ユイのリイニシャリゼ・ア・ラ・モード   作:阿羅本景

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都電に乗って息抜きにクラフトビールを飲もう(5)

 このまま目白で、日が暮れるまで飲んでいても良かった。

 でも今日のコンセプトは『都電に乗ってクラフトビール巡り』だ。最低でも一回は都電に乗らないと、示しが付かない。

「さて――」

 二杯目が飲み終わった頃合いで、スマートフォンで時間を確認する。今移動すれば、二軒目のお店の開店に間には合うはずだ。

「次はちょっと、都電に乗ります」

 春先生と大山さんに呼びかけてお店を退転する。まだ二人とも意識がはっきりしているから、道中の足下は大丈夫だろう。

 路地の近道を案内し、目白通りと明治通りの立体交差を眺めて道を渡る。少し行くと、副都心線と都電荒川線の二つの案内表示が入り交じった一角にたどり着く。

 都電の鬼子母神駅。分離式のホームの進行方向を確かめて、南の早稲田行きのプラットフォームに私たちは並ぶ。

 改札がなく、一両分しか長さのない背の低いホーム。ビルの隙間に息づいている、地方にはまだ残っていても、東京ではもはや稀な風景だ。

 ちょっとお酒が回ってきたかな、ミネラルウォーターを途中で買えば良かったかな? と思って顔を起こして、気が付いた。

 大山さんが感無量、という目で線路の続く先を見つめている。

「都電荒川線! 最近は『さくらトラム』と呼びますが――」

 ぐ、と大山さんの拳に力が入る。

 あれ? もしかして大山さんは鉄の人だったのか? と驚く。私は一度かなり『鉄分』の濃い仕事をしたことがあるが、大山さんが鉄道系だとは思わなかった。

 だからこそ都電クラフトビール巡りを、春先生に勧めたのかな? と考えたのだが――

「東京の町を走る最後の都電なんですよ! 青春の思い出の路線です!」

 感慨はそちら由来だったのか、と納得した。

「あー、以前はこの辺にお住まいだったのですか?」

「ええ、昔は――」

 曰く、大山さんは大学と学生時代の下宿が都電沿いで、若い頃の移動は都電がメインだったそうだ。就職後に会社も住まいも変わって、ながらく都電からは遠ざかっていたと言う。

 それは春先生も初耳らしく、感心した顔で頷いていた。

 確かに、都電でしかいけない場所に用事があることは稀だ。私だって山の手圏内と地下鉄はアレコレと乗るが、都電や舎人ライナーに乗ることはめったにない。こういう東京の支線だとゆりかもめと羽田行きのモノレールの方が乗る機会はちょっと、あるくらいだ。

「ああ……変わってないなぁ」 

 大山さんの目が輝いている。

 坂を下ってコトコトとやってくる都電の車両は、彼女を若き日にトリップさせてくれる、『ハリーポッター』の機関車のように見えているのかもしれない。

 私たちはやってきた、早稲田行きの都電に乗り込む。

「あれ、こんなに綺麗なんだ」

 ついそんな言葉が漏れた。

 久しぶりに乗り込む都電の車内は、クラシカルなウッドの内装と緑のベルベットのシートが、いかにも真新しい。

 もっと昭和の遺物! というプラスチッキーでレトロな車内を予想したのだが、思ったよりもオシャレでモダンだ。

「春先生――」

 席をどうぞ、と薦めようと思って振り返る。

 車両最後尾の窓に張り付くように、春先生が立っていた。

 横に立ってちらりと春先生の顔を見ると、その目は遠くを見つめている。唇がふっと弛む。

「ここからの池袋ビル街の眺めって、深海監督のアニメ映画みたい!」

 その感想を聞いて、窓の向こうの同じ風景を眺める。

「あー……なるほど」 

 起伏のある線路の曲線と、雑司ヶ谷の背の低いビルから副都心の高層ビルへと霞みながらも続く垂直のラインの組み合わせは、風景描写に人一倍のこだわりのある監督の絵造りを思わせる印象があった。

 ――ああ、この人は作家の目をいつも動かしているんだ。

 少し酔っぱらい始めていた私は、奇妙に恥ずかしい気持ちになる。このクラフトビール巡りを遂行することに気を取られすぎ、景色を見る余裕を失っていたのか。

「そう言われると、綺麗ですね!」

 この光景を飽きるほどに日常の一部として見ていた大山さんも、春先生の言葉で新しい眼差しを開いたのかもしれない。

 ――そんな春先生の言の葉だから、読者は魅了されるのだろう。

 ベル音が響き、モーターの唸りを立てて都電は走り出す。

 私たちは空いてる座席をそのままに、遠ざかる池袋の町並みを立ったまま眺めていた。

 

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