ウィリアム・シェイクスピア
(1564~1616)
この学校は異常である。
そう考えていたのはこの学校に入る以前の話であったが、それを自覚することになったのは入学してから一ヶ月が経とうとする頃であった。
今日の日付は4/27。違和感を持ち始めたのは割と早い段階で、4/10日くらいには危機感を持ち始めていた。そして今日、それが確信へと変わった。
今日の4時間目の理科の授業。星之宮先生が担当だったのだが、軽い小テストが行われた。
一科目4問。全教科合わせて計20問の小テスト。5点配当、100点満点のありがちなやつ。
そこまで真面目に勉強していない俺でさえ、あまりにも簡単と口にできる程度の難易度だった。最後の3問を除いては。
特に数学。理系はからっきしな俺だが、それでもこの問題が並大抵の計算量では解けないことくらいはわかる。おそらくだが、授業で習ったことをいくつも複合して解かなければならないだろう。その場合、小テストという短い時間でこれを解くのは不可能に思えた。
とりあえず最後の3問以外は回答を埋め、授業終了と同時に星之宮先生に提出する。
「は~い。みんなお疲れ様。今回の小テストの出来はあくまで今後の参考用。成績には反映されないから、安心してね~」
星之宮先生がそういいながら、ささっと机を片づけて教室を去る。疑惑を胸に抱きながら昼休みを迎えたが、それを解消する方法はない。
とりあえず飯でも食べて、気を紛らわせるか・・・・と考えていた矢先、俺の席に向かってくるやつがいた。
「比企谷。ちょっといいか」
神崎が俺に声をかけてくる。先ほど受けていた友人との誘いも断り、なぜ俺のところに来るのか。まぁなんとなく察しはついてはいるが。
「なんだ。飯でも奢ってくれるのか」
「・・・・それがいいだろうな。そうすればお前は俺の話を聞いてくれるだろう?」
こいつは俺をひとの話を聞かないモンスターとでも思っているのだろうか。
食堂まで連れてこられたが、まさか本当に飯を奢ってくれるとは。軽い冗談のつもりだったんだけど。
だがもらえるもんはもらっておこう。今日の日替わり定食はアジフライか。さっそく一口。うむ。人の金で食う飯って超うまい。
「比企谷。今日の小テスト、どうだった?」
俺が定食に口をつけるタイミングを見計らい、神崎は本題を切り出す。やはりその話か。
「どうって聞かれてもな。割と簡単だったんじゃねぇの?数学以外」
「ああ。俺も同意見だ。正直、最後の問題は高校一年で解けるようなレベルではない。だが他の問題は中学二年程度の問題ばかりだった。この小テストはいったい何の意味があると思う?」
そんなもん俺に聞くな。と言いたいところだが、仮にも飯を奢ってもらっている。真面目に話を聞かなければ罰当たりというものだ。
「まぁ、少なくとも先生が言っていた、今後の参考用ってのは嘘だってことくらいしか分からん」
「どういうことだ?」
神崎が箸を止めて俺のほうを向く。別にそんな深い意味はないよ?
「今後の参考にする小テストにしては、あの小テストは不適切すぎる。ほぼ全員が85点で90点台が何人か、みたいな結果になるに決まってる。これでわかることは簡単な問題すら解けないやつがどのくらいいるかと高難易度の問題を解ける奴が何人いるかしかわからないだろ。難易度をいくつか段階的に分けた問題のほうがより細かく生徒の成績を参考にできるし、そっちのほうが効率的だ」
中学の時に受けた総合テスト的な問題も、簡単、難しいの二分化ではなく、簡単、普通、応用、高難度くらいに分けられていた気がする。
「確かにそうだ。ただそうなると、ますますこの小テストをやった意味が分からないな・・・」
神崎は顎に手を当てて悩むしぐさをする。そんなに深く考えても、わからないもんはわからないと思うんだけどな・・・。
「この学校が変なのは今に始まったことじゃないだろ。そんなに深く考える必要ないんじゃないの?それに意外とここの学校甘いし」
「甘いって、どの部分がそう思うんだ?俺にはかなり厳しい学校のように思えるが・・・」
「毎月10万のお小遣い。授業中に多少隣の奴と喋ってもお咎めはなし。生活態度で文句を言われることもないし、極め付きはどこにもある無料商品。どう考えても生徒に甘すぎる」
生徒の自主性を重んじるっていうことなんだろうが、あまりにも放任主義すぎる気がする。このままの教育形態で本当に希望する未来へ導くことができるのか、疑問を抱かずにはいられない。
「確かに、そう言った点ではこの学校は俺達に甘いと思う。だが逆に言えば、自己管理を徹底させているともいえる。このままの生活態度では、卒業時には学年の多くが浪費癖のついた、甘ったれた人間になってしまうだろう。それを学校側が容認するとも思えない。途中で何らかのペナルティがあるんじゃないか?」
中々に鋭い。そう、それは俺も感じていたことだ。学校側が完全放置という手段を取るとは確定していない。もしかしたら一年生の間にどれだけ真面目に生活してきたか、で二年生以降、対応が変わるということもあり得る。
ただ何度も言うが、それを俺に言ったところで知らないものは知らない。そういう話は先生に直接聞け。
「心配なら先生に直接聞けばいい。このまま生活してたら何かペナルティありますかって。言ってただろ?わからないことがあれば聞きに来いって」
「それは授業内容だけの話じゃないのか?」
「生徒が学校のシステムに疑問を持っていたら、解消するのも教師の役割だ。質問に答えずに校則を破られでもしたら、教師側の責任になるからな。実際、茶柱先生に聞いたら普通に答えてくれたし」
「そうか・・・であれば、放課後職員室に出向くとしよう。比企谷、もしよければお前もついてきてくれないか?」
めんどくせぇ。が、今回ばかりはそうも言ってられない。万が一ペナルティがあると分かれば、学校生活に大きな支障をきたす可能性がある。神崎一人に聞かせに行かせて、後で俺の聞きたいことを聞きそびれたとなれば、二度手間にもなるし。
「・・・・わかったよ」
その日の放課後。神崎に「一緒に行ったら目立つから、お前は先に職員室の前で待機しとけ」という旨のメールを送ると、文句ひとつ言わずに「わかった」とだけ返して、すぐさま教室を出て行った。
神崎隆二。あいつはクラスでも上位カーストに位置するはずだが、そこまで会話していて嫌な気持ちにはならない。おそらくだが、基本無口で仕事人気質というのが多く関係していそうだ。
神崎が他のクラスメイトに直接話しかけに行くことはめったにないし、あったとしても事務作業というか、目的があって話しかけに行ってる。仲良しこよしのための雑談をすることはほとんどない。
俺に話しかけに来たのだって、「友人を作る」という目的のためだし、今回のも「違和感を解消、および感覚の共有」を目的としたものだった。
友人、というより協力相手、みたいな感覚だからなのだろうな。とかいろいろ考えていると。
「比企谷君!一緒に帰ろう!」
一之瀬が数人の男子と女子を連れて俺の元へと向かってくる。この間のカフェに行った後から、ほぼ毎日俺を誘って来やがる。もちろん返事は一つだ。
「今日は予定があるから断る」
「比企谷君に予定なんてないでしょ?いつもそうやって逃げるんだから」
ぷくっと頬を膨らませながらそういう一之瀬。お前に予定があるわけねぇだろ、と言われても、サラッと普通に言われると、腹も立たないらしい。それか、一之瀬のその反応がそれを可能にしているのか。
「いつもならそうだが、今回はマジだ。これから神崎と待ち合わせがある」
「神崎君?あ~、そういえば今日のお昼、神崎君と食べてたね。わかったよ」
なんで俺が神崎と飯食ってたの知ってんだよ。やっぱりあいつといると目立つからなのだろうか。
「今日はずいぶんあっさり諦めるんだな」
「いつもならともかく、本当に予定があるのに無理強いはしないよ~」
「俺が嘘ついてるって思わないのか?」
「比企谷君は自分のために友達を巻き込んだりしないって、私知ってるから」
じゃあね!と一言言って、周りの友達を連れて教室を出ていく。
あいつが一体俺のどこを見て、何を聞いて、そんなのを知った気になっているのかは知らないが、今回は助かった。
さっさと神崎のところへ向かうとしよう。
「何かいいことでもあったのか?」
「俺が着いて開口一番がそれか。そんなわけねぇだろ。こんな短時間でいいことなんておこりゃしない」
「心なしか少し顔も赤いような気がするぞ」
「・・・・夕日のせいだ。職員室の前は日がよく当たるからな」
「・・・・そうか。俺の気のせいということにしておこう」
だったら最初から聞くな。そんなこと。
神崎は職員室の扉をノックし、名前と所属を言って入室する。俺はそんな神崎の後ろに引っ付くようにして職員室に入る。
「質問したいことがあり伺いました。星之宮先生はいらっしゃいますか」
「はいは~い。ちょっと待っててね~」
神崎のその声を聞きつけ、奥の方から星之宮先生がいくつか書類をもってでてくる。
どっこいしょ!とわざとらしく口に出しながら書類を机に置くと、そのまま椅子に座って手招きしてくる。いや俺達があんたの席に向かうのかよ。
神崎は顔一つ変えず星之宮先生の元へ向かうもんだから、仕方なく俺もそれに続く。
「なんだか珍しい組み合わせだね?あんまり二人が教室で会話してるところ見たことないけど」
「たまたまですよ。俺はついてきただけです。それより、神崎が聞きたいことがあるそうなんで」
星之宮先生とはあまりしゃべりたくない。あとは神崎に任せよう。
「少し、今の現状に対して疑問を抱きました。俺達一年生は入学してから一ヶ月が経とうとしています。その間、教師が特別生徒たちに注意をすることなく放任しています。俺達は自由を手に入れましたが、その分不安なんです。このままではいずれ、どこかのタイミングで学校側がメスを入れることになる。すなわち、俺達に対して何らかのペナルティがあるのではないかと考えています」
「神崎君は真面目だね~。普通そんなこと聞きに来ないよ?でも、神崎君の質問に対する答えはノー。仮に今の一年生の状態を継続していたとしても、学校からはペナルティが与えられることはありません」
「そうですか」
神崎は胸をなでおろす。しかし、俺はやはりここでも疑問を抱く。それならどうやって俺達を優秀な生徒へと導くのか。そして・・・・
「俺からも質問していいですか?」
「どうぞー」
「この学校の教師って、回りくどい言い回しでしか生徒の質問に回答できないっていうルールでもあるんですか?ないならもっとわかりやすく答えてほしいんですけど」
「・・・・どういう意味かな?私の今の回答で分からないことでもあった?」
「いえ。質問の回答としてはわかりやすかったです。でも、茶柱先生もそうでしたけど、
「・・・・すまない比企谷。俺にはお前の言いたいことがよくわからない」
「さっきの質問で言えば、神崎の質問には答えられているが、俺達が知りたいことはまだ聞けていない。神崎のさっきの質問の意図は、「俺達がこの後被害を被る可能性があるか否か」ってことだ。だけど先生は「学校からはペナルティはない」としか答えてない。色々考えられるだろ。学校からではなく、担任個人がペナルティを与える可能性。ペナルティという名目ではなく、正当な評価、として俺達の扱いが悪くなる可能性。現状では大丈夫でも、少しでも悪化したら罰を受ける可能性、とかな。そういったことはないんですか?」
「比企谷君はだいぶひねくれてるみたいね~」
あはは~と笑いながら、一度椅子に座りなおす星之宮先生。そして、笑った顔から一転して、真面目な顔つきになる。
「でも、その考え方はこの学校では大事よ。その質問に対する答えは、どちらも
神崎は目を見開いている。表情を変えることが珍しい神崎も、驚きを隠せていない。
「まず順番に答えていくわね。ここの学校の先生は生徒の質問に、必要以上に答えてはいけないの。理由は単純。生徒自身がその結論に至らなければならないから、ヒントを教師側から与えてはいけない。だから、多少回りくどい言い方になっても、生徒の質問だけに回答しなければいけないわ」
「それでぼろが出て、結局追及されることになっても、ですか?」
「それをぼろだと認識して、追及すべきだと考えられる生徒なら、問題ないということよ」
なるほど。それも実力のうちだってことか。
「そして、神崎君の質問の方だけど、正解よ。今のままの生活態度でも、学校側がペナルティを与えることはない。でも、正当な評価として、学校側がしかるべき処分を降す。これはペナルティや罰というものではなくシステム。ルール。だからそういった点において、比企谷君たちが被害を受けることもある」
「その被害の内容については?」
「ごめんなさい。さっきも言った通り、具体的に聞かれなければ基本的には教えられないの」
「俺達でその結論を導かなければ、ペナルティ、いや、正当な評価によって受けるマイナスはわからない、ということですか」
「そうなの。力になれなくてごめんね」
神崎はかなり参ってしまっている。そりゃそうか。衝撃の事実の連発に、マイナスの内容がわからないときた。クラスメイトに教えるにしても、マイナスが何かがわからなければ、余計な不安を煽ることになりかねない。
「・・・・・質問内容がドンピシャだったら話してくれるんですよね?」
「それはもちろん。この学校のルールに基づいて生徒が正しい正解を導けたなら、それを正しいと伝えることが教師の仕事だもの」
「もしかして俺達のポイント関係だったりします?」
「・・・例えば?」
「毎月のポイントの支給額が減ったりとか、物を購入するのに制限がかかったりとか、あとは税金みたいな感じで購入時に余分な金額が割り増しされるとか、ですかね」
「購入制限や税金のシステム導入はまだしも、毎月のポイント支給は違うんじゃないか?どのクラスの生徒に聞いても毎月の1日に10万ポイントを支給されると言っていたぞ」
「そうだな。だけど、その支給額が変動しないとは言われてない。それに学校側がいじりやすくて、生徒にダイレクトにダメージを与えられるのはこれだ。ぶっちゃけポイントの支給って給料みたいなもんだろ?評価が落ちたら給料も下がる。学校が社会の縮図って言うなら、そういうのがあってもおかしくないんじゃね?知らんけど」
「比企谷君って結構鋭いわね~。大正解よ。ただ、一つ注意しておくわね。これから話すことはかなり重要なことなの。だから、他の人に話さないこと。もし話したら、本当に厳しいペナルティが待ち構えているわ」
「わかりました。誰にも他言しません」
「比企谷君もいい?」
「・・・・・了解っす」
こっちのペナルティの内容が気になるのは俺だけだろうか。まぁ破るつもりもないし、聞かなくても変わらないんだけどね。
「来月の一日に振り込まれるポイントは、各クラスの生活態度で毎月変動するの。授業中の態度、学校外での素行、身だしなみなんかもすべて含めて、教師が判断する。ちなみにどの行動がどれくらいの減点になるかどうかは教えられないわ。社会の縮図とはよく言ったもので、人事考課。学校側が教えることは絶対にない」
「ちなみにいまどんくらい減点喰らっているかとか教えてもらえたりします?」
「それも出来ないわ。評価が出るのは毎月の一日だけ。途中経過を公開することもないの」
よく考えられている。詳細を聞き出し、減点を喰らわないものだけ注意するようにする、というのはだいぶ難しそうだ。
「でもよくわかったわね。先生見直しちゃった。来月の一日よりも前にこの事実に気づいたのは歴代でも10人いないわよ?」
俺が先生を見直すことはないんで安心してください、とはとても言えなかった。最初の「お」を口にしようとした瞬間悪寒がした。気のせいだろうけど言わないでおくに越したことはない。
「いろいろ違和感だらけだったんで・・・まぁ藪をつついたら蛇じゃなくて時限爆弾が出てきたようなもんです。爆発する前に気づいてよかったですよ」
「他に聞きたいことはない?」
「俺は大丈夫です」
「神崎がそれでいいならいい」
「そう?最後にもう一度だけ言うけど、くれぐれも他の人にさっきのことは話さないこと」
そういう星之宮先生に礼をすると、神崎は職員室を後にする。俺もそれに続く。
「神崎君に、比企谷君、それに一之瀬さんもいるし・・・今年のBクラスは当たりかもね~」
・・・・なんか変なセリフが聞こえた気がするが、気のせい気のせい。
「まさかとは思ったが、本当にペナルティがあるとは・・・」
「早く気づけて良かったな。まぁお前はそこまで減点くらってなさそうだし、関係ないかもしんないけど」
「しかし比企谷に同伴を求めてよかった。俺一人であれば、あそこまで星之宮先生から引き出すことはできなかっただろうからな」
「さっきも言った通り偶然だ。気になったところがたまたま重要なポイントだったってだけだ。あるだろ?教科書でちょっとよくわかんなかったところがピンポイントでテストに出たこと」
「そうかもしれないが結果的に比企谷が出してくれた成果は大きい。また頼まれてくれるか」
「・・・・気が向いたらな」
5/1の朝。
そんじょそこらで振り込まれるポイントが少ないとかどうのこうのしゃべっている奴がいる。
俺が振り込まれたポイントは・・・・630か。まぁまずまずと言ったところか。別に悪いことしてたわけじゃないが、特に貢献もしてなかったしな。
星之宮先生が教室に入ってから、一之瀬や周りの女子がポイントについての質問を投げかける。
星之宮先生はこの間俺達に伝えたようなことと同じようなことをクラスの全員に説明する。
・・・・・おい。評価がクラス単位とか聞いてねぇぞ。そしたらさぼったのバレちゃうだろうが。