ユイのリイニシャリゼ・ア・ラ・モード   作:阿羅本景

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静岡用宗に行ってインペリアルスタウトを飲もう(5)

「あ、あーーーーー……美味しい」

 この言葉は失望ではない。

 いやむしろ、納得の産物だ。

 同じ原酒とブレンドでも、副原料を加えた事で香りと甘みに一定の型がはまり、ペイストリー系といわれるスイートスタウトのスタイルに誘導されている。

 ココナッツとピスタチオの香りときちんとした滑らかな甘味は、虚心坦懐に『甘くて薫り高くて美味い』の世界を構成している。

 ただ、質感の高さは変わらない。Beyond The GATEWAYのような言語の表現困難な味ではなく、Seasons of DARKNESSは健康的に『美味しい』のだ。

「『すごい酒』と『おいしい酒』の差だなぁ……」

 クラフトビールの世界で、醸造家の拘りが執念を感じられるレベルにまで原材料の投入が行われたものは、時に「すごい」と「美味い」が別ベクトルを向いている事がある。

 たとえばあるビールはホップやモルトをここまで入れてこの味わいを作った事はすごい、でもそれ故の副作用めいたフレーバーも出ているので単純に美味くないと感じることがある、などだ。

 この二つは、WCBの高い技術と根気強い熟成により「すごい」と「美味い」は同じベクトルを向いている。

 でもBeyond The GATEWAYは「美味しい」のだけど「すごい」の長さが人智の限界まで延びていて、Seasons of DARKNESSは「美味い」が表層にあって「すごい」を理解可能な領域で私たちに示してくれる。

 どちらをより高く評価するのか、それは人それぞれだ。私の好みが人と違っていても、それに文句はない。

「なんか訳わからない事を感じてるけど、はぁぁぁぁぁ」

 二つのコニサーグラスを前に、私は肺の底から満足の息を漏らす。

 まだまだグラスの中は黒く滑らかな液が残っている。至福の息抜き時間は約束されているけど……だけど!

「……これの瓶売り、あるのよね……買って帰りたいなぁ。いや、買って帰らねばWCBさまとデレク代表に失礼と言うもの……!」

 ――持ってきてよかった、保冷バック。

 私はグラスを手に、ボトルショップコーナーに忍び足で近づくのだった。

 

 まだ日暮れには早い時間に、用宗海岸の松並木を歩く。

 The villaで飲み続けてもよかったが、これだけ途方もなくいい酒を飲むと、乱れた酔態を見せる事が申し訳なくなる。ほどほどにして切り上げて辞去し、箱入り中瓶のBeyond The GATEWAYを保冷バッグに下げて歩く。

 海岸通にはショッピングモールのHutparkがあり、ここのラーメン店のテラコスタで〆……をするには、しらすとカレーで二食分の昼食は重かった。

「じゃ、スイーツにしましょ!」

 その手前にある、ジェラードショップのLaParetteで足を止める。今の季節は休日だと行列するこの店も、平日の今ならすぐ座れるほどに空いていた。

 静岡のフルーツジェラードがたくさんあり、中には用宗しらす、なんてのもある。ジェラードを三種、カップで頼んで席に座る。

 窓の向こうの松の枝を眺め、かすかな潮騒を聞く。

「ほあぁぁ……」

 お酒を飲んだ後のジェラードは、よい。冷たい乳脂肪が喉から脳に直接、甘さと冷たさがしゃりしゃりと響く。

「今日もたくさん、リセット出来ました――」

 冒険とリセットの時間は、終幕を迎えようとしている。

 ――でも、だ。

 テーブルの下にある、保冷バックをちょっと持ち上げる。

 瓶と保冷剤込みで1kg近くある、Beyond The GATEWAYの手応え。今日の冒険の収穫がここにある。

「どうしようかなぁ、一人で飲めないサイズだけど……まぁいいか!」 

 

                       《おわり》 





 お読みいただきありがとうございます。
 今回の用宗編は『はるかリセット』の二次創作というか、オリジナル・スピンオフというか、ユイ・阿羅本ドキュメンタリーというか、そういう感じのルポタージュ? 創作であります。
 
 2023年の7月末に本当に阿羅本はこんな感じで1日で覚悟を決めて、WCBのインペリアルスタウトを飲みに静岡まで飛んだのです。いやぁバカですね、ビールのためにすっ飛ぶことに躊躇しない感じは……。
 作中のユイ・阿羅本と本人の行動の差は、ユイ先生は新幹線でしたが中身は高速バスを使っておりました……時間かかるけど安いんですよね、行きも帰りも寝ていればいいですし、平日ならそんなに時間がずれませんし(休日は渋滞でgdgdになりがちですが)。
 それ以外はほとんど、私本人の用宗での行動がベースになっております。買ってしまったBeyondTheGatewayはまだ封を切ってません……うーん、いつ飲もうか。
 
 用宗に突発的に行ったのがコミケ前で、これもすぐ原稿を書き上げてコピー同人誌にすれば間に合う……! と決意して一週間で本に仕上げて夏コミに出したのでした。いやぁ、若い真似が出来ますねぇまだまだ私は……こんな突発本造りは久し振りすぎて、脳がびっくりする感じでした。
 あと、コピー本は版下を用意すればキンコースで自動的に折りとホッチキス止めもやってもらえるんですねぇ……文明は進歩したものです(大げさですが )
 
 こちらも都電編と同じく無料公開しようと考えておりまして、だいぶ遅くなりましたがこうやってハーメルンに更新させていただきました。
 野上武志先生の『はるかリセット』の方でもユイ・阿羅本はしばし登場しておりますので、みなさま今後ともよろしくお願いします
 そして用宗はおもしろいしWCBはビールも美味しいしフードも上手いので、是非とも訪れてくださいませ!

【WCB TheVilla】
 https://thevillamochimune.com/
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