▼20A2年4月1日 アドマイヤグルーヴ
リギルは全天の中でもシリウス、カノープスに次いで3番目に明るい恒星だという、ケンタウルス座のα星。ケンタウルスという、半分がヒトで半分が牛のような謎の生き物の「脚」という意味だそうだ。
謎の生き物はさておき『脚』は間違っていないだろう。だがこのトレセン学園においてリギルというのは全天の中で最も輝かしい星だということだ。
本来なら私ごときが踏み入れて良い場所では無い。だけどあの時に声をかけてもらったエアグルーヴ先輩に挨拶をしないのは、それはそれで仁義に悖るというものだ。
今更ながらリンをあのチームに置いてきたことを後悔している。盾代わりにはなっただろうから。
チームハウスという名のプレハブ小屋を見遣ると、外に幾人かのウマ娘が見えた。あそこでグラスワンダーさんに吊るされているのはエルコンドルパサーさんだろう。何をしたのだろうか。
その中にエアグルーヴ先輩は……いた。良かった、生徒会の仕事からは解放されていたようだ。
「―――エアグルーヴ先輩」
おっかなびっくり私が声をかけると、レジェンドたちが一斉にこちらを向いた。
やめてよ、おしっこちびっちゃうじゃない。私、膀胱弱いんだから。リンは胃腸、私は膀胱だ。私の一族に何の呪いが掛けられているのか。
「貴様は……そうか、合格できたのだな」
「はい、ありがとうございます。引き続き精進してまいりますので、ご指導ご鞭撻、宜しくお願いします」
「うむ。わかっていると思うが、ここはゴールでは無い。ようやくスターティングゲートに入ったところだ。ここからスタート出来るか、ゴールできるかは貴様次第だ」
「はい」
私を(仮想敵として)ボコボコにして、(脳内を焼いて)グチャグチャにしたジャイアン姉御からのありがたいご訓示を頂いていると、エアグルーヴ先輩の横にいた飢えた猛禽類のようなウマ娘が寄ってきた。言うまでも無く、ナリタブライアン先輩だ。
そうだよね、生徒会の仕事が終わってるならナリブ先輩もいるよね。
「エアグルーヴ、ソイツは誰だ?」
「ん? あぁ、昔、少し面倒を見てやった子だ。アドマイヤグルーヴという。なんでも、私に勝つウマ娘らしいぞ?」
「ほう。メジロドーベルといい、エアグルーヴは私なんぞより余程モテるな」
軽口を叩きつつも鷹のような目つきが私を射抜く。あ、ちょっとちびったかもしんない。
「―――並よりは上だな。お前、ウチに入りたいのか?」
どうやら品定めをされていたらしい。ナリブ先輩の言う『並』がどのあたりかはわからないが、少しばかり嬉しく思う自分が憎らしい。
「正直、ここに来るまでは『入りたいな』と思ってましたが―――」
「が?」
「―――挑むほうが楽しそうだな、と」
「ふふっ。良い答えだ。『入りたい』というなら今すぐわからせてやっても良かったが―――もう少し熟すまで待つとしよう」
正解を踏めたらしい。いや、でも『入りたくない』と言ったところで喧嘩を売ってることには間違いないし、YESもNOも地雷だったんじゃないだろうか。
ありがとう、膀胱の神様。でも体に悪いから13歳の乙女にジャパニーズサラリーマンのような玉虫色の返答は求めないでね。
「アドマイヤグルーヴ、貴様は入りたいチームはあるのか?」
「いえ、特には」
「まぁ、まだ初日だしな。じっくり考えると良い。だが、早くデビューしないと私はドリームも卒業してしまうぞ?」
「……善処します」
さりげなく圧を掛けられたが、やはり持つべきものは面倒見のいい姉御である。
「では、失礼します」
「ああ、気をつけてな」
寮までの短い距離で気をつけるべきことなどあるのだろうか。……とりあえず余計なレジェンドに絡まれる前に退散するとしよう。
リギルを辞し、来た道を引き返す。
どうか、生徒会長とかとすれ違いませんように。
・・・・・・Ω・・・・・・Ω・・・・・・
ふぅ。アイサツしただけなのに、どっと疲れてしまった。まだ早いけど寮へ戻るとするか。
明日から通常授業だし、その準備もしなきゃ。
リンもまだカノープスに捕まっているだろうし、少しばかり一人の時間をのんびりと過ごせるかもしれない。
基本的に私は一人でいるのが好きだ。口うるさい両親や兄弟姉妹や手のかかる従妹が居ない時間を少しばかり楽しんだって罰は当たらないだろう。
そんなことを考えながらリギルから寮への道を歩いていた。
寮の裏側の森に差し掛かった時、小径の脇にあるベンチに誰か座っているのが見えた。近づいてみると……先ほどぶつかったヤバいウマ娘だ。
ヘッドドレスの下から覗く長い栗色の毛は少しウェーブがかかっており、毛先まで艶やかに保たれている。
気持ち的には避けて歩きたいが、ここまで来て引き返したり小径を反れるのは可怪しすぎる。
不承不承ながら近づきつつ彼女を観察していると、ベンチの前に差し掛かった時に向こうから声をかけてきた。
「あら、貴女」
「―――あぁ、さっきはごめんね」
「こちらこそ」
「こんな何もないところで何をしているの?」
「ふふっ。何もないことを楽しみながらアンニュイな午後を過ごしていたわ。貴女は?」
「あいさつ回り、かな」
肩にかかった髪を指先でくるくると回しながら、妖艶な笑みを浮かべる栗毛のウマ娘。
―――恐ろしい。
一見すると、その辺に居るお嬢様っぽい一般ウマ娘だ。
だが非常に擬態が上手いと言えよう。この娘の眼には、果たして私は映っているのだろうか。大人しそうな印象とは裏腹に、彼女の眼の奥には仄暗い闇と炎が見える。
まるで―――そう、死神のような。
「ふぅん。―――ねぇ、貴女、お名前は? 私、スティルインラブというの」
「アドマイヤグルーヴ」
「ねぇ、アドマイヤグルーヴ。私、退屈していたの」
「はい?」
「貴女は楽しませてくれるのかしら?」
「―――明日から本格的に学園生活が始まる。退屈などする余地は無いと思うけど」
「そうかしら?」
「そうだとも」
何を言いたいのだろうか、この不思議な死神もどきは。
「なら、期待しておくわ。貴女はクラシックを目指すの、それともティアラ?」
「―――ティアラよ」
「ふふ。じゃあ、ライバルというわけね」
「私が?」
「―――入学式はつまらなかったわ。同室のあの子の他には、ほんの少ししか楽しめそうな子が居なかったもの。でも貴女は違う気がする」
ふわりと彼女が立ち上がると、甘い菓子のような香りが辺りに漂う。きっとこの香りは獲物を引き寄せる囮に違いない。
彼女の眼の奥の暗い炎が私を認識し、飲み込もうとしている。
早くここから立ち去るべきである。私の心臓が鳴らすバクバクという音は、本能が打ち鳴らす警鐘である。
ごうごうと燃え盛る暗闇。
深い深い孔。
口の端から零れるは呪い。
「アドマイヤグルーヴ、貴女となら、まるでお互いの心臓を目の前に差し出し奪い合うかのような、自分も他の子の命もターフに燃べてみんなを、そして観客をも燃やし尽くすかのようなレースが―――」
恍惚とした笑み。手を頬に当てる官能的な仕草。眼は昏い炎に熔けて地獄を向いている。
狂っている。
「―――出来るんじゃないかと思うの」
酔っている。この女は血に酔っている。
正気ではない。狂っている。狂人である。
私は、酷く後悔した。
後で修正するかも。
アドマイヤグルーヴのトレーナーは……
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ユタカさんでしょ
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おハナさんでしょ
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沖トレでしょ
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桐生院さんでしょ
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オリトレでしょ