用宗の漁港脇には切妻屋根のホテルがある。
雲一つない青い空、海風に揺れる椰子の木のテラス、海灰色のホテルには、誇らしげな風格がある。
帽子の庇を上げて、私は慨嘆する。
「戻ってきたなぁ……」
The villa & Barrel Lounge という名前の建物は、クラフトビールの醸造所が持つホテルだった。
WCBの醸造所はこのホテルの横にある、用宗みなと温泉と同じ建物にある。元はそこから事業をスタートしたのだが、この地にあったレストランの建物を譲り受け、試飲所であるタップルームを移設し、さらに客室にオリジナル銘柄の飲み放題のビアサーバーを設置したホテルに改装したのだった。
醸造所らしからぬオーベルジュめいたコンセプトは大当たりし、予約は常に半年先まで満員。
私もまだ泊まった事はない――部屋がダブルしかないので、誰と行くかを考えている内に予約が終わってしまうからだ。
もっとも開業のクラウドファウンディングに参加したので、その内覧会ですべての客室はすでに目にしている。
――そっちの方がおかしい気もするが、それはさておき。
「おじゃましまーす」
ポーチの階段を上がり、店内に入る。やっと冷房の掛かった空間にやってきたので、涼しい空気に身体が弛む。
お昼下がりのこの時間に、店内にいるのはホテルと醸造所のスタッフさんがほとんどで、客はほとんどいなさそうだった。平日の昼間、宿泊客のチェックアウトと来客のチェックインの間の時間だから、ランチタイムであっても来客がないのは納得だった。
「貸し切り状態か、それもそうなるよねぇ……」
このホテルの1Fは、ビアバーとラウンジ、そしてビールのボトルショップになっている。
バーカウンターに座り、壁の液晶のタップリストを見上げる。
直線のはっきりした屋内のデザインと、WCBのキャラクターのウォールペイントは、海沿いのバーと言うより六本木あたりのバーを彷彿とする。
「いきなりインペリアルはちょっとね、それじゃ……あー」
テーブルの上のランチメニューに目が留まる。さっき生しらす丼を食べてきたばかりなのに、ランチが気になる。
前に一度来た時は、ディップサンドを食べた。でもここのカレーはまだ食べた事はない。
――いやさすがに昼飯二食は食べ過ぎでしょ?
いやでも、こんな昼日中の不道徳な酒飲み旅行で、行儀正しくしていい事なんか何もない。今は息抜きだ!
「大丈夫、アルコールで胃が広がるから!」
カレーと、まず最初の一杯でコールドIPAのSouthern Legendsをオーダーし、Paypayで支払いする。いきなりハイアルコールのビールを入れると、胃がびっくりするから、まずは慣らしだ。
目の前のウォールタップから注がれた、チューリップグラスに注がれた透き通った泡のない、黄金色のビールがやってくる。
縁までひたひたなので、グラスを置いたまま一口啜る。
「あーーー、キレッキレ……夏のビールって感じ」 香るのはホップの作る松と青草のフレーバー、そしてモルトの香りにジャーマンラガーの雰囲気がある。コールドIPAは低温発酵用のラガー酵母で作るエールなので、それも納得だった。
なによりも、ドライで喉から胃へと特急で駆け抜ける、キレる味。夏の用宗の町を歩いてきた私には堪らないビールだった。
カウンター席から振り返り、窓の外の真夏のテラスを眺める。
「ああ……いいなぁ」
まるで南国のホテルのバーで、カクテルグラスを片手にくつろいでいるかのような気分。
「お待たせしましたぁ!」
女性の店員さんがカウンターの上に、カレーを出してくれる。
いきなり海外のリゾートホテルから海の家の食堂に戻ってきたような気分だが、むしろ望む所だ。
サフランライスの両脇に合い盛りにされた、牛タンとチキンカレー。福神漬けの代わりに紫キャベツのザワークラウトとアボカドディップ。
「ああ、これでお酒飲めるわぁ……実際、飲むんだけど」
頂きます、とスプーンを手にお辞儀して、二度目の昼食を頂く。
カレーはスパイシーだが辛くなく、牛タンはホロホロになるまで煮込まれている。たぶん隠し味はビールだと思う……が、銘柄までは分からない。
ビールを飲みながらの追加昼食のカレーは、もりもりと食べられてしまう。残したら失礼だろうか、という心の片隅の心配も消え去っていく。一杯目の生しらす丼も、贅沢だが御飯の量はあまり多くなかったので
普段からこんな事をやっていればデブデブになるけど、今はリセット中、いわば魂のチートデイだ。
「ああ、堪能してしまった……はてさて」
空になった皿と飲み終えたチューリップグラスを前に、一礼。店員さんの出してくれた水で口の中をクリーニングする。
まずは深呼吸。
――ビールを飲むのに緊張してどうするの?