灰色のルフを創始する者   作:ヤン・デ・レェ

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奴隷

秀徳もといマハルバル・バルカにとって、奴隷とは飢えに並んで絶対的な悪の一つであった。過去、二百年以上前に自分を奴隷に落とし、酷使し、剰えゴミのように捨てたことに対して、彼の憎しみと怒りが錆びついたことはない。ただ、彼はどのような理不尽を前にしても運命を恨んだりせず、かといって運命を受け入れることもなかった。

 

運命の呪縛から解放される為に、十六年間孤独に戦い続けた男の魂に宿ったものが、謂わば変質した白黒両方のルフ、灰色のルフの正体であった。

 

マハルバルの消滅は、一種の運命の強制力によって歴史から退場させられたというのが真相だったが、当のマハルバルが諦めることはなかった。肉体を完全に残滓遺らず消滅させられた彼は、ありとあらゆる救われなかった者たちの協力を得て、彼らのルフと肉体と魂を少しずつ、一欠けらずつ分け与えられて再構築された。結果、秀徳が誕生した。

 

秀徳が今生を手に入れてから運命の強制力が働かなかったのは、そのガワがこの世界のモノでできていたからである。魂の核を除いて、秀徳は何変哲のないこの世界の住人であり運命の範疇の存在であった。しかし、その核が灰色のルフで満たされている限り、その存在を一度でも許容したが最後、最早何人もこの男を消滅させることは出来なくなっていた。

 

 

 

 

白龍二年

 

 

元年度は、全期間を通じて白雄・白蓮両皇子暗殺事件の真相究明が急がれた年であったため、その他の公務はほとんど先帝の御代から踏襲されたものであった。しかし、このことに白龍は不満を隠さず、また前年度から熱心に秀徳ら側近との来年に向けた協議は重ねていた。そのため、新年を寿ぐ朝礼において、玉艶太后を摂政に任命するとともに、国内の浮浪者及び労働者の環境改善を第一の政策目標に設定することを発表したことは、当時の煌帝国の国情から言っても、また朝廷内の空気感から言っても、何ら性急なものではなかった。

 

しかし、ここで秀徳は玉艶と白龍に、百官の前で上奏を願い出た。皇帝と摂政はこれを許可し、秀徳は煌帝国の重鎮が集まるこの場を借りて、あることを宣言することを提案したのだ。

 

秀徳は言った。

 

「陛下、摂政殿下、我が国は他国に先んじて世界を一つにすることを白徳大帝の頃より掲げてまいりました。そこで、私は提案したき儀がございます。奴隷制度を、十年以内に撤廃すると宣言するのはいかがでしょうか。奴隷制度に取って代わる新しい制度確立の鍵が、今や世界各地で発見されている迷宮の中には眠っております。或いは魔法技術を活用するために、ムスタシム王国との国交樹立及び貿易と相互留学の提案を成されては如何でしょう。誰しも楽園には自ら進んで入りたがるもの、我が国の将来を見据えて、他国からの移民を受け入れることになったとしても問題が起きぬように、今のうちの国内の整備を進めておくことを提案いたします。」

 

この秀徳の提案は、実質的に朝廷を二分するものであった。まず手始めに旗色を鮮明にしたのは、旧組織の構成員であり今や秀徳派閥を構成して彼を支える武官・文官の面々だった。

 

「陛下!秀徳様の言は最もでございます!先帝の意志を継ぎ、練家の下に世界を一つにまとめる上で奴隷制度の改善は必至!帝国で新しく奴隷に落ちた最初の世代が存命の内に、負の連鎖を断ち切る機会を無駄にすべきではありませぬ!どうか、ご聖断を!」

 

「然り!然り!古代西方で起こった大奴隷反乱、マハルバル戦争を陛下もご存じでありましょう!古代レームという大帝国が、その拡大の果てに辿り着いた困難、その二の舞になってはなりません!」

 

秀徳の派閥からの声を皮切りに、玉座を境に西と東に分かれた奴隷制度存続派と奴隷制度撤廃派の大論戦が始まった。

 

「我が国の奴隷制度は煌の国より続く格式あるもの!撤廃などとは片腹痛し、そのような暴挙に出れば必ずや、それこそつけ上がった元奴隷の大反乱がおこるに違いありません!」

 

「その通りである!我が国が長い年月をかけて確立した奴隷制度は、十分な実績を伴っているからこそ今日まで存続してきたのだ!何の確証も前例もない迷宮攻略の成果を根拠にするなど言語道断!奴隷制度撤廃案に惑わされてはなりませんぞ!陛下!」

 

反秀徳派閥も奴隷制度存続派に加わり、いよいよ紛糾する朝議の場。混沌とする議論を見つめる白龍と玉艶はしかし静かであった。

 

延々と続くかに思われた議論に終止符を打ったのは、紅氏の代表として朝議に参加していた練紅炎であった。

 

紅炎は立ち上がり、百官の前に進み出ると堂々と言った。

 

「皆、静まれ。此処は民草の酒場ではないぞ。荘厳なる朝廷の、陛下の御前である。そして、秀徳殿はあくまでも上奏をなさったに過ぎず、全てを決断されるのは陛下である。如何様に議論を戦わせ、互いを貶めたところで国家の利益にはならん。」

 

静まるのを待ってから、紅炎は秀徳に目配せをし、それから自身も元の席に着いた。

 

秀徳は改めて白龍の玉座の前で跪き、深々と頭を下げ拱手して言った。

 

「陛下、お見苦しいところをお見せいたしました。皆に代わってお詫び申し上げます。何卒ご寛恕を。さて、このように皆々の意見は必ずしも一致しておりませんが、今決断せねば今後、再び討議する機会を得るのは難しいものと進言いたします。陛下、どうかご決断を。」

 

決断を迫られた白龍は怯む様子もなく言った。

 

「秀徳の意見も、考えもよく分かった。しかし、ここで宣言を公布することは難しいことだと貴方も理解していよう。私としては今後、長期的に見れば奴隷制は国家の毒となると確信している。その理屈も十分に理解できる。だが、一方で存続派の言い分もよく理解できる。決して短絡的な利益にのみ支えられてきた制度ではないことは、我らが祖国煌で長らく存続してきたことからも明らかであろう。ただ、このままではいけないということは、どちらの意見にも共通していることではなかろうか?」

 

白龍の言葉に、存続派も撤廃派も頷き、頭を低くした。

 

そのとき、自身の席に戻った秀徳と、その向かいに座る紅炎の視線が交差した。

 

白龍はその二人の視線が同時に自分に向くのを受けてから、息を吸い込み声を張った。

 

「そこでだ、我が国は先ず実を採ることとしよう。」

 

「実とはなんでございましょう?」と百官の一人が言った。

 

白龍はこれに応えて言った。

 

「実とは、迷宮の攻略とムスタシムとの国交樹立のことである。」

 

これには百官も納得しつつ、しかしどこかに引っ掛かりを覚えるものが少なくなかった。

 

百官の一人が言った。

 

「では、奴隷制は如何なさるので?」

 

白龍はこれに応えて曰く。

 

「存続する。ただし、皇帝の名において実を採り、その成果が十二分に見られた時には再び討議の機会を設けることとする。期限は十年だ。これで、双方納得できるのではないか?」

 

存続派と撤廃派はそれぞれ、互いの主張が軟着陸したことに安堵を感じつつも、新たな問題への追及へと移った。

 

「しかし陛下、どなたが迷宮を攻略なさるのでしょうか?また、ムスタシム王国への外交特使はどなたを選ばれるのですか?」

 

これに対して白龍は。

 

「迷宮の攻略には我が一族から、練紅炎殿に我が国の迷宮攻略の草分けとして挑んでいただきたい。そしてムスタシム王国への外交に関しては、提議した秀徳に行ってもらう。」

 

「おぉ!!」と朝議の場で歓声が上がった。

 

最も有望な皇族である紅炎が煌帝国での最初の金属器使いとなれば、その派閥に属する者たちにとっては願ったり叶ったりであった。また、国内で圧倒的な権勢を誇る秀徳が僅かな期間であれ、朝廷から居なくなるとあらば、彼の派閥に属する者であっても、旧組織から参加した者たちを除けば、極一部を残して大賛成の決定であった。

 

この決定には無論、紅炎の身を案じる声も上がったのだが、それだけでは彼の躍進を信じてやまない者たちの声を圧倒すること叶わなかった。そして、当の練紅炎と練秀徳が白龍帝からの勅命を恭しく拝命したことにより、この決定は絶対のものとなった。

 

勅が下ると、朝議を辞した多くの者たちが白龍帝の皇帝の資質について語り始めた。常のことではあったが、先日とは打って変わってその内容の多くは、彼の皇帝としての采配を認め、また大いに称賛するものであったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

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