってきた。また、ここにはメキシコ人や中国人といった人種が入り乱れていることもあってか他と比べると差別が少ない要因でもあった。

ある日、彼が街のサルーンでウイスキーを飲んでいると不意に後ろから声をかけられた。

 

「失礼。カレブ・クインとは君かね?」

 

「……何の用だ」

 

カレブが振り向くとそこには茶髪に髭を生やし、ダークブルーのスーツに身を包んだ小綺麗な姿の男が立っていた。年齢は40代前後といったところか。これ見よがしに付けた黄色のネクタイとニヤリと笑う口から見える金歯がいかにも成金といった感じだ。

……いや、何だかこの男には見覚えがある。そうだ、一年前新聞で……。

 

「あんた……ユナイテッドウエスト鉄道の……」

 

「ああ、ヘンリー・ベイショアだ。そこのオーナーをやってる」

 

ヘンリー・ベイショア。あの時新聞で見かけた顔だ。今や急成長を遂げつつある鉄道会社ユナイテッドウエストの社長である。……いや、そんなことはどうでもいい。カレブはベイショアの顔を見た瞬間にため息をつきながらウイスキーの入ったグラスに目線を戻した。

 

「……何の用だ」

 

「まあ、そう邪険にするな。……おおい、私にもバーボンを一杯くれ」

 

ベイショアは従業員にそう言いながらカレブのいるテーブルの対面に座る。

カレブがこの男の顔にうんざりしているのは一年前、ホワイトヤードに着いた頃すぐにユナイテッドウエスト鉄道会社に雇用の件で向かったのが原因だった。自身の技術を使えばより会社が発展し、利益を上げることができると自身を売り込みに行った。

だが不運なことに会社の受付の男が極度のアイルランド系嫌いの差別主義者であり、その男によってカレブは全く相手にしてもらえなかった。だがカレブもこういったことはある程度想定していたため、多くの開発した道具のプロトタイプやより工事を効率良く進めるための機械の設計図などを持ち込んで力説した。しかしこの男は社長であるベイショアに取り次ごうともせず、視線すら向けようとしなかった。流石にこうも取り付く島がなくてはカレブも諦めざるを得ない。彼は悪態を付きながらユナイテッドウエスト社を後にしたのだった。

そういう経緯もあって、わざわざ社長自ら目の前に現れたところでカレブからしてみれば嫌な記憶しか思い起こさないのである。今更何の用だと。

 

「巷で便利な機械を作るカウボーイがいると聞いてな。よくよく調べてみれば一年前にウチの門を叩いたって話じゃないか」

 

「だからどうした。あんたんとこの社員にはアイルランド系だからって散々な言われようだったぜ。今度は社長さん自ら俺を罵りに来たのか?」

 

「だからそう卑屈になるなよカレブ君。例の受付のホコリメガネはクビにしたよ。こんな金塊のような人材を邪険にするとはな」

 

ベイショアはそう言って運ばれてきたバーボンを口にする。少し飲んでふう、とひと息付くとベイショアはニヤリと笑いながらこちらに語る。

 

「カレブ君、どうだ?君、ウチで働いてみないか?」

 

「……!」

 

ベイショアからの意外な一言にカレブの眉がピクリと動く。

 

「私は正直、アイルランド系だのインディアンだのチャイニーズだのといった意識は馬鹿馬鹿しいと思っている。これからアメリカは巨大な都市……いや、国として大きな発展を遂げる。その中でくだらない差別主義なんぞに身を任せていてはビジネスの本質を見誤ることになる。ビジネスとは本質を見抜く力、そして実力ある者が最後に勝利をするのだよ」

 

今、アメリカは目覚ましい発展を遂げている。広大なフロンティアはいつか都市の海に沈んで消滅し、ギャング同士の抗争やくだらない思想の衝突による小競り合いは歴史の遺物となり、経済が世を動かす時代が来るだろう。ベイショアはその先を見据えていた。

科学の発展と共に人類は新たな道を歩んできた。もはや無法者の暴力が物を言う時代は終わりを迎えつつある。その中で生き残るためにはカネと経済を支配する者なのだとベイショアは力説した。

 

「一年前はウチの社員がすまなかった。非礼は詫びよう。どうか、ウチの会社で働いてくれないか」

 

「……」

 

カレブはグラスの中のウイスキーを見つめる。美しい琥珀色の液体の表面には思い悩む自らの顔が映っている。……随分と髭も伸びてしまった。酷い顔だ。カレブはそんな自分の顔を見たくないと言わんばかりにウイスキーを飲み干した。そしてベイショアにこう告げる。

 

「……その申し出、受けよう。ベイショアさん、よろしく頼むよ」

 

「そうか……!いや、ありがたい!こちらこそよろしく頼む。よし、今日は祝杯だ!私の奢りだよ。今晩は心ゆくまで飲もうじゃないか。おおい!追加のバーボンを二杯頼む!」

 

二人はテーブル上で握手を交わした。そしてベイショアが頼んだ酒が再び運ばれてくる。二人は新しいグラスを手にし、掲げた。

 

「それでは、天才エンジニアのカレブ・クイン君の新たな門出を祝って……乾杯!!」

 

「ああ……乾杯だ!」

 

カチン、とグラスが鳴る音が響き渡る。二人は祝杯の酒を飲み干し、すかさずベイショアが追加の注文をする。カレブもベイショアも酔いが回りつつもお互いの思想や理想を語り合う。そして二人は夜更けまで肩を組んで歌を歌い、酔い潰れるまで酒を酌み交わしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

カレブはユナイテッドウエスト鉄道会社への就職が決まってから久々にダンプタウンへと顔を出した。もちろん目的は……“ジャクソンの隠れ家"……ジャクソンズレアである。鬱蒼とした町でここだけは相変わらず笑い声が絶えない明るい酒場であった。カレブはサルーンの入口を開けて中に入る。

 

「いらっしゃい!!……あら!まあまあまあ……誰かと思えば……!久々じゃないか、カレブさん!」

 

久しぶりに見るジェシカの顔。半年前と変わらず太陽のように明るく、そしてグラマラスなその美しい身体にカレブは思わず口元が綻んだ。

 

「久しぶりだな、ジェシカ。久々に飲みに来たよ」

 

「わざわざ遠い所からどうもありがとう!んで、今日はどうしたんだい?なんだか目や顔つきが明るいねえ。さてはいい女でも見つけたかい?」

 

「ふふ、あんた以上にいい女は俺の中じゃあ死んだお袋以外にはいないさ。実はな……」

 

カレブはユナイテッドウエスト鉄道会社に正式に社員として就職できたことをジェシカに報告する。しかも社長であるヘンリー・ベイショア直々の指名で。それを聞いてジェシカは両手を口に当てて目を丸くして驚き、そして歓声を上げた。

 

「なんてこと……!!本当にあそこの社員になっちまったのかい!?こりゃあ今日は祝杯を上げなきゃね!!おおい、みんな!」

 

ジェシカが声を上げると、酒場にいた男達が一斉に彼女の方に向き直る。

 

「今日はこちら、うちの大事なお客様のカレブ・クインさんが大手の会社に勤めることになった!しかもそいつはなんとなんとあのユナイテッドウエスト鉄道だ!それでだ、今日はうちの店始まって以来の出血大サービスだ!今日の酒は全てうちの店の奢りだよ!!」

 

おおおお、と大きな歓声が上がる。皆、杯を掲げて大きくカレブ万歳、と叫んだ。まあ、タダ酒が飲めるなら何でもいいというのが本心であろうがカレブ自身も悪い気はしない。

 

「その代わり、今夜は皆帰さないよ!!うちの店の在庫がカラになるまで飲んでもらうから覚悟しな!!」

 

「「「おおおお──っ!!」」」

 

もうそれからは飲めや歌えの大騒ぎであった。この日、ジャクソンズレアにはいつも以上の歓声や歌声が響き渡り、閉店時間を過ぎても灯りと笑い声は途切れることはなかった。

少々暑くなってきた店内でカレブは夜風に当たるために店のテラスへと出た。酒と宴で火照った身体に当たる冷たい夜風が心地よい。店の喧騒を背後にカレブは煙草に火をつけ、一服する。

ふう、と一息付く。吐き出した煙が夜の闇へと消えていく。満点の星空を眺めながら煙草を味わうカレブの元にショットグラスを片手に持ったジェシカがやってきた。

 

「なんだい、今日の主役が黄昏れちゃって」

 

「……ジェシカか。だいぶ酔ってるな」

 

「あたしだってたまには酔い潰れたいもんさあ。こんな時くらい店主が店の酒飲んだってバチは当たらないだろぉ?神様だってこんな時はワインで一杯飲むに決まってるよ」

 

若干おぼつかない足取りでジェシカはショットグラスのスコッチを飲み干す。そして傍らに置かれた空樽にグラスを置くとカレブの隣に近づいてくる。

……こうも近づかれると流石に目のやり場に困る。シャツの隙間から彼女の胸の谷間にどうしても視線が行ってしまうのだ。サッと目を逸らすとジェシカはそれを見越しているようでニヤニヤと笑いながらアピールしてくる。

 

「あ〜らら、どこ見てるんだい?ほれほれ、見るだけならタダだよ。それ以上を望むならそれなりのお金を頂くけどね」

 

「……勘弁してくれないか。あんまり男をからかうもんじゃないぞ」

 

カレブはどぎまぎしつつ、再び煙草を口に咥えて煙を燻らせる。そんな彼をニヤニヤと見ながらジェシカは彼と共に夜空を見上げると間を置いて語り出した。

 

「ねえ、カレブさん。あんたはあたしと似た者同士だと思うんだ。何でかわかるかい?」

 

「急に何の話だ……さあな、検討もつかん」

 

「あんた、人を殺した事があるだろ」

 

ジェシカからの突然の一言にカレブは心臓を針で刺されたような感覚を覚える。そう、自分は過去に人を殺した事がある。それも八人。

最初の三人は少年時代だ。あのいじめっ子の三人を。次に父を事故死させておいて悪びれもしなかったあの忌々しい炭鉱会社の社長を。そしてアイルランド移民というだけで母をロクに治そうともしなかったあの藪医者と薬師を。残りの三人は旅の道中で愚かにも自分相手に強盗を働こうとしたので全員頭の風通しを良くしてやった。

そんな自分の過去を見抜かれたことでカレブの手にじんわりと汗が噴き出す。

 

「……何故そうだとわかる」

 

「簡単なことさ。人を殺した事のある人間はね、同族のニオイがわかるんだよ。“血"のニオイがね」

 

「……まさか」

 

「そう。あたしも三人殺してる」

 

驚くべき事実だった。こんな穢れの無さそうな女性が三人も人を殺しているなど。カレブは手に持った煙草の灰を落とすのも忘れて彼女の話に耳を傾ける。

 

「うちの牧場はさ、小さいけれどここで祖父の代からずっと頑張ってきたんだ。でもある日おじいちゃんはチンケな牛泥棒の集団に殺されちまった。だからあたしは仇を取るため……復讐のために銃を手にした」

 

驚くことにその時ジェシカはまだ17歳だったという。幸いにも当時からプロポーションが良かった彼女はそれを武器に商売女のフリをして男達に近づき、三人を撃ち殺したというのだ。

 

「普通さ、いくら仇って言っても人を殺してしまったら罪悪感とかでなんか気がおかしくなってしまったりしそうじゃん?でもなんでだろう、私は胸がスカッとして気持ち良かったね。だって家族を殺した連中だよ?死んで当然の奴らさ。……こんなあたしってイカれてんのかな?」

 

はは、と苦笑しながらジェシカは煙草を取り出して火を付けた。二人分の煙草の煙が夜空に立ち上っては消えていく。しばしの沈黙のあと、カレブは二本目の煙草に火を付けながら再び口を開く。

 

「いや、俺はそうは思わない。復讐ってのは甘美なもんだ。自分を虐げた奴等の悲鳴や命乞いほど心地良いもんはない。俺もそうだ。ガキの頃に俺をいじめた金持ちのガキ大将どもをこの手で三人殺した。その次は親父を事故死させた雇い主を、次にお袋を見捨てた医者と薬師を。あと三人殺したが全員ここへ来る旅の途中で敵を見誤った哀れなチンピラ共だ。全員死んで当然のクズだからな」

 

今でも思い出す。連中の悲鳴を。許しを乞う泣き声を。断末魔を。それはまさにカレブにとってオーケストラの楽器のように美しく心地良いもので、麻薬のように甘美な響きだった。

 

「ギャングに肉親殺されたってのにギャングやチンピラ相手でも店を開いてるのか?」

 

「ハハハ……そこはまあ、複雑な事情というか……色々と思うこともあってね。まあ、色々あったんだよ。色々とね」

 

そうか、とだけカレブは答えて二本目の煙草を投げ捨てた。ジェシカが言葉を濁したということはこれ以上はあまり語りたくないことなのだろう。誰しも触れられたくない過去のひとつやふたつはある。それが人を殺したこと以上に語りたくないことだってある。だからこそカレブは深く詮索しなかった。

 

「ごめんね。あたしのせいで辛気臭くなっちゃったね。そろそろ戻ろうか」

 

「ああ」

 

カレブが先に歩き出して店の中へ戻ろうとする。すると左の袖を掴まれる感触を覚え、そして──

 

「……!!」

 

カレブの左の頬に柔らかいものが触れる感触がした。まるで水々しい果実のように柔らかいそれは──ジェシカの唇であった。

 

「ふふ。あたしからの特別なお祝い。みんなには秘密だよ?知られたら大ごとだからね。さ、飲み直そうか!」

 

そう言ってジェシカはカレブよりも先に店に戻っていく。一方カレブは左の頬に未だに残る彼女の唇の感触と余韻が離れず、しばらくその場に立ち尽くしてしまっていたのだった。

 

 

“掃き溜め"に舞い降りた女神からの特別な贈り物。家族以外から初めて受けた愛。カレブにとって今日は忘れられない一日になったことは言うまでもない。

 

 

 

「……まったく、“掃き溜め"に置いとくにはあまりに惜しい女だぜ、ジェシカ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カレブがユナイテッドウエスト鉄道会社の社員となってから数ヶ月が過ぎた。彼はこれまで地道に培ってきたエンジニアとしてのスキルを発揮し、この会社で多くの実績を残した。

まず、カレブがこの会社で普及させたのが自前で作り上げた『スパイクガン』だ。これは線路の建設にあたり必要な『犬釘』を地面に打ち込むための工業用の銃であり、ハンマーによる手作業でひとつひとつ打ち込むよりも遥かに効率良く線路を建設できた。

さらにカレブは大型の機械の作製も行った。機関車が蒸気により動いているエンジンの仕組みを利用して、掘削機を作り上げたのだ。

鉄道の建設と切っても切れないもうひとつの作業がトンネルの掘削である。カレブの自作した掘削機のおかげでトンネルの掘削作業は当初の予定よりも大幅に工期の短縮に成功し、これにより会社の利益や評判も鰻登りとなった。

 

「カレブ君、君が来てくれたおかげで我が社の評判は上々だ。君を移民の子だと罵って蹴った者達は今頃逃した獲物のデカさに気付いて地団駄踏んでいることだろう」

 

ベイショアはカレブの働きぶりに両手を叩いて喜んだ。さらに賃金の上昇も約束し、カレブは差別対象のアイルランド系としては破格とも言えるほどの報酬を受け取っていた。

 

「ベイショアさん、ありがとう。あんたが雇ってくれたおかげで俺は自分の技術を遺憾無く発揮できる。これからも会社のために尽力させてもらうよ。ところで……ひとつ提案があるんだが」

 

「ふむ、何だね?言ってみなさい」

 

カレブはいくつもの書類を取り出し、ベイショアのオフィスに並べる。それはカレブが作成した数々の機械に関する特許の申請書であった。

 

「ベイショアさん。俺の自作した機械が世に知れ渡ればそれを模倣しようとするライバルが必ず出てくる。そのためにも特許を取得しておいた方がいいと思うんだ。そうすればあんたの会社も利益を大きく独占できるし、俺も技術を誰かにパクられずに済む」

 

いつの世も利益になると踏めば誰かの知識や技術を盗もうとする愚か者が出てくる。自分では何も作り出せず、他人の褌にすがるしか出来ない馬鹿な連中が。そんな馬鹿共は人から盗んだ知識と技術をさも自身の物のように叫ぶのだ。

そんな馬鹿を黙らせる、或いは事前に芽を摘むにはやはり特許を取得するのが一番だ。ベイショアの言う通り国が発展し司法が整えばやはり法律を手にする者が優位に立てる。カレブはそれを見越してベイショアに力説する。

 

「あー、なるほど。確かにそうだな。うん。特許はとても大事だ。わかった。これは私が責任を持って申請しておこう」

 

ベイショアはカレブの特許申請書類を一瞥し、吸っていた葉巻を灰皿に置くと書類をまとめてデスクの引き出しへとしまう。

 

「頼むぜ、ベイショアさん。これはあんたのためでもあるんだ。他の会社にウチの真似事で儲けられたくないだろ?」

 

「もちろんだ。君の言う通りだよカレブ君。ところで次の工事の予定だがそちらはどうなってるかね?」

 

「……あ、ああ。その件なら……」

 

ベイショアは特許に関する話を早々に切り上げ、次の工事に関する話を広げ始めた。カレブも慌ててそちらの話題に切り替えるが、彼はこの時なんだか嫌な胸騒ぎのようなものを感じた。

 

 

 

 

 

 

────そしてその予感は当たってしまう。

 

 

 

 

 

 

カレブがユナイテッドウエスト鉄道の社員となって一年が過ぎたある日。彼は新聞を見ながら怒りに手を振るわせていた。

 

「“ノースセントラル鉄道、犬釘を撃ち込む作業用の銃を開発し特許を取得"……!!“ユニオン鉱山社、蒸気掘削機を開発、特許を取得"……!!なんだ……なんだこれは……!!」

 

新聞にはライバル鉄道社や鉱山採掘の会社が開発したとされる犬釘を打ち込むスパイクガンや掘削機の絵が描かれていた。それは紛れもなくカレブ自身が開発し、ベイショアに特許を取得するように勧めたものだった。

間違いない。ベイショアは自分からあの特許を盗み、他社へと売り渡していたのだ。カレブの中で覚えのある感覚が蘇ってカレブの血の中を駆け巡り、心臓に鋭い痛みを与えた。あの日いじめっ子達を、父の雇い主を、藪医者どもを殺してやると誓った“復讐"の感覚が再び蘇ってくる。今でも自分はクズ鉄を手に入れるために必死なのに。金持ちは自分の知的労働から利益を搾取している。カレブは新聞をカバンに無理矢理突っ込むと馬に跨って会社へと向かい、ベイショアのオフィスのドアを蹴破った。

 

「ベイショアぁぁ!!」

 

「なんだ、騒々しい。何の用だね、カレブ君」

 

「この新聞は何だ!?何故俺の作った機械が他社の特許になっている!?」

 

こちらの気も知らず、ベイショアは呑気に葉巻をふかしながらデスクの上の書類に目を通している。カレブはクシャクシャになった新聞をその書類の上に叩きつけて、ベイショアを問い詰めた。

 

「あー、その件かね。うん、まあちょっと不手際があったのか情報が流出したみたいだな」

 

「ふざけるな!!貴様が俺の特許を売り渡したんだろうが!!」

 

「人聞きの悪い事を言わないでくれたまえ。証拠はあるのかね?大体、新しい機械ならまた君が作ればいいじゃないか。会社のために尽力してくれるのだろう?そのために君には破格の給料を付けてあげたのだぞ?それよりも早く次の仕事に取り掛かりたまえ」

 

ベイショアは悪びれもせずそう答えた。カレブの中で怒りと憎しみが募っていく。新しい機械を開発するため、会社の利益のため、何より自分の未来のために必死でクズ鉄を集めて日々下積みを重ねてきたのに。このベイショアという無関心な男はカネと経済について偉そうに語っておきながら所詮は目の前の利益にしか目が行かない愚か者でしかないのだ。カレブは拳をわなわなと振るわせ、そして──

 

「この……クソ野郎がぁぁぁっ!!」

 

「ぶへっ!?」

 

カレブの思い切り振られた拳がベイショアの顔面に直撃し、椅子から彼を吹き飛ばした。鼻血を出して悲鳴を上げるベイショアの髪を掴んで床に何度も叩きつけ、床に転がる彼の腹に何度も蹴りを入れる。ズタボロになり、泣き叫ぶベイショア。そんなことはお構いなしにカレブは溜まりに溜まった怒りを全て解き放つ。

 

「俺が!!いつも!!どんな思いをして!!開発をしたと思ってる!!俺を!!エサをやれば動く家畜だとでも思ってるのかこのゲス野郎がぁっ!!」

 

「ぐへっ!!あがっ!!た、たすっ……助け……て……」

 

何度も、何度も、何度も。ベイショアがどれだけ泣きながら許しを乞うても。顔面を殴り、叩きつけ、蹴飛ばし、罵声を浴びせながらカレブはオフィスが血まみれになるまで激しい暴行を加えた。

もはやベイショアが悲鳴も上げられないほど弱った時、カレブは仕上げとばかりにある物を構えた。それはベイショアが無関心な故に他社に特許を奪われてしまったカレブ自作の犬釘発射銃……スパイクガンであった。

 

「てめえのような奴は生かしちゃおけねえ。線路の代わりにてめえに犬釘をブチ込んでやる」

 

「ひ、ひいっ……!や、やめ……!」

 

カレブはデスクの上にベイショアを仰向けにする形で叩きつけ、醜く太った彼の腹にスパイクガンの銃口を押し当てる。

 

 

 

「恨むなら自分の愚かさを恨むんだなベイショア。俺を不当に扱ったその瞬間に、お前は死の淵に立っていた」

 

 

 

 

 

 

オフィスに銃声が響き渡り、錆びた犬釘がベイショアの腹を引き裂いた。

 

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