唐突だが、皆は中学、あるいは高校のときに行った試験なるものに対して、どのような感情を持っているだろうか。
一般的に言えば、試験は忌避されているように思える。優秀な生徒からは高得点を取ることが当たり前とされ、努力を義務付けられるイベントであるし、非才な生徒からはそもそも勉強に関するイベントである時点で嫌気がさすことだろう。
かく言う俺も、あまり好きなイベントではないことは間違いない。ただ俺は、試験そのものは嫌いであっても試験を受けることは大好きだ。なぜなら、テストを受けている間は授業を受ける必要がないからである。
また、試験期間というのもわりかし好きだ。早く帰っても変な目で見られることはないし、むしろ放課後に残って遊んでいる奴らを見ると、ああいうやつらが後々痛い目を見るんだろうな、という変な優越感に浸ることができるからだ。
まぁ早く帰っても勉強してるわけじゃないんだけれども。
だから逆に試験期間中、放課後に残って教室で勉強してるやつとか見ると、早く帰って勉強してない俺って何なんだろう、と萎えること必至なので、そういうやつらが勉強を始める前にいつも教室を出ている。
よって、俺はいつも通り、早く教室を出る。
今日はちょうど中間試験二週間前。Bクラスのメンバーは流石というべきか、勉強に対するモチベーションはおおむね高い。中には昼休みの時間まで使って勉強をしている奴もいるくらいだ。
先ほども明言した通り、俺は帰っても勉強するわけではないが、残ったところで勉強する気力があるわけでもないので、さっさと帰路に就くことにしよう。
「じゃあこれから勉強会を始めます!」
「めんどくさいけど仕方ねーかー。ポイント貯めるには高得点取るしかないもんなー」
「まぁまぁ二週間の辛抱だって。退学はイヤだろ?」
「間違いねぇ」
「あれ?なんか人数少なくね?こんなもんだったっけ?」
「部活停止になってない部もまだいくつかあるし、こんなもんじゃないのか?」
「でも一之瀬とか、神崎とかいねぇけど。あいつら部活入ってたっけ?」
「帆波ちゃんは用事があるから今日は不参加でって言ってたよ」
「神崎について誰か知ってる奴いるか?」
「あいつ・・・・さぼりか?」
「まぁあいつは成績いいし、参加しなくても大して問題ないだろ」
「それもそうか」
ピンポーン。
俺が帰宅して手を洗い、うがいをし、布団に寝っ転がって一息つこうとしたまさにその瞬間、俺の部屋に来訪者がやってきた。
なんだか嫌な予感がする。何も配達するような商品を注文した覚えがないのに、部屋のインターホンが押されるということは、面倒ごと以外の何物でもないだろう。
どうせ一之瀬だろう。そう思って来訪者を確認したら、予想していた奴とは違った。なんだ。神崎か。
「どうした。わざわざ部屋まで尋ねに来るなんて」
「少し話があってな。すまないが、上がらせてもらってもいいだろうか」
「・・・・・メールや電話じゃダメだったのか」
「ああ。他の誰にも聞かれたくない話だ」
・・・・・なんなんだろう。俺にそこまで話したい重要な話とは。面倒事のにおいがすさまじいが、ここまで来てしまっているのに帰すわけにもいかない。とりあえず部屋にあげるか。
「わかったよ。ちょっと待ってろ」
そういってインターホンを一度切ると、俺は玄関のドアを開けに行った。
「急に訪問してすまない」
「そうだな。次からは口頭で伝えるなり、メールするなりしてからにしてくれ」
そういって神崎を部屋にあげる。
神崎は俺の部屋を一通り見渡し、椅子が一つしかないことを確認すると、地べたに胡坐をかいて座った。
「神崎。椅子使え。俺はベッドに座るから」
「そうか。気を遣わせて悪いな。だが俺は遠慮しておこう」
いや使えよ。俺とお前しかいないんだから空いてる分だけ無駄だろ。
「まぁいい。で、話ってなんだよ」
「ああ、そうだったな。話というのは、今後のBクラスの今後についてだ」
「Bの今後?」
「そうだ。今は一之瀬を中心としてBクラスはまとまりつつあるが、そのかわり一之瀬の負担が大きい。このままでは今後、ポイントが絡むような試験やイベントが起こるたび、一之瀬に指示を仰ぐことになるだろう。それは避けたい」
「一之瀬の負担がでかすぎるからか?」
「もちろんそれもある。ただ、俺が一番懸念しているのは、一之瀬がリーダーとして存在する間、クラスメイトの思考力を奪ってしまうことにある。一之瀬は優秀だ。それなりに実績を積み上げたとき、一之瀬はクラスの意見も取り入れようと努力するだろうが、クラスメイトは逆に、一之瀬に任せておけば問題ない、と思考を放棄する可能性もある。そうした状態で、俺達は本当にAクラスへ上がることができるだろうか?」
「考えすぎだとは思うが、確かに一理ある。ただ残念だが、そういう話なら俺のところに持ってきても無駄だ」
なぜなら、解決策など皆無に等しいからな。俺個人や一之瀬個人、あるいは神崎でもいい。そいつの思考や未来の行動をちょっと変えるくらいなら、手段はなくもない。
だが、これが未来の生活環境についてで、さらにクラスメイト全員となれば話は別だ。ある程度の改善はみられたとしても、それまでだ。最初から一之瀬に頼ってAに上がろうとするようなやつらなら、いずれ思考を放棄するだろう。早いか遅いかの違いでしかない。
そして何より、俺にそんな相談をされても、俺は何かをすることもない。だから俺に聞かせても意味がない。
「何も俺は解決案を提示してほしいわけではない。ただ俺の今の悩みを聞いてほしかっただけだ」
「お前、俺に悩みを聞かせるために押しかけたの?そんな先の話を気にしたところでしょうがないだろ。勉強しろ勉強。悩むなら目の前に迫った
「無論、試験については毎日のように考えている。どのような問題が出されるのかはわからないが、少なくとも授業で習った内容が出ることは間違いない。教科書や授業の復習は日々欠かしていない」
あ、そうですか。ご立派なことで。じゃあ、もう帰って勉強したほうがいいんじゃないの?
「本来であれば、こういった話をするつもりはなかったんだが・・・せっかくの機会だから話してみることにしたんだ」
「は?どういうことだ。お前が話したかったことってこれじゃねぇの?」
「いや。そういうことではない。俺が話したかったことはこれで間違いないし、この悩みも本当のことだ。ただ、この悩みを打ち明けることは、
・・・・・確かにそうだ。別にこの話は試験期間が終わってからでもいいし、何なら休み時間に一目のつかないところで話したっていい。わざわざ俺の帰宅を待って、家に押しかけてまですることではない。
違和感を感じたところで、再度インターホンが鳴る。今度はなんだ。
神崎に一言、悪い、と言って席を立つ。
インターホンの画面に表示されていたのは一之瀬。面倒だなぁと思いつつ、一応用件だけは聞かないと不味いかと思い、通話ボタンを押す。
「何の用だ」
「どうせ比企谷君、勉強会に参加しないだろうなーって思って。出張勉強会だよ!」
「意味が分からん。もっとわかりやすく言え」
「こないだの小テスト、比企谷君数学と理科の点数結構ギリギリだったでしょ?それで不安になったから、教えてあげられればなと思って私が来たんだよ。一応私、理数系得意だし。一緒に勉強しようよ!」
「心配する必要ないから、帰って自分の勉強しろ。じゃあな」
通話を切ろうとしたその時、ガチャっという音が聞こえ、表示されている画面に俺の玄関のドアが映り込む。え?
「ちょっと待て。お前なんで俺の家の鍵持ってんの?」
「ありがとう入れてくれて」
無視かよ。いや待て。入れてくれてっつったか?そうだ。今、俺の家には俺以外の人間が一人存在するじゃねぇか。
俺は通話を切り、急いで廊下のほうを見る。するとそこには、鍵を開けて勝手に家に招き入れている神崎の姿と、制服姿のまま、パンパンのかばんを持って靴を脱いでいる一之瀬の姿があった。
「おい神崎。なんで勝手に家にあげてるんだよ」
「すまない比企谷。元々俺が押しかけた理由は、こっちが本命だったからだ」
「神崎君に頼んでおいたの。私が急にきても比企谷君はどうせ入れてくれないだろうから、神崎君に先に入ってもらっておいて、後から私が合流するからって」
なるほどな。神崎のさっきの話の意味が分かった。要は時間稼ぎのために何かしらを話さなきゃいけなかったから、今思っていた悩みを打ち明けてみたってことか。
「じゃあ、三人で勉強しよっか!」
「やらねぇよ。帰れ」
「せっかく一之瀬が来たというのに、何もせずに帰すのはあんまりじゃないか?」
「招いたわけじゃない。神崎はまぁいいとしても、一之瀬は少なくとも許可はしてない」
俺の成績が良くないから押しかけて勉強を強要するだと?ふざけてるにもほどがあるだろ。
「むぅ・・・じゃあ分かった。テストしようよ。比企谷君がちゃんと点数を取れたら、もう押しかけたりしない。神崎君と一緒に帰ることにするよ。だけど、点数がとれなかったら、テストまでの二週間、私たちが比企谷君の勉強の面倒を見る。どう?」
「いやどう?って聞かれても、やらねぇよ。俺にメリットねぇじゃねぇか。あと、それを提案するの普通俺のほうだから」
「損得勘定のみで物事を測るのは良くないぞ比企谷」
「やっても損、やらなくても損なら普通やらねぇだろ。それだけの話だ」
そういうと、一之瀬は少し考え、そしてこんなことを口にした。
「比企谷君にとってメリットがあるなら、テスト受けてくれるの?」
「ま、まぁそう、だな?」
「じゃあ比企谷君がテストを受けてくれるなら、1000ポイントあげるよ。いい点数取れたら、追加で1000ポイントあげる。これなら受けてくれる?」
確かに、これなら受ける価値はある。だが、こうなってくるとそれとはまた別の問題が発生する。
「メリットは確かにあるが、女子から金を取ってまで受けたくはない」
「ならば俺が出そう。比企谷がいい点数を取ればその分得るクラスポイントも増える。先行投資と思えば安いものだ」
「いやそう言うことじゃなくてだな・・・・あーくそ。わかったよ。金はいらん。テスト受けりゃいいんだろ。やってやるよ」
こいつらはどうあがいても俺に勉強をさせたいらしい。これ以上ごねても何も変わらないのなら、素直に受けるほうが早い。
「ポイントいらないの?比企谷君が受けるメリットないけど、いいの?」
「ポイントに困ってるわけでもないし、金を巻き上げるつもりもないからいらん。その代わり、約束は守れよ」
「もちろん。いい点数を取ったら、もうこれ以上何も言わないよ」
「ボロボロだね」
「ああ。一応全教科テストしたが、やはり国、英、社は高得点だが数、理は非常に低いな」
「何言ってんのかわかんねぇし、勉強する気力も起きねぇんだよ。ただの計算なら機械にやらせりゃいいし、文章題だって現実に起こるわけねぇ事しか聞いてこない。図形問題にしたって、長さや角度を求めたところで何の意味もない」
「でも、文系科目も同じことじゃない?」
「国語や英語は日常的に使うし、社会は一般教養と人間の過ちを学んでる。やる意味あるだろ」
「結構自信満々に約束守れよ、なんていうから、勉強してたのかなって思ったんだけど」
「ああ。高得点が取れないことに自信があった。だからテストまでの二週間、赤点取らない程度までいいから面倒見ろよ。退学したらお前らのせいだからな」
「そっちの自信!?」
「まぁ、俺達が言いだしたことだ。最後まで面倒見よう」
そういうわけで、俺は放課後にこいつらと勉強することになった。ただ今日は一之瀬が持ってきたテストを受けたりしたので、明日からやろうということになった。
次の日から、俺が帰るよりも早く俺の部屋の前で待機しているから、仕方なく勉強せざるを得なかった。
約二週間しかなかったが、ほぼほぼわからないことを無理やり勉強させられていたので、半ギレ状態で勉強会をした。
「くそが・・・sin、cos、tanとか書くなよ意味わかんねぇだろうが日本語で書け」
「三角比は解き方を暗記すると、案外解けるようになるぞ。似たような問題パターンしか出ないからな」
「赤玉とか白玉とか入れんなって・・・・戻そうが戻すまいがやってること変わんねぇだろ・・・・」
「えっとね、こういう確率の問題は袋の中に入ってる玉の個数が重要になってくるの」
「結晶ってなんだよ・・・・全部同じだろうがどうしてそんなに区別したがるんだよ・・・」
「それぞれが持つ性質が違うからな。まずイオン結晶はイオン結合からできていて・・・」
「力に速度もくそもねぇだろ頭沸いてんじゃねぇのかこいつら」
「厳密には加速度ね。物を動かしたら移動した分だけ速度が発生するでしょ?その間にかかってる力から加速度を求めるの」
エトセトラエトセトラ。
何度机に頭を打ち付け、もう駄目だ・・・と嘆いたことかわからない。
だがしかし、毎日俺の家に来て、わからないところを全て教えてくれた二人の教師がいるので、赤点を取るわけにはいかないと感じるようになった。
こいつらも自分の勉強がある。俺に教えた後、帰ってからやっているんだろうが、なんだか申し訳なくなってくる。いくら本人たちがおせっかいで言いだしたこととはいえ、いたたまれない。
せめて高得点を取って多くのポイントを稼がせてあげよう、と思い、あいつらが帰ってからも少しだけ勉強していたのは内緒だ。
そして、迎えた試験本番。
文系科目はさほど難しい問題もなく、すらすらと解けた。まぁ90点は越えるだろう。
問題は理系科目だが・・・・まぁ赤点はないだろう。おかげさまで。ただ高得点を取れたかというと、微妙なところだな。
やることはやったし、あとは結果を待つのみ、か。
やれやれ。ようやく解放される。お疲れ様。俺。後一応神崎と一之瀬。