坂本龍馬
(1836~1867)
「…で、具体的に何に協力してほしいんだ」
俺がそういうと、一之瀬はポケットから一通の手紙を取り出した。差し出してきたので受け取って手紙を確認してみる。外には差出人の名前は書いてない。ハート形の可愛らしいシールが貼ってあるから、見た感じラブレターっぽいが…
「…中身見てもいいか」
「うん。でも、書いてあることを他の人に言ったりしないでね。一応プライバシーがあるから」
「安心しろ。言う相手がいない」
許可が出たので中身を検めると、やはりラブレターだった。男らしくない綺麗で丸っこい字で、一之瀬に対する愛が綴られている。
入学してから気になっていたこと、最近思いに気が付いたこと。
もっとずっと一緒に居たい。色々なことを一緒にしたい。
金曜の放課後4時に、体育館裏で会いたいと最後に書かれ、手紙は終わった。
「金曜の放課後って、明後日じゃねぇか。ずいぶん急だな」
まぁ気持ちは分からんでもない。付き合えるのならば早いこと付き合って長い時間を共にしたいと考えるのは普通だし、もやもやした気持ちをずっと長引かせたくないという考えもあるだろうし。
問題は一之瀬が付き合う気がさらさらないという事だけだな。
「私、恋愛ごとには疎くて…どうやったら相手を傷つけずに済むのか。どうしたら仲のいい友達のままでいられるかわからなかったから、手伝って欲しかったの」
「それを女子と付き合ったこともない、仲のいい友達もいない俺に聞くのか。明らかに人選ミスだろ」
「ウチのクラスの女の子友達に相談すると、噂とかで広がっちゃいそうだし、かといって他のクラスの子には頼みづらいし…ウチのクラスの男子で、信頼できそうなの比企谷君くらいなんだよ」
それはBの男子の口があまりにも軽すぎることを揶揄したものか、それとも俺の交友関係を皮肉ったものか。真相は定かではない。だがしかし、表面上でも信頼されていると分かると、少しばかり心が躍ってしまうな。
「だから、彼氏のフリ?みたいなのをその時にして欲しいなーって…」
…これまたずいぶん小説で見慣れたベタな展開しやがって…
「色々調べたんだけどね。付き合ってる相手がいるのが一番相手を傷つけずに済むってネットに書いてあったの」
「それは本当に付き合ってるやつがいる場合の話だ」
「すぐに別れたってことにすれば、嘘をついたことにもならないし、いい案かなって思うんだけど、どうかな?」
「…その『付き合ってるやつがいます』作戦には、致命的な欠陥が三つある」
「…聞かせて?」
俺は人差し指を突き出して説明する。
「一つ目はバレたときに余計相手を傷つけるって点だ。すぐに別れたってことにするにしても、告白された次の日に別れるってことにはしにくいだろう。自分の告白のせいで別れさせたかもって勘繰られたら厄介だしな。だから一週間くらいは恋人設定を続けにゃならん。一週間もクラス内でぼろを出さずに恋人のフリができる自信がない。万が一バレたら普通に振られたときのダメージの比じゃないぞ」
「確かに…」
今度は中指をたて、二つ目の説明に移る。
「二つ目は付き合ってるやつがいなくなったらまた告白しに来る可能性があるという点だ。振った理由が恋人がいたからって話なら、二回目はさらに断りにくくなるし、同じ手は使えない。それに二回目に振られたときのショックは一回目よりも大きいぞ。『だったらなんで一度目のときにはっきり断ってくれなかったんだ』って逆ギレされるかも」
「そう、だね…」
そして最後、薬指を立て、最大の欠陥を説明する。
「最後三つ目…これがもっとも重大な欠陥で、さっきも言ったことなんだが…人選をミスってることだ」
「…ふぇ?」
「客観的に見て、俺と一之瀬が釣り合ってるとは思えない。クラス内でもあんまり喋ってこなかったせいで、つながりが全く見えん。偽恋人だって秒でバレるかもしれんし、最悪のパターンだと、俺が一之瀬を脅して無理やり付き合わせてるって誤解を生んでもおかしくない。どう頑張っても知り合いが関の山だ」
「…それは流石に考えすぎじゃない?」
「いや、一番ある。一つ目も二つ目も杞憂に終わる可能性はあるが三つ目だけは確実に起こる。間違いなく。断言するレベル」
これが神崎とか、少なくとも綾小路くらいだったら問題はなかったんだがなぁ…恋愛に関しては容姿って重要だから、恋人相手の男を適当な奴にしたらバレるのは間違いないだろう。
「じゃあ、どうすればいいと思う?」
「普通にフったらいいんじゃねぇの?こういうのは下手に策を練るより素直に吐いたほうが長引かずに済む。付き合えないけど友達でいたいって言えば、少なくとも嫌ってないことは伝わる。その後元通りの生活が送れるかは一之瀬達次第だが」
「うーん…まぁ、それしかないよね…」
「一之瀬が気に病む必要はない。告白する男子も成功するとは微塵も思ってないだろう。当たって砕けろ精神で送ってきてるってどうせ。なにせ相手は『Bのお姫様』なんだからな」
「Bのお姫様」とは、一之瀬のことである。なんでも、学内掲示板とか学内チャットなるものの中で、かっこいい男子や、可愛い女子など、人気のある奴らはそこで異名を付けられ話題となっているらしい。
「Aの白銀嬢」とか、「Cの悪逆皇帝」とか、「Dの大天使」とか。
他にもいろいろ異名がつけられているが、そもそも話題に上がっているそいつらのことを知らないので、よく覚えていない。ちなみに神崎は「Bの賢者」らしい。なにそれかっけぇ。
「ちょっ…ちょっとやめてよ比企谷君。そうやって呼ばれると恥ずかしいんだから…それに、私に告白してくるのは男子じゃないよ?」
「は?男子じゃない?」
「…気付かなかったの?ラブレター見たでしょ?もらったのはBクラスの女子からだよ」
な、なんだと…
い、いや。世の中は多様性の時代だ。女子が女子に告白してゆるゆりするのは別に特別変ではないな。珍しいってだけだ。固定観念にとらわれるのは良くないな。
「そ、そうか。でもまぁどっちにしろ俺の結論は同じだ。素直にフったほうが、後腐れないのには変わらんと思うぞ」
「…わかった。明後日、ちゃんと断ることにするよ」
一之瀬は言葉では納得しつつも、その表情から察するに、心ではまだ決心がついていないようだ。
だが、俺に言わせてみれば、この状況で一之瀬の願いを聞き届けるのは不可能だ。
相手を傷つけずにフる。フった時点で多少は傷つく。フることと傷つけることは表裏一体なのだ。そりゃ知恵を絞れば極力傷つけないようにすることはできるだろうが、それでもゼロではない。
だから、一之瀬の依頼は叶わない。いや、叶えられない。
しかし、願いは聞き届けてやることはできる。ただ、それをした場合、きっと一之瀬は怒るだろう。彼女は優しいから、俺なんかにもちゃんと優しいから。
でもだからこそ、彼女の願いは聞き届けてやりたいと思った。仮に彼女の心を痛めると知っていても、それができるのは俺だけだから。
まぁなんだ。この間の中間の勉強会の借りを返すってことで。
時間を取らせてごめんね、といって机を立ち、帰る準備をする一之瀬に俺は待ったをかけた。
「一之瀬。すまん。最後に確認するが、告白相手の女子を傷つけず、仲のいい友達でいたい。お前の願いはそれであってるか?」
「うん。そうだよ」
「そうか。分かった。とりあえず明後日、頑張れよ。ギリギリまで他にいい案がないか、考えてはおくから」
「うん。ありがとう。どうなるかはわからないけど、やるだけやってみる」
そういって俺達は図書室を出た。図書室の鍵を返さなければならないとのことで、一之瀬が職員室に向かおうとした。だが俺も職員室による用事ができたので、一之瀬の代わりに俺が行くと言い、鍵を一之瀬から受け取って別れた。
職員室に着くと、ドアを開けて先生を呼び出す。もちろん、鍵を返してから。
「すみません。茶柱先生はいらっしゃるでしょうか」
ついに金曜日がやってきてしまった。私は少し憂鬱な気分で寮を出る。
携帯に連絡は入っていない。だというのに何度も確認してしまう。もしかしたら、という期待があったんだと思う。
あれから、比企谷君から他の案についての連絡はなかった。多分、思いつかなかったんだろうなぁ。
もともと無理を承知でお願いしていたわけだし、仕方ないけどね。でも、比企谷君なら何とかしてくれるんじゃないかって、勝手な期待を押し付けていたみたい。
比企谷君を責めたらだめだぞ!私!
教室の扉を開けて、みんなに挨拶する。比企谷君はまだ来ていないみたい。
「おはよう!みんな!」
「一之瀬さん!おはよう!」
「おはようございます。委員長」
「おはよー」
何人かと挨拶を交わした後、自分の席について一限目の準備をしていると、ある一人のクラスメイトが話しかけてきた。
「い、一之瀬さん」
「あっ…千尋ちゃん」
白波千尋ちゃん。同じBクラスのクラスメイトで、ちょっと男子にあたりが強いところがあるけれど、物腰柔らかで協調性もあるいい子。そして、私にラブレターを送ってきた張本人で、これから私が傷つけることになる相手…。
「あ、あのね。一之瀬さん。今日の放課後のことなんだけど…」
「あっ…あーっと、とりあえずその件は放課後に…」
千尋ちゃんから放課後の話を持ち出されて、どきっとしてつい比企谷君みたいな感じで先延ばしにしてしまった。まさか朝のこのタイミングで、みんなが見ている前でその話が飛び出るとは思わなかったからつい…。
「違うの!その…放課後の話なんだけど…なかったことにしてくれないかな?」
「…え?」
私は驚いた。もしかしたら、今日の放課後まで待ちきれずにここで告白の返事を聞かせてほしいとか言われるんじゃないかと思っていたから。でも、千尋ちゃんの発言は私の考えていたこととは全くと言って異なっていた。
「えっと…なんていうか、私ね?あれって伝えなきゃって思って突発的に書いたっていうか…私の気持ちが伝えられれば十分っていうか…」
千尋ちゃんはなんというか、焦ったようにラブレターの件をなかったことにして欲しいと伝えてきた。千尋ちゃんの言葉とか、しぐさとかからして、私への気持ちがなくなったとかそういうことはないと思う。
それなのに、急になかったことにして欲しいなんて…なにがあったんだろう?
「だから、私の気持ちを分かったうえで、友達として、これからも仲良くしてくれないかな?」
「!!…うん!もちろん!これからもよろしくね!千尋ちゃん!」
気になったけれど、千尋ちゃんのそのセリフを聞いて考えるのをやめてしまった。だって、それは私がいま最もうれしい言葉だったから。
私が告白を断ることなく、千尋ちゃんとこれからも仲良くしていける。まさに、理想の展開だった。まさかこんなことになるなんて思ってもみなかった。
私はうれしくて、どうしてそうなったかなんて考えなかった。普通に考えれば、冷静になっていれば、千尋ちゃんがこんなセリフを言うはずがないのに。浮かれてしまっていた。
だから、このとき比企谷君が教室に入ってくるのにも、その比企谷君が、今までと違って嫌悪の目で周囲から見られていることにも私は気づかなかった。