灰色のルフを創始する者   作:ヤン・デ・レェ

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白龍帝

皇帝白龍が齢七つで即位してから、その実権は確かに白龍自身にあった。

 

だだ、一方で白龍を支えるのは他ならぬ練秀得であり、その周囲を固めるのは彼の一派であった。武官は豹貌の剣士閻技を筆頭に、旧練紅徳一族の擁する大半を吸収しており、その中には皇族も含まれた。また、文官も同様に練家皇族を中心に、旧組織の構成員から成る充実した陣容を誇った。

 

ある意味で言えば、雨降って地固まるの言葉通り、確執が多くを占めていた煌帝国皇族同士の派閥争いは、先帝紅徳が遺したという「一代毎に、両練家から皇帝を輩出する」という規定により緩和され、一旦は一枚岩に固まったといえよう。

 

しかし、既に齢十八を迎えた才気煥発の人、先帝の嫡子である練紅炎や、その弟である練紅明のほうが、幼少かつ火傷で療養中の練白龍よりも皇帝としての資質に富むのではないかという、そのような声も確かに根強く存在していた。

 

諸皇族や国家中枢の官僚・高級軍人らの声は様々であったが、戦乱を勝ち抜いたという建国の自負がある以上、明確な強さへの信頼は厚く、またそのような君主を欲することもまた当然の成り行きと言えた。無論そこには、圧倒的な権威を国内外に放つ秀得への嫉妬や羨望、将又場違いな牽制などの思惑も否定できなかった。

 

だがこれに対して、秀得本人が沈黙を守ったのとは対照的に、皇帝に即位した練白龍、現状帝位請求権第一位の練紅炎、第二位の練紅明が明確に反発を示した。具体的には秀得の私心を捨てた国家と皇族への忠誠は疑いのないものであると、三者三様に異口同音に語ったのである。

 

「伯父殿(秀得)は建国に際して第一の功を上げたにも拘らず、また凱の国では王に封じられていた身分にも関わらず、煌の帝国では群王としての地位も名誉も欲さなかった。白徳帝はこれに大層喜び、代わりに国姓を賜られたという。また、伯父殿は飢饉に際しては所領の倉を全て開け放ち、平時にはその私財をなげうって救荒倉の整備に尽力された。軍事は元より、内政にも通じ、乱暴を許さず、民心を慰撫した。兵とも民とも心を交わし、煌帝国を一つの家に仕立て上げたのは伯父殿その人をおいて他にはいない。皇族同士の諍いがあれば、先々帝がまず真っ先に呼ばれたのが伯父殿であり、誰よりも円満に宮廷を保っていたのも伯父殿と先々帝が深く信頼し合い、帝が彼を重く用いたからであって、帝の独力のみで、或いは皇族同士の信頼によって保たれたものではなかった。煌帝国の存続にあって、一人の名臣に係る重大毎の采配を多く任せ、長年の苦労を労う間もなく更なる苦労を強いる他ないことこそ、国家中枢、延いては官吏・軍人・皇族の怠慢であり、また恥ずべきことである。よって、伯父殿を称賛し、その苦労と献身に報いることがあっても、その名誉に嫉妬し、その才気を貶めることはあり得ない。そのような蛮行を犯す輩は、国家百年の繁栄を食いつぶす逆賊として、この練紅炎が直々に刑に処す。」

 

練紅炎はこのように語り、また文書にしたためて皇帝に奉ずる尚書とした。

 

皇帝白龍に至っては、紅炎以上に強く激しい言葉で秀得を擁護し、秀得を貶めんと画策する全ての者、その一族郎党をも逆賊とするとさえ発布しようと勅令の作成を担う部署に私書を送り付けたほどである。

 

白龍帝はそれだけでは腹の虫がおさまらなかったのか、遂には秀得を参内させ…この時は二人とも痕こそ遺ったが火傷が治っていた…その火傷の傷を何よりの忠誠と誇りの証であると、自身の顔の半分を覆う傷に並べて百官に披露した。

 

その上で白龍は言った。

 

「私は幼く、まだ齢十にも満たず、力は弱く、未だ公務を十全に熟す才に恵まれておらず、身体には傷さえもうけてしまった。しかし、現に煌帝国の皇帝として諸君百官に勅を命ずるのは私の責務であり、この国のために身を粉にして働くことは、この国の皇族に生まれ、この国の民の税によって豊かな暮らしを享受する者として当然のものであると理解している。私の兄上は不幸にも、許しがたい謀略によりその命と志を半ばで奪われたが、私の朝廷にはこのように頼もしい秀得がいる。先日紅炎殿が私にしたためたように、此処にいる秀得は我が帝国の至宝であり、その威と身分の尊さは皇族と全く同等である。百官は私にするのと同じように、秀得にもするように。秀得は諸君が先ほど見た傷の通り、生まれこそ異なるが皇帝である私と血と血で繋がった間柄であり、その関係は親子よりも深く兄弟よりも厚い。諸君がもしも秀得に無礼を働くことがあったならば、それは私に対する無礼である。私に対する無礼もまた、秀得に対する無礼である。秀得の献身に何も返せないことが忍びない。そこで、私は秀得に父の諱であった徳を贈りたいと思う。せめてもの褒美として、今はこれを受け取って欲しい。」

 

騒めく衆人。しかし、秀得はそのような中にあって尚威風堂々としており、整然と皇帝の前に進み出で、跪き、拱手して言った。

 

「我が皇帝陛下、私は貴方様から家族のように遇していただいております。これ以上の褒美を受け取ると、私が陛下に返せるものがなくなってしまいます。」

 

概ね、このような主従のやり取りにおいて、特に抜群の功績ある家臣が主君から褒美を受け取るにあたっては、他の家臣との軋轢を回避し、寵愛の均衡を保つためにも、やんわりと断り、あとは妥協的提案を家臣から上奏し、主君が申し合わせたように受けるというのが古今東西の暗黙の了解であった。

 

この際、宮中においても歴戦の人である秀得に誤算があったとすれば、それは自身に向ける白龍の感情が、その莫大さが如何ほどであったかを見誤ったことである。

 

白龍にとって、大火以前から秀得とは謂わば兄と父を兼ねる存在であった。だが、先の大火での救出劇により、その評価は一変した。兄よりも父よりも、姉や母親よりも秀得を信頼し、また崇拝するようになったのだ。全身を大火に晒して爛れさせても尚、自分を守るために身を挺して火の手を押しのけ掻き分け、その末に救われてしまった以上、白龍の中で世界の中心に秀得唯一人が据えられたのは仕方がない話であった。

 

あらゆる局面において、皇帝からの寵愛とは有益になりうるが、この時は秀得の予測より遥かに強く強く、その寵『愛』が作用したのである。

 

白龍は玉座から弾かれたように立ち上がると、自分に深く首を垂れる秀得の元に一目散に飛んでいき、そのまま彼の懐に身を沈めたのだ。

 

秀得が困ったように言った。

 

「陛下、百官が見ております。如何なされたのですか?この秀得にお教えください。必ずや解決して見せましょう。」

 

秀得の言葉に頭を胸に押し付けて、俯いたまま動かなかった白龍が反応した。

 

打ち上げられるように、ガバリと顔を上げた白龍は涙を一杯に溜めて叫んだ。

 

「ならば私の褒美を受け取れ!秀得!私は貴方に徳を名乗って欲しいのだ!貴方に、名乗って欲しいのだ!そうでなければ、秀得は私と家族になるのが嫌なのか?私はそんなの嫌だ!秀得に捨てられるのは嫌だ!置いていかれるのは嫌だ!だから、早く受け取れ!私の、もっと私の近くに!」

 

ざわざわと不快に揺れる百官の人群れの中で、泣き始めた白龍をあやしながら、その涙を節くれだった指で拭いながら秀得は言った。

 

「畏まりました。貴方様の仰せのままに。今日からは、練秀得改めて、練秀徳と名乗らせていただきます。」

 

秀徳がそう言うと、白龍は途端に落ち着きを取り戻した。

 

白龍は「大儀である」と言って、秀徳の腕の中で目を閉じて転寝を始めてしまった。そのためここで朝礼は解散となり、百官の中では白龍の皇帝としての資質を疑う者、或いは秀徳の専横に眉を顰めるものが続出した。一方で、秀徳の陣営に近しい者たちからすれば余りの寵愛ぶりに驚きこそすれ、その状況を危ぶむには秀徳の実績への信頼が重厚すぎたようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

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