まだ君のことを愛してる   作:桜霧島

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『過去も、未来も、栄光も、挫折も、このレース場に置いていこう』




私だけの“アドマイヤ”

 

▼20A3年9月15日(月) トレセン学園 アドマイヤグルーヴ

 

 

 長い夏休みが終わった。

 

 無論、多くの現役のウマ娘にとっては休みなどではなく次走のための準備期間であり、私も実家に帰って説教を食らった後は多分に漏れずトレーナーとともに夏合宿を行っていた。

 

 今の私の実力はスティルインラブに及ばない。だけど三冠なんて取らせてやるものか。私が、私であるために

は、勝たなくてはならないんだ。

 

 私に憧れている、というあの子を失望させないためにも。

 

 私だけじゃない。リリーだって、ハルカだって、ひと夏を超えて大きく成長しているのが見て取れる。

 

 なのに……なのに……こいつときたらっ……!

 

「どうしたの、マイ? そんなにカリカリしちゃって」

「どうしたもこうしたもあるか、たわけ! ローズステークスはもう今週末なんだぞ!」

「あら、そんなこと言われなくてもわかってるわよ」

「だったら何だ、その体型は! 相撲取りにでもなるつもりか!」

 

 教室中に私の声が響き渡る。

 バカ、横に成長しやがって。『太目残り』という言葉の生きた見本になっている。本当にバカ。何でこんなのに負けてるんだろう、私たち……。

 

「しょうがないじゃない。アメリカのおばあ様のところに帰ったら、たくさんお菓子を頂いちゃったの。あっちのお菓子って、カロリーと量の暴力じゃない? つい全部食べちゃって」

「残せよぉっ!」

「もったいないじゃない。それに、あっちでもトレーニングはちゃんとしてたわ」

「……ったく、不甲斐ないレースをしたら承知せんぞ!?」

「あら、マイは心配してくれてるの?」

「違う! これから戦う相手が不甲斐ないと、勝っても困るからだ! それと、マイって呼ぶんじゃない!」

「いけずねぇ。ま、お互いベストを尽くしましょう♪」

「はぁぁぁぁぁぁ……」

 

 肩を落としてクソデカため息を吐く私をリリーが背中をさすって慰めてくれる。

 

「ま、言いたいことはわかるわ、いいんちょ。別にアンタもティアラ三冠の価値を舐めてるわけじゃないんでしょ、スティルインラブ?」

「当たり前よ」

「なら、ローズステークスも最善を尽くしなさい。その上で、私たちがボコにしてあげるんだから」

「うふふ……♪ ええ、良くってよ」

 

 スティルインラブは挑発的に微笑んでいる。

 

 そのお腹はたぷん、たぷんと揺れていた。

 

 

 

 

▼20A3年9月21日(日) 阪神レース場 天候:曇 良

 

 

 迎えたローズステークス本番。

 

「―――はぁ、勝たなくても良い、ですか?」

 

 控室でトレーナーと話していると、暴言というか放言というか、この()()()はこういうことをよく言う。

 続きを促すように睨みつけると、観念したかのように話し始めた。

 

「うん。そりゃ勝てるに越したことは無いけどね、まだ君は重賞を勝ったことがないんだし。でも、アドマイヤグルーヴのゴールはここじゃないでしょ」

「しかしトレーナー、秋華賞へ進むにしてもエリザベス女王杯へ進むにしても、此処で結果を出せなければお終いでは?」

「出せるよ」

「―――!?」

 

 言い切った、この天才と呼ばれるトレーナーが。

 

「あんな調整不足のライバルに負けるようなトレーニングはさせてこなかったし、君もしていなかった。他の子にしても、上積みはあっても君には届いていない。だから君は勝つよ、アドマイヤグルーヴ」

「は、はぁ―――ですが、それが『勝たなくても良い』という発言とどう繋がるのですか?」

 

 私が改めて冒頭と同じ質問をすると、彼は腕を組んで眉を顰めつつ私に質問を返す形で答えた。

 

「―――さて、アドマイヤグルーヴ。ウマ娘には『領域』と呼ばれる不思議パワーがあることは前にも言ったね?」

「はい。ですが……」

「君はまだそこには至っていない―――と言うより、領域の発動条件が未だわかっていない」

「発動条件ですか?」

「そう、言い換えれば勝利へのルーティーン。クリークも、オグリも、スズカやエアグルーヴだって、彼女たちは自分自身で、そのルーティーンをコントロールしてきた。だから強かった」

 

 それは初耳だ。彼の話は続く。

 

「もちろん、最初は偶発的に見つけるものだ。だけど一旦見つけられれば話は早い。なぜなら、領域が出せなかった今までとを比較すれば良いだけだからね」

「しかし、以前の話では実力が足りていないと出ないケースもあると」

「君はとっくに足りてるさ。僕が付きっきりで指導してるんだからね」

 

 他のトレーナーが言えば「何を言うか」と諌められるであろう発言も、彼が言えばただの事実でしか無い。

 

「であれば、私はどうすればいいのでしょう」

「なに、簡単なことさ。君が君らしく走るだけで、領域に入れると信じてるよ」

「なら桜花賞やオークスだって……」

「出遅れたじゃないか、君は」

「ぐう……ッ!」

 

 言葉の刃が私を抉る。事実だけど……事実だけど!

 

「だから、まぁ、そういうことだよ。『出遅れずに』というのが一つのキーポイントかもしれないね。実際、若葉ステークスで君が勝てたのはギリ出遅れなかったお陰なんだし、最後の直線でビッグコング――今度スポットで面倒を見ることになったのだけど――にハナ差競り勝ったのは、君が領域に入りかけてたからではないかと思ってるよ」

 

 確かにあの時、最後の直線で私はゾーンに入っていたのだと思う。その時の記憶は無いけど、逆に無いからこそゾーンに入っていたとも考えられる。

 

「つまりトレーナー、今日のレースは勝ち負け云々よりも自分の領域を探ることに、感じることに焦点を置けと?」

「そうなるね。―――さぁ時間だ、行っておいで」

 

 彼に促されて控室を出る。

 納得がいくような、いかないような。

 

 今日は勝負服ではなくブルマであるが、一歩控室を出ればそこはG1の雰囲気と何ら変わらない。

 当然のことだ。秋華賞への出走枠をかけてまだ懸命に走る子もいるのだ。

 

 スティルインラブはもとよりリリー、ハルカらは秋華賞へ出走するのに賞金は足りている。一方で―――などと他人事のように述懐する私も、実は桜花賞三着の賞金を上積み出来ていなければ秋華賞の出走は危うく、このレースもまた別の覚悟で走らなければならなかったかもしれない。

 思えば桜花賞とて若葉ステークスに負けていたら出られていなかっただろう。我ながらギリギリを生きすぎていると呆れるばかりだ。

 

 パドック自体は特に何も起こらなかった。初めての重賞で多少緊張している子はいたけど、その程度だ。

 

 程よい緊張感と高揚感が地下バ道全体を包んでいる。曇り空から薄く光の射す地上へ出ると、湿ったダートを横切ってターフへと踏み出す。

 

 ―――これは良バ場なのか?

 

 会場の発表では良馬場ということだけど、阪神の開催は4日目、そして今日のメインレース。昨日までの雨と合わせて内側はボロボロだ。これは稍重と見ておいたほうが良いだろう。現にダートは稍重として発表されている。

 

 芦毛の誘導ウマ娘――名前はよく知らない――が立ち止まり、私たちが返しウマをしている姿を無機質な、それでいて何処か情に溢れた眼で見つめている。

 

 今日の私は2番人気だ。無理もない、私は所詮5戦3勝のオープンウマ娘だ。むしろ、よくこの人気を保てているものだと感心すらしている。

 多少は気持ちが楽になった。

 

 ゲートの前に到着すると、リリーと、それから―――少しボテ腹が引っ込んだ1番人気のアイツが涼しい顔をしてストレッチをしている。

 

 大丈夫だ。

 

 

 さぁ、いざ。

 

 

 

・・・ΩΩΩ・・・ΩΩΩ・・・ΩΩΩ・・・

 

 

 

《各ウマ娘ゲートに納まりました……係員が離れて……スタートしました。揃ったスタート、アドマイヤグルーヴ、今日は良いスタートをきってます!》

 

(うるさい! 聴こえてるっての!)

 

 スティルインラブや他のウマ娘から飛んでくるプレッシャーは、いつもに比べると圧倒的に少ない。やはり人気とアイツのコンディションが影響しているのだろうか。そのお陰もあって、最近では稀に見る良いスタートを切れた。

 リリーが快調に駆け出していき、私はスティルインラブを見るような形でメインスタンド前を追走していく。

 

 

《先頭を進みますのはヤマカツリリー、エルダンジュ、一番人気の二冠バ・スティルインラブは前目3番手に付けました。》

 

 

(強かな奴だ……)

 

 体調が万全で無いのなら、そのようなレース運びをすれば良いだけだ、ということだろう。中団抜けての直線一気は今日の奴のコンディションでは無理と判断したのだ。

 

 一方の私の作戦はいつもと同じ【差し】だ。奴の背中を見ながら勝負所を探っていく。

 この阪神レース場で走るのも4回目となれば、大体の仕掛けどころはわかっている。特にこの2000mという舞台は嘗て勝ったエリカ賞や若葉ステークスと同じ舞台だ。

 

 

《ヤマカツリリーが先団を率いて向正面! 1000m通過タイムは62秒ほどでしょうか、それほど速いペースではありません。その後ろ、かなり離れてスティルインラブが追走。少し離れてアドマイヤグルーヴがマークするような形で第3コーナーに入っていきます!》

 

(ペースが遅い。リリーがこのレースを支配している……。一方のアイツは……)

 

 奴は私の前、ギリギリ先頭に食らいついているがキツそうな顔をしている。

 

(まずい!? このまま奴が下がっては、リリーの首につける鈴が居なくなる……!)

 

《各ウマ娘第3コーナーを曲がって下り坂、第4コーナーに入っていきます。依然としてヤマカツリリーがテンポ良く先頭を駆けていき……おっと中団から内を衝いてアドマイヤグルーヴが捲っていこうとしています! 果たしてこの判断はどうなのでしょうか!?》

 

(知るかッ! だけど今リリーを捕まえにいかなければ、きっとアイツは垂れない!)

 

「ハァッ!」

 

 私がスピードを上げて捲りにかかると私をマークしていたと思しき後続勢もスピードを上げ始めた。

 スティルインラブは―――その波に乗り切れない。奴を第4コーナーで捉えると、私はそのまま突き放した。

 

《ヤマカツリリー先頭! ヤマカツリリー先頭! 2番手アドマイヤグルーヴが追ってきた! スティルインラブは伸びが苦しい!》

 

 行けるッ! ここでッ!

 

 

 

 

 

 

 Proud Lineage(受け継がれる想い)

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、静かな水面とどこまでも続く光がターフに映し出された。万能感が私を包み込む。

 

 

 

 ―――これが私の領域、心象世界……。

 

 

 

「ハァッ!」

 

 自分自身に呑まれぬよう、再度短く息を吐き、阪神の坂を駆け上がる。

 

 

《アドマイヤグルーヴ、物凄い末脚! このまま先頭を捉えきることが出来るのかッ!?》

 

 

(今までの末脚とは違う!? まるでどこまでも、どこまでもスピードを上げ続けられるような……)

 

 いつの間にかリリーまであと1バ身に迫っている。後続勢の音は聞こえてこない。

 

「でやぁぁぁぁぁ!」

「……!」

 

 リリーの声に合わせるように速度を上げ続ける。

 

 

《坂の頂上でアドマイヤグルーヴがヤマカツリリーを捉える! ヤマカツリリー食い下がる! しかし突き放されて! アドマイヤグルーヴ、1バ身のリードで今、ゴールイン! ヤマカツリリーは2着! アドマイヤグルーヴ、これは嬉しい重賞初勝利! 易易と三冠は獲らせないという宣戦布告ッ!》

 

 

 重賞初勝利よりも、私は領域に入った感覚に、レースが終わった後もとらわれていた。

 





スティルインラブの実装が近そうだからとっとと書き終えて清書したい。
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