駆けつけた葛城たちの奮闘も虚しく道元によって佐介たち全員がやられてしまう
なんとか立ち上がろうにも体力の残っていない佐介は結局その場で意識を失ってしまう
暗く深い精神世界の水の中を真っ逆さまにゆっくりと沈んでいく
その世界の空気が佐介の心を絶望へと染め上げていこうとした時
佐介の前に光が現れ、その光が形を成したとともに現れたのは自分の前世の姿である蓮だった
蓮と佐介の思いがけない再会に驚きを隠せないでいる中
そんな佐介に蓮は自分がなぜ疾風とかぐら以外の者を信じられなくなったのか
こうなってしまった経緯として自身が味わった二つの絶望についてを語り始める
かつて妖魔が襲ってきた日
妖魔から民を守るために戦ったこと
次々と死者が出ていき、蓮たちも窮地に落とされた時にかぐらが自らの身を犠牲にこれを食い止めたこと
しかしそれに対して民たちが非難を浴びせ、自分たちを迫害したこと
やがて疾風が突き止めた事件の真相の内容を知って蓮は人間の身勝手さに絶望し
疾風とかぐら以外を信じられなくなったこと、これが自身が味わった絶望なのであることを佐介に教え聞かせ
話しを聞いた佐介は複雑な思いを抱くのだった
蓮が自らから語たった忌まわしき記憶
妖魔の群れが里を襲った事件、それが里の者たちの失態によるものであることを知り
身勝手な連中の起こしたことや不甲斐ない自分たちのせいでかぐらを失ってしまったことが原因で蓮は疾風とかぐら以外の者を信じられなくなったのだと
『「…佐介、君にわかるか?信じていたものに簡単に裏切られたことの悲しさが?自分が弱かったばかりにかぐら様をあのような道に追いやってしまったことへの後悔……それが君にはわかるのか!」』
「っ!?」
ものすごい剣幕で蓮が佐介に言い寄る
そんな彼の顔は怒りと悲しみが入り混じっているかのようだった
『「君を見てると心底腹が立つ。私ができなかったことを平然とやってのける君が」』
他人を信じる気持ち、諦めない意思
自分があの日失ってしまったものを佐介はこの状況になっても捨てようとせず
さらにはこんな状況になってまで他人のためにも立ち上がろうとする
蓮は佐介のその人格に自分以上のものを感じ、激しい嫉妬のようなものを感じていたのかもしれない
『「なぜだ?どうして君はそこまで人を信じられる?…親しいものならいざ知らず、かぐらさまたちのように昨日今日会った者のために命がけになれる?どうしてこんなにも力の差を見せつけられても尚諦めないんだ?」』
未だ希望を捨てない佐介の瞳を見て蓮は再びなぜ諦めないのか、どうしてそんな風にできるかを問うた
「僕には両親がいません。物心つく前に亡くなったのだと半蔵様から聞かされておりました。身寄りもない天涯孤独な僕を半蔵様は引き取ってくださりました。そうして僕は飛鳥ちゃんや叔父さんや叔母さん、半蔵様と一緒に暮らし始めました」
佐介は語りだすとともに半蔵に連れられて飛鳥たちの元にやってきたことを
「半蔵様たちは本来であれば血縁もない他人であるはずの僕を本当の家族のように育ててくれた。飛鳥ちゃんは僕を本当の兄弟のように慕い、仲良くしてくれました。僕はあの人たちからいろんなことを教わったんです」
養子として引き取られた自分に分け隔てなく愛情をくれた半蔵たち
そして自分のことを気に入ってくれたのか出会い頭に仲良くなった飛鳥の存在
彼女たちと出会ったことで佐介は優しさの素晴らしさ、家族の素晴らしさ…愛の素晴らしさを知れた
今の自分がこのような性格になれたのも彼女たちのおかげであり
佐介にとっては誇るべきものであると佐介は思っていた
「だから僕は決めたんです。僕が飛鳥ちゃんたちにしてもらったように今度は僕がみんなの力になれる存在になるんだって」
半蔵や飛鳥たちが自分に手を差し伸べ、光満ちる場所へと導いてくれたように
今度は自分がそんな存在になることを佐介は思い描いていた
それは今も尚、佐介の心情であった
『「…そんなものは、詭弁だ」』
「っ?」
しかしそんな佐介に対して蓮は何か思うところがあるようなそぶりを見せるも
すぐにハッと我に返ったかのようにそう言い放つ
『「君の言っていることはただの綺麗ごとでしかない、人に裏切られることの辛さ、悲しさを知らないからそんなことが言えるんだ。所詮君はただ運がよかっただけだ。思い上がるのもいい加減にしろ!」』
佐介が今も綺麗で純粋なのは裏切られ、絶望を知らないからだと蓮は突きつける
「確かに蓮さんの言うことも全部が全部理解できるとは言いません。…それでも僕は手が伸ばせるのに伸ばせなかったら死ぬほど後悔するから、だから何度否定され、拒まれることがあったとしても手を伸ばし続けます」
『「どうして君はそこまで強い意志を持てるんだ?」』
「僕は強くなんかありません。僕はただ僕のできることを全力でやろうとしてるだけです。それでみんなの手助けができるなら、僕はそれに恥じぬようにしたいんです」
『「…っ」』
蓮はもはや言葉が思い浮かばなかった
目の前にいる自身の転生者がこれほどまでに強い芯を持っているのかと蓮は思った
『「…なるほど、かぐらさまや奈楽殿がああした理由が分かった気がするよ」』
「えっ?」
決して諦めようとしない芯の強い彼だからこそかぐらと奈楽を説得できたのだと蓮は納得したような顔を浮かべる
そうして何かを決めたかのように俯いていた顔をあげて再び佐介と目線を合わせる
『「佐介、君はこれから何をしたいのかな?何を望むのかな?」』
「決まってます。飛鳥ちゃんを、みんなを…そしてかぐらちゃんや奈楽さんを苦しめる道元を倒すことです。これ以上、あの人の好き放題になんかさせてたまるものですか」
道元を倒さぬ限り、皆の命が、この世界が危ない
しかしそんなことはさせないと佐介は意気込みを見せる
『「でも今の君では到底無理な話しではないかな?」』
「うっ…そ、それは…」
いたいところを突かれたようにしどろもどろな顔を浮かべる
慌てるしぐさにくすりと笑いを浮かべるとともに蓮は左手を掲げる
蓮のその行動を見てきょとんとする
『「佐介、手を」』
「えっ?…っ」
わけもわからないまま佐介は言われた通りに右手を掲げる
それを見て蓮はゆっくりと近く
やがて互いの手と手が少しずつ近く
刹那、2人の手が触れ合った
ピカァァァァン!
「っ!?」
突如光りだした互いの手に佐介は驚く
『「君を信じてみることにした……見せてくれ、君が示すものを」』
「っ…蓮さん!?」
意味深な言葉を蓮がつぶやいた瞬間、暗黒の暗闇だった世界が眩き光によって包み込まれるのだった