髪は昨日ヘアサロンでセットしたし、アクセサリと靴もきちんとコーディネートした。午前中からメイクにも時間を掛けし、ネイルも丹念に作ってしまった。
――まるで男とデートに行くみたい。
なんて思うけど、今日のお相手は同性で同業者なのだから、それよりも気合いが入る。
作家という稼業は身無精も自己演出の一つで、売れていればそれも許される。しかし初対面の同性の同業者、それもビジネスでなく、クラフトビールを飲みに行くのであれば、きちんとしたい。
――何かおかしなことを考えてるのかな、私は?
山手線のドアに映る私の姿は、サングラスを掛けた就職三年目の強気の英語教師、という雰囲気だ。はろーえぶりわん、れっつげっつすたーてっど! とか手を叩いて教壇から呼びかける感じの、だ。
――仰々しい? これくらいがいい塩梅でしょ。
「目白、目白、お出口は右側です」
私は目白駅のホームに降り立つ。平日の山手線は空いているが、それでも乗降客は結構いる。
軽い足取りで階段を上り改札を出る……前に、駅のコンビニで軽く買い物。一軒目の仕込みを先にしておこう。
目白駅の改札を出て、お昼の日差しの差す駅前広場を探す。
人の顔を覚えにくい性質なのだが、黒いパンツスーツの大山さんはすぐに見つかった。
その横にクロッシェを被ったショートカットの、ショートカットで柔らかい顔の女性がいた。ブラウスにスカートのラインはゆったりとして、立ち居振る舞いはお嬢様のようにふわりとして……いや、あれは疲れている動きだ。
同業者だから分かる。
脱稿後の喜びと業務完遂のテンションの高さが、芯に響く疲労を抑制して身心を動かしている、操り人形めいた状態。
……あの人をこのまま飲酒させて大丈夫だろうか? と思うが、大山さんに後始末は任せよう。
「本日はクラフトビールに詳しい方をお呼びしました」
サングラスを取って会釈をする私を、大山さんが紹介してくれる。
「ユイ・阿羅本先生! クラフトビール小説を書く作家兼イラストレーターさんです!」
気恥ずかしさを覚えながらも、笑顔で握手を差し出す。私を見て彼女は、多少あわて気味に手を握ってくる。
その時に――あれ? と思った。
握手した手の人差し指と親指が硬い。タブレットのスタイラスを握る私と同じ、ペンダコの出来方。でもこの人は小説家だと言うから……もしかして、まだ手書きでテキストを執筆しているのだろうか?
――このご時世で、原稿用紙派の小説家?
その一事だけで、頭を下げたいような気持ちになる。同時に湧くのは未だに生き残る絶滅危惧種を目の当たりにしたような、奇遇の念だ。
「そしてこちらが――」
私の物思いは大山さんの声で止まる。
「飲兵衛作家の春河童先生です!」
「ひどい!」
得意そうに笑う大山さんと、涙目になる春先生。
私は笑いを堪える。私の紹介とは大違いだけど、代わりにこの二人の関係が分かる。
仕事で信用しているからこそ、プライベートの場では砕けられる。節度のある大人の冗談と、それへのエモーショナルなリアクション。
――良い雰囲気でちょっと羨ましい。
「そういう人選ですから」
自信ありげな大山さんの言葉に頷く。
そう、私だって大概な飲兵衛作家だ。
――だから今日はのんびり息抜きで飲みましょう?
私は笑顔で話しかける。
「じゃぁ、さっそく出発!」
私は二人を先導して、目白通りの歩道を歩き始める。
まだ初夏の太陽は頭上に高く輝いている。
こんな時間からビールを飲みに行く――これほど楽しい遊びが、この世に他にあろうか?