SEA.IF 追憶のエトランジェ   作:宿木ミル

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4.合縁奇縁のその先に

「旅を続けるんですね」

「はい、少しの間お世話になりました」

 

 旅支度を整える為に、少しの間ミストルティンの家に滞在していた私は、おおよそピサールが赴きそうな場所に目途が付いたので行動を起こすことにした。

 自分の半身とも呼べる存在との別れは寂しい。だけれども、二度と会えなくなるわけではない。

 

「今度会った時は、こちらからも旅のお土産を持ってきますね」

「はいっ、楽しみに待っています」

 

 会話の数は少なかった。

 それでも通じ合えていたと思う。

 ミストルティンの家を出て、大きな街のある場所まで向かう。

 立地条件が森林なのもあって街までは遠い。だけれども、道々に彼女がいたという痕跡を探すことはできるはずだ。

 森を抜け、ひとつの村を超えた先にある、宿屋と酒場を兼業している小屋まで到達する。

 まずは、ここで情報収集だ。

 酒場のカウンターにいる店員に声を掛ける。

 

「この女性に見覚えはありませんか?」

 

 そう言って、彼女の似顔絵を手渡す。

 それなりに手先は器用なので、似ている絵にはなっていると思う。

 

「あぁ、見覚えがあるぜ。ワインをいくつか飲んだのち、もっと大きな街で飲みたいって言ってたな」

「いつ頃見ましたか?」

「一週間は前だな」

「そうですか……」

 

 滞在している可能性は少ないだろう。

 そうなったら情報を絞った方がいい。

 

「このあたりにある大きな街の情報が欲しいです」

「あぁ、問題ない。地図の予備を渡しておこう」

「ありがとうございます」

「折角だから何か飲んでおけ。夏場は暑いぞ」

「そうですね、言葉に甘えて……夏の果物を使ったものをお願いします」

「わかった!」

「あとは、サンドイッチをいくつか。軽食していきます」

「嬉しいねぇ、ぜひ食べてってくれ!」

 

 情報だけ貰うのも、よくはないだろう。

 軽食と飲み物を頼み、しばらく休憩を取ることにした。

 鮮度のいい果物はミストルティンが作っていたものみたいで、店員は嬉しそうに話していた。

 彼女に対してのお土産話が早くもできたかもしれない。

 そう思いながら、私は軽食の時間を楽しんだ。

 

 

 

 それから私は地図にある街をいくつか探していった。

 北の街にも、西の街にも向かった。

 両方で彼女の情報が入手できたのはよかったものの、ピサールと合流することはできなかった。

 そして、東の街。

 ここが外れだったなら、いよいよすれ違いが激しくて不安になってくる頃合いだ。

 東の街にある酒場は他の場所よりも大きな空間だった。

 木造の建物の中にはいくつものテーブルが置かれていて、ピアノのジャズ伴奏が周囲の空間の空気を作り上げていた。

 今度こそ、会えるか。

 そう思いながら、テーブルの人を探していく。

 人が賑わうような空間には彼女の姿は見つからなかった。

 ふと、ピアノの近くにあるテーブルに目を向ける。

 そこには、当たり前のように佇んでいる、私の知っているピサールの姿があった。

 

「こんばんわ、今日はいい夜ですね」

「あれ? ミストルティンってそんなキャラだったっけ~?」

「別に意識はしてませんよ」

「じゃあ、なにがいいの?」

「目的の相手に出会えたことですよ」

 

 軽く確認を取り、彼女の前の椅子に座る。

 この静かなやり取りも久しぶりの感覚だ。

 

「マスターに会ったの~?」

「『過去』の私ならそうしてたかもしれませんね」

「会ってないんだ」

「そうですね、今は放浪の旅をしてます」

「へぇ~」

 

 変わらない様子で葡萄酒を飲む彼女。

 頬が赤くなっているのは私が知っている、ピサール・聖縛・サマエルの姿そのものだ。

 

「何杯目ですか」

「6本は飲んだかな?」

「飲みすぎですよ」

「キル姫だから平気よぉ」

「経済的によろしくないのでは?」

「う~ん、適当に稼げばいいの! 今が楽しければそれでいいみたいな」

「随分いい加減ですね」

「あ、そうだ! ミストルティン、今日の分のお金出して~?」

 

 さらっとお金を要求する彼女。

 ずっと一緒にいたかのように立ち振る舞うその態度には安心感すら感じさせる。

 

「自分の分は自分でなんとかしてください」

「ケチ~」

「……はぁ、調子が変になります」

 

 懐かしさすら感じさせる、日常の風景。

 過去の世界の自分たちのやり取りを感じさせる。

 

「なんでわたしがここにいるか、わかる~?」

「わかりませんよ」

「お酒が飲みたかったからなの~!」

 

 ……酔っているのか、本気なのかわからない言葉にどう返答すればいいか困る。

 そんな私を見つめながらピサールは微笑しながら言葉を続けていた。

 

「どうせミストルティンはさ、『自分はどうしてここにいるんだ~』みたいに考えてたんじゃないの~?」

「嫌なくらい図星を付きますね、ピサールは」

「そういうめんどくさいこと考えるの好きだもんね、ミストルティンって」

「……誉め言葉として受け止めておきましょう」

 

 どう考えても皮肉だ。だけれども、呆れられてるだけだ。

 悪意を持って言っているわけではないのはわかっているので、私も私なりに受け止めることにした。

 

「別に理由なんてなくっていいと思うの~」

「どういうことですか?」

「哲学的な答えって、めんどくさいじゃない~」

「そうですね、楽園談義も今思えば面倒だったのかもしれません」

「懐かしいわね~、死ねば楽になるんだっけ?」

「……よく覚えてますね?」

「ミストルティンと本気でやりあったのはあの世界くらいしかないからね~」

 

 彼女も彼女なりに記憶を保持しているのだろう。

 さらっと話す彼女にはいたずらっぽい表情があった。

 

「生きるも死ぬも人それぞれなら、もうパーっておいしいもの食べた方がいいと思ったの」

「葡萄酒の飲み比べもその一環ですか?」

「うん! 色々ベストなものを探して用意したの!」

「葡萄酒は食べ物ですか」

「わたしの血肉だよ?」

「……いずれ全てがお酒になりそうですね?」

「ふふふ、それもいいかも」

 

 そう言いながら、彼女が懐からなにか瓶を取り出す。

 これもまた葡萄酒なのだろうか。

 

「じゃん」

「なんですかそれは」

「百年ものの葡萄酒~!」

「……すごいものを買ってますね?」

 

 ピサールがやたら高いお酒があると紹介してきたことがあるのは覚えている。

 年季が入ったワインはおいしいともよく言われていた。

 

「面倒だったけど傭兵をして買ったの~」

「凄い努力だと感じますが……」

「どうしたの?」

「なんで今見せてきたか気になります」

「理由は簡単よ~」

 

 そう言って、ワインのラベルに描かれた文字を見せるようにピサールが手渡してきた。

 

「お誕生日おめでとう~、ミストルティン」

「……完全に忘れていました」

 

 そこには私の誕生日を祝う言葉が描かれていた。

 まさか、葡萄酒を誕生日に渡されることになるとは。想定もしてなかった。

 

「そもそも、会えると予想していたんですか?」

「へ? わたしがこうしているならいつか会えるんじゃないかな~って思ってた」

「随分楽観的ですね、ピサールは」

 

 それでも嬉しかった。

 私を一個人として見て、誕生日を祝ってくれる存在がいたこと。

 そして、ピサールがこうして一緒にいる事実。

 どれも、心を温めてくれるには十分だった。

 

「祝い酒しない?」

「……今日は特別ですよ」

「あ、ミストルティンがデレた」

「デレてませんよ。誕生日祝いを無下にするのはよくないですから」

 

 そう言ってグラスに葡萄酒を注ぐ。

 年季が入った葡萄酒は値段、そして年月相当の重さがあるように思えた。

 

「偶然でも奇跡でも、こうして一緒に笑っていられる。そういうのが大切だと思うの」

「……ピサールが真面目なことを言うと、不思議な気持ちになります」

「たまにはそれくらいでもいいじゃない?」

「そうかもしれませんね」

「それじゃ」

「乾杯」

 

 お互いにグラスを合わせて、ワインの味を楽しむ。

 あまり味わうことのない葡萄酒。その味がどのように美味しいかは正直なところわからない。だけれども、ピサールと一緒に味わう葡萄酒の味は特別なもののように思えた。

 

「ねぇ、旅するなら今度から一緒にいかない?」

「面倒じゃないんですか」

「う~ん、ミストルティンと一緒の方が楽しそうだし、退屈もしなさそうだから」

「……行く当てはありませんよ」

「放浪の旅だよね? そういうのもいいかも~」

「やっぱり楽観的です」

「各地の葡萄酒を味わえそうだから~」

「……お金は出しませんよ?」

「ケチね~」

「……一緒に行くのは構いませんが、すべての旅荷物の管理とか任されたら怒りますよ?」

「覚えてたら、気を付けるね?」

「……よろしくお願いします」

 

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