「今日行くところはどこも、その場でビールを醸造しているお店です」
目白通りを先導して歩きながら、今日のコンセプトを説明する。学習院大学の横の、煉瓦の塀と緑の鮮やかな並木の歩道は、すっきりと清掃されていた。
春先生が大学の敷地の方をしきりに気にしているようだった。
「そういえば、春河童先生は学習院に行かれたかったんですよね?」
「それはもう、皇族の通った伝統ある学習院は憧れましたぁ。学習院卒ってブランドは、名門お嬢様の証だなぁと」
二人の話を聞いて、私は頷く。確かに学習院卒と聞くと成城や成蹊と同じくらい、お坊ちゃまお嬢ちゃま? と想像してしまう。
そんな歴史のある学習院のほぼ目の前に、クラフトビールの醸造所とバーがあるのだ。
最初、ここの場所を知った時は「なぜそんな恭しい場所にビアバーを作ったの?」と驚いたものだった。
「まずは一軒目」
目黒警察署を抜けた先のビルの一階。昼なのに歩道に、ビールを誘う立て看板が立っている。
ここは黒を基調としたスタイリッシュなスタンディングバーで、開け放たれたドアの向こうには、醸造所のステンレスタンクが見え隠れする。
目白のInkhornBrewing。醸造所とビアバーを兼ねた、ブルーパブだ。
「これが! 都会のクラフトビール醸造所!」
ドアをくぐった春先生は驚きの目で店内を見回している。
私も最初に訪問した時、繁華街でもないこの地域に、こんな格好いいブルーパブが出来たことに驚いたものだった。
店ごとに意外性があることも、ブルーパブ巡りの楽しみだ。
きょろきょろする春先生と対照的に、テーブルに陣取って準備万端の大山さん。もしかして一度ここに来たことがあるとか?
私はカウンターから振り返って、二人に呼びかける。
「このお店はキャッシュオンデリバリーなので、こちらで注文を」
南国の鳥を模したウォールペインティングと、ステンレスのタップの並んだカウンター。その奥には若い店員さんが、こんな早い時間からきっちり控えている。
提供されるビールのリストが印刷されたクリップボードを私は眺め、オーダーを告げる。
ここは開業してから新しいビアバーなので、造るビールはウェストコーストIPAやヘイジーIPAのような新しいアメリカンクラフトなスタイルが得意だ。
お勧めは……と春先生に言おうかと思ったが、止めておいた。
初対面から先輩顔して差し出がましいのは、よろしくない。何を頼んで何を飲んでも、クラフトビールは時々に出会いと学びがある。
目を細めてタップリストを眺める春先生が選んだのは、私と同じウェストコーストIPAだったので、安心した。
……初手から9%あるインペリアルスタウトとか頼んだら、この先二軒あるんですよ!? とさすがに言わねばいけないところだ。
大山さんもオーダーとグラスの受け取りを済ませ、スタンティングテーブルに並ぶ。
ふと横を見ると春先生がハーフパイントグラスを掲げ、ビールの外見に好奇心の目を注いでいる。
「不透明な、オレンジ色のビール……!」
ビールと言えば泡と透き通った黄金の液体。そのイメージと比較すれば、泡の少なく濁りすらある外見のビールは新鮮なのだろう。
私はグラスを持ち上げ、呼びかける。
「では都電ビール巡り、一軒目スタートで!」
「「乾杯!!!」」