ミストルティンの家は綺麗に整頓されていた。
お皿の数も多すぎるわけではない。
室内で育てられる小さな植物も花瓶の中に入っている。
まさに、彼女自身の為に作られた空間といっても過言ではないだろう。
「テーブル、少し狭いかもしれませんが……」
「大丈夫ですよ。素敵な場所です」
「それならよかったです……」
お茶を持ってきたミストルティンがひっそりと座る。
少しの沈黙。
いざ会ってみたのはいいものの、深い会話内容を考えてなかったのだ。
それは彼女も同様のようで、なにを話していいか悩んでいる様子だった。
「こうやって静かにしてると本当に同じ存在に思えるなふたりとも」
お菓子を摘まみながらヴォータンは話を切り出してきた。
こういう時に話を展開してくれる人の存在はとてもありがたい。
「元々は同じ存在ですからね」
「そちらの私の方が少し背が大きかったりしている気もしますけれど……」
「ドリュアスの影響を受けてそうなってるだけですよ」
「そ、そうですか……」
再び訪れる沈黙。
会話が弾まないのは予想していたから気にはしない。
淹れられたお茶を私も嗜む。
それは冷たい紅茶だった。
「おいしい紅茶です。いい素材を使っていますね」
「わ、わかりますか……?」
嬉しそうに反応する彼女。
私も旅をしている身で、植物関連の知識は強い。だからこそ、この味わいはいいものだとわかる。
「夏の取れたてのものを使ってるんです。しっかり強く育ってくれたものを用意しました……!」
「一緒に添えられているお菓子もおいしいです」
お茶の心地よい酸味が効いた味わいを嗜みながら、用意されているクッキーを味わう。
いい感じの甘さがバランスよく調和していて、いい時間を感じさせてくれる。
「少しでも落ち着けたらいいなと思い、用意しました……!」
「ありがとうございます。……会話弾ませられず、すみません」
「い、いえ、こちらこそなかなか話を切り出せず、申し訳ありません」
お互いに謝る。
相対しているのが、中身がどうであれ自分であることをそれで再び実感する。
再びなにを話そうか悩んでいた時だった。
「そういえば、今日の水組みやってたか? ミストルティン」
「えっ、ま、まだですが……」
「ちょっと私がやってくる! お前たちはのんびりしてていいぞ!」
「あ、ありがとうございます」
そういって彼女は外に向かっていった。
ふたりでいられる時間を用意させてくれたのだろう。その方が、深く話もできると思って。
気遣いが上手だ。
「そ、その……」
話す内容に悩む彼女。
押しかけてきたのは私の方だ。それなら話を切り出すのは私の方がいいだろう。
「……どんな暮らしができてますか?」
「暮らし……ですか?」
「はい、単純に気になったんです。普通の私がどんな暮らしをしているか、幸せになれているかどうか……」
別に放浪している今の自分の状態と比較したかったわけではない。
純粋に気になったのだ。
ミストルティンとして、彼女がどういう生活や幸せを手にしているかが。
「一時期は、一軒家を作るときにトラブルや困難と遭遇したこともありました。ですが、私のことを理解してくれる方と出会い、行動する中で……些細な幸せを噛みしめられるようになったと信じています」
昔懐かしむ彼女の姿は、私よりも大人に見えた。
様々な苦労があって、大変な思い出もあったけれども、その中で存在している自分がいる。
その様子が少ない言葉からも伺えた。
「……安心しました」
「そうですか……?」
「えぇ、ミストルティンとして、しっかり幸せになっているというのが、話を聞いているだけでもわかりますから」
「……た、大変だったのは間違いないですよ。ヴォータンさんもなかなか最初は打ち解けられなかったところはありましたし、そもそも一人暮らしが安定してできるまで素材とかも用意してたりしましたし……」
気恥ずかしそうにそう言葉にする彼女。
それら全部が悪い思い出じゃなかったというのは、なんとなくわかる。
「それら全部含めて、貴女で……ミストルティンですから。私は尊敬します」
「そ、そんなこと言われると……照れてしまいます。でも、ありがとうございます……!」
笑顔でそう返答する彼女。
その表情はやはり眩しさを感じさせる。
「その……そちらはどんな生活をしているのでしょうか」
次は私の番だ。
恐る恐る聞く彼女に対して、私はしっかり返答する。
「何気ない、放浪の日々を過ごしてます」
「放浪……」
考え込む彼女。
そんな彼女を見つめながら、言葉を続ける。
「漠然と自分の存在について考えながら色々な街を旅して……旅の支度を整えては、各地を巡ってます」
「すごいです、私とは違う生活をしていて……」
私に対して尊敬の目を向けられる。
そこまで大きなことをしているつもりはない。純粋に、留まることができないから話をしているだけだ。
「旅の目的などはあったりするのでしょうか……?」
「目的、ですか……」
それについて考えたことはなかった。
漠然とした目標ならある。
だけれども、それは本当に達成できるかなんてわからない夢物語のようにも思える。
「そうですね、もし強いて旅の理由を挙げるとしたら……人探し、になるのかもしれません」
「人探し……ですか?」
「はい、過去知り合った人物と会いたい。それだけです」
「それは……」
「世界が変わったのもあって、出会えるかはわからない人、ですよ」
苦笑しながら話す。
まず、会うことはできないだろう。なぜならば、出会いたい人は平行世界のピサールとでもいうべき存在なのだから。
かつて仕えたマスターに会いたいというわけではないけれども、彼女には再び会ってみたい。そういう気持ちは存在していたのは自分でも不思議だった。
同じような境遇の人物と遭遇して安心したかったからかもしれない。
「その、どなたか聞いてもよいでしょうか」
「別に構いませんよ、彼女の名前は……」
意を決して言葉にする。
腐れ縁で、合縁奇縁を感じる彼女の名前を。
「ピサール・聖縛・サマエルです」
「その名前……!」
ミストルティンの表情が驚きのものになる。
なにか、知っているのだろうか。
「どうしましたか……?」
「い、いえ、前に来た方がそう名乗っていたなと……」
「ピサールがここに来ていたんですか……!?」
私よりも先に、ミストルティンに会っていたというのか。
それも、私が情報を掴むよりも前に。
「は、はい。なんだか酔っている様子ではありましたが人を探していたと言っていました。記憶が正しければ『ドリュアスの方のミストルティン』を探してると……」
「……お互いに探していたんですか」
色々と笑ってしまう話だ。
最適化の淘汰が為されているであろうこの世界で、あのピサールが存在して、私がいる。
そして、その双方がお互いを探し求めている。友情や、愛情という感情ではない、不思議な縁だけで。
思わず頬が緩んでしまった。
「……嬉しそうです」
「漠然とした旅に目標ができましたから」
あのピサールが存在する。
その言葉にどれほどの力があるかはわからない。
だけれども、活力が湧いてきたのは間違いない。
夢物語だと思っていたことを現実にできるのだから。
「……明るい表情の『私』を見ると、なんだか安心してきました」
「それはお互い様ですよ、ミストルティン」
彼女に出会えてよかった。
そう思いながら、目的地を考え始める。
「あのピサールのことです。大きな酒場にいるに違いません」
「根拠はあるのでしょうか……?」
「腐れ縁故の、直観です。平和な世界の彼女なら、葡萄酒を求めて各地を歩いているはずですから」
「……親友、なんですね」
「そう言い切るには複雑な関係ですよ、あの人とは」
「そ、そうなのですか?」
困惑するミストルティンにピサールとの関係性を説明する。
「とある世界線では敵同士でした」
「敵だったんですか?」
「えぇ、お互いに相性最悪だなんて思ってましたね」
互いにけん制しあって、煽りあう関係の世界があった。
どこからが私と彼女の合縁奇縁の始まりだったかはわからないものの、国を跨いだ戦闘の記憶はまだ頭に残っている。
「別の世界線……どうしようもない雰囲気が漂っている世界ではなぜかふたり一緒にいましたね」
「どういう世界ですか?」
「終わりゆく世界というべき場所でしょうか。あの世界でもピサールはよく葡萄酒を嗜んでました」
徐々にやつれていくマスターを見つめながら、世界を傍観していたピサールの姿を思い出す。
彼女の達観的な態度に救われていた時期もあったと今思えば感じる。
ピサールも私も、すがるものがあったというのは楽だったのかもしれない。
「そして他の世界線でも一緒にいましたね。策謀を得意とするマスターと、お酒を飲むくせに運転とかできるピサール……あの世界でマスターに意識を傾かせていた私を呆れながら見つめていたのもピサールでしたね」
過去の世界の私は過去の世界で生きた私だと割り切れている。
その為、マスターのことを、国のことを考えていた私も客観的に見ることができる。
それを踏まえて考えると、感情に熱が入った私を、ピサールは呆れたりしながら見つめていたのかもしれないと感じる。
『私』が……ミストルティン・獣刻・ドリュアスが存在していた世界では、なぜだかピサールとの縁があった。
まさしく、奇妙な縁。言葉を綺麗に言うのであれば合縁奇縁だ。
「私が知らないところで、色んな縁があったのですね」
「ミストルティンである貴女でもしらない、私だけの記憶、ですから」
「そうですね、不思議と私の中にはロストラグナロクの記憶がありませんから……」
「この記憶は責任をもって、私が持ち続けます。だから、今の生活を大切にしてくださいね」
「……はい、わかりましたっ」
『ミストルティン』として生きた記憶。『ミストルティン・獣刻・ドリュアス』として生きた記憶。
どちらも異なるものだ。
だけれども、お互いに歩んだ道が違くても、元々は同じミストルティンだ。どの記憶も大切な記憶なはずだろう。
「ミストルティンは、友達はいますか?」
「最初はいませんでした。ですが、この世界でヴォータンさんに会ったり、色んな経験の中から出会えた方がいたり……多くはありませんが、心を許せる存在は増えてきたと思います……!」
「よかったです。お互いに、幸せになれそうですから」
「そうですね、ドリュアスのミストルティン……いえ、もうひとりの私も幸せになってほしいですっ」
「……頑張りますね」
お互いに笑顔で言葉を交わす。
優しい表情ができていただろうか。
それはわからない。……だけれども。
「戻ったぞー、ミストルティン。……おぉ、こうやって見ると姉妹みたいだな!」
「そ、そうでしょうか?」
「姉としての器があるかはわかりませんよ」
「まぁ、それはわからんが! お互いにいい表情になったと思うぞ!」
「ありがとうございます」
客観的に見て、いい表情だったとするのなら、それはきっと素敵なものなのだろう。
談笑を繰り返しながら、私たちの時間は過ぎ去っていった。