やはり俺の実力教室は間違っている   作:鳴撃ニド

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いかに知識を身につけたとしても全知全能になることなどはできないが、勉強しない人々とは天地ほどの開きができる。

プラトン

(紀元前427~前347)


入学式の朝

4月。

 

一般社会では別れの時を乗り越えた先に待ち受ける、新しい出会いの季節。まぁ端的に言えば入学式やら入社式やらがある12ヶ月のうちのただのひと月に過ぎん。

 

かく言う俺もまた、面白くもなんともなかった中学という檻から抜け出し、さらに過酷となるであろう高校という監獄に収容される一般人であることに変わりはない。

 

朝っぱら、特に入学式の朝であるというのに、こんなにもネガティブな思考回路に陥ってしまっているのは、どう考えてもこの環境のせいであると断言できる。まぁそもそも入学式の朝だから、という理由もなくはないが。

 

朝早くから小町に叩き起こされ、「入学式で遅刻なんかしたら高校でもぼっちデビューしちゃうでしょ!ほら、早く支度してご飯食べて行く!」と、半ば無理に家を追い出され、高校まで直通のバスに乗り込んだ。

 

全寮制の学校で、卒業するまでは基本外に出られないというトンでもない高校に入学することになった理由は割愛するとして。そんな高校に行くのだから、せめて最後に小町をもう少し可愛がってから家を出たかった、という後悔の念に身を包みながらも、早く家を出たためにバスの座席が空いていたことに喜んだ。高校まで結構距離があるから、その間ずっと立ちっぱなしにならなかったのはありがたかった。

 

それからバスが発車するまでの数分は、特に気分は悪くもなんともなかった。やっぱ眠い、くらいのものだった。しかし、バスが出発してから数分がたったころ、事件が起こった。

 

別に難しい話ではない。OLが座っている金髪の男に向かって、お婆さんのために席を譲れ、と言いだしたのである。

 

そしてその男はそれを拒否。優先席だからどうのこうの、といった話し合いがしばらく続き、お婆さんが周りの乗客に迷惑であると感じたのか、「もういいですから・・・」と発言したことで、事態は収束に向かった。はずだった。

 

そこへ横から話を聞いていたショートヘアの少女が「やっぱり退いてくれない?」と食い下がったことで事態は悪化。

 

金髪が「真にお婆さんを思う気持ちがあるのなら、優先席など関係ないから他の奴らが譲ればいい」と発言し、今現在、俺は確保したこの席が、お婆さんのために使われるのではないかとひやひやしているのである。

 

「皆さん。少しだけ私の話を聞いてください。どなたかお婆さんに席を譲ってあげてもらえないでしょうか?誰でもいいんです、お願いします」

 

先ほどから長く続く煩わしさの原因の一端。俺と同じ高校の制服に身を包んだ少女が、周りの人々に協力を呼び掛けている。

 

今はまだいい。全体に声掛けをしているうちは、立候補でもしない限り注目を集めることはないし、俺が席を譲ることにはならないからだ。

 

問題はその先。全体に呼び掛けても誰も席を譲らなかった場合、わざわざ首を突っ込んできたこの少女が諦める、という選択肢を取るとは考えにくい。誰か特定の人物に、直接協力を仰ぐはずである。

 

そして、真っ先にその候補となるのが俺。理由は簡単だ。何の関係性もない人に直接話しかけるのには勇気がいる。しかし、俺とこの少女は同じ制服を着ている。つまり同級生、かつ同じ学校に通うスクールメイト。共通項がある以上、まずはそっちから声をかけて回るだろう。

 

その条件に絞ると、話しかけそうな相手は俺以外にもいる。なんなら女子だっているし、もしかしたらそいつに協力を願い出るかもしれない。ただ、そいつはバスの後方。我関せず、といった様子で本を読むすました顔したクールな女。話しても取り付く島もない可能性が高い。

 

不運にも、俺の座っている位置はそのいざこざが起こっている位置の真正面。距離的にも話しかけやすい、こいつにしたら良条件な好立地なのである。

 

「・・・あっ。君、私と同じ制服着てるよね?もしかして、私と同じ新入生、かな?」

 

うーわ。来やがった。こういう時の悪い予感って、なんでか外れないんだよなぁ。

 

それに、あたかも今気づきました、みたいな言い方してるが、周り見渡してるときに普通に気づいてただろ。あと、同じ制服着てるなら、もしかしなくても新入生だよ。

 

「・・・そうだけど?」

 

「そうなんだ!よろしくね!それで、聞いてたと思うけど、お婆さんに席を譲ってくれないかな?私たちはまだ若いから、立って我慢することも出来るけど・・・お婆さんはそうはいかないと思うの。無理にとは言わないけど・・・・だめ、かな?」

 

申し訳なさそうな声を出しつつ、座っているから俺のほうが目の高さは下にあるというのに、上目遣いをしてキラキラした眼で俺を見つめてくる。

 

そのあざとさと要求に内心うんざりしつつも、声に出す事はしない。あいにくと俺にそんな勇気はない。

 

ぼっちが直接何か文句を言われたり、お願いをされたときにとれる行動は一つだけ。

 

「・・・わかったよ」

 

素直に従う。これしかないのである。

 

相手に敵対せず、波風立てずに穏便に物事を済ませるためと割り切れば、このやるせない気持ちもどうにか落ち着いてくれることだろう。

 

「ありがとう!お婆さん、こっちです!」

 

その少女はお婆さんの手を引き、俺の座っていた位置まで連れて行ったあと、そのままお婆さんと談笑していた。

 

俺はというと、残りの約15分の間、何もせずただぼーっと窓の外を見て立ち尽くすしかやることがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何もすることがないと、たかが15分ほどでも1時間くらい待たされたような気分になるもので、入学式前にすでに俺は疲労困憊状態だった。

 

バスを降りて間もなくして、後ろから「おーい!」という声が聞こえてくる。朝っぱらから何度聞かされたかわからないその甲高い声に嫌気がさしながら、俺はそれを無視して校門へと向かった。

 

「ちょ、ちょっと、ストップストップ!待ってよ!」

 

俺の目の前で仁王立ちで立ちふさがり、通せんぼをするさっきの少女。どうやらやはり俺に用があったみたいだ。

 

「悪い。俺のこと呼んでたのか。てっきり別の奴かと思った」

 

「違うよー。・・・えっと、呼び止めてごめんね。さっきのことで、お礼がしたくって」

 

「ああ。気にすんな。じゃ」

 

俺はそういって立ちふさがる少女をよけ、校門へ向かおうとする。が。

 

「ええ!?いや、待って、待ってよ!」

 

そういってそいつは、俺の右手をつかんできた。

 

「・・・なに?」

 

「私の名前は櫛田桔梗。あなたのお名前は?」

 

「・・・比企谷八幡」

 

「比企谷君、ね。よし!覚えた!これからおんなじ学校で暮らす者同士、仲よくしようね!」

 

そういうと、櫛田は俺の右手を両手でつかんで、しっかりと(半ば強制的に)俺達は握手を交わした。

 

その八方美人さには感銘を覚えるほどであるが、どうにもその笑顔と発言、しぐさが作り物のような気がしてならない。そういった意味でも、俺はバスの中でこいつと関わりたくなかった。

 

しかしそうは言っても体裁というのは必要なもので。仲よくしようといわれたとき、俺お前のことよくわかんねぇから無理だわ、と返事をすることは不可能に近い。そんなことを女子に言った日には何が待ち受けているか分かったもんじゃない。

 

「・・・ああ、よろしく」

 

「それで、改めまして、さっきのお婆さんの件、本当にありがとう!誰も席を譲ってくれなかったらどうしようかと思っちゃったよ~」

 

俺もおまえに言われるまでは譲る気はなかったけどね。

 

「・・・・さっきも言ったが気にすんな。バスの中でずっと騒がれるよりはマシだ」

 

「・・・あはは~そ、そっか~それはその~ご、ごめんね?」

 

騒がれるよりマシ、という言葉を額面通りに受け取ったようだ。まぁ別にいいか。

 

「じゃ、そういうことだから・・・・・・・あの、手、放してくれない?」

 

俺はそのまま立ち去ろうとしたのだが、櫛田が俺の手を握って放してくれなかった。

 

「こうして会ったのも何かの縁だし、クラス発表一緒に見に行こうよ!」

 

「・・・・さいで」

 

断るほうが面倒くさそうだったので、仕方なく連れて行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

校門をくぐり、クラス分けが記された紙の前に着いた。さすがに人が混雑していて、パパっとみて櫛田(こいつ)と別れる、という手法はとれそうになかった。

 

「私は・・・・Dクラスみたい!比企谷君はどのクラスだった?」

 

こいつ、この人ごみの中もう自分がいるクラス見つけたのかよ。早すぎるだろ。いや、俺が遅いのかもしれん。

 

今のところ、全くと言っていいほど自分の名前が見つからない。本人だけでなく、名前までステルスヒッキー出来ちゃうとか。いらん能力すぎるだろ。

 

「あっ。あったよ!比企谷君の名前!」

 

そう言って櫛田が指さした先にあった、俺の所属するクラスは・・・

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