やはり俺の実力教室は間違っている   作:鳴撃ニド

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深く愛することのできる者のみが、また大きな苦痛をも味わうことができるのだ。

トルストイ

(1828~1910)


マジで偶然だって

俺の自己紹介については一生触れるなと言っておいて、わざわざ俺から掘り起こすのだが。どう考えても俺の自己紹介は失敗に終わった。もはや事故紹介と言ってもいい。

 

ウケを狙ったわけでもなく、無難にやり過ごしたわけでもない。あまりに目立ちすぎてクラス全員が俺の名前を知ることになっただろうが、だからといってあの自己紹介で仲よくしよう、友達になろうと考える人物は誰一人としていないだろう。

 

そう思っていた。

 

だからこそ驚いた。入学式の式典が終わり、学校の各施設を案内された後、初日ということもあって授業は何もなく終わり、後は下校するだけ。そんなタイミングで、わざわざしゃべりかけてくるやつがいるとは。

 

「比企谷君、ちょっといいかな?」

 

鞄片手に即帰宅体制を整えた俺に、ピンク髪巨乳陽キャが話しかけてきた。名前は確か・・・一之瀬とか言ってたか?

 

「・・・なんだよ」

 

「えっと・・・比企谷君、自己紹介のときいなかったでしょ?だから、改めて自己紹介しておこうと思って」

 

なんて律儀な女の子なのだろう。普通そんなところまで気を回さんぞ。俺じゃなかったら惚れてるね。そして告って振られちゃうね。いや振られちゃうのかよ。

 

「その必要はない。お前、一番手だっただろ。そんときはまだ教室からでてなかったから一応聞いてた」

 

「あっ。そうなんだ。じゃあ、私の名前は?」

 

「一之瀬だろ」

 

「一之瀬、何?」

 

え?下の名前も?マジかよ・・・・・なんだったっけ。確か誰か男子がなんとかちゃーんとかふざけて呼んでたような気が・・・・くっそ。思い出せん。適当こくしかないか。

 

「・・・・・一之瀬・・・・・まなみ?」

 

「ほ、だよ!ほ!一之瀬ほ・な・み!覚えてないじゃん!」

 

結構惜しいじゃねぇか。

 

「あいにくと、俺は興味ある人間の名前を覚えることには自信がある」

 

「それって私のこと全く興味がないって言ってない!?」

 

「言ってない言ってない。まぁ、とりあえず自己紹介はお互いに済んだろ。じゃ、俺もう帰るから」

 

そういって席を離れようとする俺の右手を、一之瀬はつかんできた。・・・・この学校の女子、軽々しく異性と手をつなぎすぎじゃない?俺が気にしすぎなの?

 

「待って!一つだけ聞きたいことがあって・・・」

 

「・・・・なんだ」

 

そういうと、一之瀬が急に口をもごもごし始めた。言いだしにくい事なんだろうか。正直自己紹介をやらかしすぎたせいで、どんな突拍子もないことを聞かれても驚かないと思う。

 

「えっと・・・・なんで星乃宮先生のこと嫌いなの?昔の知り合いだったり、とか?」

 

なんだ。そんなことか。そんなもん、いくらでも答えてやる。

 

「・・・・なぁ一之瀬。女子って普通、表ではいい顔して、裏ではえげつなく人を責め立てるじゃん?」

 

「・・・・比企谷君、それは普通の女の子じゃないよ」

 

「星之宮先生はいい顔しながらえげつなく人を責め立てるんだ。そんな人種どうやって好きになれっていうんだ。もう関わらないようにするしか対処法が思いつかん」

 

あの人は、いい顔しながら人を責め立て、悪い顔しながら人をこき使うタイプだ。きっとそうだ。そうに違いない。一瞬でもいい人だと思ってしまった俺を殴り飛ばしてやりたい。

 

「比企谷君の考えすぎな気がするんだけどなぁ・・・」

 

「一之瀬、お前にもいずれ分かる。星之宮先生は危険だ。なるべく関わらないことを勧める」

 

俺はそう言って、握られている手を軽く振りほどいて、教室を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直接寮に帰ってもよかったが、一応職員室によってから帰ることにした。『Sシステム』のことや、単純に聞きたいことがいくつかある。初日だから俺と同じように直接聞きに来る生徒も多いだろうと思い、明後日くらいに行こうかとも思ったのだが・・・。

 

「10万のせいで帰り道人だらけなんだが・・・」

 

ということで、昇降口からUターンして職員室へ。帰り道に人が多いということは、逆説的に職員室によっている人数も少ないと思ったのだ。

 

「誰もいないのかよ」

 

まさかの俺一人。普通気になることって早めに聞くもんじゃない?なんも気になんなかったのかしら。いや、全員直接クラスで先生に聞いてるだけか・・・。

 

俺は職員室の扉をノックし、「入れ」と言われたのでドアを開けて名を名乗る。

 

「一年Bクラスの比企谷です。星之宮先生はいらっしゃいますか」

 

「あいにくと知恵・・・星之宮は席を外している。何の用だ」

 

職員室に入ると、スーツを着たポニーテールの女性が応対してくれた。星之宮先生いないのか・・・会いたくないけど質問できないのは困るな・・・。

 

「ちょっと『Sシステム』について聞きそびれたことと、質問をいくつかしたいと思って尋ねたんですけど」

 

「・・・・ほう?『Sシステム』について、か。星之宮でなければ答えられないこと以外については、私が答えよう」

 

これは思ってもみなかった収穫だ。星之宮先生と直接話すことなく疑問を解消できるチャンスが来るとは。ありがたく質問させてもらおう。

 

「まずポイントについてなんですけど、バイトとか、自力でポイントを増やす方法ってあるんですか?」

 

「今持っている10万ポイントでは不服か?」

 

「いえ、ただ月末とかになると、使いすぎてポイント足りないってことになる可能性もなくはないじゃないですか。そういう時に、稼ぐ方法知ってたら慌てずに済むんで」

 

「学校側から斡旋しているようなバイトや、それに準ずるようなものは今のところない」

 

・・・なんか回りくどい言い方だな。スッとないって言えばいいのに。

 

「なんかその言い方だと、学校が介入してない施設とかではバイトできるとか、今後学校側からバイトを斡旋するようになるっていう感じに聞こえるんですけど・・・」

 

「・・・・ああ、その通りだ」

 

「え?」

 

「学校が介入していない、いわば個人間のやり取り。例えばショッピングモールの店長と仲良くなっておけば、軽い荷物運びを手伝ったときに駄賃程度はもらえるだろう。それも立派なバイトだ。星之宮の仕事を手伝えば、あいつからポイントを得ることも出来る。そういったことは可能だ。友人同士でポイントの貸し借りができるシステムだ。友人の手助けをしてポイントを得るという手段もあるな。月初めに皆共通のタイミングで得られるポイント以外でポイントが欲しいなら、そう言った手段を取るほかない。また、この学校のシステムが変わり、今後学校がバイトを斡旋するようになる可能性もゼロではない」

 

要は誰かしらから金をふんだくれってことですね。身もふたもないことを言う。

 

だが、確かに気づかなかったが、先生の手伝いをして駄賃を得るというのは悪くない。コネクションも得られるし、ポイントも手に入る。一石二鳥だ。

 

「ちなみに、今先生はそういった面倒ごとはないんですか?」

 

「なんだ?私から金を得ようというのか?」

 

「言い方はあれですけど、まぁそうです。星之宮先生の手伝いしてポイント稼ぐよりかは、先生の手伝いしてポイント稼ぎたいですね」

 

「面白いことを言う。見ず知らずの私より、担任の星之宮のほうが接しやすいのではないか?」

 

「もうあの人にかかわるのはできれば遠慮したいですね」

 

何されるか分かったもんじゃない。一度失った信頼はもう取り戻せないのだ。

 

「そうか。だがあいにくと今は頼めそうな仕事はない」

 

「そうですか。じゃあ次の質問なんですけど、学生証ってポイントを使うこと以外に、具体的にどんなことできるんですか?」

 

俺達が受け取った学生証端末。電源を入れると自分の学籍番号、氏名、生年月日、所属、保有ポイントを確認することができる。

 

それだけかと思いきや、動かしてみると意外と様々な機能が搭載されていた。電話をかけることも出来るし、メールだって送れる。インターネットにもつなげることができたので、ほぼスマートフォンと同じか、それ以上といっていい。

 

「具体的、とはどういうことだ。使用例でも挙げればいいのか?」

 

「いやそうじゃなくて。なんか学生証端末ってスマホと似たような機能がスタンダードであるじゃないですか。それ以外に知っておいたほうがいい機能とか、便利な機能とかあります?」

 

「標準のスマートフォンと異なる点を挙げればよいということか。そうだな。まず大前提として、起動時には学生証が表示され、それを用いて身分証明を行うことができる。また、ポイントを用いた決済もそれで行う。ここまでは聞いた話と同じだろう。電話、メール、アラーム、カメラ、インターネットのアクセスなどは可能だが、それ以外は基本的にできない。普通のスマートフォンと異なり、ゲームアプリを入れたり、ユーティリティなどの拡張はできない。その代わり通信料などは一切かからないし、インターネットのアクセスに制限が出たり、速度制限がかかることもない。一部施設では電波が届かないところもありそこでは使用不可能だが、さして問題にはならんだろう。また、生徒の安全を守るため、位置情報は常にONとなっている。連絡先を追加した友人に許可を与えれば、相手がどこにいるかを確認することも出来る」

 

要約すると、学生証を表示する使いにくいスマホ、ということか。さほど便利な機能があるわけではなさそうだ。位置情報サービスとか、俺には関係なさそうだしな。連絡先など常にゼロだ。仮に追加されても、許可を与えるはずなどない。比企谷に場所監視されるってことでしょ?無理無理、キモすぎだし。ないわー。と言われるに違いない。あ・・・なんか自分で言ってて悲しくなってきた。

 

「わ、わかりました。では次の質問をさせてください。この学校の中に、監視カメラない場所ってどこか知りません?」

 

自分の心で生み出した自虐ネタを振り払うべく、別の質問に話を切り替えたのだが。

 

先生の眉がピクリと動く。何か不味い事でも言ったかしら。もしかして本当にヤバイ実験でもやらかしてるのん?

 

「なぜそんなことを聞く?」

 

「今日施設案内受けたんですけど、いかんせんどこもかしこも監視カメラばっかりだったんで。気が付きませんでしたけど、帰ってきたら教室にも監視カメラありましたし。なんか見られてる気がして落ち着かないんです。一人静かに落ち着ける場所とかないですか?」

 

俺達新入生は、順番に学校内のありとあらゆる施設の案内を受けた。あまりに広すぎて一日かかってしまうほどの施設の多さであったが、それらすべてにおいて監視カメラが設置してあった。

 

まぁ商業施設やらに置いてあるのは不思議でも何でもないが、途中で俺は気づいてしまったのだ。移動中の道に、街灯と一緒に監視カメラが設置されていることに。ほぼすべてが国が統括する施設だからとはいえ、いくら何でもやりすぎじゃね?と思ってしまった。

 

そのせいで途中から、先生の施設案内の説明よりも、ここに監視カメラはあるのだろうか、ということに意識が向いてしまい、後半の施設についてはうろ覚えになってしまっている。

 

「・・・・なるほど。監視カメラの存在しない場所について、だったな。中庭の一部と、教員が使用する特別棟、校舎裏はいくつか監視カメラが存在しない。私もすべて把握しているわけではないのでな。学校以外の施設で取り扱っている倉庫やらどこかには監視カメラは存在しないだろうが、私から言えることはそれだけだ」

 

中庭、特別棟、校舎裏、か。とりあえず明日行ってみて、ベストプレイスになるかどうか検討しよう。

 

「ありがとうございます。最後にもう一つだけ質問させてもらっていいですか?」

 

「構わん。なんだ」

 

「先生の名前ってなんていうんですか」

 

先生は一瞬呆けた顔をすると、クッと軽く乾いた声で笑い、自己紹介をしてくれた。

 

「そうか、まだ私の名前を名乗っていなかったな。私の名前は茶柱佐枝。一年Dクラスの担任で、お前たち新入生の日本史を担当することになっている」

 

茶柱先生、か。今度から星之宮先生ではなく、質問があったらこの人を尋ねることにしよう。

 

「ご丁寧にどうも。じゃあ、失礼します」

 

俺はそう言って職員室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知恵。お前、まさか生徒に手を出してはいないだろうな?」

 

「私が帰ってくるなり何よ急に~。入学式初日から何気にしてるのよ」

 

「先ほどお前がいない間に、比企谷という生徒が訪ねてきた。お前のことをひどく警戒していたようだったからな。少し気になっただけだ」

 

「あ~・・・・なるほどね。ちょっとやりすぎちゃったかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、やべ」

 

職員室から昇降口へと向かい、人がある程度いなくなっていることを確認してから俺は外に出た。

 

できるだけ人がいない道を探しつつ、初めて向かう寮の位置を確認しながら帰路に就こうとしたのだが。肌身離さず持っていろ、と忠告を受けたにもかかわらず、学生証端末を自分の机の中に置きっぱなしにしてしまっていた。

 

戻るのが面倒だと思いつつ、アレがないと物を買ったりできないし、もっと言えば目的地である寮に帰ることも出来ない。確か、初日は大家に部屋割りと鍵をもらうために身分証明書の提示が必要とかなんとか書いてあった気がするし・・・

 

これからは忘れ物には特に注意しよう、と心に決め、15分ほどかけてようやくたどり着いたBクラスの扉を開ける。するとそこには先客がいた。

 

「あれ?比企谷君どうしたの?」

 

夕日を背景に、振り返るときになびく桃色の髪がきらめく。お世辞とか抜きにして、不覚にも綺麗だと思ってしまった自分がいる。

 

「忘れ物したから取りに戻っただけだ。お前こそ何してんだ」

 

別に。と答えて、忘れ物を回収して立ち去る。その予定だったのだが。

 

ただ一言、何をしに来たのかと聞かれただけなのに、なんとなく気にしている自分に恥ずかしくなって、つい一之瀬に話を振ってしまった。

 

「奇遇だね。私も忘れ物しちゃってさー。ほら、今日配られた学生証あったでしょ?ちゃんと持ってなさいって言われたのに、つい机の中に忘れちゃって・・・」

 

にゃはは~とバツが悪そうに軽く笑いながら、人差し指で自分の頬を掻く一之瀬。どうやら俺と同じ過ちを犯してしまっていたようだ。

 

「そうか。今後は手放さないように気をつけろよ。一応暗証番号でロックがかかっているとはいえ、他人に勝手に使われる危険もあるからな」

 

「確かにそうだね・・・誰かが悪用しない保証はないもんね。これからは気をつけるようにするよ。比企谷君は何忘れたの?」

 

「学生証」

 

「人のこと言えなくない!?」

 

「馬鹿だな一之瀬。誰かが俺の学生証パクったとしても、メリットなんてせいぜい中に入ってるポイントを使えるってくらいだ。クラスメイトの連絡先や個人情報なんて持ってないし、たかだか10万のために犯罪を犯すなんてリスクリターンが見合ってなさすぎる。よって、俺は別に忘れても問題ない」

 

ただまぁ忘れないほうが良いに越したことはない。誰かに悪用されずとも、身分証明や物品の購入ができないのだから、忘れても問題がないわけではないからな。

 

「そういう問題じゃないと思うんだけどなぁ・・・あ、じゃあ連絡先交換しようよ!」

 

「何がじゃあなんだよ」

 

「私と連絡先交換したら、比企谷君の端末には私の連絡先は入るってことでしょ?そしたら、比企谷君も端末を忘れるわけにはいかないんじゃない?」

 

腰に手を当て、ふふんと鼻を鳴らす一之瀬。言いたいことはわかる。突拍子もなく連絡先を交換しようと言ったわけではなさそうだ。

 

「別に連絡先交換すんのはいいけど・・・後で文句言うなよ」

 

「私から提案してるんだから言わないよ~」

 

俺は自分の席に向かい、机の中に忘れ去られていた自分の端末を手に取り、電源を入れて一之瀬にそのまま手渡す。

 

「わ、私がやるんだ・・・」

 

「生まれてこの方、連絡先の交換なんて妹としかやったことないからな。やり方知ってるお前がやったほうが速いだろ」

 

「でも、いくらなんでも携帯直接渡すなんて不用心じゃない?」

 

「言ったろ。別に見られて困るものなんてない。それに一時的に渡してるだけだ。一日二日貸すわけじゃあるまいし、この場でできる悪事なんて、せいぜい知らんアドレスにチェーンメール送りつけることくらいだろ」

 

「発想がひねくれ過ぎてるよう・・・」

 

とか何とか言いつつも、スムーズな手捌きで俺と一之瀬の連絡先は交換された。

 

一応返してもらった自分の端末に異常がないか確認してみたが、当然何もされてなかった。

 

連絡先に一つ新たに追加された女子のメアド。だからといって何かするわけでもないが、大切に保管することにしよう。

 

「・・・・ん?お前、位置情報の共有許可俺に与えたの?」

 

一之瀬の連絡先をタップして確認していたら、端っこの方に「位置情報」を表すようなアンテナみたいなアイコンがあった。・・・・・あれだから。使い方わかんなくなんないように確認してただけで、女子の連絡先に舞い上がってつい確認しちゃったとかじゃないから。

 

そいつをタッチしてみたら一之瀬の位置情報が表示された。一緒に俺がいる場所も表示されているので、相手が今どこにいるかがまるわかりだ。これが茶柱先生が言っていた、位置情報の共有システムか、と理解すると同時に、なぜ一之瀬が俺に位置情報の共有を許可したのか、疑問に思った。

 

「え?なにそれ?私知らないよ?」

 

単純にご存じでなかったようだ。まぁ確認するときには連絡先の超端っこにあるアイコンをクリックしなきゃ見れないから、知らなくても無理はないか。

 

俺は茶柱先生から聞いた事を話し、位置情報を相手に共有するかどうかを設定する場所を探した。一之瀬が知らずに共有許可を与えていたということは、デフォルトの設定では全員に共有許可を与えることになっている可能性が非常に高い。それはあまりよろしくないだろう。

 

案外すんなりと位置情報の設定画面が見つかり、一之瀬はデフォルトの設定を「共有しない」に変更した。

 

「比企谷君は変更しなくていいの?」

 

「どうせほかに連絡先を交換する相手なんていないし、いちいちいじるのめんどいからいい」

 

スクールカースト上位の一之瀬の位置情報が漏れるのはまずいだろうが、俺の位置情報なんて知ってどうすんだ。しかも、今んとこ確認できるのは一之瀬だけ。なおさら変更する意味もない。

 

「それより、早く俺や他の連絡先を交換した奴らへの許可を取り消せ。このままじゃ位置丸分かりだぞ」

 

そういうと、一之瀬はうーんと少し考えこんだ後、表情を明るく変えて、こんなことを言いやがった。

 

「別にいいや!」

 

「は?」

 

「別にいいよ。比企谷君に私の位置がバレても」

 

「よくない。それに、俺だけじゃなくて他の奴らにもバレてんだよ」

 

「私の今の連絡先、比企谷君だけだよ?」

 

一之瀬は信じられない言葉を言い放った。なに?あんなに女子と集まって教室でキャッキャウフフしてたってのに、連絡先の交換をしてないだと?

 

「嘘つくなよ。そんなことで嘘ついても、何の得にもなんないぞ」

 

「嘘じゃないよ。帰り道で連絡先の交換しようって話になったんだけど、ほら、私教室に忘れちゃったから、明日交換しようってことになって、まだ誰とも交換してないの。疑うなら確認してみる?」

 

一之瀬は自分の端末を操作し、連絡先一覧を表示する。確かにそこには、「比企谷八幡」の文字しか表示されていなかった。

 

「比企谷君は、私の位置情報を使って、何か悪い事したりするの?」

 

一之瀬が俺の目を覗き込んでくる。そのまっすぐな視線に俺は一瞬たじろいでしまった。

 

「しない、けど・・・」

 

一之瀬から視線をそらして答える。

 

「じゃあ、問題ないね!」

 

「っ・・・・問題大有りだ。よくわからない相手をそう簡単に信用するな。俺が嘘ついてるかもしんないだろ。第一、俺なんかに位置が把握されてるなんて、気分のいいものじゃ・・・」

 

「ねぇ比企谷君」

 

俺の話を遮って、一之瀬は微笑みながら言った。

 

「話を遮ってごめんね。でも、大事なことだから。比企谷君は、もっと自分を大切にしてあげるべきだよ」

 

一之瀬はまっすぐな瞳のまま、俺に向かって言葉を投げかけた。冗談で言っているつもりはないんだろう。

 

全く。大きなお世話だ。

 

「なにをいいだすかと思えば、自分を大切にしろ?俺は俺のことが大好きだ。だから常に俺のために行動するし、他人がどうなろうが知ったことじゃない。何も知らないくせに、知ったような気になって、勝手に自分の主観だけで他人を評価するのは止めろ。虫唾が走る」

 

「・・・・・そうかもしれないね。でも、比企谷君。だったら、自分で自分を正しく評価してあげて。周りの人間からじゃない。誰よりも自分で自分を知っているはずだから」

 

・・・・・正しく自分のことを評価しろ、だと?そんなもの、いつもしてるじゃないか。

 

俺が好きになった子は、他の奴らからも好かれていて。俺に優しい子は、他の奴らにも優しくて。大切にしたいと思った人は、他の人からも大切にされていて。俺を嫌いな子は、そいつだけじゃなくて他にもいて。

 

俺が特別なんじゃない。あくまで大勢のうちの一人。一般人A。

 

いつも期待して、いつも勘違いして。それで多くの人間に迷惑をかけた。

 

だから、いつからか希望を持つのは止めた。

 

間違えるたびに増える黒歴史を、ついに食い止めることができるようになった。

 

心穏やかな生活をするたびに自覚する。ああ、これが正しいのだと。

 

俺がいなくても社会は回る。結局のところ、俺は真に必要とはされていなかった。

 

だから俺は俺のことを正しく評価し、失敗しないよう、自惚れないように注意を払って生きている。

 

・・・・・だというのに、一之瀬に言われたこの言葉に、何も返す言葉がなくて。

 

暗い教室の中、夕日によってのみ照らされた一之瀬の顔を、ただ見つめることしかできなくて。

 

そんな自分に、また嫌気がさして。

 

「・・・・あはは、ごめんね。急に変なこと言って。でも、なんだか伝えなくちゃって思ったから。・・・・・また、明日ね」

 

そういって立ち去る一之瀬に、声をかけることも、追いかけることもしなかった。

 

ただ、また一人ぼっちになった教室で、淡く光る端末の画面を見つめていた。

 

何度見てもやはり、「一之瀬帆波」という表示が消されることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一之瀬と別れ、寮に帰ってからも、なんとなくもやもやとした気持ちで過ごした。

 

別れてからそんなに時間は立っていないが、少しだけ頭が整理された気がした。自分の部屋に引きこもるというのは、案外悪い事ではないかもしれない。

 

一之瀬には悪いことをした、と思う。

 

彼女だって、そんなに深い意味で言ったわけではないだろう。ただ単純に、話の会話の中で、ぼっちの俺を励まそうと声をかけてくれただけだ。きっと。

 

そもそも初対面の相手に、そして女子にかける言葉ではなかった。つい、自分のなにかが否定されているような気がして、強い口調でしゃべってしまった。

 

明日、きちんと謝ろう。そう心に決めると、心のもやが晴れる感覚があった。それと同時に、空腹感が沸いてきた。

 

「そういや、朝食べてから何も口にしてなかったな・・・」

 

下校時刻をだいぶ過ぎたとはいえ、ほとんどの生徒はまだ外で活動している。しかも時刻的にはちょうど夕食時と被る。せっかく10万もはいったのだしラーメンでも食おうかと考えたが、どうせ混んでいるだろうと思い止めた。

 

近くのコンビニでカップラーメンでも買って食べよう。ついでに、マックスコーヒーがあるか確認してこよう。

 

そう思ってコンビニに向かったが、案外時間がかかった。寮の近くにあるのは自販機くらいで、歩いて5~6分くらいの距離に最寄りのコンビニがあった。なお、寮の近くの自販機にマックスコーヒーがなかったので、もしかしたらこのコンビニにないかもしれないと思いひやひやしている。

 

そう思ってコンビニの自動ドアを開けると・・・・

 

「「・・・・あっ」」

 

なんということでしょう。本日三回目の一之瀬さんの登場である。

 

「えっと、偶然、だね。比企「一之瀬。俺はまずお前に言わなきゃいけないことがある」・・・何かな?」

 

先ほどと違って、今度は一之瀬の挨拶を俺が遮る。

 

想定外の一之瀬との邂逅。ならば、俺はこの言葉をまず先に言わなければならない。

 

「・・・・・・その、だな」

 

「・・・・・・うん」

 

「信じられないかもしれんが、偶然だから。マジで悪用してないから。ストーカーとかじゃないから。腹減ったからカップラーメンでも食おうと思って寄っただけだから。一之瀬ここにいるなんて知らなかったから」

 

俺は決して位置情報を悪用なんてしていない、と。

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