メリル・ストリープ
(1949~)
入学式から一日が経過した。
本来であれば朝早く起きる必要もなかったのだが、今日も今日とて用事があるので早起きをせざるを得なかった。
結局昨日、コンビニで出会ったときに一之瀬に詫びることができなかったから、あさイチで謝罪をすべきだと思ったのだ。
昨日は俺よりも早く来てクラスメイトとだべっていたから、多分彼女は今日も早く来るだろう。確証はないから、もしかしたら無駄足になるかもしれないが、それはそれで仕方ない。
メールや電話で謝罪することも考えたが、やはり面と向かって言葉にしたほうが良いだろう。とはいえ、それを誰かに見られるのは避けたい。なるべく誰も来ていないうちに謝って、何事もなかったように一日を過ごしたい。
そう思って早起きして学校に向かった結果、朝のホームルーム開始の40分前に教室に着いた。この部分だけを切り抜いて小町に言ったら驚いて飛び上がってしまうことだろう。
流石に今日はまだ誰も来ていない。昨日は入学式だから遅れまいと早く来ていたこともあっただろうが、今日はその必要がないからな。仕方ない。
一之瀬がいつ来るかわからないが、ともかく今はとてつもなく暇なので、来る途中で購入した小説を読んだ。さすがは本屋。なぜかわからないがこんな朝早くから営業を開始している。
それから10分ほど経過しただろうか。最初の一人が教室に入ってきた。これが一之瀬だったらうれしかったが、あいにくとそんな都合よくはいかない。
「随分と早いな比企谷。俺より早く来ている奴がいるとは思わなかった」
物腰は固いが、真面目そうな高身長のイケメン。くそ。俺の嫌いなタイプだ。
「なんでお前俺の名前知ってんだよ」
「それは昨日、お互いに自己紹介したからに決まっているだろう。あの自己紹介で忘れる奴のほうが珍しいんじゃないか?」
ああ、そういやそうだったね。一之瀬のことしか頭になくて忘れてたよちくしょう。黒歴史を思い出させてくれてありがとう。
「昨日は入学式に来るのが少し遅くて、友人と話すタイミングがなかったんだ。だから今日少し早く来て、コミュニケーションを取れればと思ってな」
聞いてねぇよ。つーか、自然に俺の隣の席に座るな。たしかそこ女子の席だっただろ。キモがられるぞ。いや、イケメンだから関係ないのか。
「比企谷はなぜこんな早くに?」
「・・・・昨日、あるクラスメイトと喧嘩したから謝ろうと思ってな。もしかしたら早く来んじゃねぇかって期待してるだけだ」
ちょっと違うが、詳しく説明するのも面倒くさいし、知られたくない。やることはおおむねあっているし、勘違いしといてもらおう。
「そうか。仲直りできるといいな」
「そうだな」
「なぁ比企谷。連絡先を交換しないか?」
ぐいぐい来るなこいつ。そんな親しくもないだろ。今日会ったばっかだぞ。俺お前の名前すら知らないんだが。
だがしかし断る理由もない。通知がたくさん来て面倒くさくなる、というのは考えられるが、俺にそんな連絡することもないだろう。それに、男子の連絡先を一つくらい知らないと授業の聞き漏らしとかがあったときに困るからな。まぁいいだろう。
「別にいいが、やり方なんて知らんぞ」
そう言って俺はイケメンに携帯を手渡す。
「俺がやるのは構わないんだが、いいのか?」
「ん?もしかして社交辞令だった?」
あれか。もしかして一応クラスメイトだから連絡先交換しようって言ったが、本当は嫌だったとかそういうパターン?
「そういうことではなく、俺に携帯の中を見られてもいいのかと聞いているんだ」
「ああ、それなら気にするな。別に見られて困るようなもんはない」
わかった。と呟いてイケメンは手際よく連絡先を交換する。ものの数分で終わらせ、携帯を返してくれた。
連絡先一覧を確認すると、一之瀬の下に新しく、「神崎隆二」という名前が追加されていた。こいつ神崎っていうのか。名字までイケメンかよ。
俺は一之瀬から連絡先を交換してもらったときと同じく、位置情報が共有されているかを確認した。こいつもこいつで共有がONになっていて、位置がまるわかりになっていた。
「なぁ神崎。つかぬことを聞くが、お前はもし自分が今いる位置を友人全員から把握されていたとしたら、どう思う?」
「それは距離感によるだろうが・・・少し恐怖ではあるな」
神崎はアドレスフリーの精神を持っているわけではなさそうだ。なら、忠告しておくのが優しさか。
「だったら今すぐ位置情報共有サービスの初期設定を変更しろ。初期設定だと連絡先を交換した相手には位置情報がまるわかりだ」
やはり神崎も位置情報については知らなかったようで、自動で共有されていることに気が付いていなかった。俺は位置情報の設定のやり方を教え、神崎の携帯の標準設定を「共有しない」に変更させた。
「後はすでに連絡先を交換してるやつらについてだが、面倒だがひとつひとつ連絡先から解除するしかない。何人いるか知らんが、少ないうちに全員解除しとけ」
神崎はそうだな、と一言言って、位置情報の共有を切っていく。俺も自分の端末を確認したが、神崎の連絡先から位置情報を確認できなくなっていた。
「教えてくれてありがとう、比企谷」
「別に礼を言われるほどのもんでもない。たまたま知ってたから教えてやっただけだ」
俺は再度自分の携帯の画面を確認する。連絡先の一覧には一之瀬と神崎の二人の名前がある。入学して僅か二日で二人も登録されるとは。二日前の自分が聞いたら驚くだろうな。
そんなことを思っていると、不意に教室の扉が開かれた。どうやら別のクラスメイトが登校してきたらしい。
・・・・ってお前か。まぁ好都合だ。
「おはよー!二人とも!朝早くから何してるの?」
「二人で親睦を深めていたところだ。今しがた連絡先の交換も終わった。一之瀬こそこんな早くから学校に来て、何か用事でもあったのか?」
神崎がそう聞くと、一之瀬は視線をそらして、
「え?あーううん。ちょっと目が覚めちゃったから、早めに学校に来ただけ」
と、何かはぐらかすように受け答えた。
何を隠しているのかは知ったことではないが、ちょうどいい。昨日のことを謝っておきたい。だが、そうなってくると神崎の存在が邪魔だ。こいつの前で一之瀬を連れ出すのも変だし、かといって神崎をどっかにパシらせるわけにもいかない。どうしよう。
そんなことを考えながら、席に着いた一之瀬を見つめていると、おもむろに神崎が席を立った。
「比企谷。俺は今無性に外の空気が吸いたくなってきた。すまないが少し席を外してもいいか」
そんなことわざわざ俺に聞くな。と、言いたいところだがグッジョブだ。無性万歳。いくらでも吸って来い。そんでもって10分くらい帰ってくるな。
「・・・・別にいいけど」
「それと、朝早く起きたせいで今俺は猛烈に睡魔に襲われている。もしかしたら教室の扉の前で寝落ちして、ホームルームまで目が覚めないかもしれないな。クラスメイトが教室の中に入れなくなってしまったときは、後で一緒に謝ってくれ」
そう言って神崎は教室から出た。そのすぐ後に神崎から親指を立てたスタンプのメッセージが届いた。
こいつ・・・・察しよすぎだし、行動もイケメンかよ。俺が男じゃなかったら告って玉砕してるね。
・・・いかんいかん。そんなことを考えている場合ではない。言ってもホームルームの時間まであと20分ほどしかない。神崎が気を遣って二人きりのシチュエーションを作ってくれたのだ。やるべきことはやっておかなければならない。
俺は席を立ち、一之瀬の座っている席へと向かった。
「一之瀬、話がある」
そう言って俺は一之瀬の背後から声をかけた。顔を合わせる勇気がなかったんだ。
「・・・・何かな?」
一之瀬は顔をこちらに向けることなく、座ったまま俺の問いかけに反応する。怒っているのか、気恥ずかしいのか・・・いや、多分怒ってんだろうな。
「昨日は悪かった。なんつうか昨日は、その、自分のことしか考えてなかった・・・気がする。お前はただ俺のことを気を遣ってくれただけなのに、つい深く考えすぎちまって・・・なに?俺の考え方どうこう以前に、初対面の相手に言う言葉としては強かったし・・・気を悪くしないで欲しいというかなんというか。だからまぁ、その・・・悪い」
そう言って俺は頭を下げた。我ながら、ひどい謝罪だと思う。言葉はまとまっていないし、歯に衣着せた物言い。メールで謝罪した方が良かったんじゃないか?と思うレベルである。
「なぁんだ、全然そんなこと気にしてないよ。比企谷君の考え方を否定するような発言をしたのは私だし・・・むしろ、こっちが謝りたいくらいだよ」
一之瀬は明るい声で気にしていない、と軽く笑い飛ばす。しかしそのすぐ後、
「それで、比企谷君。私からも、一ついいかな?」
と。一之瀬も俺に話さなければならないことがあるらしい。
「ああ、何でも言え」
「・・・えっと、ちょっと待ってね。こころの準備が・・・」
・・・俺に伝えなきゃいけないことで心の準備が必要なことあるか?もしや告白・・・んなわけないか。会って一日、印象最悪なやつにそんなことするかよ。あぶねー。またベッドで悶え苦しむとこだった。
一之瀬は何回か深呼吸すると、よしっ、と軽く自分を奮い立たせるように呟き。
「ごめんなさい!比企谷君の位置情報、悪用しちゃった!」
「おい待てこの話の流れなら俺が許すと思ったのかもしれんが大間違いだ何しやがったお前」
「私も、昨日、比企谷君を傷つけちゃったかなって思って・・・謝ろうと思ってたんだ。そしたら、偶然朝早く目が覚めちゃって、携帯を確認したらもう比企谷君学校に来てたから、急いでここに来たの」
「ほう。それで?」
「それで、手ぶらで行くのもアレかなぁって思って、コンビニでお詫びの品を買ってきたの」
「・・・それで?」
「・・・?それで、学校着いたら、比企谷君と神崎君が喋ってたから、邪魔しちゃ悪いかなと思って自分の席について・・・」
「・・・・・・それで?」
「・・・おしまい」
「どこに俺の位置情報悪用する要素があったの?」
「え!?勝手に比企谷君の居場所特定して会いに行っちゃったんだよ!?ほぼそれストーキングと同じじゃない!?」
「んなわけねぇだろビビらせんな。それを悪用だっていうなら、世の中の位置情報サービス使ってる奴らほぼ全員が悪党だよ」
いくらなんでも他人に気を使い過ぎではなかろうか。
「ともかくそれなら問題ない。怒ってねぇし、そもそも謝る必要がない」
「・・・そう?比企谷君がそういうなら・・・」
と、一之瀬は大人しく引き下がり、自身のカバンの中を漁る。
「後これ、お詫びに朝買ってきたんだけど・・・」
「いらん。昨日の件は俺が全面的に悪いし、位置情報の件も、お前悪いことしてな・・・いから要らないんだけど、なんでお詫びの品カップラーメンなの?」
お詫びの品として渡されたのは、カップラーメン。期間限定とかじゃなくて、シーフードの普通のやつ。
「比企谷君の好きなものとか分からなかったから、せめて、欲しがってたもの買ってあげようと思って。昨日、結局コンビニでカップラーメン買って帰らなかったでしょ?」
そういや昨日、一之瀬がいたからわざわざ遠いスーパーまで行ってカップ麺買ったんだわ。
「まぁいい。どっちにしてもいらん。俺が元々悪いし、どうしても謝りたいっていうにしても既に謝罪は受け取った。持って帰って家で美味しく食え」
「むぅ・・・わかったよ」
一之瀬はカップ麺をカバンにしまう。そして、同時に俺の携帯に着信が入る。
「そろそろ限界なんだが、大丈夫か」と書いてある。神崎に感謝しなきゃな。
「一之瀬、悪いと思ってるなら、一つ頼みがある。この件はこれで終わり、他の奴らには話すな」
「わかった。比企谷君と私だけの秘密ね」
俺は席に戻り、返信をする。
「もう大丈夫だ。迷惑かけたな」
この日の昼、神崎を連れて食堂に行った。
クラスの女子があれよあれよといううちに集まり、居心地が悪くなった。
神崎と俺の分の食券を購入しながらやはり思う。イケメンは嫌いだ。
「なぁ神崎。一つ聞いてもいいか。なんで俺の喧嘩した相手が一之瀬だってわかった?」
「友人と喧嘩したって言っておいて、連絡先に一之瀬しかいなければ普通そう思うんじゃないか?」
「そういやお前に携帯渡したの忘れてたわ」