ジョン・アダムス
(1735~1826)
あれから半月ほどが経過した。今日は4月16日。特に代わり映えもない、ただの一日。
二週間という時間をかけようが、中学から高校へと環境を変えようが、やはり俺は俺らしい。
最初の方こそ興味本位で近づいてきたクラスメイトも、適当に「ああ」とか「そうだな」としか返さなかったから、今では誰も俺に話しかけようと近づいてくるやつはいない。
神崎や一之瀬なんかはたまに話しかけに来たりはするものの、すぐに別の友人から声をかけられ、そちらへと向かってしまう。人気者の宿命というやつか。
そんなわけで、俺はボッチ生活真っただ中。だがしかし困ることは何もなかった。授業の内容はそこまで高度ではなかったし、グループワークなどのコミュニケーションを必要とする機会もない。連絡事項も多くないときたら、それこそ友人など必要なかった。
というわけで、俺は今日も寮へ直帰。どうでもいい相手と無駄な時間を過ごすことなく、自分のためだけに有意義な時間を過ごせる。これほど素晴らしいことがあるだろうか。
「なんでこんなとこいんだよ」
「友達の部屋を訪ねるのは別に変なことじゃないでしょ?」
俺が寮の自室の前まで来ると、そこには一之瀬が待ち構えていた。
「まぁいい。で、何の用?」
「一緒に遊びに行こうと思って」
一之瀬は屈託のない笑顔でそう答える。なので、俺も屈託のない本心を伝えることにした。
「断る。じゃあな」
そういってドアに手をかけると、その手を一之瀬がつかんでくる。
「手を離せ一之瀬。俺は帰って見たいアニメがあるんだ」
そんなものはない。だが、こういえば心優しき一之瀬なら諦めてくれるだろう。
「じゃあ明日遊びに行ってくれる?」
こいつ・・・・食い下がってきやがった。
「明日も見たいアニメがある」
「・・・・明後日は?」
「明後日もだ」
「いつなら空いてるの?」
「空く予定はないな」
「じゃあ今日空けて」
なんて横暴な。
「なんでだよ。つーかそんなに遊びに行きたいなら他の奴誘えばいいだろ」
「比企谷君と遊びたいの!」
少し大きな声だったため、廊下に響く。真意はともかくとして、その言葉には少しグッとくるものがあるな。
「どうして俺なんだ」
「だって比企谷君いつも朝ギリギリに来るし、休み時間に声かけてもすぐに誰か来ちゃうし、放課後はあっという間に帰っちゃうじゃん。もっと仲良くしたいのに、時間が取れないから・・・・」
一之瀬は少し悲しそうな顔をしてうつむく。これに関しては特になにかしたはずはないのだが、そんなことをされるとなんとなく俺が悪いことした気分になってくる。
「・・・・わかったよ」
これ以上言っても折れることはなさそうだし、それ以上に俺の心が持たない。だったら、一度その機会を作ってやって、さっさと満足してもらうとしよう。
「・・・いいの?」
「ああ。今日一日付き合ってやる。どこにでも連れていけ」
寮から歩いて15分。ショッピングモールの一角にある、とある場所に連れてこられた。
「なぁ一之瀬。俺はさっき、どこにでも連れていけ、とは言った。言ったが、ここは止めない?」
連れてこられたのは、喫茶店。こじんまりした、落ち着いて茶をたしなむことのできる知られざる名店。
とは真逆の。校内で一位、二位を争う大人気カフェ、パレット。全く利用したことのない俺ですらよく耳にするほどだ。どこもかしこも女子がキャッキャウフフとくっちゃべっており、どちらかと言えば騒々しい。
「どうして?」
「いやアウェーすぎるだろ。見てみろ周りを。ほとんど女子じゃねぇか」
「男の人だって利用してるよ?ほら、あそことか」
「あれは女子に連れてこられて利用してんだよ。自ら率先してくるはずないだろ」
「でも、私たちもそうだよね?」
・・・・・そうだった。墓穴掘った。
「いやでもほら、クラスメイトから俺達が二人でいるの見られたらきまず・・・」
「くないから大丈夫。ほら行くよ」
「ちょ、おい」
一之瀬は俺の手を引いてカフェに入店する。と、同時に何人かが俺達のほうへと視線を向ける。やっぱり気まずいじゃねぇか。
一之瀬は周りの視線を気にすることなく、店員に話しかける。その間もずっと手を握っていたせいで、次々と俺達のほうへ向ける視線が増えてくる。
そりゃそうだ。客観的に見て一之瀬は可愛い。学年で一番といっていいほどに可愛い。しかも優しい。そんなやつがいるというだけでも視線を集める要因となるというのに、そんな彼女が誰だかわからない変な男と手をつないで、二人きりで人気No.1の喫茶店に利用するとなれば注目を集めないわけがない。
一之瀬は気づいてはいないようだが、ちらほらと話題が俺達のことへと移り変わっている。あの男誰?もしかして彼氏?それはないんじゃない?じゃあどういう関係なんだろう?エトセトラエトセトラ。
率直に言おう。
帰りたい。
「ごめんね比企谷君。今ほとんど席埋まってるみたいで、相席になっちゃうんだけど大丈夫?」
「いやだっつってもお前帰してくれないだろ。もうどこでもいい。だからとっとと手を離せ」
そろそろ本当にメンタルが持たない。
「・・・手を離しても比企谷君逃げない?」
「逃げない逃げない。めちゃくちゃ逃げたいけど逃げられない」
もしここで逃げようものなら、俺は明日から、「一之瀬を放って帰った頼りない彼氏」という変なレッテルを貼られることになるだろう。事実無根も甚だしい。
「・・・わかった。比企谷君を信じるよ」
そういって一之瀬は俺の手を離す。ただまぁ正直いまさら手を離したところでもう遅いとは思う。どこもかしこも俺達の話題で持ちきりだ。聞こえてんだぞ。せめてもっと聞こえないように話せ。
萎えた気持ちのまま、言われるがまま一之瀬の後ろについていくと・・・・
「あっ!一之瀬さん!それに比企谷君も久しぶり!こんなところで会うなんて偶然だね!」
と、取り繕ったような声で話しかける櫛田。ああ、そうだな。いやな偶然ってよく重なるよな。
「ほんと偶然だねー!櫛田さんたちも二人でお茶してたの?」
櫛田の隣に座っているぬぼーっとした男。たまたま俺達と同じように櫛田と相席になった可能性もあるが、そうなれば櫛田は一人でカフェに来ていたことになる。特別
じーっと男の方に視線を向けていると、何かを察したのか、自己紹介をしてくれた。
「綾小路清隆だ。よろしく」
シンプルかつ無駄のない自己紹介。そしてにじみ出るボッチのオーラ。こいつとは仲良くできそうだ。
「ええっと、詳しい話をすると長くなるんだけど・・・」
「ウチのクラスにボッチの女子がいて、櫛田がそいつと仲良くなりたいっていうから、いろいろ策を練ってはみたんだが失敗してな。今はその反省会中だ」
「そうそう、そんな感じ!二人はどうしてここに?」
「カフェに来た理由なんて、コーヒーを飲むこと以外にあんの?」
「私たちは二人でちょっとお話でもしようかなーって思ってここに来たの」
「なるほど~でもめずらしいね、一之瀬さんが男の人と一緒なんて。もしかして付き合ってたり?」
「ええ!?いや、そ、そんなんじゃないよ~も~からかわないでよ~」
・・・・・・俺のセリフだけ完全無視ですかそうですか。
あれから二時間ほど、取るに足らない普通の話をした。
櫛田が帰る前に連絡先を交換しようとか言うので、部屋に忘れたと言ってごまかした。当然、一之瀬は不思議そうな顔をしたが、話を合わせてくれた。
終始綾小路は何を考えているかわからなかったな。何となく得体のしれない恐怖を感じたが、おそらく気のせいだろう、と思うことにした。
綾小路と櫛田は途中で帰ってしまったので、後半はほぼ俺と一之瀬で色々な事を話した。
学校のことや友人のこと。昔の話から、好きなこと、嫌いなことまで。
正直途中から面倒ではあった。でも、興味津々に話を聞いてくれる一之瀬に答えてやりたいと思う気持ちのほうが強かった。
帰るころにはコーヒーを知らず知らずのうちに3杯も飲んでいた。それだけ夢中になってしゃべってしまっていた。
寮に帰って、布団にダイブしてふーっとため息をつく。
疲れた。でも。
こんな日も悪くない、かもしれない。