まだ君のことを愛してる   作:桜霧島

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「愛とは、大勢の中からたった1人の男なり女なりを選び、ほかの人を決して顧みないことなのです」



百回折れども

 

▼20A3年5月25日 アドマイヤグルーヴ 東京レース場 晴(良)

 

 

《一着はスティルインラブ! 今年の樫の女王はスティルインラブです! 粘るチューニーを退け二冠達成ッ! 圧倒的一番人気のアドマイヤグルーヴはバ群に沈みました!》

 

「ふぅーッ! ハァーッ! ……くっ……うぅっ……!」

 

 膝に手をつき、肩を落として息をぜーはーと吐く。後頭部からあの女の声が聞こえてくる。

 

「うふふふふ……これで2つ目。あの人に捧げる冠もあと1つ……いえ、2つ」

 

 何をやっているんだ、私は。

 

 桜花賞と全く同じようにスタートでやられ、2400mという初めての距離にもかかわらず道中かかりにかかりまくり、結果、最後の直線に入る頃には既に脚は無かった。

 人生でもワーストに入るくらいのやらかしだ。

 

「ねえ、マイ。貴女はこの程度で終わってしまうのかしら?」

「なん……だと……?」

 

 余裕ぶった声を振り撒くあの女の方を振り返り、怒気を込めて睨みつける。腹が立つが、実際、余裕だったのだろう。

 

「本当はね、私は貴女を目指して走ってきたの。血筋も、才能も、人気も、実力も、全てを持った貴女を―――私はライバルだと思って()()

「くッ……!」

「でも蓋を開けてみたらどう? スタートさえ満足に出られず、挙句の果てには自滅。あの人に捧げる冠が(くす)んでしまうわ。もっと強い炎で、もっと強い熱で―――もっと私の生命を捧げてこそ、女王の冠が輝くとは思わなくて?」

「殺す……!」

「うふふふふ……♪ 気概は良いわ。次は秋華賞、その前哨戦かしら? ローズステークスでまたお会いしましょう」

 

 畜生。腹が立つ。あの女の余裕ぶった顔に腹が立つ。何より、積み重ねた練習を台無しにした自分に腹が立つ。

 

「やるわよ、アドマイヤグルーヴ」

「リリー……」

 

 三着に入ったヤマカツの方のリリー*1がピシャリと自分の顔を両手で叩き、額に貼り付いた芝を手の甲で拭う。

 彼女の目尻には涙が溜まっているが、それを溢れ出させるようなことはしない。

 

「アンタがやらなくても、私がやるわ。ここまで虚仮にされて、黙っていられるウマ娘がいると思ってんの? バカにして! 巫山戯んな! アンタも大概よ! 2人だけでレースを走ってると思ってるの!?」

 

 ヤマカツリリーの激情が溢れ出す。周囲を見回すと、我が意を得たりと他のウマ娘も決意に満ちた表情をしている。

 

 ―――巫山戯けるな! 三冠などさせてたまるものか!

 

「圧倒的一番人気、二番人気が何するものよ!」

「そうよ!」

「あんた達の世代なんて言わせないんだから!」

 

 リリーの自らを奮い立たせる声に皆が異口同音に賛同の声を上げる。

 

 そうだ。私も―――

 

 私が―――

 

 私は―――

 

 

 

 

 

 

 私は、何?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼20A3年8月某日 ???

 

 

 夏休みにアド姉が地元に帰郷すると聞いたのは先週のことだった。先んじてグル姉が地元に帰ってきた折に「ゆっくりと休ませてやれ」と言っていたけど、私としては逆だと思う。あれだけの激戦、そして惨敗だったのだ。何かしている方が落ち着くだろう。少なくとも、私ならそうだ。

 

「アド姉」

「……その呼び方は止めてくれ」

「……グル姉?」

「その呼び方はエアグルーヴ先輩とわからなくなるから止めてくれ」

 

 じゃあなんて呼べばいいんだ。

 

「アド姉、久々に帰ってきたのだから私に走りを教えてほしい」

「……私は未だ重賞も勝ったことがないただのウマ娘だ。ドン先輩やコジ先輩に聞いた方がいいのではないか?」

「ドンさんはエルムステークスに向けて調整中ですし、そもそもダートウマ娘。コジーンさんは引退してからずっとマーちゃん?とかいうウマ娘を付きっきりで指導しています。暇そうなのはアド姉だけです」

「私も暇では―――いや、暇だな。そうだ、お前の言う通り、暇人だ」

「なら行きましょう」

 

 私はコースにアド姉を連れて行くと、ストレッチもほどほどに駆け出していく。

 

 山と、空と、草と、土。私たちの他には何も無いがあるだけ。

 

 何分か、何十分か走った後、ぼんやりと私を見ながら木柵にもたれ掛かっていたアド姉に声をかけてみた。

 

「どうですか?」

「どう、とは」

「私の走りです」

 

 それほど真面目に見ていなかったのだろう。私は大して期待せずにいたのだが、彼女は空を見上げ考えつつも、答えて言った。

 

「―――そうだな、やはり足首の硬さが気にかかる。その硬さを生かすならもう少し前傾したほうが良い。あとは蹴る力を鍛えなければ急なコーナーは曲がれないし、怪我のリスクも抑えられないだろう。総合的に言えば、鍛えるべきはパワーだな」

 

 ふうん、意外と見てはいたようだ。

 

「他には?」

「たくさん走って、ご飯を食べて、寝ろ」

「なんですかそれは」

「数少ない、世の中にある真理だ。お前のような育ち盛りは食べることも寝ることもトレーニングの一環だからな」

「そうですか」

 

 私が沈黙すると、二人の間に夏の湿気を帯びた風が通り過ぎる。アド姉の少し長くなった髪の毛が、私の頭頂部を撫でようとしている。

 

「アド姉」

「なんだ?」

「私は『最強』になれますか?」

 

 そう聞くと、彼女は少しばかり目を大きく見開いて此方を見た。そうして何秒か私の目を覗いた後、再び木柵にもたれ掛かり、空を見上げた。

 

「―――お前は、なれるよ」

「そうですか。ならお願いがあります」

「なんだ?」

「私は、アド姉とともに『最強』になりたい―――いずれ本格化したら、アド姉に指導してもらいたいのです」

「私には、無理だ」

「どうしてです」

「弱いからだ! 『最強』など夢のまた夢! そうだ、私は、弱いんだ……弱くて……弱くてごめんなさい……うぅ……」

 

 私のほうを振り返り怒鳴ったはしたものの、アド姉は座り込み泣いてしまった。いくら空気が読めないといわれる私でも話を続けられる雰囲気ではない。

 ひとしきり泣き終えたころを見計らい、私はアド姉にお願いの続きをした。

 

「弱ければ、強くなれば良いのです。私は、尊敬するアド姉と共に『最強』になりたい。アド姉となら、同じく尊敬する父と母を、追い越せるような気がするのです」

「……エアグルーヴ先輩でもいいじゃないか。先輩は『最強』の女帝だぞ」

「グル姉が嫌というわけじゃありませんが、アド姉じゃないと嫌です」

「どうして私なんかを……」

 

 泣き止みはしたものの、拗ねたような口調になっている。

 

「名家に生まれ、名家に育ち、勝利を嘱望されているウマ娘という点では、アド姉と私は同じです。それに―――」

「それに?」

 

「アド姉はこの程度で終わらないと私は知っているからです」

 

*1
『トーセン』リリーも出走しており、16着に入線している






4月から環境変わって中々時間が取れませんが、細々とやっていきたいと思います。
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