ユイのリイニシャリゼ・ア・ラ・モード   作:阿羅本景

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静岡用宗に行ってインペリアルスタウトを飲もう(4)

 ――ビールを飲むのに緊張してどうするの?

 って笑われそうだけど、これから飲む物は、私に平日息抜きトリップを決意させた貴重な品だ。

 自分の予想を上回ってほしい。期待が裏切られてほしくない。

「副原料の入ってない方、Beyond The GATEWAYをお願いします。これ飲むために東京からやってきました……」

 注文ついでに聞いてもない事を語ってしまい、店員さんが笑っている。

 やってきたのは、ビールのグラスではなくウイスキー用のコニサーグラス。その中に漆黒の液体が1/4ほど満たされている。

 90mlで1100円という試飲の分量だから、こういうグラスで出てくるのだろう。

 グラスを手に取った時点から、モルトウイスキーの香りが鼻孔に伝わる。

「アロマが強い、だからこのグラス使う訳ね」

 そんな感心して、グラスに口を付ける。軽く唇を濡らすくらいにして、Beyond The GATEWAYの味見を始めるが――

 

 ――――――★ミ

 

「え、あ、うわ」

 数秒、意識の中から言葉が消えた。

 味覚と嗅覚の情報量が巨大すぎて、脳の処理が追いつかない。変な記号が前頭葉を走り抜けていく。

『言葉を失うような味』という陳腐な表現の沼に、作家の自分が膝まで浸かってしまった、悔しさすらある。

「まろやか爆弾……いやそんな、ええええ?」

 おいしい! という素直な感動ではなく、どうしようこれ? という当惑がやってくる。 

 何度もBeyond The GATEWAYの液体を唇から舌、喉を潤しながら、味覚のインプレッションを必死に構築する。

 美味いか? それはもう、この旅はこの一口で報われた、と思うくらいに。尖った味は全くなく、酒精と麦の味わいがとんでもなく、深い。

 ――どう美味いか、と説明するのは大変だ。 

 12%までアルコール度数を上げるインペリアルスタウトは、大量のロースト麦芽を入れるので甘みやコクの深さを生む。だが、ただ単に麦芽の量を増やしても、砂糖やリカーを入れて度数を上げたような不自然な薄っぺらさを感じる事がある。

 Beyond The GATEWAYにはそういう不具合はなく、ねっとりとした液質は黒蜜めいていて、その甘さはウイスキーの樽香によって抑制され、むしろスリムに引き締まっている。

 滑らかなスタウトのモルトの味わいはワインやチョコレートのようでもあり、ウイスキーの豊かなアロマの中にはナチュラルなヴァニラやベリーの風味すらもある。

 飲もうと思えば90mlを一気飲みも出来る。でもこの液体の持つ品性が、そんな雑な飲み方を許さない。

「SideProjectとかCycleとかの味よねぇ、これ……」

 アメリカには超高級バレルエイジド・インペリアルを作るブルワリーがいくつかある。私もいくつか味見させて貰った事がある。その時は壮絶なほどの美味に驚嘆し、世界最高峰といわれるクラスには日本はいつ到達するのだろうか、という前途の難しさを感じたものった。

 ――今このグラスの中の液は、世界の頂に到達している。

 今まで飲んできた、おいしいと言われた国産のバレルエイジド・インペリアルスタウトを例えるのなら、ベルベットの布地だ。

 だがBeyond The GATEWAYはペルシャ絨毯。

 毛足の長さと密度と分厚さが違う。

 ――重厚、繊細、稠密、華麗、ゆえに忘我。

 ビールを表現する用語ではないが、こんな言葉でしか評価出来ない。とにかく、五味のレベルよりもその下にある『質感』や『テクスチャ』とでもいうレイヤーのレベルが高い。

「ああ、まだ残ってるうちにこっちも……」

 アルコールではなくショックでふらふらしている私は、もう一つの限定インペリアルスタウト、Seasons of DARKNESSを注文する。まだ残っている内に、平行比較試飲したいからだ。

 こちらはBeyond The GATEWAYに、ピスタチオとローストココナッツの副原料を加えたバージョン。

 ココナッツ・バニラ・コーヒーはローストモルトとの風味の相性がいいので、アメリカでもよくフレーバーを加えるために使われる。

 Beyond The GATEWAYとうり二つの、漆黒の液体のコニサーグラスが並ぶ。

「アロマが違うなぁ、トロピカルだ……」

 グラスに唇を近づけると、少しオイリーな南国の香り。ココナッツのジュースではなく、クッキーとかの香りだ。 

 また飲んだ瞬間に意識が飛ぶか、と覚悟するが……

「あ、あーーーーー……美味しい」

 

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