まだ君のことを愛してる   作:桜霧島

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「人間の歴史に『絶対的な善と絶対的な悪の戦い』など存在しない。あるのは、主観的な善と主観的な善との争いであり、正義の信念と正義の信念の相克である」




昏い光に導かれて

 

 

▼20A3年3月22日 アドマイヤグルーヴ 阪神レース場 曇 良

 

 

 とうとうこの日がやって来た。私のティアラ三冠への挑戦権を得るための戦い。

 条件は他のウマ娘も同じである。必死である。決死の覚悟で立っている者も居るだろう。ここで勝てば一気にクラシック――私だけがティアラを目指している――への道が拓けるからだ。

 

「いいかい、アドマイヤグルーヴ」

「はい、トレーナー」

「君は圧倒的一番人気だ。殆どの人は君が勝つだろうと思っているし、僕もその中のひとりだ」

「はい」

「だけどね、()()()()()()()()()。今日のレースはきっと苦しいものになるだろう」

「承知しております」

 

 その通りだ。私の調べでも実力は拮抗している。だが相手が強かろうが弱かろうが、私のやるべきことは既に定まっている。

 

「―――うん、流石だ。よくここまで持ってきた。作戦は前2戦と同じように、好位につけて直線追い出し勝負。スタートだけきっちりと、ね」

「私もそのように考えていました。では、行ってきます」

「ああ、楽しんでおいで」

 

トレーナーの声を背中で聞き、控室から地下バ道へと歩む。メイクデビューや未勝利戦のようにキョロキョロとする奴はいない。皆、己の内側の滔々とした血の巡りを沸騰させながら、或いは冷却しながら、光射す出口へと向かっていく。私の背中に突き刺さる殺意が心地よい。

 

 返しウマ。順調である。メインレースであるため芝は多少荒れているが、気温も高くなくコンディションは良好だ。これなら末脚も出せるだろう。一歩ずつ踏みしめながらコースの状況を確認する。

 どのウマ娘もコンディションは万全のようだ。

 

 スタンドの方を見ると土曜日とは言えメインレースであり人も多く入っている。私の横断幕を作って応援してくれている人もいる。有難い。私も人に夢を見させられるウマ娘になったということだろうか。

 

 さて、物見をするのもお終いだ。出走する全てのウマ娘がゲートの前に集合する。

 

タマモリッチ
ブイロッキー
エースインザレース
ビッグコング
ラントゥザフリーズ
アスクジュビリー
リワードシンバル
ピオーネ
アドマイヤグルーヴ
10ホシコマンダー

 

 

 私はまたしても外枠となってしまった。まぁ少人数だから良いだろう。出足さえつけば問題無いし、仮に出遅れても包まれずに居られるポジションだと思おう。

 

 私は奇数番のため先に入れられる。この瞬間が一番緊張する。ガシャリと鋼鉄製のドアが閉められ、続けて偶数番のウマ娘が誘導される。

 

 私の左隣―――大外枠の彼女が入った。スタートの姿勢を取る。

 

《ヨーッ!》

 

 勇ましくも間伸びした独特の声が響くと、大きな音を立てゲートが開く。

 

 揃ったスタートだ。不安だったスタートも集中して乗り越えることが出来た。何人かが逃げるように前を行き、私は進路妨害にならないよう注意しながら内側へ切り込んでいく。

 よし、よし、ここまでは想定通りだ。

 

 坂を上りゴール板を過ぎ、第1コーナーに差し掛かるころには4番手、3番手の位置をキープすることに成功した。3番と7番がレースを引っ張る形になり、私は仕掛けどころを探っていく。私を除いた上位人気は皆、後方脚質であるため、追い出しはギリギリまで待たなければならない。少しでも早まれば坂の途中で失速してしまうだろう。

 

 向こう正面に入り、第3コーナーを目指す。

 体感では1000m62,3秒台だろうか。超スローペースで出入りの少ない展開、おそらくこれは皆の想定通りの展開。であれば、私が想定通りの勝ち方をしても良いはずだ。スタミナは大丈夫、脚も溜めることが出来ている、進路を塞ぐものはおらず、逃げウマは坂の入口で垂れかけている。

 

 第3コーナーに入り、逃げていた7番を捉えた。坂の下りを使って加速しつつ、第4コーナーを回る頃には逃げ粘っていた3番をも捉える。しかし既にバ群は一団となっていて、私のすぐ後ろには後続勢の大地を削る音が響き渡っている。

 

 ―――ここからが本当の勝負ッ!

 

 私はすう、と息を吸うと、溜めていた脚を開放し、第4コーナーから坂道までの直線を滑走路のように加速する。一気に坂を駆けあがろうとするものの、前回と違いまるで壁のように感じる。ここで引き離せるか……ッ?

 

 坂を駆け上がると残り100m、誰かわからないが私に並びかけてきた! 凄まじい末脚と執念だ。きっと、私のことをずっとマークしていたに違いない。だがそれが誰なのか確認できるほどの余裕は無い。

 

 残り50m。

 

 ヤバい。完全に並ばれた。肩が当たるような距離で並走している彼女の息遣いと自分の息遣いが混じり合う。汗が垂れる。脚が熱を持っている。

 

「俺が、勝つんだッ!」

 

 混じり合った中で彼女が何やら言葉を発している。聞き取れる距離だが私も必死だ。最早聞き取ることは出来ない。

 だから結果で示してやる。お前よりも一歩先へ。いや、クビだけでも。いや、ハナだけでも―――。

 

 

 

 

 ―――ぴちょん。

 

 

 

 

 ―――水?

 

 

 

 

 

 ふと気づくと、既にゴール板を過ぎていた。

 

 果たしてどちらが勝っただろうか。私の見立てではハナ差で凌いだはずだ。息を整えつつ第1コーナーの辺りまでクールダウンのため走っていると、隣に最後まで競り合っていたであろう彼女が並びかけていた。

 

「なあ、どっちが勝ったと思う?」

「ハナ差で私だと思う」

「―――カーッ! やっぱしそうか!」

 

 はて、彼女の名前は何だっただろうか。

 ニシシ、と笑う彼女のゼッケンには『ビッグコング』と書いてあった。なるほど、彼女は人気薄の子であったはずである。

 

「いやー強いね、アドマイヤグルーヴ! ティアラ路線から殴り込みをかけてくるはずだよ」

「貴女も強かった、ビッグコング。正直、最後の50mの記憶が無い。デビューしてから一番の激戦だった」

「そうかそうか! これで俺は皐月賞への切符も手に入ったし、トレーナーの期待も裏切らずに済んだ。お前は桜花賞へ行くのか? 皐月賞も行けるぞ?」

「いや、私はティアラ路線を走る。実家の(しがらみ)もあるからな」

 

 二人揃って第1コーナーから正面スタンドに向かって引き返す。まだ写真判定中のようだ。スタンドからの声援に応えつつトコトコと並足で駆けていると、ビッグコングが口を開いた。

 

「目的は達成した。なのに、やっぱ悔しいわ!」

「まだ結果は出てないけど?」

「いや、負けたね。俺たち二人が言ってるんだからそうなるだろ。お前はティアラ路線、俺はクラシック路線。この先お前にリベンジするためには、早くても今年の有馬記念か来年のシニア路線のどこかだな」

「……二人とも、それまで走っていられると良いけどね」

 

 冷たいように聞こえるかもしれないが私の本心だ。どこかで躓けば、きっと私は実家に戻される。ブランビュールのようにケガをして走れなくなることもあるだろう。

 

 スタンドから改めて歓声が沸く。どうやら着順が確定したようだ。

 

「―――だな。じゃ、またライブで会おう。今日のところはお前が1着で俺が2着。願わくば、お前の道と俺の道がまたどこかで重ならんことを」

「ああ、またやろう」

 

 敗戦の悔しさはあるだろう。だがそれでも彼女は誇り高く前を向いていた。

 

 後日談ではあるが、ビッグコングは皐月賞に出走し7着と善戦。その後はオープンと条件戦を行ったり来たりしつつも大きな怪我をすることなく走り続け、私が引退するひと月前に引退した。

 再び道を交えることは無かったが、彼女もまた名バなりけり。

 

 

 

・・・・・・Ω・・・・・・Ω・・・・・・

 

 

 

 ウイニングライブも恙なく終え、トレーナーと別れ帰宅しようとしたとき、私はレース場の出口で妙な気配を感じ取った。

 立ち止まり警戒していると通路の影から聞き覚えのある声とともに或るウマ娘が現れた。

 

「良い走りだったわね」

 

 春の宵に紛れるように姿を現した彼女は、静かに笑みを浮かべているものの何時ぞやの如く目から光は消え失せ、狂気という名の装束を学園の制服の上から纏っていた。立ち去りたいという衝動が私に襲い掛かる。

 

「スティルインラブ……何故ここに……?」

「あらぁ? クラスメイトの応援に来たのよ」

「何が応援か。敵情視察、というところか。もうレースは終わったし、貴様と話すことなど無い」

「あらあら、相変わらずつれないのね。いくらレースが終わった直後とは言え、クラスメイトに対して冷たすぎるのではなくて?」

「ふん」

 

 芝居がかった彼女は私の態度を気にすることなく話し続ける。

 

「ねえ、アドマイヤグルーヴ。知ってる? 果物は腐る直前まで熟したものが一番美味しいのよ」

「……それがどうした」

「うふふ……本当はね、今日は貴女の()()()()を見に来たのよ。いずれ全て食べて差し上げますわ。貴女の努力も、情熱も、レースで育んだ友情も、ご実家への感情も、みんなみんな―――」

「知ったような口をきくな!」

 

 これ以上、こいつと会話するのは無駄だ。こちらに正対している彼女の脇を抜けつつレース場を後にしようとするが、足音に紛れ私の背中に彼女の声が粘りついてくる。

 

「うふふ……あと3週間、待ちきれないわぁ。貴女はどんなデコレーションをしてくれるのかしら―――」

 

 勝利の余韻など既に存在しない。私はもしや、既に猛獣の檻の中に入れられているのかもしれない。そんな風に感じてしまった。

 

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